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【長編戯曲】ココココ/ルルル

ココココ/ルルル

○登場人物
上山 健一 男
上山 宏美 女
井上 裕子 女
桑島 和夫 男
狐男(必要に応じて、健一・和夫が仮面をつけて演じる)
狐女

時と場所
 田舎の一軒家

奥には居間。前には庭。といっても、囲いがしてあるわけではなくそのまま外といった趣。
居間にはテレビ・テーブル・救急箱などが置かれている。
居間の上手は玄関に通じており、下手には台所や生活スペースがある。
庭の上手は、駅や道路に通じており、下手は、畑や山に通じている。

1 春
居間で男(健一)が寝転がりテレビを見ている。
庭で狐のお面でフードをかぶった女(狐女)が現れる。
狐女は人形を抱えてオロオロしている。

狐女 コン。

健一、庭に目をやる。

健一 狐か。平和やの。

健一、縁側にくる。

健一 なんやおまん、はぐれか。

狐女、警戒している。

健一 なんもっちょる。人形か。どれ見してみ。

狐女、警戒して離れる。
健一、考えて台所に行く。
狐女、縁側に寄って健一が去った方向に興味を示す。
健一、油揚げをもって戻ってくる。

健一 ほれこいこい。違うか。ルールルルル、ルールルル。

と狐を呼ぶ。
狐女、油揚げに喜んで人形を置いて、寄っていこうとする。
そこへ庭上手から狐の面をかぶった男(狐男)が走って現れる。
狐女、狐男に気づき健一からパッと離れる。

健一 家族か。
狐男 コン。
狐女 コーン。
狐男 コンコン。
狐女 コン。

狐男、慌てて庭下手へ走り去る。
狐女もしぶしぶついて走るが途中で、人形を忘れたのに気づき戻ろうとするが狐男に引っ張られてそのまま庭下手へ去る。

健一 いらんのかいな。ああ、

健一、油揚げを食べながら庭に降りて人形を拾い上げる。

健一 汚ね。おい忘れちょるぞ。おい。

と庭下手へ人形を持って去る。

居間下手から女(宏美)が現れる。

宏美 油揚げどこやったんよっ。あれ?

宏美、健一を探す。

宏美 うんこか?
女の声 きゃあああ。

女の悲鳴に驚く宏美。
庭上手よりスーツケースを持ち上げて女(裕子:おしゃれな格好で都会の匂いがする)が走ってくる。

裕子 助けて助けて。
宏美 え。
裕子 いや。

裕子、靴のまま部屋に上がり込み居間下手へ逃げ込む。

宏美 ちょっ靴。

すぐに包丁を振り上げて男(和夫)が庭上手から走りこんでくる。

和夫 狐どこじゃぁぁ。
宏美 和夫和夫。
和夫 おお、宏美。
宏美 あんたなにしとん。そないぶっそうなん持って。
和夫 おい狐見ぃひんかったか。
宏美 狐おったん。
和夫 下の洋平さんとこの家に忍び込んだん見つけてよぉ。今こっちへ来たやろ。
宏美 しらん。
和夫 山か。
宏美 ちょっとあんた。
和夫 狐どこじゃぁあ。

和夫、再び刀を振り上げて庭下手へ走り去る。

宏美 なんやあいつほんま。

裕子が恐る恐る居間下手から顔をだす。

裕子 行きました。
宏美 もう大丈夫よ。
裕子 びっくりした。
宏美 すいませんねぇ。ちょっと頭おかしいからあいつ。
裕子 お知り合い?
宏美 知らん知らん。あんなん。
裕子 はぁ。あ、ごめんなさい。

