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【長編戯曲】sHort hOpe/Pallalel peacE

ショートホープ/パラレルピース

登場人物
かおり・女の子A
ゆきこ・女の子B・娘(5歳)・ゆきこ娘
実母・施設職員・娘・老婆
武市・娘の夫・焼けた女
若い男・若者・義父
時と場所
 冬と春の境目・廃屋の二階
1 1945
燃え盛る炎、立ち上る煙。
人々の叫び、非常な爆発音。
戦争の音。

車いすに乗った白髪の老婆が車いすに乗っている。
女は、手に女の子の人形を持っている。

老婆 70年前。ここは地獄だったわ。

別の女が一人、やってくる。
ひどく焼けただれた皮膚に、ボロボロの服を着ている。
そして、その手には、自分の体を呈して守ってきた赤子が抱かれている。

女はひどく衰弱している。
その足取りは重く、今にも崩れ落ちそうである。その足を動かしているのは、すでにもう命ではなく、この子を守りたいという母親の魂であろう。
しかし、その足も、動きを止め、体が崩壊していく。
女は、最後の力で、赤子を抱きしめたまま倒れこむ。

老婆 街が全部灰になった。人も、お城も、記憶も、記録も。全部。

老婆 大切な物も全部、燃えちゃったわ。

老婆が少女の人形を、置いた。
暗転。

2 1955年
少女の人形の場所に入れ替わり、女の子Aが一人で座って絵本を読んでいる。
女の子Aの右手には長い手袋が付けられている。
女の子Bが、やってくる。
右腕を赤色で塗っている。

女の子B 見て見て、ほら。
女の子A どうしたの?
女の子B お揃い。ふふふ。
女の子A ……。
女の子B 私にも手袋させて。
女の子A これ?
女の子B うん。いや?
女の子A ……いいよ。
女の子B やった~。

女の子A、手袋を外す。そこには、まっかに焼けただれた火傷の跡がある。
女の子B、手袋を受け取り、つけた。
ねじり鉢巻をした男の子(武市)がやってくる。

女の子B あ、きよしちゃん。
武市 かおりちゃん。
女の子A ……。
女の子B ね、みてみて。
武市 ねえ、かおりちゃん。
女の子B 見てよ。ほら、お揃いにしたの。
女の子A ……。
武市 かおりちゃん、かおりちゃん。
女の子B きよしちゃん。
女の子A ……。
武市 かおりちゃん、かおりちゃん、か・お・り・ちゃん!

かおり、一度武市のほうを見るが、さっと絵本に目線を戻す。
武市、地団太を踏む。

女の子B 見てよ! きよしちゃん。
武市 なんだよ。お前、うるさいよ!
女の子B うるさいってなによ。
武市 どっかいけよ!
女の子B ふん。かおりちゃん、行こ。
女の子A ?
武市 かおりちゃん! かおりちゃん! かおりちゃん! かおりちゃん! かおりちゃん!
女の子A 私?
武市 そう! かおりちゃん!
女の子A なあに? ごようなの?
武市 なんで無視するんだよ!
女の子A 別に無視なんてしていやないわ。
女の子B ほっといて、もう行きましょ。きよしちゃんなんか知らないわ。
武市 ううううううう。
女の子A なあに? 怒ってるの? きよしちゃん。
武市 かおりちゃんのバーカ。
女の子A ?
女の子B バカとか言っちゃダメなのよ!
武市 かおりちゃんのバーカバーカ。
女の子A ……。
女の子B きよしちゃん!
武市 かおりちゃんのバーカバーカバーカ!
女の子A ……。
女の子B 先生にいいつけるわよ!
武市 おまえは関係ないだろ!

女の子、絵本に目線を戻す。
武市、女の子Bをポカリと殴る。
女の子B、泣きながら去る。
女の子A、びっくりしてついていこうとする。

武市 無視するなよ!
女の子A 私?
武市 そうだよ! 今話ししてたろ!
女の子A ごめんなさい。わかんないわ。
武市 ああそう。そうくる。そういうやつね。いいよいいよ。こっちにも考えってもんがあるんだ。
女の子A なあに? 考えって。
武市 かおりちゃんな~んて、おしりペンペン!
女の子A ?
武市 かおりちゃんな~んて、おしりペンペン!
女の子A ……。
武市 かおりちゃんな~~んて、おしりペンペンペン!
女の子A あの……それなに?
武市 ……さあ? わかんない。
女の子A もうむちゃくちゃね。
武市 ううううう。ううううう!

武市も泣きはじめる。
施設職員がやってくる。

施設職員 え? どういうこと? なにがあったの? さっき、はるちゃん泣いてたわよ。
女の子A なんかね、きよしちゃんが怒って殴ったの。
施設職員 そうなの?
武市 うわああああん。
施設職員 しかたがないわね。女の子殴ったらだめでしょう? ほら、すぐ行って謝ってらっしゃい。
武市 ぐすっぐすぅ。はい。

武市、泣きながら去る。
女の子Aもついていこうとする。

施設職員 かおりちゃんはここに残って。

かおり、聞こえていないのか、そのまま行こうとする。

施設職員 かおりちゃん!
女の子A ?
施設職員 ちょっとこっちへ来て。

義父がやってくる。
かおりは、手を後ろに回している。

施設職員 すいません。バタバタして、男の子は、元気が有り余ってる様子で。
義父 いやいや、いいことですよ。
施設職員 今の子も、あの空襲で、一人になってしまって。
義父 そうですか。
施設職員 ここにいる子達は、あの空襲で家族をなくした子達なんです。こうやってあなたたちのような方がいてくれるおかげで幾分か救われます。
義父 私たちも、救われますよ。……私たちの子供もあの日に。
施設職員 そうでしたか。それはそれは。
義父 あれから10年。今でも、家内は、娘のことを思い病んでいるんです。それでも、やっと私たちもやっと前を向いていきて行こうと決心したんです。
施設職員 ええ。大事なことです。われわれには明日がありますから。さ、紹介しましょう。かおりちゃん、ご挨拶して。
女の子A ?
施設職員 かおりちゃん。ね?
義父 こんにちわ。
女の子A こんにちわ。
義父 お名前はなんていうのかな?
女の子A お名前?
施設職員 かおり。かおりでしょ?
女の子A かおり。
義父 かおりっていうのか。きれいなお名前だね。

