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【中編戯曲】他人の鯰

他人の鯰

作 松永 恭昭謀
登場人物 
カタツグ
カタオ
アキ

下手に、ベランダ。
そして、部屋と続いている。
ベランダには、原付バイクがある。
部屋には、特に家具はなく、カラーボックスの上の壁に、曼荼羅に似た複雑な模様の布がかけられている。

ベランダに、男(カタツグ)が座り、バイクをいじっている。
どこからか、声が聞こえてくる。どうやら、それはラジオらしい。

ラジオの声 本日は午後から、嵐になりそうです。外出をされる方は、十分にお気をつけください。それでは、午後のひと時、音楽とともに。

音楽が流れてくる。
カタツグ、立ち上がり、体を大きく伸ばす。
そして、地面のほうを見て、手を振る。

カタツグ ども。今日は井上さんは? ああ、ほうですか。今日は嵐いうてましたからねぇ。それにしても、ええ天気ですわ。はは。みかんですか? みかん。ええですねぇ。もう、そんな季節ですか……。

部屋にどたどたと、鯰のマスクを被り、上着を着て、大きめのビニール袋を持った男(カタオ)が、駆け込んでくる。

カタツグ あ、おかえり。
カタオ た、助けて!
カタツグ ?

カタツグが部屋に戻る。
女(アキ)が駆け込んでくる。

アキ まちぃよ!

と、カタオを捕まえ、マスクを無理矢理ひっぱろうとする。
カタオ、ビニールを投げ出し、必死に抵抗する。

カタオ ちょ、ちょっと……。
アキ 逃げんな!

と、プロレスのマスクの剥ぎ取りあいのようなことをやり始める。

カタツグ もう、やめときいや。

というのだが、二人ともまったく聞いていない様子なので、諦めてベランダに出て、バイクをいじり始める。
カタオがアキを突き飛ばす。倒れて、驚くアキ。

アキ なん!

カタツグが部屋の方を見る。

カタツグ どうした?
カタオ あ、ごめん。
アキ イタイ……。
カタオ あ……、大丈夫?
アキ 大丈夫? そら、ないわ。
カタツグ どうしたんな?
カタオ いや。
アキ なんでそない嫌がるん?
カタオ いや、別に嫌とかそんなんとか。
カタツグ 何? どしたん?
アキ ええやん。別に。顔みるぐらい。
カタオ いや、まあ。
アキ 後ろめたいん? 
カタオ ……。
アキ 怖いん?
カタオ いや、ちょっとひつこいから。
カタツグ なあ……。(アキに)もう、やめときいよ。
アキ なんで? イタイん私やん?
カタツグ なあ、どないしてん?
アキ なにい!
カタツグ ……なんか、変やぞ。
アキ 誰が? 私が?
カタツグ だから……、落ち着けて。
アキ もうええわ!
カタツグ おい……。