裕子、慌てて縁側で靴を脱ぐ。

宏美 (裕子お靴を見て)いやーかいらしい(かわいい)。
裕子 え?
宏美 いやそん服、どこで買うたん。しまむら? ユニクロ?
裕子 服?
宏美 ヒメリン着ちゃあるんと一緒ちゃうん、かいらしい。
裕子 原宿のショップで。
宏美 原宿。表?裏?
裕子 普通の原宿ですけど。
宏美 普通の原宿て。かっけぇ。普通の原宿かっけぇ。東京からきたん?
裕子 はい。
宏美 かっけぇ東京かっけぇ。ちゅうかめっちゃヒメリンに似てへん?
裕子 あの、
宏美 なになにめっちゃ綺麗やん。
裕子 あの。
宏美 なになに。
裕子 ここらへんで上山さんというお家を。
宏美 上山? うちかな。
裕子 うち?
宏美 うち上山。上山さんちの宏美ちゃん。
裕子 ここですか。
宏美 うちに?
裕子 あの健一さんは。
宏美 ニィニィ?
裕子 ニィニィ?
宏美 お兄ちゃんのお客さん?
裕子 そうなんだ。妹さん?
宏美 うっそー。ニィニィの知り合いにこんなかいらし人が。
裕子 健一さんは。
宏美 ニィニィなぁどこやろ。
裕子 いない?
宏美 今おってんけど。うんこちゃう?
裕子 うん……おトイレ?
宏美 すぐ戻ってくんちゃう?
裕子 そうですか。
宏美 それよりそれより、
裕子 あ

そこへ和夫が手ぶらで走って庭下手からやってくる。
裕子、宏美の影に隠れる。

和夫 ごめんごめんって。

和夫を追いかけて健一が庭下手から、走ってやってくる。
片手には和夫が持っていた包丁が刺さっているぬいぐるみを持っている。

健一 だぼ、おんしゃぁ。
和夫 ごめんごめんて。
健一 狐と人間の違いもわからんのかおんしゃぁ。
和夫 いや宏美がな。
宏美 うち?
裕子 あの。
和夫 その人形それも狐持ってたしや。
健一 これか。
和夫 な。
健一 お前これどないしてくれんのな。

健一、後ろを振り向くと綺麗にズボンが切断されオシリが丸出しである。

裕子 ひゃっ。
宏美 ええ。
和夫 ひゃはははは。
健一 なに笑っとんなおんしゃ。
和夫 ごめんごめんって。

和夫、笑いながら庭上手へ走り去る。

健一 待ておんしゃぁ。

健一、ぬいぐるみを縁側において追いかけて走り去る。

宏美 あほやあほ。
裕子 すごいですね。
宏美 こんなん毎日よ。もうかなんわ(困るわ)。
裕子 はぁ。
宏美 これやから田舎はイヤよ。うちもな、東京行きたいんよ。
裕子 そうなんだ。
宏美 うん。アイドルなるねん。
裕子 アイドル?
宏美 そうそう。でもなあかんいうねん。あのくそニィ。
裕子 はぁ。
宏美 昨日も喧嘩してなぁ。やっぱり東京おしゃれやわ。垢抜けてるわ。ちょっとドキドキする。6%ドキドキ。この服もしかして。
裕子 はい。6%ドキドキ。
宏美 ひゃぁ。もしや、こ、このスカートは。
裕子 ギャラクシーってところのですけど。
宏美 ギャラークシー。宇宙やここに宇宙があるでぇ。
裕子 ああ。
宏美 って有名なん? ギャラクシーって。
裕子 結構向こうでは。
宏美 かわいいわぁ。むっちゃかわいいわぁ。ああ東京の人はええ匂いする。めっさええ匂いする。
裕子 ちょっとちょっと。
宏美 東京の匂いや。田舎の土臭さとは違う東京のええ匂いや。
裕子 ちょっとちょっと。
宏美 たまらんでたまらんで。
裕子 ちょっ、
宏美 うちは今ゾンビや。おしゃれゾンビや。こんな田舎でおしゃれに飢えすぎてけなげな女子はおしゃれゾンビと化したのである。
裕子 であるって。
宏美 ええわぁええわぁ。
裕子 ひえええ。

