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テントが燃えて無くなっていた景色の話

「あれは焚き火?すごい燃えてない?」
木々の隙間をぬって、林の奥の方からオレンジ色のメラメラとしたかなり強い光が見える。まるでステージ照明がついているか、車のヘッドライトがこちらへ向けられているようだ。

寒さの抜けきらない三月上旬だった。その日は場所と日程だけ合わせた4人のソロキャンプ。いわゆるソログルキャン。前日より天候はすぐれず、やっと雨が上がったところだ。到着は各々の都合次第で、自分は日も暮れかけた時から合流する。

テントを張るのは、未整地が残る木々が多いキャンプ場の林間エリア。エリアの端に陣取った我々、中央部に別なソロキャン1張、そのテントは逆側の端に張られていた。
距離にして40メートルくらい離れているというところだろうか。木々や草に隠されお互いに目視はできない。
他のエリアの宿泊客も見当たらず、今夜の利用はこのエリアの6名だけのようだ。

そのテントは横を通りがかった時に薄暗がりの中で見ていた。スクエアの前室まで覆うようなタイプのテントで薪ストーブの煙突が突き出ている。テント内をぬくぬくに暖めて楽しむ「おこもりキャンプ」と言われるスタイルのようだった。
中に人がいるのかどうかはわからず、煙突から煙は上がっていなかったように記憶しているが…

「これ火事だよ!テントが燃えたんだよ!」
気になって様子を見に行った同行者が叫ぶ。

自分は到着してさほど経っておらず、設営を早く済ませて食事の用意を始めようというところ。腹が減ったと言いながら、まだシュラフの下に敷くエアーマットを膨らませているような時だった。

「え、そんなことある!?」
そういう事態を全く想定していなかったためか、まさかと否定する心理が働く。テントの火事という話はよく耳にするが、実際目にしたことは無かった。そんなことがあるはずない…

突然大きな『バーン』という音が響き渡る。
何かが破裂した。あ、これはやばい…
ここでやっと、尋常ならざる事態が発生していることを理解する。
何か火を消せるようなものあるか?と、まだ設営前だった焚き火の下に敷く不燃性の布である「焚き火シート」をザックから取り出して火元へ向かう。

目前に広がる景色。
これはいったいどういう状況なのか…
今までに見たことが無い景色だ。
ちょっと脳の情報処理が追いつかない。
直径3メートルくらいの範囲が一面黒く焦げ、身丈に迫ろうかという火柱が上がっている。
燃え盛る炎の中で形を保っていられているのは薪ストーブだけだ。
あれ?テントはどこにいった?

テントはすでに焼け落ちているという事態を飲み込むまでにしばらくかかった。通りがかった時には確かにそこにあったのだ。あったはずのものが無い。
もとが何なのか判断も難しい無惨な残骸と炎の中、凛として立つ赤熱した薪ストーブ。
なんだこの景色…

通報すべき?初めて見た景色に、これが『火事として』ひどい状況なのかどうかがわからない。レベルの判断をする基準が無さすぎる。
もう自分たちで何とかできるレベルではないよね?そうだよね?と同行者たちと確認し合う。

通報は消防への連絡の前にキャンプ場の管理人にするべきか?
勝手に通報してオオゴトになってしまったら、逆にキャンプ場に迷惑がかかるのでは?という思いもよぎる。いやこれはもう既にオオゴトだよ。即刻両者に通報すべきだと思うよ?たぶん…

そこは個人経営のキャンプ場で、夜の管理人常駐は無い。なかなか連絡がつかない。近くに自宅があるのは知っていたので呼びに走る。消防へ通報し状況の説明。バケツを手に水を汲みに走る。自然と分業体制に入る。
もう一人同エリアにいた別のソロキャンの人は不在だったようだ。
今この瞬間、炎と対峙できるのは我々4人だけという状況。

消防から自分たちで消せるか問われるが、こればかりは素人目にわかるものでは無い。消せないと思うので通報をしたのである…

周囲の草木への延焼を止めようと、炎の境目を踏んで焚き火シートで叩いて消していく。また爆発が起こる可能性もあったが、興奮状態にあるのかさほど恐怖は感じなかった。
不幸中の幸いとでも言おうか、雨模様で地面が湿っていたため、延焼のスピードは速くは無い。とは言え、円を描くようにジリジリと広がっている。

周囲の落ち葉を退けて、細いながらも防火帯を設ける。超えてくる火が無いか監視する。
燃え盛っている防火帯の内側は、明らかに叩いて消せるレベルには無い。同行者が両手にバケツを抱え水を汲みに行く。

延焼を抑えられて少しばかり冷静さを取り戻すと、素人が勝手に現場を触っていいのだろうか、現場保全しておかないと後々面倒になるのではないだろうか、記録をとっておいた方がいいのではと頭をよぎる。慌てて来たのでスマホを持たずにきてしまい写真も撮れない。

とりあえず消火が優先でいいんだよな…
消せそうな小さな炎を土を蹴りかけて埋め消していく。まだ持てる部分が残る燃えているプラスティック製のキャリーカートは、逆に投げ入れて炎をまとめる。もう現場の保全は気にしていられない。

一度目ほどでは無いが軽い爆発。何が爆発したかわからない。さらなる爆発物が無いか見える範囲で探す。
大きく燃えている火元として3箇所。薪ストーブだけは形を保っていたが、他は既に黒い塊となって何が燃えているのかわからない。隙間から見えるかろうじて形を保っているのが、未設営と思われるタープポールの束、スキットル、ビールの缶など金属のモノ。
爆発しそうなもので思いつくのはガス缶だが、ぱっと見では見当たらない。
時おりビール缶が破裂しシューっと音をたてるが、もうひどく爆発するようなものは無さそうだった。