アキ、バイクを蹴り、走って去る。
その瞬間、音楽が消えた。

カタツグ おい!
カタオ ごめん。
カタツグ 兄ちゃんのせいちゃうよ。
カタオ ほうか? ……。

気まずい沈黙。
カタツグ、溜め息つきつつ「あ~あ、またやり直しや」等と、ぶつぶついいながら、バイクいじりに戻っていく。
カタオ、そろそろとバイクの方にくる。

カタオ なあ、それ、なに?
カタツグ え?
カタオ いや、それ。
カタツグ なにって。兄ちゃんが直してくれっていうたんやんか。
カタオ いや、まあ、そうやけど。オレ、渡したんってなんやったっけ?
カタツグ 携帯ラジオ。
カタオ これは?
カタツグ 携帯ラジオ。
カタオ バイクやん!?
カタツグ そう?
カタオ いや、どっからどうみてもバイクやん! タイヤあるやん。ハンドルあるやん!
カタツグ そう! TZR250用イグニッションコイルに、デンソウイリジウムプラグ・初期型JOG90用アクセルワイヤーコネクタ&エアクリーナーダクトほんでもって、メットインJOG50用ロータベース&CDI・アクシス90用プーリーボスワッシャ&3枚クラッチ・シグナス125用クラッチスプリング、さらに3FCトルクカム。な!
カタオ いやいや。
カタツグ さらに、ノイズキャンセリングもつけてみたよ。
カタオ やのうてよ、いやいや、おれは、ラジオを直していうたやん。
カタツグ いや、ラジオにバイクつけてみたら、便利かなと思って。
カタオ いや、どっからどみても、バイクメインやから。これで、ラジオとして、どうやって持ち歩くねんな。
カタツグ 分かってないなあ。ラジオとして、いつまでも、携帯されるだけじゃなく、携帯する側へ。携帯革命やで!
カタオ 勝手に革命おこすな!
カタツグ そこはほら、使う人しだい?
カタオ ……。肝心のラジオは直っちゃあるんか?
カタツグ いや、それは……さっき直っちゃあったのに、二人がほたえるからさぁ……。
カタオ ああ~、さっぱりわやよ! 
カタツグ そや、部品、頼んじゃったやつ。買ってきてくれた?
カタオ ああ……。えっと、あ、あったあった。これでええんか?

と、部屋に投げ出されていたビニール袋をカタツグに渡す。

カタツグ お、センキュセンキュ。わりな。兄ちゃんも外でたらやばいんやろ?
カタオ ええよ。泊めてもうてるし。おまえらよりはまあ、ましやし。
カタツグ ほう? あんがっとう。あ、これこれ、これで直るはずやよ?

と、袋からなにやら部品をとりだし、再びバイクをいじりだす。
間。
カタオ、外を気にする。

カタオ なあ。
カタツグ ん?
カタオ ええんか?
カタツグ え?
カタオ ほっといて。でてってもたけどよ。
カタツグ ああ、アキんこと?
カタオ うん。
カタツグ ええよ。
カタオ ……。
カタツグ どうせ屋上やよ。あいつかて外、でられひんのやし。
カタオ まあ、……ほうか。
カタツグ ときどきな。あいつ行きおるんよ。
カタオ ……なあ。アキちゃん。なんかいらいらしちゃある?
カタツグ ん? まあ。ほうかな。
カタオ やっぱ、わいのせいかな?
カタツグ  え? なんで?
カタオ いや、まあ。なんかず~っとやん。
カタツグ いや、ほう?
カタオ 生理?
カタツグ いや~、ちゃうやろ~。
カタオ あ~、ほなやっぱ、わいのせいちゃうん?
カタツグ え? なしてえ。
カタオ いや、急におしかけてきてもたし。
カタツグ ああ、……あ~、まあ、それもないともいえんけど……。まあ、まあ、ちゃうて。他にもな、ほれ、色々あるんよ。
カタオ ああ。ほうか。まだあるねんな。
カタツグ むしろな。なんか、今の方が。
カタオ ほうか。
カタツグ まだ大事件起こすとかな、おもてんのやろかな?
カタオ はは、まあ。こんなラジオをバイクにしとったらな。怖いでおまんの技術力は。
カタツグ ほっかな?
カタオ まあ、ラジオ直してもうたらな、行くさけよ。そのラジオでよ。
カタツグ はは。まあ、ゆっくりしてったらええやん……。って、まあおちつかんか。ここなあ。
カタオ ハハ。ちっとな。
カタツグ ハハ。ま、アキん事は、あんま気にしいひんでええからよ。
カタオ ほうか……。