健一が和夫が履いていたズボンを手に豪傑のように笑いながら戻ってくる。

健一 とったどぉ。
宏美 ニィニィ。
健一 なんつって。
宏美 ニィニィによ。
健一 ん?
裕子 どうも。
健一 え。
裕子 すいません急に。
健一 え。
裕子 勝手におじゃましてすいません。
健一 いや。

健一、居間にあがる。

健一 ああ東京から。
宏美 せやで東京やで。
裕子 はい。
健一 それはそれは遠いところから。
裕子 いえ。
宏美 なぁ。
健一 なんやねんもう。
宏美 紹介してや。紹介。
健一 え。
裕子 そういえば。まだ。
健一 いや。
裕子 井上裕子です。
健一 どうも。
宏美 どうも妹の宏美です♪

健一ズボンを居間の奥に置く。

健一 もうお前どっかいけよ。
宏美 なんでぇ。
健一 なんでって。
宏美 なんなん、知り合い?
健一 知り合いいうか。
裕子 あの一ついいですか。
健一 はい。
裕子 あの。
健一 はい。
裕子 お、
健一 お?
裕子 おしり。
健一 おしり。おお。
宏美 丸出し。
健一 おお。
裕子 すいません。
健一 あいつほんまっ。
宏美 はよ着替えてきぃ。
健一 ちょっとすんまっせん。
裕子 いや。
健一 お前お茶ぐらいだせよ。
宏美 ほんまや。
裕子 いいですから。

健一、慌てて居間下手に去る。

宏美 すいませんねぇ。バタバタしとって。お茶冷たいのがええ。
裕子 あ、全然。
宏美 お茶っ葉無いわ。
裕子 お気を使わなくても。
宏美 お腹空いてへん?
裕子 え。
宏美 東京から来てご飯食べてへんのちゃう。
裕子 あ、全然。
宏美 ちょうどな、今作ってたとこなんよ。きつね汁いうてね、ここらへんの名物なんよ。どう。
裕子 いいです、か。実は結構。朝からないも食べてなくて。
宏美 ほなほな。ちょっと待っちょってな。
裕子 すいません。

宏美、居間下手へ去る。
一人残された裕子。

間。
庭下手から、狐男が現れる。
狐男はフードを目深に被っており、今は、顔が見えていない。

裕子 え。
狐男 ……。

狐男、居間に飛び乗ってきて、包丁付きの人形を拾い上げる。

裕子 嘘……。
狐男 コン。
裕子 え。
狐男 コン。
裕子 どうしてここに……。

狐男と、裕子、しばらく見つめ合う。
裕子、狐男のフードを外そうと手を伸ばす。

和夫 おっ、狐。

庭上手に、和夫がいる。

裕子 ひゃっ。
和夫 おっ。

和夫、狐を追いかけようとしたが、自分が下半身下着なのを思い出し、慌てて隠す。
その隙に、狐男、包丁がついたまま人形を持って庭上手へ逃げ去る。

和夫 くそっ。ああっ。
裕子 ちょっと。
和夫 あのう、すまんのやけど。
裕子 は、はい。
和夫 ず、ズボンを返してもらえんかの。
裕子 こ、これ。
和夫 そうそう。こいやと、帰られへん。
裕子 はい。

裕子、ズボンを和夫に渡してやる。
和夫、そのままズボンを履く。

和夫 ありがとう。
裕子 いや。
和夫 健ニィは。
裕子 今、ズボンを着替えに。
和夫 ああそう。
裕子 はい。
裕子 今のは。
和夫 今の。
裕子 今、あっちへいったの。狐。
和夫 そやねん。うまいこと化けおるやろー。
裕子 化ける。
和夫 そやー。