義父が、手を出しだす。
女の子A、右手を出そうとしたが、手袋が無いことを思い出し、さっと手を引っ込める。

義父 その手はどうしたんだい?
施設職員 あの空襲で……。
義父 大変だったね
施設職員 今日から、あなたのお父さんなのよ。
女の子A ……。
施設職員 呼んでみてごらんなさい。
女の子A ……。
施設職員 ほら、かおりちゃん。お父さんって。
女の子A ……。
義父 ああ。いいですよ。ゆっくり。ゆっくりね?
女の子A おとうさん。
義父 ありがとう。かおりちゃん。
女の子A おとうさん!
義父 これから、よろしく。

義父、再び、手を差し出す。

女の子A ……。

女の子A、義父、手をつないだ。

3 1965年
作業着姿に、ねじり鉢巻の武市が、街頭テレビを見ている。
どうやらプロレス中継をしているようで、非常にエキサイトしている。

武市 いけ! ジャイアント馬場! 16文キック! いよ! すっげえええ! ワアアン! ツーーー! スウウウリイイ!いやああああ! すげええ。つけええ! はぁ……。はあ、終わったか。……遅いな……。

武市が、そわそわして誰かを待っているようだが、諦めて帰ろうとすると、長い手袋をした女工姿の女(かおり)がやってくる。
街頭テレビから、ビートルズの音楽が流れている。

武市 や、やぁ。
かおり あ、きよしちゃん。仕事の帰り?
武市 ああ。ちょっとプロレスをね、なにしてんの?
かおり 私もテレビを見に来たのよ、これからビートルズの特集やるのよ。
武市 ビートルズ? ああ、この外人さんの音楽ね。好きなの?
かおり ええ、私だあいすき。きよしさんは?
武市 あ、うん。すきだよ。
かおり 私、ポールがとってもかっこいいと思うの。そうじゃない?
武市 そうだね。ぽうる、かっこいいね。
かおり でも、ジョンもかっこいいわ。せくしいよ。
武市 そうだね。じょんはせくしいだね。
かおり きよしさんは、どの曲が好き?
武市 曲? えっとえっと、あれかな? 最近のやつ。
かおり ヘルプね!
武市 そう、それ!
かおり とっても素敵。今度映画館で、その映画をやるのよ。ぜひ見に行きましょうよ。
武市 あ、いいね。行くよ。
かおり 川村さんも誘いましょう? あの人、とっても音楽に詳しいのよ。ねえ、きよしさん、川村さんと仲がよかったでしょう?
武市 ああ、そうだよ。おなじ工場だからね。
かおり ぜひ誘ってほしいわ。ねえ、お願いできる?
武市 ああ、今度聞いておくよ。
かおり 本当? とっても嬉しいわ。ねえ、川村さんって、とても素敵だと思うの。そう思わない?
武市 え? そ、そうかな?
かおり そうよ。流行にくわしいし。とっても背が高くて男らしいわ。他の女子にも、とても人気があるのよ。
武市 ああ、らしいね。
かおり ほら、おなじ女工の山本さんっているでしょう? あのメガネでおさげの。
武市 ああ、知ってるよ。
かおり あの方なんてね。ラブレターを書いたのよ。
武市 そうなんだ。
かおり でもダメだったわ。そりゃそうよ。あの人、全然流行遅れなんですもの。
武市 そうなの?
かおり ええ、全然つりあわないわ。
武市 あの、一つ聞いていいかな?
かおり なに?
武市 いや、あの……。
かおり なに? 早く言ってよ。
武市 いや、その……変なことを聞くようなんだけども。
かおり 変なことなの?
武市 いや、そうじゃないんだけども。
かおり やだ、早く言ってよ。ドキドキするわ。
武市 君は川村さんの事を好きなのかい?
かおり え?
武市 やっぱりそうなのかい?
かおり ……何故そんな事を聞くの?
武市 え? あ、いや……その気になって。あ、いいんだ。忘れて? ごめん。
かおり ……好きよ。とっても。
武市 ああ…。
かおり ダメ? 私じゃつりあわない。そう思う?
武市 ……。
かおり ねえ、どう思う? ねえ、昔からの幼なじみでしょ? 教えて? 私、ダメかかしら。
武市 いや、いいんじゃないかな?
かおり そう?
武市 君はとてもかわいいし。人気があるよ。
かおり 嘘よ、そんなことないわ。
武市 嘘じゃないよ。明るくて朗らかで、綺麗だ。
かおり 本当? うれしいわ。
武市 本当、とっても。
かおり やだ、照れるわよ。やめて。
武市 ああ、間違いないよ。じゃあ。
かおり あら、どうしたの? もう帰っちゃうの?
武市 え?
かおり おかしなの。
武市 今度、川村さんに聞いておくよ。あ、それといい忘れてたんだけど。
かおり なあに?
武市 川村さんには彼女がいるんだぜ。
かおり うそ。
武市 縫製工場の井上さん。
かおり それ、本当なの?
武市 本当だよ。本人から聞いたんだから間違いないよ。
かおり そう、そうなの……。井本さん。そうなの。お似合いね、とっても。この街一の美人の井本さんとなら、ね。
武市 ああ、とってもね、素敵さ。じゃあ。
かおり ちょっとまってよ。
武市 なんだよ。
かおり もう少しいてらしてよ。
武市 ……。
かおり 私、なんだか寂しいの。
武市 ああ、ボクもだよ。
かおり もう少し、ここにいてよ。
武市 ダメだ。
かおり なぜ?
武市 なんででも。
かおり 泣いているの?
武市 泣いてなんかいないよ。
かおり 私のほうが泣きたいわ。
武市 泣いたらいいだろ!
かおり どうして、そんなこと言うの? いつも優しいじゃないの。
武市 もう、ほっといてくれよ。
かおり へんよ。なにが悲しいの?
武市 オレなんて、どうせモテないんだ。川村さんみたいに顔もよくないし、力だって強くないし、成績だって良くない、死んでやる!
かおり まあ! なんてこというの!
武市 生きてる意味なんかないんだ! ボクなんて。
かおり そんなことないわよ。とっても素敵よ。きよしさん。あなたを好きな子だっていつかできるわよ。
武市 それじゃあ、意味ないんだ!
かおり あなたとっても立派よ。私なんて、私なんて……。
武市 ……。
かおり (しくしく泣き始める)
武市 おい、泣くなよ。
かおり さっきは泣いたらいいって言ったじゃないの。
武市 オレの前で泣くなよ。
かおり 私を好きになる人なんかいないわ。こんなに不器量ですもの。
武市 そんなことないさ。オレのほうがダメだ。
かおり そんなことないわよ。私のほうがダメよ。
武市 違う! オレのほうがダメだ!
かおり 私の方よ!
武市 オレだ!
かおり 私よ!
武市 オレだ!
かおり 私よ!