間。
カタオはつめをいじったりしている。
カタツグ、バイクをいじるが……。

カタツグ あ~……。
カタオ ん?
カタツグ あかんわ。
カタオ どした?
カタツグ いや、やっぱ部品足りんくなったわ。
カタオ またかよ。
カタツグ さっき二人が無茶しおるから。あと、ここだけやねんけどな。あと、一個。
カタオ つうか、普通のラジオでええんやけどな。わいは。
カタツグ ま、そない言わんでよ。
カタオ もう、嫌やで、また買いに行くん。なんか外やばいしよ。
カタツグ じゃ、オレ行ってくるよ。
カタオ え?
カタツグ ちょっとやし。
カタオ いやいや、あかんやろ。やばいんやろ?
カタツグ 大丈夫。兄ちゃんもかぶりもんしちゃあったから平気やったやろ?
カタオ いや、オレの場合はまだ借金取りだけやから。
カタツグ ほやけど、それ被っちゃあったら。
カタオ いや、おまんは、全国レベルやんか。
カタツグ ま、売れてるって感じでとらえてもうたら、ええやん。
カタオ いや、売れちゃあるとか、そんなんちゃうやん。
カタツグ だ~、その被りもん貸してえよ。
カタオ え? いや~、やばいやろ。
カタツグ 大丈夫やって。それかぶったら。
カタオ あかんて。
カタツグ 大丈夫大丈夫。

と、嫌がるカタオの被り物を無理矢理はぎとる。

カタオ おい~。
カタツグ え?
カタオ 無茶すんなあ~。
カタツグ あれ? 兄ちゃん?
カタオ え?
カタツグ あ、ごめんごめん。
カタオ 老けたか? まあ、何年かぶりやからな。
カタツグ あ、うん。そ、それにしても、なんでこれなん?
カタオ いや、まあ、鯰の養殖場でな、おみやげ物コーナーでうってたやつ? これやったらまあ、ぎり普通に被っててもアリかな? って。
カタツグ そう?
カタオ いや、ほんまはナイねんけど。
カタツグ ま、ええや。

と被り物をかぶる。

カタツグ ほな行ってくるわ。
カタオ ほんまに大丈夫やねんな。
カタツグ 大丈夫やって。ほな。
カタオ あ、カタツグ。
カタツグ ん?
カタオ もう外寒いで。それやと。
カタツグ ほんま? あ……上着ないわ。
カタオ ほんまかよ。それ着てけよ。
カタオ あ、うん。じゃ、行ってくる。
カタオ あ……お金……。
カタツグ ああ。ええよ。ちょっとやし。
カタオ ほんま、わりな。
カタツグ 借金だらけなんやろ? ええよ。
カタオ ははは。いたいわぁ~。
カタツグ ……兄ちゃん。あんなぁ。
カタオ ん?
カタツグ おってなぁ。帰ってくるから。
カタオ あ、ん? ああ。おるよ。バイクなかったら、どこにも旅にでれんやろが。
カタツグ うん……。せやな。ほな。

カタツグ、カタオの上着を着つつ去る。
少しして、手持ちぶさたなカタオは、バイクを眺める。

カタオ それにしても、すげえな……。あいつ。何考えちゃあんのやろ?

と、バイクのスイッチをひねる。
すると音楽が流れてくる。
カタオがふとバイクの後ろに何かが落ちているのに気づく。拾うとそれは財布だ。

カタオ あっ、あいつのんか。

カタオ、慌てて一度出て行こうとするが、自分が素顔なのに気づいて、部屋にあったビニール袋を被ってみたり、目に穴を開けたりして、そして去る。

少しして、アキが戻ってくる。

アキ あれ?

と部屋を探すが誰もいない。
ふと、バイクの方をみる。

アキ あ、直ったんや……。

そこへカタツグが戻ってきて、バイクの周りをうろうろし始める。

アキ あの……。
カタツグ え?
アキ カタツグは?
カタツグ ん?
アキ カタツグはどこに?
カタツグ へ? オレ?
アキ 違う。カタツ・グ。弟の。
カタツグ え?
アキ え?
カタツグ あ、ああ。
アキ まさか、外に……!?
カタツグ いや、屋上にアキさんを迎えにいったんちゃうかなあ~?
アキ あ、そうなん。
カタツグ そうそう。うん。せやった。うん。
アキ そっか……。会わんかったけど。
カタツグ あ、うん。迷ってるん……ちゃうかな?
アキ そう?
カタツグ うん。
アキ ……。
カタツグ あ、ええん?
アキ うん。ま、外にいてへんのやったら。
カタツグ あ、そう。

