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【中編戯曲】きょうのごはん アンドロイドの僕と問題のない冒険譚

きょうのごはん アンドロイドの僕と問題のない冒険譚

登場人物
安藤君 
林さん
青葉さん
ある男


電車の走行音。
女(青葉さん)と男(安藤君)が並んで座っている。
二人の後ろには町並みが流れてゆく電車の車窓の映像。
安藤君はノートを持ちながら窓の外を眺めている。(安藤君は常にノートを持ち歩いている)
青葉さんと安藤君は手をつないでいる。
青葉さんは安藤君をみつめている。

安藤君 少し眠たくなってきたよ。
青葉さん そう。もう無理?
安藤君 そうだね。限界。
青葉さん そう。
安藤君 これ。

安藤君がノートを青葉さんに渡そうとするが途中で力尽きてノートが落ちる。
青葉さんがノートを拾う。

青葉さん 21●●年●月●日。(公演日の95年後)ボクが出来た。21●●年●月●日。(公演日の98年後)。林さんに薦められてノートに記録を残し始める。21●●年●月●日。(公演日の99年後)自分について説明される。

急激な無音そして暗転。

安藤君 簡潔に説明された情報によるとボクはあの男のクローン。つまり遺伝情報をコピーして作られたアンドロイドらしい。しかしながら、あの男とボクは記憶情報を共有していない。林さんからすれば性格や反応の仕方などはあの男とボクはそっくりらしいのだが、それが特にボクにとって有用なことではないと思われた。遺伝情報から来る性格などの共通点の多さは当然のことだ。


明転。
机と椅子がある。
安藤君が椅子に座ってプリントに何かを書き込んでいる。
その前に座って林さんが安藤君の手を眺めている。

安藤君 21●●年●月●日。(公演日の100年後の一ヶ月前)朝午前七時・起床。午前八時・朝食。鮭の切り身にサラダ。ご飯と味噌汁。午前八時半より林さんより出された課題をこなす。それはその時々なのだが学問一般教養時には運動なども。運動はあまり好きになれないがこうやってわからない問題をこなすことは非常に楽しい。
林さん 本当に綺麗な手。
安藤君 林さんは常にボクとあの男を比較する。ボクと彼の違いを指摘する。

林さん あの人はよく考え事をするときに爪を噛んでいたの。あの人が言うには爪じゃなくて爪の横の皮膚だっていうけど。同じよね。いつも彼の指はボロボロだったもの。あなたにはその癖がない。とても綺麗な手をしている。別に真似をしなくてもいいの。だってよくない癖だから。そうでしょ。

安藤君 できました。

安藤君プリントを林さんに渡す。
林さんプリントを眺める。
安藤君林さんの手を眺めている。
林さんそれに気づく。

林さん 私の手ぼろぼろでしょ。あの人は私の手になんか何にも言わない。
安藤君 ……。
林さん 問題なしね。

安藤君 問題なし。彼女はいつも変なアクセントをつけてそう言う。問題なし。その課題に対して問題がないのか、もしくはボク自身に対してなのか。

安藤君 あの。
林さん 何。
安藤君 ボクはなぜ作られたんでしょうか。
林さん なぜあなたが作られたか。
安藤君 はい。
林さん そう。

林さん去る。
そのまま座って待つ安藤君。

安藤君 正午昼食・月見うどん。午後一時よりあの男がやってくる。

しばらくしてある男がやってくる。
そして林さんの座っていた椅子に座り安藤君の事をまっすぐ見る。

ある男 やぁ。
安藤君 はじめまして。

遅れて林さんが安藤君の後ろに立つ。

ある男 君は私だ。
安藤君 (振り返り林さんを見る)
林さん あなたは彼なの。
安藤君 あなたはボクだ。
ある男 (首をふる)間違っちゃいけない。君は私だが私は君ではない。
安藤君 (林さんを見る)
林さん 今はわからなくても問題ないわ。
安藤君 そうですか。
ある男 私がいうのも変だが、実に君は優秀だ。
林さん ええ。

安藤君、交互にある男と林さんの顔を見る。二人は微笑んでいる。
少し笑顔になる安藤君。
暗転。


安藤君 午後六時夕食。豚肉のショウガ焼きにサラダ。ご飯と味噌汁。午後七時二時間の自由時間。林さんに勧められてこの記録をつけるようになる。しかしこれがいかに困難な事なのかを思い知る。時間と献立が紙を埋めていく。肉と魚が交互にでており季節の物が第二第四水曜日。それ以外は一ヶ月単位でのローテーションになっている。林さんにいわせれば、