少し離れたところにひしゃげたステンレスボトルが転がっている。一度目の爆発はこれだったのかもしれない。

薪ストーブ自体はすでに燃え尽きたのか、吸気口が閉じられているのか内部は消えている。逆に周囲から炙られて赤熱している状態。

そして幸にしてというか、人体的なものはそこに無かった
留守にした所で火事になってしまったようだ。

かなり奥となる場所なので、水場まで100メートルくらいは離れているだろうか。同行者が両手にバケツを持ち、その距離を3度4度と往復する。限られた水だったが、うまく使えて何とか大きな炎を抑えつけることに成功した。

キャンプ場の管理人が消化器を持って駆けつける。炎は抑えたとはいえ、立ち昇る煙がすごく、内部が燻り続けているのは明らかだ。
消化剤の威力はなかなかなもので、燻ってるのも消えていく。煙も出なくなっていく。これが科学の力か。

しばし管理人と焼け跡を眺めるも、これが完全に鎮火したのかどうかの判断がつかない
まだ目を離すわけにはいかない。監視を管理人に任せて現場を後にしようとした時に、消防隊が到着。車が入れるような所ではないので、ライトを振りまわして誘導。
どんどんと人が増え、最終的には20名くらいの隊員が来てくれたようだった。
見事にオオゴトになってしまった。いや、到着時には何とか抑えられてたけど、あれは確かにオオゴトだった

やっと戻ってきた持ち主は顔面蒼白、茫然自失と言った面持ち。そりゃそうなる…
やはり夕飯の買い物に出かけていたようだ。

現場がひと段落着き、お話を聞かせてくださいと事情聴取。警察も来てまた聴取。同じことを何度も聞かれる。
横の連携をする行政システム的なものは無いのだろうか。
発見時の様子から何をどうしてどうなったか事細かに聞かれるので、やはり写真でも残しておけば話が早いという教訓を得る。

ここまで発見から30分くらいの出来事。
時間の感覚が飛んでいて、5分と言われても1時間と言われてもそうなのかと思ってしまいそう。
燃え出してどのくらいの時間が経ってから見つけたのかはわからない。
薪ストーブの周りに積んであっただろう薪は、まだ木肌がそのまま残っているものもあったので、そんなに長時間ではない。とは言え、炙られたステンレスボトルが破裂するくらいの時間は経っていた。そのくらいの時間。

テントが燃えるのはたぶん一瞬なんだろうなあとは思う。強く火柱が上がっていた3箇所は、ストーブの周辺に積んであった薪。ほかはおそらく荷物置き場と寝床か。
ストーブ周辺より、ほかの2箇所の燃焼が激しい。
薪以外の物はストーブの近くに置かないような気配りはしていたのだろう。
炎がテントを伝わって、離して置いたシュラフやらザックにも引火したのだろうなと思う。

意外にも最後まで燃え残っていたのは、おそらく革手袋だったと思われる残骸。燃えにくいモノだが、いったん火が着くとなかなか消えないモノなんだなと妙な感慨を抱く。

現場は消防に任せて、自分たちのテントへ戻る。興奮状態が残ってるいるのか、不思議なことに、全く腹が空かない、全く寒くない。
平時に得られる感覚が遮断されたかのようだ。
これはアドレナリンの成せる技か…
まだ残る焦燥感と疲労と虚脱感、消防に任せたからホッと一安心という心理状況にはならない。呆然というわけでも無いが、ちょっとすぐに何かをする気にはならなかった。

消防隊が鎮火を確認し事態は収拾。全て終わるまで2時間近くはかかったと思う。
持ち主が謝罪にやってきた。ひどく落ち込んだ様子で「すいませんでした…」と深々頭を下げる。
いろいろ落ち度はあったのだろうが、責める気にはならない。

とにかくオオゴトではあったが、それ以上のオオゴトにならずよかった
いくら気をつけてても自分が同じことをやる可能性が無いわけではないし、何より同じキャンプ好きとして心が痛む。

大切な道具たちが一瞬で全て消えてしまった。
今から食べようと心躍らせて買ってきた食料品だけがまるまる残っていたりもするだろう。
さっきまで愛用品だった黒く焦げた残骸たちを拾いながら、ああしておけば、こうしておけばと湧き上がる後悔の念。
火事を起こしてしまった申し訳なさと慚愧の念に加えて、日が経って甦える失ったモノたちへの喪失感などは想像に難くない。考えただけで辛い。

早々に買い直してまたキャンプ行くわって超強メンタルかサイコパスならまだしも、普通であればダメージが大きすぎて耐えられないのではないだろうか。

もうキャンプを辞めてしまうかもしれない。
いつか立ち直れるだろうか。
岳というマンガの主人公、三歩なら「またキャンプにおいでよ」とでも声をかけただろうか。

よく耳にする話ではあったが、まさに百聞は一見にしかず。身を持ってしか感じられない焦燥感と危機感。
不謹慎ではあるが、自分の道具を失わずにリアルな体験をさせてもらったことには感謝に近いものを感じてしまう。
新しいシューズと焚き火シートは、燃えカスがこびりつきガビガビになってしまったが。

もし、地面や落ち葉が乾燥していたら…
もし、気づくのがもう少し遅れていたら…

そういうリスクのある遊びをしているのは自覚しないとなと身が引き締る。
しばらくはあの時のあの景色が頭から消えることは無いだろうと思う。

※写真はすべて生成AIで作ったイメージ画像です。

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