間。

アキ あの人。
カタツグ え?
アキ カタツグ。
カタツグ あ、うん。
アキ なんも知らんかったから。そやから。
カタツグ ん?。
アキ だから……。
カタツグ ……うん
アキ 私は、言おうおもたんやけど。みんなが止めて。
カタツグ ん?
アキ でも、だから……。私も。
カタツグ え? 何の話?
アキ え? その、葬式。
カタツグ 葬式?
アキ 葬式にこやんかったん、怒ってるんやろ? だから、カタツグ、連れてこおもてんのやろ? ほんまは。カタツグはなんもわるないんよ。悪いんは、私。いわんかった私なんよ。
カタツグ え? 何の話?
アキ だから、カタツグせめんといてな。
カタツグ だから、何? 葬式?
アキ え? お母さんの。
カタツグ え?

カタツグ、バイクのスイッチを回した。
音楽が消えた。

アキ だから、お母さんの。
カタツグ 誰の?
アキ だから、お母さんの。
カタツグ いや、誰のお母さん?
アキ え? カタツグの。
カタツグ え? おかん?
アキ うん。
カタツグ え? 死んだん……。
アキ ……え? せやから来たんとちゃうん?
カタツグ ……。
アキ やから連れ戻しに。あん人。カタツグ。
カタツグ え、ちょっと待って。え? いつ?
アキ えっと、先月の13日。
カタツグ ああ。
アキ 知らんかったん?
カタツグ ああ、そう。13日。
アキ ほんまに?
カタツグ ほうか……。あの日か?
アキ うん。
カタツグ ほぅ……。
アキ 知らんかったん。
カタツグ はは、まあ。
アキ そう。
カタツグ ほっか……。
アキ ……。
カタツグ ……。

小さな沈黙。

カタツグ ほうか~……。なんも知らんかったよ。オレ。
アキ ごめんなさい。
カタツグ ほうかぁ~……。おれ、なにしちゃあるんやろ。あ~。
アキ カタツグに言わんといてな。
カタツグ え? ああ。……うん。
アキ あの人、それでなくても、最近変なんよ。
カタツグ え?
アキ なんか……。
カタツグ なんかて?
アキ なんか、時々、消えてまいそうな時ある。
カタツグ そう……。
アキ カタツグ、おらんくなったら私……。
カタツグ ……アキは大丈夫やよ。
アキ え?
カタツグ ……じゃあ。オレ、行くわ。
アキ え? どこに?
カタツグ バイク……ちゃう、ラジオの部品買いにいかな。
アキ ああ。そう。
カタツグ じゃ。
アキ あ? うん。

と、べたりべたりと、ビニール袋を被って、息切れ切れのカタオが、はいずってくる。

アキ きゃっ!
カタオ ぶぉっほ!

カタオ、ビニール袋を脱ぎ捨てる。

カタオ 息できん!
アキ だ、だれ!
カタツグ なにしてるん。
カタオ え? あ、財布。
カタツグ あ、兄ちゃんが持ってたんか。
アキ え?

カタツグ、カタオから、財布を受け取り。

カタツグ ほな。
アキ え? え?

カタツグ、去る。

アキ え?

カタオ、ぜーぜー言いながら部屋に座る。

カタオ はあ。死ぬか思ったよ。
アキ え? 誰?
カタオ キャッ。アキちゃんおったん!?