和夫、ズボンを履き終える。

和夫 いや、助かったわー。
裕子 あの。
和夫 ん。
裕子 化けるって。
和夫 化けるって、いやまんま。人間に化けたりしてな、悪さしおるんよ。
裕子 ああ……。
和夫 こん前もな、下村のばあちゃがよ、だまされてな。
裕子 本当ですか。
和夫 そらもうなんかよ、ばあちゃの、のうなったせがれに化けてよ。食いもんせがむわ、わがままほうだいよ。まあ、ばあちゃもな、途中で気づいてたんやけどよ、まあ、ええかいうて、食いもんやっちゃあったらよ、どんどん態度でかなって居座りおってん。
裕子 はぁ。
和夫 宏美もなぁ、狐に泣かされてよぉ、ワイ、宏美を泣かす奴は、狐でも許さんのよ。
裕子 はぁ……。
和夫 都会のほうやったらねえ、そんなんないでしょ。まず狐がおらんわな。ははは。
裕子 はぁ……。
和夫 ところで、どちら様。
裕子 どうも。井上裕子です。
和夫 はぁ。
裕子 いや、まあ。
和夫 健ニィにこんなべっぴんな知り合いおると思われへんし。
裕子 あのですね。先月、お兄さんと、テレビの企画で。
和夫 テレビ。
裕子 はい。
和夫 あれな。お見合いのやつ。
裕子 はい。あの、農家の嫁募集みたいな。
和夫 知ってる知ってる。あの、おもんないやつな。誰がみるねんて。
裕子 ああ。
和夫 いや、あれ、ヤラセらしな。台本あったって。編集でめちゃくちゃやって、えらい健ニィ、ぼやいとったわ。
裕子 ああ。
和夫 なにぃ、あんたも出とったん。
裕子 はい。
和夫 なぁ、よう考えたら、あんなんようやってるけど、結婚しましたなんてそんな、ないもんな。所詮遊びやいうとったわ。健ニィ。
裕子 そうですか。

下手から、声がする。

宏美 うちも東京行くからな。
健一 後にしろ、後に。

健一と宏美が、喧嘩しながらやってくる。
宏美は、手にラーメン鉢を持っている。

宏美 はい、お待たせしました~。どうぞ。
裕子 きつね汁……。
宏美 そんなおいしいもんじゃないけどな~。

健一 なんや、まだおったんか。
和夫 いや、健ニィ。
健一 なんや。
和夫 包丁は?
健一 あれ?

裕子 あの。
宏美 ん?
裕子 き、狐が入ってるんですか?
宏美 ははは。ちゃうちゃう。おあげさん。
裕子 おあげさん?
健一 狐の好きな油揚げ。
宏美 くそニィのお陰で入ってないねんけど。
裕子 はぁ。
宏美 食べてみて。
裕子 はい。

しかし、裕子、箸をつけようとしない。

健一 ないなぁ。
和夫 えぇ?
健一 いや、そこにあったのに。

宏美 どしたん?
裕子 あの……。
健一 ああ。
裕子 あの、やっぱり迷惑ですよね。急に。
健一 いや……。
裕子 ですよねー。テレビの遊びの企画ですもんね。本気になんかね。してないですもんね。
健一 え?
裕子 失礼しました。

