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謎を解け! きみから始まる七不思議――第2話 名無しのごんべえさん 3

 一時間目に算数のテストが返ってきたけど、大崎先生は『名無しの権兵衛』についてはなにもいわなかった。持ち歩いているくらいだから、みんなの前でこんなイタズラがあったというつもりはあったのかもしれないが、思いとどまったようだ。
 次の休み時間、風花と「奇妙なことがあるもんだね」なんて話をしていたら、悠斗がやってきた。
 悠斗とは何度か同じクラスになったことがあるけど、休み時間に仲良く話しをするような間柄でもなかった。
 だとしたらなんの用事かって? 悠斗の興味といったら、やっぱりあの『名無しの権兵衛』のことだろう。
「なぁ、風花って、佐藤の姉ちゃんのこと知ってるの?」
「え、どうして?」
 いきなりそんなことを聞かれて風花は面食らっていた。
「さっき先生と話してたとき、朋ちゃんって親しげに呼んでたから」
 たしかに、そうだった。ひとつ年上の佐藤朋絵のことをそんなふうに呼ぶんだから、けっこう親しい関係にありそうだ。
 風花も納得したようにうなずいている。
「ああ、なるほどね。うん、知ってるよ。幼稚園のころから知ってるし、バスケット部で一緒だから」
「ちょっと案内してくれない?」
「まさか。お前が犯人だなんていうつもり?」
 風花は腕組みをして悠斗を見上げた。
 六年生の教室は五年生と同じ三階にある。すぐ近くに教室はあるのだが、バスケット部の後輩が先輩の六年生を呼び出してケチ付けるなんて、いくら幼なじみといえども風花の立場を考えたらちょっと気が引ける。
 まったく気にもとめないのか悠斗はせまってきた。
「話を聞いてもないのに犯人だと決めつけるのはよくない。でも、解明しなくちゃ気持ち悪いじゃん」
「うちのクラスの佐藤から聞けばよくない?」
「だって、満点の答案用紙提出してるんだよ。一コ上の姉ちゃんならありえても、佐藤はない」
 あんまりな言い方だが、その通りだった。
 ひかえめにいって佐藤は中の下のかしこさだ。国語の教科書を読むのでさえもスムーズじゃないし、先生に当てられても「わかりません」というのが決まり文句の佐藤が、全問正解はない。
「この件、佐藤はなにも知らないと思うんだよね」
 こればっかりは悠斗もはなっから決めつけている。風花も同じようだ。
「そうだよね。百点取っちゃうなら『名無しの権兵衛』なんて書かないで、自分の名前書くよね」
 風花は「うーん」と思案していたが「――わかった。行こう。わたしも気になるから」と立ち上がった。
「え? 風花ちゃん、いいの?」
 さんごが心配すると「うん。別に。だいじょうぶ。朋ちゃんだし」と、どういう意味でとらえたらいいのかわからないが、風花はなんでもないようにいった。
 まぁ、朋ちゃんと親しみを込めて呼べる関係ではあるようなので、だいじょうぶなのだろう。
 風花に案内され、六年二組の教室にやってきた。さすがにずかずかと教室に入れないので、入り口のところで風花が半分顔をのぞかせた。
「朋ちゃーん」
 遠慮気味に呼びかけて手を振っている。
 すぐに佐藤朋絵はやってきた。
 きょうだいだというが、うちのクラスの佐藤朋久にあまり似ていない。風花よりももっと背が高いがすごくほっそりとしていて、あの重たいボールを上手にあつかえるようには見えなかった。
「あれ。どうしたの」
 廊下に面識のないさんごと悠斗までいるとわかると、ふしぎそうに首をかしげた。
「ちょっと聞きたいことがあって」
 風花がいうやいなや、悠斗がわってはいった。
「あのぉ。佐藤さんは名無しの権兵衛ですか」
 彼女は「え?」といったままかたまり、明らかに動揺していた。
「もしかして、去年、大崎先生が担任だった?」
「……そうだけど」
 満足げな表情をしている悠斗を見下ろしながら、少し不安げに朋絵は答えた。
「悠斗、なんでわかったの」
 風花がびっくりしたようにたずねる。
「大崎先生は佐藤さんのことをよく知っているようなかんじに受け取れたから。この学校の生徒ってけっこう多いし、クラス担任にでもならないとフルネームなんて覚えてないだろうし、ぱっと見かけただけで誰が誰と兄弟とかわかんないんじゃないかと思って」