間。
二人、少し笑う。

武市 なんの話だっけ。
かおり どっちがモテないかよ。
武市 そうか、そうだった。

テレビから、加山雄三の「君といつまでも」が流れてくる。
武市、立ち上がり、歌い始める。

武市 (歌う)
二人を夕闇が 包むこの窓辺に
明日も素晴らしい 幸せが来るだろう
君の 瞳は 星と 輝き
恋するこの胸は 炎と燃えている
大空染めて行く 夕陽色あせても
二人の心は 変わらないいつまでも
   (間奏)
「幸せだなあ 僕は君といる時が
一番幸せなんだ 僕は死ぬまで
君を離さないぞ いいだろう?」

武市 オレ、全然ビートルズとかしらないんだよ。ごめん。
かおり ううん、いいの。私も本当は。
武市 オレ、君が好きだ。
かおり 本当?
武市 本当だよ。

二人抱きあう。
音が大きくなる。
暗転。

4 1975年
夜の公園
遠くに太鼓の音、子供たちのはしゃぐ音。夏祭りだ。
かおりが、お面を被ってやってくるが、誰かを探している。

かおり いない……。どこいっちゃったんだか。ほんとにもう……。

かおり、ベンチに座る。

かおり 目を閉じると、かすかに炎が燃え上がる街の光景が浮かぶ。30年前、この公園で、あの日、多くの人が死んだ。炎から逃れて、ここに人々が集まった。そして、炎が起こした熱風が、ここに集まった748人の命を焼きつくした。それはまさに地獄だったんだろう。私の両親もその時に死んだと聞いている。そして今、ここでは夏祭りをしている。戦争を知らない子供たちが、笑顔で走り回っている。

ねじり鉢巻をした武市が入ってくる。

武市 やあ。
かおり ……きよ……武市さん。
武市 偶然だね。
かおり お久しぶり。
武市 デート?
かおり まあね。
武市 そうか。結婚は?
かおり 去年。
武市 そうか。おめでとう。
かおり 武市さんは?
武市 オレも去年に。
かおり そう。おめでとう。
武市 ありがとう。……横、座っていいかな。少しの間。
かおり ええ。
武市 子供は?
かおり ううん。そっちは?
武市 今、妊娠中。
かおり そうなんだ。あのきよしちゃんが、お父さんね。あ、ごめんなさい。
武市 いやいや、オレも信じられないよ。
かおり 幸せそうね。
武市 うん、まあ。
かおり 今日は奥さんと?
武市 いや、近所の子のおもり。
かおり そう。面倒見よかったもんね。
武市 付き合いだよ。付き合い。
かおり 大変ね。
武市  あのさ、君に伝えなくちゃいけないことがあって。
かおり ……なに?
武市 実は……。

武市は何かを言ったが、声では聞こえない。(もしくはSEで消された)
かおり、かなりショックを受けたようだ。

かおり 嘘……。
武市 会ったら言わなくちゃと思って。
かおり そう……。ありがとう。
武市 さ、行かなきゃな。坊主が騒ぎやがる。
かおり ……元気で。
武市 君こそ……。

武市去る。
深刻な顔になるかおり。

5 1985年
テレビに砂嵐が映っている。
しばらくして、かおりがやってくるが、じっとテレビを見て動かない。
一目、なにかおかしい様子だ。

スーツ姿の男(川村)が現れる。
部屋の中の様子を見て、驚いた。

川村 た、ただいま。
かおり ……。
川村 どうしたんだ。電気もつけないで。

川村、部屋の電気を点けた。

かおり ああ、おかえりなさい。
川村 どうした?
かおり え?
川村 いや、暗い部屋で。
かおり え? ううん。大丈夫。
川村 薬は?
かおり 薬?
川村 飲んだ?
かおり ……ああ、忘れてた。
川村 ダメじゃないか。ちゃんと飲まないと。
かおり ごめんなさい。あの薬飲むと、頭がぼうっとして。ここんところ、調子よかったから。
川村 薬飲んでるから調子がいいんだろ。
かおり ごめんなさい。
川村 なにか食べた?
かおり ……どうかしら?
川村 ……。とりあえず、薬。飲みな?

川村、薬を取りに行く。
川村、水の入ったコップと、薬を持って戻ってくる。

川村 ほら。
かおり ありがとう。

かおり、薬を飲み干す。

川村 病院、ちゃんと行ってるか?
かおり ……。
川村 病院も行ってないのか? ダメだろ。ちゃんとしろよ。お前は病気なんだよ。
かおり 行ったの。
川村 ああ、そうか。
かおり 今日、名前を呼ばれたと思ったら。
川村 ん?
かおり 私の名前じゃなかったの。
川村 なにいってんだよ。
かおり なんで自分の名前だと思ったんだろ?
川村 ぼうっとしてたんだろ。

かおり、テーブルの上のリモコンのボタンを押す。
映像…空襲
川村が、テレビを見る。

川村 ああ、そうか。今日で40年か。
かおり 街も、人も、記憶も、記録もみんな燃えて。
川村 俺の家も燃えたって聞いたよ。
かおり 私は拾われたけど、私の名前は拾われなかったの。
川村 ……。しかたない、戦争だったんだ。日本中が大混乱だったんだから。
かおり あの時無くしちゃった私の名前、お母さんがつけてくれた私の名前。きっとまだ、どこかで私を待っているの。
川村 ……。
かおり 私の名前は、どこかで成長して、どこかで恋をして、どこかで失恋して、どこかで、結婚して、子供産んで、喜んで悲しんで、生きてるの。きっと私を待ってるわ。
川村 なに言ってるんだ?
かおり 待ってるの。40年も、私を。なのに、私。待ってるの、早く行かなくちゃ。
川村 まて、おかしいよ。
かおり ごめんなさい。私行かなくちゃ。

かおり、立ち上がる。
映像…もう一人のかおりが窓辺に立っている。
顔には、腕の形に抜けた痣がある。

かおり 行かなくちゃ。
川村 待てって。
かおり ……。

かおりは一度も振り返ることなく、去ってしまった。
暗転。

6 1995年
川村がやってくる。

川村 あいつの名前はなんだったのか。覚えてなかった、忘れていた。そういうかんじではなく。どんなに記憶を手繰っても、あいつの名前を聴いた、見た、覚えがないのです。あれから、あいつは、そのまま、帰ってきませんでした。どこにいるかもわかりません。私は、しかるべき処理を行いました。つまり、捜索願を出し、三年後、離婚を行いました。私は確信していました。あいつはもう帰ってくることはないのだと。私には耐えられなかったのです。そして、あいつがいなくなってから、7年後に、死亡認定をもらい、簡単な葬式を行いました。その時、初めてあいつの正式な名前を見て、思い出した。そういう感じです。それから、私は、再婚をし、別の子供ができ、仕事を頑張り、まあ、単純に人並みの生活を送って、死にました。