裕子、荷物を置いたまま、庭に降りて庭上手へ走り去る。

健一 え?
宏美 どういうこと?
健一 いや。
和夫 なんやぁ?
宏美 なに? テレビって。
和夫 あら、宏美しらんの?
健一 おいっ!
和夫 え?
宏美 ちょっ、言い。
和夫 いや、先週、健ニィ、東京でテレビ出たやん。
宏美 ええ、テレビってか東京ぉ。
健一 お前、言うなて。
宏美 ちょっ、なんなん? 全部言い。
和夫 健ニィは、先週東京のテレビのお見合い企画に出たのです。以上です。はい。
宏美 なにそれ。
健一 いや、熊やんに勝手に応募されてやぁ、無理やり。
宏美 自分ばっかり東京行って。
健一 そこかい。
和夫 ほんで、そこで会うたいうてたで、あん人。
宏美 どういうこと?
健一 いや、お見合いで、会うたんや。
宏美 え? で?
健一 いや、ほんでな。うちに嫁に来てもええいいはったんよ。
宏美 ええっ。
健一 でもやぁ、終わったらよぉ、なんも会うこと無く、帰らされてよぉ。なんや、あれか、これがやらせかおもて。
宏美 ええ~。
健一 だいたな、あん人、バリバリの芸能人やぞ。
宏美 ええっ。
和夫 マジで。
健一 ほうよ。来るか? こんな所に嫁に。
宏美 ヒメリン!
和夫 ヒメリンや!
健一 なんかそんな事いうとったな。しっとんか?
宏美 有名なモデルやで。
和夫 人気すげーで。
健一 へ~~。
宏美 へ~~ってニィニィ。
健一 いや、知らんし。
和夫 うわ~。握手してもうた良かった~。
宏美 ちょっ、えらいこっちゃや。
健一 な? なんやろな?
宏美 なんやろな、って向こう本気やったんちゃうん。
和夫 マジか、ヒメりんが嫁か。
宏美 いや、はよ、追っかけな。
健一 そうか。
和夫 祭りや、これは祭りや、ヒメリン祭りや。
裕子 あの……。

裕子が戻ってきていた。

健一 おおっ。
宏美 ヒメリンや。
和夫 本物や。
裕子 すいません。荷物……。
健一 はい。
裕子 すいません。
健一 ちょっと待って下さい。
裕子 ……。
健一 いや、そも、ちょっとびっくりしたんですけど。せっかく来てくれたんやから。ほら、きつね汁も食べてへんでしょう。
宏美 ほんまや、食べて食べて!
裕子 はい……。

裕子、居間に座る。

裕子 いただきます。
宏美 どうぞどうぞ。

宏美、和夫、裕子の事を凝視している。
裕子、それが気になって、食べられない。

健一 もう、おまんら、ちょっといね。
宏美 ええー。
和夫 健ニィよぉ。
健一 ええからよ。
宏美 んん~。
和夫 ……いこら。
宏美 ええ~。
和夫 ええから。
宏美 うん。

和夫、宏美、居間下手へ去る。

健一 ほんま、あいつら。
裕子 すいません。
健一 いや。バタバタしてすまんです。
裕子 いや。
健一 まあ、食べて下さい。
裕子 はい。
健一 わい、その。ほんまや思ってなくて。
裕子 はい。
健一 いや、あの時は、ホンマに、その来てくれたら嬉しいなという気持ちやったんやけど。
裕子 ……。
健一 いや、テレビやから、嘘でやっとんかと。まあ、な。ホンマに来てくれるとか思わんかったし。盛り上がるから、オッケーくれたんかと。まあ、終わってからなんもなかったし。
裕子 あの後、仕事があって。連絡先お渡ししたかったんですけども。
健一 そうですか。
裕子 あの時のディレクターさんに頼んで、ここの場所聞いて。
健一 ほうですか。
裕子 はい。
健一 まあ、こんな田舎ですわ。
裕子 ええ。
健一 ええんですか。仕事。
裕子 ええ。
健一 なんでですか? なんかえらい人気あるみたいやし。
裕子 ……。
健一 ……。
裕子 あの……。
健一 いや、いいたないんやったら、ええんですけど。いろいろあるやろし。
裕子 いろいろ……あって。
健一 ほうか。
裕子 ごめんなさい。
健一 あせらんでええさけよ。
裕子 ず~~っとず~~っとなにやってんだろって。
健一 んん。
裕子 そん時ね、「考えてもしゃあねえ、生きてるんだから」って。「おめえはおめえのままでええんちゃうか」って。
健一 そうやったっけ。
裕子 そう。そして「わいがおるから、ココがあって、ココがあるからわいがおる、そんなけ」って。
健一 あ~、そう。
裕子 カッケ~~~って。
健一 そ、そう?
裕子 私は思ったの。
健一 そう。
裕子 私もココを見てみたくて。でも、迷惑ですよね。
健一 ユーコさん。
裕子 は、はい。
健一 正直わいにもわからんですよ。
裕子 ……。
健一 朝起きて、畑仕事して、寝る。そんだけです。
裕子 はい。
健一 親父が死んで次の日、わいはなんも考えんと、畑にいきました。わいがおるから、畑にはミカンができるんです。ミカンができるから、わいは畑に行くんです。そんだけです。なんで、こないな所に生まれて、なして、こんな事してるんか、考えてないっていうか、考えてもしょうがねえと思ってます。
裕子 はい。
健一 嬉しいです。
裕子 ……。
健一 そうやって、この場所を好きになろうとしてくれて嬉しいです。
裕子 はい。
健一 テレビでも言いましたが。
裕子 はい。
健一 よかったら、一緒にミカンを作らんですか?
裕子 え?
健一 いや、いやならええんですけど。
裕子 やりますやります。
健一 ええん?
裕子 やります。