と、慌てて服を目元まであげる。

アキ ちょっと……え? あれ? 誰?
カタオ ああ、えっと、どうも兄です。カタツグの兄のカタオと申します。どうも。
アキ お兄さん?
カタオ ああ、どうも。
アキ え? じゃあ、今のは?
カタオ カタツグやけど。
アキ え?! 嘘。
カタオ はあ~、いや、こう蒸れてな。こうビニールがこう、べったーってな、なってよ。
アキ じゃあ……。
カタオ いや、あかんよ~。ビニール袋はかぶったらいかんよ~。
アキ ……。
カタオ え? どしたん?
アキ ……え? で、カタツグどこ行ったん?
カタオ え? ああ、なんかちょっと部品がたらんからて。
アキ え? 外に行ったん?
カタオ あ、うん。
アキ あ……!

と慌てて出て行こうとするが、カタオが腕をとって止める。

アキ ちょっと! 離して!
カタオ いやいやいや、君も危ないんやろ?
アキ でも、カタツグが……。
カタオ いや、あいつは今鯰男やもの。
アキ ……じゃあ、そのビニール袋被る。
カタオ いやいやいや。これは危ないよ~。死ぬで。これは悪魔の武器やよ。
アキ もう!
カタオ カタツグやったら大丈夫やて。
アキ なんでそんなんわかるんよ!
カタオ いや、まあ……。ちょっと部品買いに行っただけやよ。
アキ 適当な事いわんで!
カタオ ……大丈夫やよ。
アキ どうしよ……。
カタオ カタツグ、言うたから。ボクに。
アキ ……なんて?
カタオ 帰ってくるって。兄ちゃんおってなって。帰ってくるからって。あいつ、嘘はつかんやん。な?
アキ ……ほんと?
カタオ うん。だから、まと。
アキ ……。

落ち着く、アキ。
長い沈黙。

カタオ あ……、さっきはごめんなさいね。
アキ え?
カタオ いや、さっき、ほら、ドンって。
アキ ああ。
カタオ いや、ちっと力入りすぎてもて。
アキ うん……。
カタオ はい……。

間。

カタオ あの……、ラジオ直ったらね、すぐ行くんで。
アキ ……。
カタオ ハハ。でもなあ……。あれ。
アキ ああ。
カタオ ……まさかこないなことになるとは。
アキ ……。
カタオ もうラジオちゃうやん! なんてね。
アキ ……ええやん。
カタオ え?
アキ もう、ええやん。
カタオ ……いやあ……。
アキ ……。別にラジオなくてもええやん。
カタオ いや、寂しいでしょ。なんもないと。ね? 一人旅ってつらいから。
アキ ……。
カタオ そういうことちゃうよね。ハハハハ。

長い間。

カタオ あの……。
アキ ……。
カタオ なんかあったん?
アキ え?
カタオ 帰ってこやんて。
アキ ……。
カタオ さっき、凄い感じやったよ。
アキ ……言うてもた、おかあさんしんだて。
カタオ え? おかあさん?
アキ うん。葬式の日、あの日やったから。
カタオ ちょっとごめんごめん。え? おかあさんって誰の?
アキ え? カタツグの。
カタオ あ~……ちゅうことは、わいのおかんでもある?
アキ ……あんたもかあ~……。
カタオ あ~、ほんま……。
アキ 最低の兄弟や……。
カタオ え?
アキ いや……。

長い間。

カタオ ははは。偶然とはおそろしもんやね。いや、来てよかったな。
アキ そう。
カタオ いや、たまたま君らの事、ニュースでやっててな。ほら、外の監視してるひとらのインタビュー? で。
アキ そう。
カタオ いや、これからどないしょ~おもてたから。
アキ 何してたん。今まで。
カタオ あ、養殖を。なまずの。
アキ なまず?
カタオ うん、なまず。食用で。日本なまずのね。
アキ そう。
カタオ まあ、全部死なしてもうて、あかんくなったんやけどね。
アキ ……。
カタオ まあ、嵐とかね。ああいうんで、ストレス? ともぐいしてもて。
アキ ともぐい?
カタオ そうそう。するんよ~。ともぐい。ま、日本のだけなんやけどね。まあ、それで、なんか借金まみれの、顔も出せない人生ですわ。てへ♪
アキ ……。