川村、満足そうに額の汗を拭う。

川村 ふ~~。あっさりと死にました。決まった。こういうのは、なかなかできないよね。ふふふ。

ひどく、満足気である。
女Bがやってくる。

川村 ?
女B あのすいません。
川村 はい。
女B 大変失礼致しますが、こちらのお葬式はどなたの?
川村 ああ、私の妻です。
女B そうですか。
川村 お知り合いですか?
女B ええ、昔……。そう、死んじゃったんだ。
川村 そうですか。ぶっちゃけ。死んだかどうかわからないんですよ。
女B え?
川村 失踪しましてね。どこにいるかもわからないんですよ。7年前に。まあ、気持ちの問題ですよ。葬式なんて。
女B そうですか……ははは。
川村 ?
女B すいません、失礼しました。
川村 あ、あの。
女B ……。
川村 どちらなのですか?
女B ……。もう一人のかおりさんかな?
川村 は?
女B では、失礼します。

そのまま去っていく。

7 2005
箒を手にした若者が、やってくる。

若者 お掃除ルンルン、ルンルルン! お元気ですか? ルルルンルン(お出かけですか、レレレノレ)。いや~~、この公園は平和だ。とっても、平和。でも、隣を見るとちょっと不景気。経済センタービルはぼ~ろぼろ。でも平和。ほら、見渡してごらん? 目の前の風景を。今日もお天気ぽかぽかいい天気、空がキレイでスカイブルー。テレビはみない。ラジオなんかもってない。ネット? 携帯? ダメダメそんなの信じちゃダメよダメダメ。ネットは、嘘を嘘と見破れる人じゃないと厳しいと思います! なんつって。なんにも考えない。隣の国がきな臭い? きっと嘘嘘、信じない。中東じゃ、戦争が起きそうです? ウソウソウソウソ。信じるか信じないかはあなた次第です! なんつって。ほうら、聞こえてくるでしょう? メールの着信音、かな? ピンポコピンポコポコピンピン。あ~やだね。やだやだ。ほら、人間はね、お話ができるんですよ。みなさ~~ん。おっはようございま~~~す。あら、携帯みて、お話聞こえてないのかな? さあ、前を向いてご覧? おっはようございま~~~す。ほうら、聞こえてるでしょう? ほら、こっちをご覧なさい? 顔をあけて、前を向いて、1、2、1、2! ……。あら、どうしたのかしら? 耳が聴こえないのかい? とかいいながら、メールのポコンには反応するのね? こっちをほら、見てごらん? ほうら、前を向けぇ! ほら、こっちみてえ! 人間は生きているんだあああ!

その前を、車いすの老婆が横切る。
老婆は少女の人形を持っている。

若者 びっくらぽん!
老婆 こんばんわ。
若者 はい、おはようございます。
老婆 あいにくの天気ですね。いやだわ。
若者 ええ、とってもいい天気でお散歩しちゃったりなんかして。
老婆 すっかり寒くなってきて、お外にでるのも億劫ですわねぇ。
若者 ええ、ええ、小春日和で、とっても気持ちいいですよねぇ。ああ、これこれ、このナマの会話。これが人間ってもんだよ。おはようございますっていったらね。こんばんわって。あれ? 今は朝で、もう、5月も終りですよ?
老婆 魚屋さんもお忙しいでしょう? この頃お魚が高くってやだわぁ。
若者 へいらっしゃい。今日は何にしますか? トロは中トロ、コハダアジ、へいらっしゃい♪ ってちが~~う。どっからどうみても、
老婆 金八先生ね! テレビみてましたわ~。
若者 おい、加藤! え~、人という字は~~、って違う! みて、ほら、この格好、ほら、箒もあるでしょう?
老婆 ハリーポッター!
若者 エクスナントカパトローナ~~ム。じゃない! 掃除! お掃除してるの! なんなの? おばあちゃん、ボケてるの?
老婆 あつはなついわねえ~。
若者 なんでやねん!
老婆 おほほほ。お上手お上手。
若者 駄目だこりゃ。なに? おばあちゃん迷子?
老婆 迷子? いいえ、ちょっとスーパーへお買い物ですのよ。
若者 ほうほう。それなら、平和平和。
老婆 でも変なの、あそこにあったスーパーがね、マンションになっててね、入って行ったら出てけって言われるの? 不思議でしょう?
若者 う~~ん。アウト! おばあちゃん、完全にアウトだよ。
老婆 あら、アウトだなんて。恥ずかしい。
若者 あそこにあったスーパーはもう、5年前になくなっちゃったでしょ?
老婆 あら、そうなの。残念。
若者 おばあちゃん、どこ住んでるの?
老婆 あらやだ。私のファンかしら?
若者 年齢は?
老婆 あらやだ、私のストーカー?
若者 ご家族は?
老婆 あらやだ、私のフィアンセでした?
若者  ちっげええよ。もう、なんだよ。完全にアウトじゃん。完全にボケてるじゃん。
老婆 隣の庭に塀ができたってね。へ~。
若者 よっ、うまいね座布団一枚って、うまくないよ!
老婆 あら、残念。
若者 ワザとやってない?
老婆 ちょ~~ちょ~~、ちょ~~ちょ~~なのはにとまれ~~。
若者 う~~ん。困ったなあ。
老婆 なのはにあいたら、ウルトラソウル!
若者 ファンキー! なに、そういうのは覚えてるのね。
老婆 ビーズ以降の曲はさっぱり。いまどきの若い歌はわからないわ。
若者 ああそう。それで、なに? 住所も、年齢も、名前も分からないの?
老婆 住所はね、あっち。
若者 そう、あっち。
老婆 年齢はね、永遠の16歳。
若者 あら、大人びてる。
老婆 家族はね、あの日、私は家族を失っったの、70年前。
若者 あ、70歳なんだ。
老婆 永遠の、15歳。
若者 はいはい。で?
老婆 70年前、この場所は、火の海でしたのよ。
若者 ああ、大空襲ね。
老婆 今でも音が聞こえてくる。バン、ボンバン。目を閉じれば見えるまばゆい光、まっかな炎。熱い、熱い。とても熱い。