和夫と宏美が居間下手から飛び出してくる。

和夫 お、結婚するっちゅうことか?
健一 な、だぼ、そないなこと。
裕子 はい、いいです私。
健一 ええっ!
宏美 ええっ!
和夫 祭りじゃあ!

和夫、手持ち太鼓を打ち鳴らし、踊り始める。
照れくさそうにする健一と裕子。
呆然としている宏美。
暗転。


蝉の鳴く声がする。
和夫が庭で、なにやら金属の機械(狐の罠)を取り付けている。

宏美が、ラジカセをもって居間下手から、やってくる。

宏美 あで、おったん。
和夫 おお、宏美、見てくれ。
宏美 なんよぉ。それ。
和夫 罠よ。罠。
宏美 罠。
和夫 狐捕まえるためのよ。

宏美、縁台にラジカセを置いて、庭に降りる。

宏美 そんなんで捕まんの。
和夫 ばっちりよ。イントゥアーネッツッで調べたよ。
宏美 ふーん。ちょっと手かして。
和夫 なんな、ふふっ。
宏美 ……。

和夫、手を差し出す。
宏美、それを罠に持っていこうとする。
和夫、慌てて手を引く。

和夫 なにすんな。
宏美 いや、どんなもんかと。
和夫 危ないやろが。
宏美 そうなん。
和夫 普通にケガするやろ。
宏美 そうなんやー。
和夫 そういうプレイはわいは好かん。
宏美 プレイいうな、プレイ。

そこへ、浮き輪をもって居間下手から、裕子が現れる。

宏美 ユーちゃん。
裕子 今日も仲いいねー。
和夫 はい。
宏美 ちょっ、やめてよ。
裕子 ふふふ。
宏美 なにそれ。
裕子 これ、ケンちゃんが、
宏美 ケンちゃん。
裕子 あ、
宏美 ケンちゃんって。
裕子 お兄さんが、海へいこうって。
宏美 ケンちゃんでいいのに。
裕子 ……その、海行こうって。
宏美 海。へー、珍しい。ケンちゃんは?
裕子 なんか、用意するんで、居間で待っててくれって。
宏美 そう。ちょうどええわ。ちっと見てよ。練習したんよ。
裕子 え。何を?
宏美 ええから、座って座って。かっちゃん、これ、押して。
和夫 これ。
宏美 私が合図したら、ここを一回だけ押したらええから。
和夫 分かるわ。そんぐらい。
宏美 ほな。

宏美、和夫に合図を出す。
流行りのアイドルソングが流れ始める。
宏美、その曲に合わせて歌いながら踊り始めるが、お世辞にも上手とは言いがたい。
途中で歌詞を忘れたようで、歌えなくなり、