林さん 理想の食事よ。

明転。
安藤君が寝転がってノートに何かを書いている。
林さんが椅子に座ってそれを眺めている。

安藤君 そう言う。
林さん 理想の食事よ。
安藤君 理想。
林さん 栄養的にも、もちろん味の面でも。
安藤君 味も栄養も理想的。
林さん ええ。間違いなく。
安藤君 理想じゃない食事ってどういうもの。
林さん 理想じゃない物。
安藤君 栄養的にもちろん味の面でも。
林さん ジャンクフードかしらね。よく言う感じだとね。
安藤君 ジャンクフード。
林さん ええ。ハンバーガーなんかね。
安藤君 それは味も栄養も理想的じゃない。
林さん そういうわけでもないのだけど。
安藤君 どういう事。
林さん 問題ありだけど好きな人は多いわ。
安藤君 意味がわからない。
林さん そうね。私もわからないわ。

と作ったような笑顔である。

安藤君 ボクにはわからない事が沢山あるんだね。
林さん ええ。たくさんね。
安藤君 教えてはくれない。
林さん あなたに必要なら教えるわよ。
安藤君 そうかありがとう。
林さん いいえ、どういたしまして。
安藤君 昨日はね林さんが夢に出てきたんだよ。
林さん 私が。
安藤君 そう。ボクが林さんに難しい事を教えるんだ。内容は覚えていないんだけどこれはこういうんだよって。そしたら林さんはすぐにわかってしまう。優秀だったよ。とても。
林さん そう。ありがとう。
安藤君 起きているときは逆だね。
林さん そうね。
安藤君 ボクがね言うんだよ。「問題ない」ってね。
林さん 本当に私みたいね。
安藤君 そうなんだ。

ふと林さんが悲しそうな顔で安藤君を見つめていた。

安藤君 どうしたの。
林さん なに。
安藤君 いや。
林さん 今日はもう寝ましょう。
安藤君 まだ五分あるよ。
林さん 明日は外に行きましょうか。
安藤君 外に。
林さん ええ。
安藤君 どこ。
林さん 明日教えてあげるわ。
安藤君 そう。
林さん ええ。おやすみなさい。
安藤君 おやすみ。

林さん去る。

安藤君 午後九時就寝。夢を見たりみなかったり。

暗転。


車の走行音。
明転。
安藤君が椅子に座って外を眺めている。
林さんが前のイスに座って運転のような事をしている。
どうやら車の中らしい。

安藤君 寒いね。
林さん 窓を閉めようか。
安藤君 いいよ。このままで。
林さん そう。冬だからね。
安藤君 そうか冬だからか。
林さん ええ。外に出るのは初めて?
安藤君 あるよ。
林さん そうだった?
安藤君 うん。
林さん どこ。
安藤君 海だよ。海。
林さん ああそうね。海。
安藤君 あの時は暑かったとても。
林さん 夏だった。
安藤君 そう。泳げたよ。
林さん 泳げた。
安藤君 最初はもちろん泳げなかったけど、泳げるようになったんだよ。
林さん そうね。
安藤君 簡単だよ。体をリラックスさせるんだ。そうするとね体が水に浮かぶんだよ。それがコツだね。ただクラゲっていうのには参ったね。知ってる? クラゲ。
林さん クラゲ。
安藤君 そう。クラゲ。クラゲはね刺すんだよ。とっても痛い。体がちぎれるんじゃないかってぐらいね。
林さん 怖い。
安藤君 いや怖くはないよ。クラゲだってね生きてるんだから。むしろ何の配慮もなく彼らの生活圏に入り込んだボクが不注意だよ。うかつだったね。ボクはやや初めての海ってやつにうかれてたんだね。
林さん ええ。
安藤君 勉強になったよ。ちぎれるほどの痛さってやつと海の一面をね。
林さん かしこいのね。

安藤君は窓の外を眺めている。
林さんが車を止めた。

林さん この辺りの景色見覚えない。
安藤君 わからない。ここどこ。
林さん そう。あの人はここでね私に言ったのよ。自分は死ぬんだって。
安藤君 そう。
林さん あなたは考えるの? 死ぬかもなとか。
安藤君 考えた事ないよ。
林さん そう。じゃ考えてみて。怖い? 死ぬのが。
安藤君 死ぬのが。
林さん そう。
安藤君 わからない。
林さん イエスかノーかの問題よ。
安藤君 わからないよ。死んだ事ないんだから。
林さん 誰だって死んだ事ない。
安藤君 林さんはどうなの。
林さん 私。
安藤君 そう。
林さん 怖いわよ。でもそんな事より怖い事が沢山ある。そんなの小さな問題なの。本当に怖いのは、
安藤君 どうしたの。
林さん ……。
安藤君 どうしたの。