照明…赤く変化。
音…戦争の音

若者 え? なにこれ。え? え?
老婆 70年前。ここは地獄だったわ。

映像…炎。逃げ惑う人々。

若者 す、すげ~。なにこれ。お芝居?
老婆 街が全部灰になった。人も、お城も、記憶も、記録も。全部。

8 1945
シーン1で、人形を置いた場所に、かおりが座ってみている。
残された女が一人、やってくる。
ひどく焼けただれた皮膚に、ボロボロの服を着ている。
そして、その手には、自分の体を呈して守ってきた赤子が抱かれている。

女はひどく衰弱している。
その足取りは重く、今にも崩れ落ちそうである。その足を動かしているのは、すでにもう命ではなく、この子を守りたいという母親の魂であろう。

しかし、その足も、動きを止め、体が崩壊していく。
女は、最後の力で、赤子を抱きしめたまま倒れこむ。

老婆 街が全部灰になった。人も、お城も、記憶も、記録も。全部。

照明、映像が消える。
老婆 大切な物も全部、燃えちゃったわ。

老婆去る。

若者 え、どうしたらいいんだろう? あ、とりあえず、大丈夫です? 

若者が、死んだ女を調べて、死んでいることを確認して、、赤子がいることに気づいき、赤子を抱いた。
赤子が泣いた。
若者が、赤子を抱いて、去っていく。
残された女。
しかし、ゆっくりと、腕が動いている。
その手は、天に向かってスッとのびた。

かおり 母は生きている……。

暗転。

9 1945
ゆりかごが一つ。
その前に女(母)が後ろ向きに座ってゆりかごを揺らしている。
その横にかおりが立っている。

母 私はとある田舎の片隅で生まれた。ある日、知らない男が私の前に現れた。男は私を連れて、汽車で知らない場所へ連れて行った。私はそこで働かされた。泣いても泣いてもそれは変わらなかった。自由なんてなかった。ある日、別の知らない男が私の前の前に現れた。男は私の旦那になった。そして私はその人のために、働き続けることになった。私の人生はこんなもんだって思っていた。私は幸せを知らなかった。そして私は子供ができた。そして、初めて抱いたこの子の笑顔を見て、私は初めて幸せだった。私は願いを込めて、子供に名前をつけた。それだけは、譲らなかった。死んでみせようとまでして、私はこの子に名前をつけた。幸せで、自由で、笑顔が素敵な子に私が名前をつけた。

母 ねんねん ころりよ
おころりよ
ゆきこは 良い子だ
ねんねしな

ぼうやの おもりは
どこへ行った
あの山 越えて
里へ行った

里の 土産(みやげ)に
何もろた
でんでん太鼓(たいこ)に
笙(しょう)の笛

サイレンが鳴る。
母が慌てて赤子を抱きかかえて出て行く。
かおりが立ち上がり、母の手を掴んだ。
母が振り向いた。

母 あなたは誰? お名前は?
かおり 母は、私の顔を見て、そう言った。
かおり わたしの名前はあなたがつけたのよ。
母 あなたに会いたかった。本当に。
かおり そういって泣いた。
母 あなたの顔を見せて。
かおり 私は……。
母 さあ、私に顔を見せて。
かおり ……。
母 ……あなた…誰?

母、ひどく動揺して、震え始め、子供を落としてしまう。
それは、シーン1での人形だ。

かおり 私は誰なの?
母 誰? 助けて! 助けて!
かおり 私はあなたの娘よ。
母 嘘。
かおり 見て、この顔の痣、あの時母さんが守ってくれた証拠よ!

母が腕をめくると真っ赤にただれた火傷の痕。

かおり 私の手にもほら!

かおりも手袋を脱ぐと、焼けただれた手が現れる。

かおり もう、大きくなっちゃったけど。これは、その証拠よ。
母 嘘。違うわ。あの子の痣は綺麗に治ったの。
かおり 違うわ。これが証拠。間違いないわ。
母 嘘嘘嘘。あの子は出て行ったのよ。私を捨てて。お願い捜して、あの子を捜して。お願い、私の娘を。きっと寂しがっているわ。お願い、お願い。

母が、かおりにすがりついている。

かおり 私の知らないもう一人の私がいる……。私は知っている!

10 1955年
施設の庭(シーン2と同じ場所の庭)
女の子Bが一人で顔を伏せて泣いている。
幼少時の武市が走ってくる。

武市 あのね、その。
女の子B ……。
武市 殴ってごめんね。
女の子B ……。
武市 あの……はい、これあげる。
女の子B ……。

武市、ガムを女の子Bに差し出す。

女の子B いいの?
武市 とっときなんだぜ。
女の子B ありがとう。

女の子B、泣き止んで、ガムを握りしめた。

女の子Aと義父が手をつないでやってくる。
女の子A、ちらりと武市を見た。
武市がそれを見ていたが、2人が去りそうになった時に、叫ぶ。

武市 かおりちゃん!
女の子A ……。
武市 かおりちゃん!
女の子A ……。

女の子、一度武市のほうを見るが、さっと再び顔を伏せる。
武市、地団太を踏む

武市 もうそれヤメテよ!! かおりちゃんかおりちゃんかおりちゃん!
女の子A ……。

女の子A、振り返った。

かおり ……バイバイ。

2人去っていく。
それを見送っている武市。
女(母)がやってくる。
母、女の子Bに気づく。

母 あなた……。
武市 おばさん誰?
母 あなた、お顔を見せて。よく見せて!
女の子B ……。

母のすごい勢いにおびえる女の子B。
武市が、守ろうと母の前に立つ。

武市 やめろよ!
母 お願い、手を見せて! いい?
武市 やめろっていってんだろ!