間。

カタオ あの。
アキ ……。
カタオ おかん死んだん。カタツグ、なんか言うちゃあった?
アキ いや……なんも。
カタオ そっか。
アキ まあ。
カタオ あん時、大変やったらしもんね。
アキ ……。
カタオ アキさんもおったん。あそこ。
アキ ……。
カタオ えらい騒ぎやったもんね。
アキ ……。

小さな間。

カタオ あいつ、なかなか帰ってきいひんな。
アキ だから……。
カタオ あいつ、変わったよなあ。
アキ ……。
カタオ ま、五年も会うてへんかったもんな。
アキ カタツグは……。
カタオ ほんまは変わってへんのかもしらんけど。
アキ 私、しらんから。カタツグの昔とか。
カタオ はは。オレは最近のあいつしらんよ。んで、しらんまに神様なりおる。すごいやつやよ。ハハハ。

ドアの開く音。

カタオ あ、帰ってきたんちゃうん?

カタツグがみかんを手に入ってくる。

カタツグ ただいま
アキ カタツグ?
カタツグ あ、ばれた?
カタオ おかえり。
アキ ちょっと、被りもんなんかやめてよ。
カタオ え?
アキ きしょく悪い。ええ大人が。
カタオ え?
カタツグ ほうかな?
アキ 外して!
カタツグ うん……。
カタオ いやそこまでいわんでも……。

カタツグ、被り物を外して、置く。
するとカタツグの頭に包帯が巻かれている。
カタオ、ささっとかぶり物を拾って被り物を被る。

アキ ちょっと、それどないしたんよ!
カタツグ ん?
カタオ 外の奴らにやられたんか?
カタツグ ま、ちょっとな。

カタツグ、二人の所に来て座る。

カタツグ 寒なってきたな……。
カタオ そやな……。
アキ ちょっとなにのんきにいうてんの! 大丈夫なん!
カタツグ うん。全然平気やで。
アキ 逃げ出してきたん!
カタツグ 部品ええのあってんよ。

カタツグ、原付の所に行く。

アキ 聞いてんの!
カタツグ 大丈夫やって。あの人等もな、まじめに考えてやってるだけやなんよ。石ぶつけた人とちゃう人がな、治療してくれて。ほれ、みかんももうた。食べる?

と、みかんを差し出す。
アキ、みかんを叩き落とす。

アキ なんよぉ! それ!
カタツグ ええやん。
カタオ はは。
アキ ……。
カタオ すんません。
アキ それでええん?
カタツグ ええやん。そんなん別にな。むこうもな、いろいろ派閥みたいなんあるみたいやよ。はは、うちみたいやな。はは、うちは、おまえとおれの二人だけになってもうたけどな。
アキ ……。
カタツグ あ、そうそう。バイクの部品買いに行ったんやったな。忘れとった。はは。これ、つけたらな、パワーめっちゃあがるねんで!

カタツグ、ベランダにでてくる
そして、再びバイクをいじり始める。
カタオがベランダに出てくる。
そして、ベランダの外を眺めている。

カタオ 風つよなってきたなぁ。
カタツグ せやなぁ。さっきまで、ええ天気やったのに。よし、これで、オッケー!!
カタオ 直ったん。
カタツグ うん。
カタオ そうか。
カタツグ あ、危ない!

カタツグ、カタオを退ける。
石がベランダに飛んてきて、カタツグの頭に当たる。
カタツグが頭を抱える。
アキがあわててベランダに出てくる。

アキ ちょっと!
カタオ 大丈夫か?
カタツグ あ、うん。大丈夫、大丈夫。
アキ そ、それ……。

カタツグの頭の包帯から、血が滲んでいる。
カタツグ、ベランダから外を眺めている。

カタオ おい! 危ないぞ。
カタツグ 兄ちゃん。
カタオ ん?
カタツグ ほれ、見てよ。
カタオ ん?