林さんの携帯が鳴る。

林さん はい。そうですか。はい。
安藤君 ……。
林さん ごめんなさい。帰りましょう。
安藤君 そう。

林さんが車を動かす。
安藤君はじっと外を眺めている。
長い沈黙。
安藤君ちらっと林さんを見る。
林さんはじっと前を見て運転をしている。

安藤君 ボクは怖くないかもしれないね。
林さん そう。
安藤君 死んでも元に戻るだけでしょ。
林さん 戻る。
安藤君 ボクが出来る前に。
林さん でもあなたはいなくなるわよ。
安藤君 そうだけど。
林さん あなたが出来る前に戻れない。あなたがいなくなった後になるの。あなたが出来る前とは全然違う。
安藤君 難しいね。
林さん そうね。
安藤君 人間は時々わからない事をいうんだね。
林さん そう。
安藤君 それが面白いのかもしれないね。
林さん アナタだって人間よ。
安藤君 そうなの。
林さん そうよ。あなただって人間よ。
安藤君 ボクは人間なの?
林さん そうよ。あなた自分がなんだと思ってたの。
安藤君 コピーアンドロイド。
林さん 違うわ。あなたは普通の人間よ。
安藤君 なぜ。
林さん 人間だからよ。
安藤君 それじゃわからないよ。
林さん いいの。それで。
安藤君 そう。
林さん 問題ないわ。

安藤君、自分の手を見つめる。

林さん どうしたの。

安藤君、爪を噛んでみる。

林さん なにしてるの。やめなさい。
安藤君 ごめんなさい。
林さん 早く帰らないと。

暗転。
車の走行音がしばらく続いて止まる。


明転。
ある男が仰向けに寝ている。
男の顔には白い布がかけられ体の前に手が組まれており死んでいる。
しばらくして林さんと安藤君がやってくる。
長い間。
林さんある男の手を握りしめる。

安藤君 死んだ。
林さん ええ。
安藤君 すごいね。
林さん ええ。
安藤君 動かないね。
林さん ええ。動かない。
安藤君 どうなるの。この人はこれから。
林さん 焼かれて灰になって埋められるの。
安藤君 それじゃゴミじゃないか。
林さん ゴミ。その言い方は良くない。
安藤君 ごめんなさい。
林さん こういう時は悲しむの。
安藤君 そうか。そうだね。
林さん そうして。
安藤君 わかったよ。
林さん ありがとう。
安藤君 さっき外へ行ってきたんだ。
林さん ええ。知ってるわ。
安藤君 外は寒かったよ。
林さん ええ。冬だからね。
安藤君 哀しい感じがしたよ。
林さん そう。そうかもね。
安藤君 冬の感じがするよ。
林さん そうかもね。
安藤君 うん。
林さん これ。

林さん、ある男の胸ポケットから懐中時計を取り出して安藤君に渡す。

安藤君 なに。
林さん あなたに。
安藤君 (受け取る)
林さん あの人から。
安藤君 時計。
林さん そのようね。
安藤君 動かない。
林さん そうね。
安藤君 壊れてる。
林さん そうね。
安藤君 こわれた時計だ。
林さん これからの話しをしましょうか。
安藤君 うん。
林さん 大きく状況が変わっていくのよ。
安藤君 そう。

二人去る。
暗転。


安藤君 二一●●年●月●日(公演の一〇〇年後一ヶ月前)。午前七時・起床。午前八時朝食。ご飯と昨日の残りの白身フライ。一人暮らしを始める。状況は一変した。まさか時間と献立で埋められたこのノートが役に立つとは思わなかったが、実際この献立は完璧だったと思わざるをえない。もしくはこのサイクルに慣れてしまった自分には他の選択肢がないのかもしれないが。まず仕事をしなければならないと思い色々面接を受けてみたが、どうも自分が他の人間よりも変であるという実感を得ただけで終わった。実際お金は林さんが多少置いていってくれたので当面困ってはいないのだが、やる事がなくどうしようもなかったのと人間は働くのが義務だという情報があったので、働く。つまり時間と労働力を売って対価を得なければならないと思ったのだ。

明転。
安藤君入ってくる。
下手からエプロンを着けた青葉さんがやってくる。

安藤君 おはようございます。
青葉さん おはよ。
安藤君 それでかなりの回数の試行錯誤を経て弁当屋で職を得た。午前九時。仕事開始。まずは掃除。

二人掃除を始める。

青葉さん ああ眠たい。
安藤君 ……。
青葉さん ああ超だるい。
安藤君 ……。
青葉さん ああ疲れた。
安藤君 ……。
青葉さん ああ帰りたい。
安藤君 ……。

