ぼんのうとこころと

今日の西遊記を見ていて
ふと思い至ったことがある。
自分達の欲、というものの大きさは
どの程度なのだろう。

三蔵もやはり人の子。
~が欲しい、が存在して当然。
だが、三蔵は水を井戸から汲み上げながら
こう言っていた。

私の中にあくまがいる。

仏に仕える身として
欲を打ち消さなければ、という
三蔵の思いからの言葉だった。

私たちにも存在している。

~がほしい、と思った途端に
ものに所有され、執着して
中々抜け出せない、ということは
覚えがあると思うんだ。

だから私は。
三蔵を責めたり、心ない言葉で
貶したりはしない。
悟空がそんな三蔵に伝えた言葉が
ものがっていた。。
 

お坊さんも人の子じゃねぇか。

そして、自身をこう表現していた。
『俺なんか、煩悩が着物着て
歩いてるみたいなもんだ』
悟空は確かに、暴れるし
時に乱暴ろうぜきもある。
それでも、どこかで
思いやりも、育ってきているように
見えて、微笑ましいと思った。

誰にでも存在している。欲。
打ち消す方法は
いつでもシンプルなのかもしれない。

本当に心から欲しいものか

それを常に問いかける事。
三蔵が自分の欲と向き合い
己の弱さを知ったように私たちにも
同じように、自分を見つめ直す時期は
来るのだろうな、と。

完璧な人間など何処にもいない。
だからこそ、向き合うことが大切だ。
今回、私は向き合う事への
本質を三蔵から教えて貰えた。

夏目雅子さん、三蔵法師様。
ありがとうございます。

自分の欲と向き合う
そこから全て始まっていくし
向き合うことで自分が見えてくる。
その自分を思いきり愛せたら
慈しめたら、いいな。