「でも……」
 さんごは首をかしげた。朋絵本人は認めているけど、まだわからないことがあって聞いてみる。
「担任になったのが去年とは限らないんじゃない? それとも悠斗は大崎先生がどこのクラス担任だったか覚えてたの?」
「まさか。他の学年のことに興味はないよ」
「じゃあ、なんで」
「あの答案用紙、少しくすんでたでしょ。おれたちに配られた答案用紙より時間が経過している。去年か、おととしか、その前か。過去は過去でもあの算数のテストは五年生用だ。今六年生の佐藤さんがあのテストの答案用紙を受け取ったとするのなら去年しかない」
 そっか。あのテストは五年生用だし、その答案用紙を持っているとしたら六年生以上で、在校しているのはいまの六年生だけだ。
「それじゃあ、朋ちゃんは五年生の時、あの答案用紙を二枚受け取っていたの?」
 風花が顔を向けると、朋絵はばつが悪そうにうなずいた。
「二枚重なって配られたの。返そうかなと思ったんだけど、全員の分が足りてたみたいだったし、そのまま持って帰っちゃって」
 風花も気をつかってか、ひっそりたずねる。
「で、今まで持ってたの?」
「そう。今まで受けたテストは学年ごとにファイルに全部はさんでるから」
「学年ごと?」
「うん。一年生の時からずっと今までの分」
「えっー!」
 さんごたち五年生三人組が驚いていると、それを見た彼女も目を丸めた。
「とっておかないの?」
 さんごたちは顔を見合わせて首を振った。
 まさか、彼女の几帳面さが名無しの権兵衛を生み出したとは。
 百点満点のカラクリは、去年同じテストをやって答えを知っている朋絵が、余分に受け取った答案用紙に記入したからだった。職員室の大崎先生の机でわざと答案用紙を落としてばらまき、その中に紛れ込ませたのだ。
 大勢の先生が見ている前で。
 さんごならそんな度胸はなかった。
 感心したような声を上げつつ、風花はたずねた。
「弟も今まで受けたテストを捨てずにとってあるの?」
 朋絵は肩をすくめた。
「どうだろ。朋久の机はごちゃごちゃしてるからよくわかんない。でも、ちらっと見たら机の上にテストの問題用紙が無造作に置いてあって、それがわたしが去年やった問題と全く一緒だって気がついたの。もしかしたら朋久もそれを知ってわたしの机をのぞき見たのかもしれないって」
 落ち着かないように指をいじりながら、朋絵は表情をくもらせた。
「実はノートの位置が少しずれてて、机の中を誰かが勝手に見たみたいなの。カンニングみたいなことして朋久がいい点を取ったらよくないでしょ。なんかおかしなことが起こったら、先生に気づいてもらえるんじゃないかと思ったんだ」
「だったら弟に直接聞けばよかったのに」
「もし違ってたら逆効果じゃん。知らなかったのに知ってしまったら、次のテストからはわたしのファイルを盗み見ると思う」
 しっかり者のお姉さんだが、大崎先生にちょっと相談してみればすんだかもしれないのにな、とさんごは思った。
 でも、無事解決したのだからよかった。
 ちらりと見ると悠斗はどこか得意げな顔をしている。なんだったらちょっとえらそうに朋絵を見上げた。
「机の中を勝手に見たのは弟じゃなかったようだね。結果はいつもどおりだったみたいだし」
「うん。やっぱりお母さんだろうな。考えてみれば朋久はわたしになんか興味ないし。なんで親って子供のことをあんなにも知りたがるんだろう」
 きっと、お母さんも娘が感づいていることに気がついてないだろう。
 自分の母はどうだろうかと、さんごは考えた。
 まわりの友達とくらべてもさんごの兄弟は多いし、ひとりひとりにかまってられないほど、てんやわんやの毎日で、それでもさんごのことは自分好みに育てようとしていたが、ここのところ、子育てに疲れ果てたのか、気力が落ちていると、子供ながらに感じていた。
 机の中を盗み見るほど自分のことを知ってほしくはないが、無関心でいられたら、それはそれで切ない気持ちではある。

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