と実際は青葉さんは大して動かず安藤君がちゃっちゃと動いている。

安藤君 最初は理解できなかったのだが掃除というものはかなり面白い。林さんが言っていたが、これからボクは自分で楽しい事やりたい事を見つけてやりたくない事をやらないようにしないといけないらしい。それを考えると、もしかしたら自分は掃除をやりかったのかもしれない。そう考えるほど掃除の作業は非常に楽しかった。まず効率を考える。どこから始めれば早く無駄なく完了するのか。そしてどういう方法をつかえばより効果的に効率よくできるのかを日々改良改善していく。そして改良すればどんどん終了までの時間が短くなり他の仕事にさく時間が出来るのだ。まず第一に考えたのは掃除する内容だ。まず自分たちがなにを掃除しているのか。まずその大半がホコリと油だとボクは考えた。つまり掃除する場所でやり方を変えるだけでかなり効率は変わるのだ。ホコリの場合は布で軽く拭き取るだけでいい。逆に油の場合は適量の洗剤を。

と安藤君が掃除しながらモノローグを喋っていると同時に青葉さんも喋っている。

青葉さん 昨日ね、友達とコンパに行ってきて。全然興味なかったのだけどね、なんかもう泣き落としされちゃって。一生のお願いなんつって。もうお前人生何回やってんだよって感じなんだけど。私もね、断れないお人好しじゃない。で、いやいや行ったんだけどねえ。まさかまさかの芸能人がいてね。ね、ね、誰だと思う? あのね、あのちょっと前までよく出てたロッキー山本。。マジハゲル。もうバンバンギャグやってくれて、私だけ大爆笑してんの。私結構ロッキー好きだったんだよね。で、もう超盛り上がっちゃって。でもさあなんか、ロッキー友達の連れてきたね超かわいい娘とどっかいっちゃうし。もう結局顔よ。顔。でしょ? そんでさあ、なんかくやしいじゃない。いや別にどうこうなりたいって訳じゃないんだけどね。なんかくやしいし。それで残り物ズで朝まで飲んじゃって、もうゲロゲロ。マジ死んだ。

安藤君 え。死んだんですか。
青葉さん そうもう地獄ね。
安藤君 生き返ったんですか。
青葉さん いや。ぎりぎり生きてるって感じ? でも今日ここ君一人になっちゃまずいなって来たのよ。感謝してよ? 後でジュース欲しいわ。
安藤君 どうやって生き返ったんですか。
青葉さん だから後輩愛よ。後輩愛。愛でなんとなるもんよ世の中は。
安藤君 愛でなんとかなるんですか。世の中は。
青葉さん そうよ。オール・ニーディズ・ラブよ君。愛が地球を救うんですよ。涙ちょちょぎれ。
安藤君 愛は地球を救うんですか。
青葉さん そうよ。真理真理。
安藤君 真理なんですか。
青葉さん そうよ。
安藤君 青葉さん。
青葉さん なに。
安藤君 すごいですね。こんなところで真理を知るとは思っていませんでした。
青葉さん そうよ。真理はどこにあるかわからないからね。感謝しなさいよ。ジュース欲しい。
安藤君 そうか。あの一つ質問していいですか。
青葉さん いいわよ。私は今コンビニで売ってるストロー、プシュって刺す方のコーヒーが飲みたい。
安藤君 愛ってなんですか。
青葉さん 愛が何か。
安藤君 はい。愛とはなんですか。
青葉さん 愛ねえ。アイアイアイアイおさるさんだよ♪
安藤君 おさるさん。
青葉さん むふふ。知りたい?
安藤君 はい。
青葉さん どうしても?
安藤君 ええ。どうしてもです。
青葉さん ふふ。

青葉さんいきなり安藤君に抱きつき接吻をした。

安藤君 くさい。
青葉さん ちょっと。
安藤君 すいません。アルコールというのはどうも苦手でして。
青葉さん ごめんね。二日酔いで。
安藤君 今のが愛とどういう関係があるのですか。
青葉さん これじゃ足りないってかい?
安藤君 え?
青葉さん 君、愛を知るために全てを捨てる覚悟はあるかい?
安藤君 愛を知るために全てを捨てないといけないんですか。
青葉さん そうね。とりあえず確実にこの仕事は失うわね。
安藤君 仕事を失う。
青葉さん それぐらい大変な事なのよ。
安藤君 わかりました。
青葉さん よし、じゃ行こう行こう。
安藤君 どこにですか?
青葉さん 愛の楽園よ。
安藤君 はい。

