サイレントマジョリティー 終(12.22.23)

・幸い、岡野さんはまだエレベーターを待っているところだった。ほっとしたのも束の間エレベーターが開いて、彼女の姿がその中に消えていく。待って。
「岡野さん!」
 呼びながら駆け寄っていくと、「あ、はい」と落ち着いた声がした。開いたままのエレベーターに駆け込むと、岡野さんは『開』ボタンに指をかけて私を待ってくれていた。
 二人を収納したエレベーターの、ドアが静かに閉ざされる。流行りのポップスが流れる箱の中。何を言っていいのかわからないでいる私に、最初に声を上げたのは岡野さんだった。さっき響いたより随分優しい声色で。
「良かった。抜け出せたんですね」
「あ、うん。いや、はい」
 私はしどろもどろに答えて、暑くもない顔面をぱたぱたと扇いだ。エレベーターが一階に到着し、私たちは出口に向かう。料金は既に精算済みだ。自動ドアが開くと、冷たい風が頬を撫でた。なんとなく岡野さんの隣に並びながら、私はぽつりとつぶやくように言った。
「……びっくりしました。あの場でサンホラって……」
「ご存知ですか」
「あ、いえ。詳しくはないですが」
 それでも岡野さんは嬉しかったらしく、そうですか、と答え首筋を掻いた。化粧っけはないけど、綺麗な指先だった。
「岡野さん、かっこよかったです」
「私が?」
「はい。なんか、自分を持ってる人って感じで……あれ」
 口元を抑えた私を、岡野さんが不思議そうに覗き込む。
「……あの。どうして、二次会参加したんですか?」
 あれだけ我が道を行く意思があって、あの場でああいう抜け出し方をできるのだ。私みたいに流されただけで来たとは思えない。さっきの態度からして、彼女自身が来たかったとも思えないし。
 そんなことですか、と岡野さんは笑った。また違う印象の、どこか砕けた笑みだった。
「気になって」
「何が?」
「岬さんが一人であの場に行ってしまうのが」
 少し、悪戯っぽい印象の声。その内容が頭に届くなり、私は一瞬足を止めた。
「……それって」
 心配してくれたってこと? 岡野さんが、私を? どうして?
 ぐるぐると思考を巡らせながら、特段動じない岡野さんを追いかける。バージンであろう黒髪が、鮮やかなネオンの中にふわりと光った。
「──初めて聴きましたが、良い歌でした」
「え」
 岡野さんが足を止める。振り返った彼女の頬は夜を際立たせる。一重瞼の瞳が柔らかい弧をつくった。
「"君は君らしく、生きていく自由があるんだ"」
「────」
 私の大好きな、サイレントマジョリティーの歌詞。
 私は俯くのとほとんど変わらない動きの頷きをした。岡野さんがふ、と笑って踵を返す。ひらりと舞ったトレンチコートの裾は、MVにうつるカッコいい衣装みたいだった。

・終。

・今日は仕事納め。明日からウン連休だしクリスマス会だ! 一年間、このために生きてると言って過言ではない。楽しみ!


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