宏美 えーっと、ふんふふん……。ストップ。

和夫、ノリノリで聞いていて、ストップの合図に気づいていない。
宏美がむっとした表情で近づいてくる。
和夫が気づいて慌てて、ボタンを連打する。

どうやら、ラジオのボタンを押したようで、ある曲が流れてくる。
女が歌っている歌だ。
裕子の顔色が変わった。
宏美が、和夫をグーパンチ。

和夫 ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます。
宏美 もうっ。

宏美、顔を手で隠し泣いているようだ。
裕子が、さっとラジカセの曲を止めた。

裕子 大丈夫。よかったよ。
宏美 ほんま。
裕子 うんうん。
宏美 でも、ぜんぜん。
裕子 そうねー、リズムのね、拍が取れてないのがちょっと気になったかな。表と裏の違いもあるし、あの曲ってシンコペーションがすごく大事だと思うの。そこと歌詞が上手いこと作っているのを理解してるかっていうのも大事だし、あと、サビ前のキメのところ、「○○○○」の部分ね。あそこがサビへのジャンプになってるのね。だから、あそこをぐっと引き込む力みたいなのをもっと意識できるといいかなと思ったり。
宏美 ……。
和夫 すげー。

宏美、すっとテレビの前に座って、テレビを見始める。

宏美 ……。
裕子 ごめんごめんね。かわいかったよ。
宏美 ええんよ。うちみたいなみかん娘、ちゃう、泥んこガールは、一生テレビん前で、横になってせんべえかじるんよ。お腹かゆいわーいいながらよ。
和夫 だんなはワイか。
宏美 ……ふんっ。
和夫 冷たさがすごい。
宏美 ねえーユーちゃんからもさー。ニィニィ説得してよー。
裕子 いやーそもそも、なんでケンちゃんは、東京行き反対してるの。
宏美 うーん。
和夫 ちゅうか、おまん、東京行くん。
宏美 あ、
和夫 ちっとちっと。(ちょいちょいちょいちょい)
宏美 さ、練習練習。
裕子 あら。
和夫 ちっとちっと。スカイツリー見にいくんやな、分かった、わいの予定はっと…。
宏美 ちゃうわ、東京出てアイドルになるんや。
和夫 はぁ。聞いてへんけど。わい。
宏美 なんであんたに言わんとあかんのよ。
和夫 いや、わい将来のだんなやん。つうか、もう、だんな的な感じやん。つうか、もう、だんなやん。
宏美 ちゃうわ。
和夫 おーいおいおい。
宏美 付き合っちゃあらへんし。
和夫 おーいおいおい。
宏美 つうか、嫌いよ、うち。
和夫 おーいおいおい。ちょっ待てよ。じゃあ、俺はなんなんな。
宏美 ペット。ちゅうか、下僕。
和夫 おーいおいおい。おーいおいおい。
宏美 キラッ☆
和夫 ひ、ひどい……。
裕子 生きてればいいことあるよ。
和夫 なんよおそれ、慰めちゃあるふりして、追い打ちやいて。
裕子 いやいやいや。
和夫 わいは絶対反対やぞ。東京なんかええことあるか。東京にはな、顔と腹が黒い人間がわんさかおって、うぶな田舎物を食い物にしちゃあるんや。まさにコンクリートジャングル。
宏美 なんよ、コンクリートジャングルって。
和夫 お前はだまされとるんよ、狐に。
宏美 ちゃうよ。
和夫 狩っちゃる、狩っちゃるぞ。ぎゃああああ。