青葉さん安藤君の手を引っ張って去る。
暗転。


明転。
ある男がイスに座っている。
床に毛布にくるまって青葉さんが眠りこけている。
安藤君が座ってある男をみつめている。
ある男もじっと安藤君をみつめている。

ある男 で、愛というのはわかったのかい。
安藤君 いえ。結局その日彼女はボクの家に来てすぐに寝てしまいましたから。わかりませんでした。
ある男 そりゃ残念だ。
安藤君 それから彼女は起きても抱きついたり性交渉するばかりでいっこうに教えてくれません。
ある男 そうか。
安藤君 あなたは死んだんですよね。
ある男 そうだね。
安藤君 でも愛があれば生き返れるらしいんです。
ある男 それはすごいな、大発見だ。ノーベル賞だってもらえるよ。
安藤君 ええ。ノーベル賞だってもらえるしまたあの頃のような生活に戻れるんです。
ある男 君はあの頃に戻りたいのか。
安藤君 ……。
ある男 違うのか。
安藤君 難しいんです。
ある男 そうか。
安藤君 ええ。戻りたいのですが戻れないようなんです。
ある男 なるほど。
安藤君 ただあなたが生き返ればあの変化の必要性はなくなるはずなんだと思うんです。だってあなたが死んだからボクはこの部屋につれてこられた訳ですし。林さんにだってまた会えるかもしれない。
ある男 なるほどそれはそうだろうな。

安藤君首からぶら下げていた懐中時計を取り出す。

安藤君 この時計についても考えてみましたがどうもわかりません。きっとなにか意味があるんだろうというのはわかったんですが。
ある男 そうだな。じゃないと君にそんなものを渡さなかったろうな。
安藤君 どう考えてもこれはただの時計です。しかも壊れている。時計っていうものは時間を知る為に用いるものです。
ある男 おおむねそうだろう。
安藤君 しかしこれは時間を知ることはできません。なんせ壊れているんですから。
ある男 そうだ。そのとおり。
安藤君 なんなんですか、これは。隠喩とかいうやつですか。
ある男 わからないよ。ボクに聞かないでくれよ。
安藤君 ああ。
ある男 もちろんわかっていると思うけどボクはもう死んでるんだ。死人に口ナシだよ。
安藤君 そうですね。
ある男 ああ、そうだ。
安藤君 ボクにはわからない事だらけです。
ある男 なるほど。
安藤君 困ったことに、もう何がわからないのかもわからないんです。
ある男 ゆっくりすればいい。君にはまだ時間がある。
安藤君 ええ。
ある男 彼女が起きてくる。
安藤君 ええ。

青葉さんが目を覚まして安藤君の方を向く。

青葉さん おはよう。
安藤君 おはようございます。
青葉さん 誰と喋っていたの。
安藤君 えっと男の人です。
青葉さん 電話。
安藤君 違います。ここにいますよ。
ある男 どうも。
安藤君 ボクにしか見えないんです。
青葉さん そう。
安藤君 ええ。
青葉さん のど乾いた。コーヒーを取ってきてくれないかな。
安藤君 ええ。
青葉さん ありがとう。

安藤君上手へ去る。
青葉さんは独り言を言っている。

ある男 こんにちわ。
青葉さん って幽霊っていう事。
ある男 違うよ。
青葉さん 気持ち悪い。
ある男 はは。手厳しい。
青葉さん まあの子ならアリかもね。
ある男 そうだね。
青葉さん ふぇ。
ある男 彼を頼むよ。

ある男が去る。
安藤君が缶コーヒーを持ってやってくる。

安藤君 あれ。
青葉さん それ。
安藤君 うん。
青葉さん あのストローでプスッと刺す奴は。
安藤君 なかったよ。これしか冷蔵庫には残ってなかった。
青葉さん ええ、
安藤君 これじゃ嫌?
青葉さん いいやそれで。
安藤君 はい。
青葉さん もう何日外に出てないんだろう。
安藤君 えっと。