母、女の子Bの手袋を外す。
女の子Bの手は真っ赤に塗られている。
女の子Bの痣を見ると、母は、女の子Bを抱きしめる。

女の子B おばさん、誰?
母 あなたのお母さんよ。あの日、からずっと探していたわ。
女の子B 本当?
母 ほら、これが証拠よ。

母は、痣に腕を合わせる。ぴったりと形があった。

女の子B でもこれは……。
母 間違いないわ。行きましょう!
女の子B ……。

母、女の子Bを連れて去る。
呆然としていた武市。

暗転。

11 1965
女工姿の女Bが、街頭テレビをみながら立っている。
テレビでは加山雄三が流れている。
しばらくして、とぼとぼとねじり鉢巻姿の武市が現れる。
ふとテレビに気づいて、女Bの横でみていたが、やがて泣き崩れる。

女B だ、大丈夫ですか?
武市 あ、すいません。ちょっと色々昔の思い出が。うううう。
女B そう……。
武市 すいません。
女B なにがあったんですか?
武市 いや、情けない話なんで。いいです。いいです。
女B ちょっとでも気が楽になるなら話聞きますよ。
武市 いや、いいんですいいんです。
女B そうですか。
武市 振られたんです!
女B あ、はあ。
武市 一度付き合ってくれたのにですね。その前から彼女、好きな人がいたんですけど。すっごい男前の、彼女がいたんですけど。その人! でも、その人が彼女と別れて、オレのその彼女に告白してきて! もう、瞬間に乗り換え乗車ですよ! 乗り換え乗車で駆け込み乗車ですよ! あっさりってやつですか! もう、自分意味わからないです。自分、とりあえずの各駅停車ですよ。途中下車ですよ! 途中下車ですよ! ぶらり途中下車の旅ですよ! あらあら武市さん、途中下車で~~すか~~? ううう。
女B は、はあ。半分ぐらいしかわからなかったですけど。辛かったんですね。
武市 ううううう。人生の落石事故ですよ。ただいま~~、落石により緊急停車しておりまっっすです。ううう。
女B ……あのもしかして、きよしちゃん?
武市 ?
女B きよしちゃん。あ、えっときよしちゃんしか、わからないんですけど、失礼ですけども、昔孤児の施設にいませんでしたか?
武市 ええ……あ!
女B 私よ。分かった?
武市 おおおお! だ、大丈夫だったの! 行方不明になって、みんな大騒ぎしだんだよ。
女B ……。私、あの時、お母さんだっていう人に連れて行かれたの。
武市 ああ、そうだった。
女B あれから、あの人と暮らしたの。
武市 そ、そうなんだ。よかったじゃないか。
女B ……。
武市 どうしたの?
女B 私、どうしたらいいかわからない。
武市 え?
女B きよしちゃん……助けて。
武市 な、なに?
女B あの人、きっと私の本当のお母さんじゃない。
武市 ええっ!
女B あの人、少し狂ってるの。今でも時々変になるし。私、痣なんかないのに。私の事戦争で生き別れになった痣のある自分の娘と勘違いしてるんだと思うの。
武市 痣のある娘。
女B ほら、施設にいたでしょう? 痣のある娘。
武市 かおりちゃん……。
女B そうよ。きっとあの娘なの!
武市 うわ~。大変だ。きっと謎がちょっと解けたやつだわ。
女B え?
武市 あ、ごめんごめん。ちょっとお客さん目線になってたわ。
女B お客さん?
武市 あ、ごめんごめん。ちょっと立ち位置が違うくて。あ、そうなんだ! えっと、ど、ど、どうしよう。
女B 私、もうあの家に帰りたくない。私を連れて逃げて。
武市 うえ!
女B お願い。
武市 お、オレが?
女B 私、ずっときよしちゃんが好きだった。
武市 えええ!
女B でも、あなたかおりちゃんにばかりかまってて、悔しかったわ。
武市 ああ……。
女B 私、あの時、最後にきよしちゃんにもらったガム、まだ大事に持ってるわ。
武市 ああ……。
女B お願い……助けて。

街頭テレビから、加山雄三の曲が流れてくる。

武市 ああ。これは歌わないといけないやつか……。
女B ?

武市、立ち上がり、歌い始める。

武市 (歌う)
二人を夕闇が 包むこの窓辺に
明日も素晴らしい 幸せが来るだろう
君の 瞳は 星と 輝き
恋するこの胸は 炎と燃えている
大空染めて行く 夕陽色あせても
二人の心は 変わらないいつまでも
   (間奏)
「幸せだなあ 僕は君といる時が
一番幸せなんだ 僕は死ぬまで
君を離さないぞ いいだろう?」

女B きよしちゃん!

女B、武市に抱きつく。
武市、びっくりしながらも、女Bを抱きしめながら、

武市 いや~、加山雄三すごいですね。私は加山雄三でモテました。ありがとうっ。若大将!

  12 1975
女Bが、生まれたばかりの子供を抱えている。
後ろから、武市が女Bの方を抱きながらあ、子供の顔を見つめている。

武市 シワだらけ。
女B まぁ。
武市 君に似て、可愛い子になるよ。
女B そうね。
武市 うん。
女B 生まれてきてくれてありがとう。
武市 この子の名前。
女B え?
武市 ん? 名前、どうしようか?
女B 名前?
武市 そう。
女B ……。
武市 …どうした?
女B ……ううん。どうする?
武市 君はなにかあるの? いいの。
女B ……。いい?
武市 ああ、いいさ、もちろん。
女B 耳。
武市 え?
女B いいから。
武市 はいはい。

かおり、武市に耳打ちする。

武市 自由と希望と幸福の子。
女B どう?
武市 え?
女B だめ? やっぱり。
武市 あ、ううん。いいよ。とってもいい名前だよ。
女B 大切な名前。
武市 とってもかわいい子になるよ。君に似て。
女B そうかしら? あなたににて、強い子でもいいわ。
武市 そうかな?
女B どちらでもいいわ。
武市 そうだな。

13 1985
かおりが呆然と立っている。

かおり あなたは誰? お名前は? 母は、私の顔を見て、そう言った。あなたに会いたかった。本当に。母は、そういって泣いた。しかし、私の顔を見て母は、……あなた…誰?そう言った。私の知らないもう一人の私がいる……。私は知っている。

ねじり鉢巻の武市がやってくる。

武市 やあ。
かおり ……。
武市 ここに来るのも10年ぶりか、今日はこの公園も静かだね。
かおり ええ。
武市 あれから40年か、オレも歳取るわけだ。
かおり そうね。
武市 家族が捜してたよ。娘さん、オレの所に来たよ。知らないかって。
かおり そう。
武市 まだ、君から連絡来たことは言ってない。
かおり ……。
武市 なんかあった?
かおり 別に。なんてないわ。よくある話。浮気。
武市 で、家出か。
かおり 母親にあってきた。本当の。
武市 そう。
かおり 知りたかった。知りたくなかった。本当の私の名前。
武市 名前?
かおり 私は生き残った。けど失われた私の名前は、どこかで生きてて恋をして結婚して、子供が生まれて生きているんじゃないかって。
武市 なんだよそれ。
かおり 本当の私はどこにいるんだろうって。あの時、忘れてきちゃった本当の私。