カタオも、外を眺める。

アキ 危ないから! 中入って!

アキ、カタツグにすがりつく。
カタツグ、それを振りほどく。
アキ、倒れこむ。

アキ ………。

アキ、じっとカタツグを見つめている。

カタツグ なんであの人等はあんな怒っちゃあるんやろな?
カタオ さあなぁ?
カタツグ オレら悪もんかなあ?
カタオ まあなあ。ヒト、死んじゃあるからなあ。
カタツグ オレ、なんもしらんかってんよ。ほんまに。ほんまやで。
カタオ そうか。
カタツグ 信じてくれんの?
カタオ オレには分からんよ。でも、なあ。それは大事やないんやろ。あの人等には。
カタツグ 仲良うなりたいなあ。あの人らとも。ムリかな?
カタオ ムリやろ。
カタツグ あ、井上さんや。
カタオ あのヒトか?
カタツグ うん。いつもな、いろいろくれて。石塚さんって人も。ほら、あの人、さっき、みかんくれてん。なんであんな顔してるんやろ。お~い。みかんありがとう~。

と、手を振る。

カタオ おい、あそこのやつ、なんかもっとるぞ。危ない!

ベランダに石が投げ込まれる。
それを眺めるカタツグ。
はげしい雨が降ってきてようだ。

カタオ 危ない。部屋入っとけ。
カタツグ うん……。

カタツグ、部屋に入り、アキを見る。
アキとカタツグ、しばらく見つめ合ったままコトバなく。
カタオ、バイクのスイッチをひねり、音楽がなる。

ラジオの声 午後は、大雨になる予定です。お気をつけください。えっと、はい。ここニュースが入ってきました。先日から問題になっていた、W市の宗教団体立ち退き問題ですが、本日、強制捜査が入る模様だという情報が入ってまいりました。詳しく情報が入り次第、またお伝えいたします。それでは、音楽をお聞きください……。

音楽がなっている。

アキ ねえ? さっきの怒ってる?
カタツグ ん? 別に。

間。

アキ いやなん? 代表やるん。
カタツグ ……。なあ。
アキ どうなん?
カタツグ オレは一体なにやっちゃあるんやろな?
アキ 何って?
カタツグ ここに閉じこもってなんもできてへん。
アキ そんなん。
カタツグ なんかちゃうよな。
アキ しゃあないやん。
カタツグ ふ~。楽しい?
アキ 楽しいとかそんなん違うやんか。
カタツグ 楽しかったやん。前は。みんなでな。
アキ 分かるけど。それは。
カタツグ なんでこないなったんかなあ~。
アキ そんなんいうて、どないなるんよ。
カタツグ お前は素敵やわ。
アキ は?
カタツグ ハハ。その、「は?」って顔好き。
アキ なんやの!
カタツグ ま、楽しかったな。アキとおって、兄貴とも五年ぶりに会うて。
アキ かったって……。

カタオ、バイクの上に立ち上がり、ベランダから外を睨み、そして、笑った。

カタツグ 兄貴あれなんしとんや。はは。
アキ なんで過去形なん? ねえ。
カタツグ な。子供作るか?
アキ え?
カタツグ そうしよら。うん。それ、ええな
アキ どしたん? 急に。
カタツグ ん、いや、ふと。
アキ ねえ。
カタツグ あ。
アキ 家族。
カタツグ ほら、兄貴。
アキ 欲しいん?
カタツグ 兄貴、なんかやってるよ。
アキ !
カタツグ ……アホやよなあ。
カタオ カタツグ!
カタツグ ん?
カタオ こんな嵐の日やったわ!
カタツグ 何が?
カタオ 鯰や鯰!
カタツグ ああ。
カタオ せや! あいつら、共食いしおる! ストレスや、なんやで、共食いしおるんや! むちゃくちゃやぞ! 不安で不安でいっぱいなって、仲間を食い散らかしおるんや! ははは。
カタツグ ……。
カタオ お前、空は飛べんのか!
カタツグ 飛べんなぁ。
カタオ 石をパンにはできんのか!
カタツグ できんなあ。
カタオ 生き返られへんのか!
カタツグ わからんわ。死んだことないからなあ。
カタオ はは、神様いうても、そんなもんか。
カタツグ 神様ちゃうよ。
カタオ そうか。ははは。
カタツグ ははは。
アキ どしたん?
カタツグ ……。
アキ なんでわろてんの?
カタツグ ハハ。
アキ ……。