安藤君ノートをめくって

安藤君 今日で一週間だね。
青葉さん そうかあ。

青葉さん大きく伸びをする。

青葉さん そろそろ仕事探さないとね。
安藤君 そうですね。ボク達は解雇だそうです。
青葉さん そりゃそうだ。
安藤君 ええ。店長さんから電話がありました。事情を話したらすごい剣幕で怒られました。
青葉さん 電話出たの。あんた本当変よねぇ。
安藤君 そうですか。
青葉さん そういう時は電話ブッチするもんよ。
安藤君 ブッチ?
青葉さん 無視。出ないの。
安藤君 電話が鳴っているのに。
青葉さん 出たってどうせ怒られて怒鳴られてクビになって終わりでしょ。どうせクビなら怒られるほうが嫌じゃない。
安藤君 なるほど。
青葉さん 狼に育てられたの?
安藤君 違いますよ。
青葉さん どうする? 仕事。
安藤君 ボクですか。
青葉さん どうせなら一緒に働きましょうよ。いや。
安藤君 ボクは少しやる事ができました。
青葉さん なに。
安藤君 考えないといけないんです。いろいろ。
青葉さん 考えないといけない。なに。
安藤君 真理とか後これとか。

安藤君、懐中時計を青葉さんに見せる。

青葉さん なにこれ。
安藤君 時計です。
青葉さん それはわかってるわよ。
安藤君 これについて考えないといけないんです。
青葉さん どういう事。
安藤君 わかりません。
青葉さん わからないの。
安藤君 わからないから困ってるんです。
青葉さん なにそれ意味がわかんない。
安藤君 ええ。ボクもわからないんです。
青葉さん なんか大変ね。
安藤君 ええ。大変です。
青葉さん ちょっと貸して。
安藤君 ええ。

安藤君懐中時計を青葉さんに渡す。
青葉さん懐中時計をマジマジと見てみる。

青葉さん ふん。
安藤君 なにかわかりました。
青葉さん 壊れてるの?
安藤君 ええ。
青葉さん わざと?
安藤君 もらったときから。
青葉さん 直さないの?
安藤君 直す。
青葉さん 動いてないと意味ないじゃない。
安藤君 ええ。
青葉さん ちょっとまってよ。

青葉さん髪留めにしていたピンをとって後ろを向いてカチャカチャしだす。

安藤君 直せるんですか。
青葉さん 前、時計屋さんで働いてたのよ。
安藤君 凄いですね。
青葉さん こんな精巧な時計初めてみた。普通の時計じゃないかも。
安藤君 普通じゃない。
青葉さん ん?
安藤君 どうしました。
青葉さん なんか出てきた。

青葉さん、小さく折りたたまれた古い写真を安藤くんに渡す。

青葉さん これ君?
安藤君 違うと思います。
青葉さん そうよね。ものすごく古い写真だもんね。でも似てるね。
安藤君 そうですか。
青葉さん うん。そっくり。
安藤君 誰なんだろう。

安藤君写真を持ったままうつむいて爪を噛んでいる。

青葉さん 泣いてる?
安藤君 本当だ、涙が出てる。
青葉さん ごめん。開けたらだめだった?
安藤君 ううん。
青葉さん ごめんね。開けたらだめだって思ってなかったから。また閉じるから。
安藤君 違うんです。
青葉さん なに? 話したくないなら話さなくていいけど。
安藤君 わかったんです。
青葉さん なにが。
安藤君 この人はボクなんです。
青葉さん やっぱりそうなの? これ君?
安藤君 いいえ。この人はボクなんですけど。ボクはこの人じゃないんです。
青葉さん どういうこと。
安藤君 わかりません。
青葉さん わからないの。
安藤君 はい。
青葉さん じゃあこの人誰なの。
安藤君 わかりません。
青葉さん それもわからないの。
安藤君 はい。
青葉さん なるほど。
安藤君 すいません。
青葉さん よし。やることができた。
安藤君 なんですか。
青葉さん この人調よう。
安藤君 この人を。
青葉さん この人が誰かわかれば君が誰かわかるんでしょ。
安藤君 そうかもしれません。
青葉さん よし決まり。忙しくなるわよ。
安藤君 はい。

青葉さん立ち上がり気合を入れる。
暗転。


電車の走行音がする。

安藤君 21●●年●月●日(公演日一週間前)。青葉さんがいろいろ調べてくれた。どうやらボクはすごい人のコピーらしい。
青葉さん 昔探偵事務所で働いてたのよ。スパイじゃないわよ。うげっ。金持ちだしすっごいわねぇ。確かにあんたにそっくりだ。この人なら自分のコピー作ったとしても不思議じゃないわよね。
安藤君 青葉さんは強引にボクを連れてあの男のいた所へ行くと言った。