かおり、手袋を外して、火傷の痕を出す。

武市 ……で、分かったかい? 君の本当の名前。
かおり (クビをふる)
武市 そうか。
かおり すっかりわからなくなってた。部屋にはいると、ゆりかごで人形をだっこして、あの日であの人の時間は止まってしまっているみたい。
武市 ……。
かおり 私のこともわからなかったみたい。
武市 そう。
かおり もう一人の私がいるみたいなの。
武市 もう一人の君?
かおり 昔施設にいた子。私の代わりに母親に連れられていった子。
武市 それって。
かおり そう、あなたの奥さん。
武市 ああ。そういうことなのか。
かおり 奥さんの名前なんていうの?
武市 ……知らない。
かおり 知らない?
武市 教えてくれなかったよ。あの人、君の母親には感謝していたみたいだけど、自分の名前じゃないんだからって、昔の名前で呼んでくれって。
かおり ……はるちゃん。
武市 春子。それも本名じゃないよ。あいつも名前がわからなくなったんだ。
かおり はるちゃんにあわせて。
武市 無理だよ。
かおり お願い。
武市 無理なんだよ。
かおり 何故? お願い! これで名前がわかるのよ!
武市 オレも会わせてやりたいけどさ。ダメなんだ。
かおり 何故?
武市 ……出てったよ。
武市 連絡も取れないんだ。
かおり ごめんなさい。
武市 なんで、そんなに名前にこだわるんだ?
かおり ……。
武市 オレもさ、本名はわからないんだ。あの時、この公園で、オレは生き残った。バタバタと倒れていく人の下で、おれはじっと息を殺して生きていたよ。ほら、見てくれよ。

武市、鉢巻を取ると、そこには真っ赤な火傷の痕。

武市 本当の自分がどこかにいるかもしれないなんて嘘だ。オレはここでこうやって生きている。オレは武市きよしだ。間違いない。俺達は何も悪くない。君が名前を探しているんだって、罪悪感からだろう? 生きている。オレははっきりと覚えている。あの光景を。人が山のように積み重なって死んでいく光景を。ここで、この場所で。なぜ自分が生き残ってしまったのか。寂しかった。自分だけ生きなけりゃならないのか。何故生まれたんだって。こんなにつらい人生をオレは行きなきゃいけないんだって。それでも、オレは生きている。こうやって、武市きよしとして生きている。あの時のオレと一緒に、オレの名前も死んだんだ。だから、オレは生きている。こうやって今も。
かおり ……。
武市 君は嫌いかい? そのかおりっていう名前。
かおり 分からない。
武市 君はいつも名前を呼んでも返事してくれなかったね。
かおり わからなかったの。自分の名前なんだって。
武市 そうか。いじわるされてると思ったよ。
かおり ごめんなさい。
武市 オレ、君が忘れられないよ。
かおり ……。
武市 オレ、なんてことしちまったんだろう。あいつのトラウマだったんだ。お前の代わりに人生狂ったんだって。なのに、オレも、君の代わりにあいつを……。
かおり もういいわ。
武市 オレと前へ進んでいってくれないか?
かおり ……わからない。なんていっていいか。
武市 ……もう一度加山雄三歌ったらいいのかな?
かおり もういいわよ。そんな年でもないわよ。
武市 そりゃそうだ。
かおり ……。じゃあ、私行くわ。

かおり、去ろうとする。

武市 かおりちゃん……。

かおりが振り返る。

かおり 私がこの名前が自分のだって分かったのね。
武市 うん。
かおり あなたが、呼んでくれたでしょう? 私が施設を出て行くあの日。必死に私に向かって。
武市 ああ、そうだったな。
かおり あの時から私は、かおりという名前の女の子になったの。
武市 なんだよそれ。

二人抱き合う。
暗転。

14 1995
武市が布団に寝ている。
かなり顔色が悪く、病気のようだ。
かおりがやってくる。
かおりも、少し深刻な顔をしている。

かおり ……。
武市 どうした。
かおり …今、娘にあったの。
武市 そうか。
かおり 私…。
武市 ごめんよ。
かおり いいの。これで。
武市 君に、渡しておきたいものがあるんだ。
かおり なに?
武市 これ、あいつの連絡先。
かおり ……。
武市 オレが死んだら連絡してくれないか?
かおり ええ。わかったわ。
武市 そろそろ眠るよ。
かおり ええ、ゆっくり寝るといいわ。
武市 おやすみ
かおり おやすみ。

暗転。

15 2005
墓石が一つ。
女B(以下はる)がその前に立っている。
かおりが一人、花束を持ってやってくる。
はるが、かおりに気づく。

はる ……。
かおり ……。
はる 久しぶり……。
かおり はるちゃん。
はる 連絡ありがとう。
かおり ……ううん。
はる この人……きよしちゃん。幸せだったわね。
かおり ……。
はる 妬けるわ。昔から、かおりちゃん、かおりちゃんって言ってたっけ。わたしのことなんか、全然相手にしてくれなくって。
かおり ごめんなさい。
はる 謝らないでよ。わたしもね、かおりちゃんのこと、好きだったのよ。
かおり ……。
はる かおりちゃんの真似したりして、それで……。
かおり ……。
はる お母さんに会ったでしょ?
かおり ええ。
はる 感謝してるわ。少しおかしかったけど、あんな場所から私を救ってくれたもの。私に母親っていうものを教えてくれた。まさか……。
かおり ……。
はる まさか、それが私じゃないなんてね。私への愛が、全部私じゃなかったなんて、死ぬほどショックだったわ。あなたを恨んだこともあった。けどね、今じゃ感謝してるのよ。だって私は私だもの。かおりちゃんと私は別だもの。
かおり ……。
はる 私のね、娘の名前ね……。ゆきこって言うの。
かおり ゆきこ……。
はる 自由で、希望の子。子は幸福のコ。コはちょっと強引だけどね。
かおり ……。