アキ、それを黙って見ていたが、がっと立ち上がり、カタオの所へ行く。

アキ 見して。
カタオ え?
アキ 顔。
カタオ え?
アキ あんた、誰なん?
カタオ カタツグの兄。
アキ 嵐の時、鯰の養殖の池で溺れてたって。
カタオ ……。
アキ そこで死んだんよ。お兄さんは。
カタオ ……。
アキ その日から、カタツグ、なんかおかしなってもた。
カタオ そっか……。
アキ 見せて。
カタオ いや……。
アキ あんたの本性。ほんまの顔。
カタオ あかんって……。
アキ あんた! なにもんよ!

アキが執拗にカタオの被り物を取ろうとする。
カタオ、必死に抵抗する。
それをぼうっと見ているカタツグ。
追いかけっこする二人は、部屋の中、外と、暴れ回る。
二人の追いかけっこは真剣そのものだ。

カタツグ あああ……。

とカタツグが息を吐いた。

雷の音。
電気が消えた。
ドアをノックする音。
大勢の足音。

カタオ 共食いや! 共食いしおるで! ははは!

いろんな音楽が消えた。

バイクのエンジン音とともに、ヘッドライトがついた。
音楽が聞こえた。

声1 これはなんだ?
声2 バイクでしょ。
声3 ラジオ?
声2 バイクでしょ。
声3 ラジオもついてますよ。
声1 そういうことじゃないんだ。
声2・3 はい。
声1 これはなんだ?
声2 爆弾でいいですか?
声3 ありきたりっすね。
声2 じゃあ、なんだよ。
声3 毒ガス発生器ですよ。ほら、後ろから黙々と。
声2 バイクだろ。
声3 いや、どっちかといえばラジオですよ。
声2 バイクだよ。
声3 ラジオです!
声1 そういうことじゃないんだ!
声2・3 はい。
声1 これは、な・ん・だ!
声2・3 危険物。
声1 そうだ。やつらは、危険物を開発していた。我々は任務をとげた、以上。
声2・3 はい!

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使用許可について

基本無料・使用許可不要。改訂改編自由。作者名は明記をお願いします。
上演に際しては、観に行きたいので連絡を貰えると嬉しいです。
劇団公式HP https://his19732002.wixsite.com/gekidankita

劇作家 松永恭昭謀(まつながひさあきはかりごと)


1982年生 和歌山市在住 劇団和可 代表
劇作家・演出家
深津篤史(岸田戯曲賞・読売演劇賞受賞)に師事。想流私塾にて、北村想氏に師事し、21期として卒業。
2010年に書きおろした、和歌山の偉人、嶋清一をモチーフとして描いた「白球止まらず、飛んで行く」は、好評を得て、その後2回に渡り再演を繰り返す。また、大阪で公演した「JOB」「ジオラマサイズの断末魔」は大阪演劇人の間でも好評を博した。
2014年劇作家協会主催短編フェスタにて「¥15869」が上演作品に選ばれ、絶賛される。
近年では、県外の東京や地方の劇団とも交流を広げ、和歌山県内にとどまらない活動を行っており、またワークショップも行い、若手の劇団のプロデュースを行うなど、後進の育成にも力を入れている

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