電車の車内。
並んだ椅子に普通に座った青葉さんと子供のように窓の外に夢中の安藤君。
青葉さんは懐中時計の蓋を開いてがちゃがちゃといじっている。

青葉さん 電車に乗るの初めてなの?
安藤君 うん。
青葉さん 本当子供みたいね。もし君の言う事が本当なら今いくつなの。
安藤君 えっと作られてからという事かな。
青葉さん そうね。
安藤君 確か記憶があるところからだと。

安藤君ノートの最初のページをめくる。

安藤君 5年ですね。正確には5年と47日。
青葉さん 5年って事はあんた5歳?
安藤君 そうだね。ボクは5歳だ。
青葉さん 犯罪じゃん。やっちまった。
安藤君 青葉さんはいくつ?
青葉さん やめて現実に負けるから。どうみても20歳ぐらいにしか見えないけど。すごいね最先端技術ってやつは。
安藤君 すごく早いねえ。車が遅く感じるよ。それになんだろう。このワクワクする感じ。体中が喜びを感じている。
青葉さん 5歳ならしかたないね。
安藤君 そうなの?
青葉さん 男の子は電車好きだから。
安藤君 好き。これがもしかして愛?
青葉さん そうね。
安藤君 体中が喜びにあふれてくるこの感じ。とまらない喜び。愛って素晴らしいね。
青葉さん 私電車に負けたって事か。
安藤君 青葉さんは電車が好きじゃないの。
青葉さん よかったね。なんか。
安藤君 すばらしい。生きる意味ってこれなのかもしれないね。これって素晴らしい。
青葉さん 私帰っていい?
安藤君 どうして。
青葉さん だって私の事好きじゃなかったみたいな感じ。結構ずんときてるんですけど。
安藤君 ボクは好きじゃないのか?
青葉さん やばい。泣きそう。
安藤君 けど寂しいよ。青葉さんがいないと。
青葉さん そうなの。
安藤君 うん。青葉さんと一緒にいるとねこんな感じに興奮はしないけどね安心するんだ。なんだろう。ホッとするっていうのかな。一人だとね怖いっていうか不安かな。なんだけど青葉さんとなら怖くないよ。これはなんて言えばいい?
青葉さん そう。ありがとう。きっとそれも愛よ。
安藤君 これも愛なの?
青葉さん むしろそっちが愛かもね。
安藤君 またわからなくなってしまったよ。愛って結局なに?
青葉さん 好きって事よ。
安藤君 好きってなんなんだろう。
青葉さん なんだろう。もっともっと欲しいとか乗っていたいとか。もっと欲しいっていう感じ。
安藤君 なるほどボクはじゃあ電車にもっと乗っていたいし、もっと青葉さんと一緒にいたいよ。
青葉さん そう。ありがとう。
安藤君 これって好きなのか。いろいろあって大変だね。
青葉さん そうね。あ、直った。
安藤君 時計?
青葉さん っていうか急に動き出したんだけど。変ねこの時計。わざとかな。逆に針が進むんだけど。

安藤君、懐中時計を受け取る。
時計を見つめる安藤君。
間。

安藤君 午前11時56分発の急行列車に乗って目的の駅に着いたのだけど僕は物足りなくて午後1時24分発の鈍行列車に乗って海のほうの駅へ行き青葉さんと海で遊んだ。青葉さんもなんだか楽しそうだった。

暗転。


安藤君 午後18時49分発の電車に乗って目的の駅に戻る。林さんが居た。ぼく達は歩きながら青葉さんは少し林さんと話して青葉さんはどこかへ行ってしまった。

明転。
林さんと安藤君が立っている。

林さん 元気そうね。
安藤君 ええ。あなたも。
林さん そうね。元気よ。
安藤君 あれからほかの部屋で暮らしているんです。
林さん そう。楽しい?
安藤君 ええ。それなりに。今日は電車に乗りました。とってもね早いんです。カッコいいんです。
林さん そう。あの人も電車が好きだったわ。
安藤君 そうですかやっぱり遺伝子が同じなのが影響しているのかもしれませんね。
林さん そうね。
安藤君 ボクは。誰なんでしょうか。ボクは捨てられたんでしょう。
林さん 違うわ。
安藤君 違う。
林さん あなたはあの人とは違う人間なの。だから一人の人間として扱われたのよ。
安藤君 どういう事ですか。
林さん あの人もオリジナルじゃないわよ。延々と作られたコピーの一人。あなたとは逆の意味での優秀なコピー。
安藤君 あの男の人もですか。
林さん そう。オリジナルはもう20年前に死んでる。
安藤君 ええ。
林さん 自分の遺伝子を持った優秀な後継者を作りたかったみたいだけど所詮遺伝子なんてたいした事ない。電車好きぐらいにしかならなかった。
安藤君 ええ。
林さん それでもあの人コピーだったあの人には役割があったの。膨大な資産を受け継ぐっていう。
安藤君 そうですか。
林さん 彼はそれを使って次の自分を作ったの。それがあなた。その鍵をここに持っていけばいいわ。そしたらお金がもらえるから。