かおりが顔を覆ってしゃがみこんでなく。

はる 母さんが、私につけた名前。子供が生まれて、初めて顔を見た時に、決めたの。ああ、この名前にしようって。本当に自由で、希望にあふれて、幸福なコになってほしいなって。
かおり ありがとう。
はる すごく長い時間が立ったわね。いろいろあったわ。楽しいことも嬉しい事も、悲しいこともいろいろたくさん。
かおり ええ。
はる 悲しいことのほうが多いけどね、こうやってね、嬉しい事もあるんだから。
かおり ありがとう。
はる やめてよもう。また二人でどこかへ行きましょう。この街にもいろんなものができたわ。ずっとなにもなかった体育館の跡には、ショッピングセンターと映画館ができたのよ。ちょっと高級なお店と、本屋さんには、なんでもそろってて、この街一の品揃えでね、映画館もあるのよ。たくさんあるの。シネコンっていうの。お陰で、ブラクリ丁の映画館が潰れちゃったけど。
かおり ええ。
はる マリーナにできた黒潮温泉もいってみないとね。その前にはね、バイキングのお店もあってね、マグロが美味しいのよ。
かおり ええ。グランヴィアのバイキングもいいわね。
はる ええ、ええ。加太の温泉も、花園温泉も、行きましょうね。
はる いいわね。温泉めぐりしちゃいましょ? そうだ、和歌浦のマラソンも一緒に出ましょうよ。
かおり ええ。頑張らないとね。走ってないわ長いこと。
はる バーにもいきましょう。うんとおしゃれな。そこで楽しく愚痴を言い合うの。いいわね。
かおり いいわね。ええ、ソースウエストや、ハイドアウトカフェなんか行ってみましょ。
はる ……みんなで立て直したお城も、昇らないとね。いつも子供と一緒だから、ゆっくり見れないの。あそこからこの街を眺めるのよ。二人で。あそこはああだって、こうだって。二人でいうのよ。あそこのラーメン屋はいまいちねって。あそこの病院は全然ダメだから行かないほうがいいわねって。ね、素敵でしょ? 
かおり ええ……行きましょ。
はる ええ……。

はる、去る。
車いすに乗って老婆がやってくる。

老婆 あの日、私の娘は死んでしまった。もし、あの娘が生きていたらどうしていたのだろう? そうやってこの70年過ごしてきた。きっと恋に悩んで、幸せに結婚して、子供ができて、喜んで怒って、楽しんで泣いて。今も、私の中であの娘は生きている。楽しかった? 人生は。
かおり ええ。
老婆 ごめんなさい。
かおり いいえ。産んでくれてありがとう。
老婆 ごめんね。あの時、私があの場所さえ通らなかったら。あの時、あの場所に住んでさえいなけりゃ。もっと足が速かったら。全部私が悪いんだわ。
かおり やめて、私はお母さん、あなたの中で生きているわ。もう少しだけど、一緒に生きていきましょうね。私を覚えてくれているのはもう、お母さんだけだもの。お母さんが最後の時まで私はお母さんと一緒にいるわ。忘れないでね。
老婆 ええ。

かおり、去る。

16 2005
箒を手にした若者が、やってくる。

若者 お掃除ルンルン、ルンルルン! お元気ですか? ルルルンルン(お出かけですか、レレレノレ)。いや~~、この公園は平和だ。とっても、平和。でも、隣を見るとちょっと不景気。経済センタービルはぼ~ろぼろ。でも平和。あれ? なんかデジャブ? まあ、いいや、ほら、見渡してごらん? 目の前の風景を。今日もお天気ぽかぽかいい天気、空がキレイでスカイブルー。テレビは……。

その前を、帽子を深くかぶり、車いすの老婆が横切る。
手には少女の人形(シーン1と同じもの)を持っている。

若者 早いよ!
老婆 はい、おはようございます。
若者 いや、オレのいいとこ!
老婆 ええ、いいお天気ですね。
若者 なに、もうそこまでボケちゃってるの? ダメだよ。出番は守らなきゃ。
老婆 あつはなついわねえ~。
若者 なんでやねん!
老婆 おほほほ。お上手お上手。
若者 これ、本当うけないね。なに? おばあちゃん迷子?
老婆 迷子? いいえ、ちょっと銀行へ襲撃に。
若者 そうそう、おいお金をお出しくださいませっってアウト! それ本当にアウトなやつだよ。
老婆 あら、アウトだなんて。恥ずかしい。
若者 ちゃんとやってもう、で、おばあちゃん
老婆 住所はね、あっち。
若者 そう、あっち。
老婆 年齢はね、永遠の10歳。
若者 いや、若すぎでしょ。
老婆 家族はね、あの日、私は家族を失っったの、70年前。
若者 はい、70歳ね。
老婆 永遠の、5歳。
若者 はいはい。で?
老婆 70年前、ここは地獄だったわ。

女は、誰もいない場所を見ながら、目の前に誰かが通って行くのを見つめているようだ。(シーン1)

女 街が日に包まれて、全部灰になった。人も、お城も、記憶も、記録も。全部。

女、いない人間を見つめている。

女 大切な物も全部、燃えちゃったわ。

間。
老婆、ベンチに少女の人形を置いた。

女 あなたの名前はね、ずっと私の中で生きているわ。あなたがいなくなっても、こうやって私の中で生きて生き続ける。忘れやしないわ。見てほら、とてもよい光景だわ。子どもたちが幸せそうに遊んでる。ああ、転んじゃった。泣かないなのね。強いのね。男の子ね。あら、あそこの女の子は、おしゃれな髪型ね。おしゃまさんなのね。うふふ。この風景も覚えておきましょうね、なんてない、この一日一日を覚えておきましょうね。こういう風景がいつまでも続けばいいの。今日も今日の明日も、明日も、明日の今日も、明日の明日も。ずっとずっと。

間。
女、動かなくなる。

男 おばあちゃん? 寝てるの? 

17 2015
公園で遊ぶ子どもたちの声が響いている。
そして、ベンチに一つ、人形が置かれている。
(了)

PDFファイル

コチラをご利用ください

使用許可について

基本無料・使用許可不要。改訂改編自由。作者名は明記をお願いします。
上演に際しては、観に行きたいので連絡を貰えると嬉しいです。
劇団公式HP https://his19732002.wixsite.com/gekidankita

劇作家 松永恭昭謀(まつながひさあきはかりごと)


1982年生 和歌山市在住 劇団和可 代表
劇作家・演出家
深津篤史(岸田戯曲賞・読売演劇賞受賞)に師事。想流私塾にて、北村想氏に師事し、21期として卒業。
2010年に書きおろした、和歌山の偉人、嶋清一をモチーフとして描いた「白球止まらず、飛んで行く」は、好評を得て、その後2回に渡り再演を繰り返す。また、大阪で公演した「JOB」「ジオラマサイズの断末魔」は大阪演劇人の間でも好評を博した。
2014年劇作家協会主催短編フェスタにて「¥15869」が上演作品に選ばれ、絶賛される。
近年では、県外の東京や地方の劇団とも交流を広げ、和歌山県内にとどまらない活動を行っており、またワークショップも行い、若手の劇団のプロデュースを行うなど、後進の育成にも力を入れている

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