林さんメモを安藤君に渡す。

安藤君 ええ。
林さん 15年間贅沢しなければそこそこ暮らしていけるぐらいのお金。それが残されたお金のすべてよ。
安藤君 そうなんですか。
林さん 自分と同じ境遇でもっと自由に生きてくれる人間を作りたかったんだって。馬鹿よね。
安藤君 それがボク。
林さん だからあなたは自由なの。あなたはあの人じゃないわ。あなたはあなたあなたの名前は
安藤君 安藤ロイドです。
林さん そう。自分でつけたの。
安藤君 いいえ。青葉さんがつけてくれました。ボクがアンドロイドだと自己紹介したら。そういいました。
林さん そう。女の人。
安藤君 ええ。
林さん そう。その人の事が好き?
安藤君 電車と同じぐらい好きです。
林さん そう。
安藤君 林さんも同じぐらい好きですよ。
林さん 私もあなたを好きよ。
安藤君 好きっていうのは難しいです。
林さん そうね。
安藤君 ボクはボクなんですね。
林さん そう。あなたはあなた。安藤ロイドさん。
安藤君 ええ。一つ聞いていいですか。
林さん 何。
安藤君 これ。

安藤君、懐中時計を見せる。

林さん そう。動き出したの。
安藤君 ボクの残り時間ですか。
林さん そうよ。
安藤君 ボクは後15年で死ぬんですか。
林さん おそらく。正確に20年で細胞が活動を止めるようね。あなたの場合はどうかわからないけど。
安藤君 そうですか。ありがとう。
林さん 短すぎるかしら。
安藤君 どうでしょう。
林さん あっという間よ。大事に使いなさい。
安藤君 ええ。問題ナイですよ。
林さん ええ。問題ナイわ。
安藤君 ええ。
林さん あの人の所へ戻ってあげなさい。
安藤君 ええ。じゃあ。

安藤君去る。
暗転。

10
安藤君 21●●年●月●日。(公演日の115年後)午前6時半起床。午前7時半。ソーセージ・スクランブルエッグ・トースト。午前8時青葉さんを起こして家を出る。午前8時25分発の電車に乗る。午前9時25分。今日の清掃仕事先のビルに到着。午前9時30分。仕事開始。正午・コンビニのお弁当。午後17時15分。仕事終了。午後18時5分の電車に乗る。午後19時3分。青葉さんに電話をしてスーパーで買い物。午後19時48分帰宅。

電車の走行音。明転。
青葉さんと安藤君が並んで座っている。
安藤君は青葉さんにもたれてかかって目を瞑っている。
青葉さんは安藤君と手をつなぎながらノートを読んでいる。

安藤君 午後20時15分。カレーライス。青葉さんが作ってくれたもの。大変うまい。青葉さんは「昔弁当屋で働いていたのよ」と言っていた。午後22時。明日ボクが死ぬ日らしいので仕事に行かずに青葉さんと電車に乗りたいというと彼女にどこに行きたいのか考えろと怒られる。行き先は日彼女が決めてくれるという事になった。午後22時30分。就寝。
(了)

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使用許可について

基本無料・使用許可不要。改訂改編自由。作者名は明記をお願いします。
上演に際しては、観に行きたいので連絡を貰えると嬉しいです。
劇団公式HP https://his19732002.wixsite.com/gekidankita

劇作家 松永恭昭謀(まつながひさあきはかりごと)

1982年生 和歌山市在住 劇団和可 代表
劇作家・演出家
深津篤史(岸田戯曲賞・読売演劇賞受賞)に師事。想流私塾にて、北村想氏に師事し、21期として卒業。
2010年に書きおろした、和歌山の偉人、嶋清一をモチーフとして描いた「白球止まらず、飛んで行く」は、好評を得て、その後2回に渡り再演を繰り返す。また、大阪で公演した「JOB」「ジオラマサイズの断末魔」は大阪演劇人の間でも好評を博した。
2014年劇作家協会主催短編フェスタにて「¥15869」が上演作品に選ばれ、絶賛される。
近年では、県外の東京や地方の劇団とも交流を広げ、和歌山県内にとどまらない活動を行っており、またワークショップも行い、若手の劇団のプロデュースを行うなど、後進の育成にも力を入れている

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