和夫、そのまま走って庭下手へ走り出していった。

宏美 なんや、ほんま騒がしい。
裕子 大丈夫。
宏美 ええんよええんよ。ほっといたら。いつものことやし。
裕子 結構ショック受けてたみたいじゃない。
宏美 東京いくんに、切捨てなあかんもんはあるんよ。
裕子 まあ……。
宏美 あーあ、都会やとレッスンとかあるんやろ。うちもそんなん受けたいわー。こうしている間にも、うちと同い年の、アイドルを目指す女たちが、目から血ぃでるような努力をしながら、日々、鉄の拳を鍛えちゃあるっちゅうのに。うちは、こんなみかん畑に囲まれてのんびりしててええんやろか。
裕子 いや、そんな目から血とか。
宏美 なんで、東京の地下深くには、アイドル虎ノ門があって、そこでいたいけな少女たちが日々、上へ這い上がる為に仲間たちの屍を乗り越え、努力をしちゃあるんちゃうん。
裕子 してないしてない。そんなのないよl。
宏美 うっそっ。
裕子 そんな、地下レスラーみたいな。
宏美 ええーほな、どないしたらアイドルなれるん。
裕子 いや、事務所のオーディション受けたりとか、おっきな国民的美少女オーディションとかでグランプリとるとか、街中でスカウトされたりとか、いろいろあるけど。
宏美 あかんわ。うち、なんもわかってない。自信のうなってきた。
裕子 大丈夫、大丈夫。まだ若いし。ね、これから勉強したらいいじゃない。
宏美 ……そらなぁ~、成功した人はねぇ~。
裕子 そういえば、ケンちゃん遅いなぁ。
宏美 うーん。
健一 呼びましたかー。

健一、居間下手から現れる。
水着に、水中ゴーグル、足下は、フィン。手には、モリ。

宏美 なん、そん格好。
健一 おいおいおい。おめめは大丈夫か。こん格好を見て、わからんかい。おい、ユーコくん。
裕子 はい。
健一 パイルダーオン。

と健一が、両手を万歳すると、裕子が、浮き輪を装着させた。

健一 海がよーまっておるんよー。
宏美 なにそれ。
健一 全力よ。たまの休日。全力でリフレッシュよ。
宏美 畑は。
健一 今日わはな、消毒ぐらいやからよ、和夫にまかせた。
裕子 和夫さん。
宏美 あいつやったら、さっき狐おっかけて上いったで。
健一 はん?
裕子 ええ、さっきまで家にいましたよ。
健一 ほな畑には。
宏美 誰もおらんのちゃう。
健一 あかんやろ。
宏美 そやねぇ。
裕子 えっと、じゃあ。
健一 あいつ、殺す。

と、浮き輪を外し、モリを構えた。

健一 ユーコさん、ちっと待っててください。狩りが終わったら、海へと。
裕子 はい。
健一 狩りじゃー、狩りじゃー。

と、行くが、フィンが邪魔で、ペタンペタンとゆっくりいく。

宏美 ははは。海へいかずに、山へ狩りに。ははは。
裕子 なんか大変ね。
宏美 かっちゃんはいつものことよ。
裕子 はぁ。
宏美 ニィニィ、それ脱ぎい。
健一 わいの海への気持ちがこれを脱がさんのよ。
宏美 はは。ま、がんばり。
裕子 あの、無茶なことは。
健一 大丈夫です。ちっとわき腹刺すだけですから。2、3日で治りますから。

健一、庭下手へ去る。

裕子 なんかすごいね。ここの人たちは。
宏美 そう。
裕子 なんかパワーがあるというか、元気があるというか。
宏美 やかましだけよ。
裕子 いや、うらやましいよ。こういうの。
宏美 そう。
裕子 私、もう家族とかいないし、東京でずっと一人だったから。
宏美 ……。

宏美、裕子に抱きつく。

裕子 ちょっ。
宏美 うちがおるやんか。もう、家族やで。
裕子 うん。
宏美 ちゃう?(違う?)
裕子 ……ううん。
宏美 うちな、ユーちゃん来てくれてうれしいんよ。
裕子 そう。
宏美 そや、こんなかっこええお姉ちゃんほしかってん。あんなミカンバカな兄貴とちゃうくてな。
裕子 ふふふ。ミカンバカ。
宏美 やろ。ほんまミカンバカよ。
裕子 でも、そこがいいとこでもあるでしょ。
宏美 せやけど。
裕子 それにケンちゃん、宏美ちゃんのことちゃんと大切に思ってるし。
宏美 えーそう?
裕子 そう。東京行くの反対してるのも、心配だからだと思うけど。
宏美 ……うん。
裕子 大丈夫。ケンちゃんも、宏美ちゃんが本気で考えてるって分かったら、許してくれるって。

宏美、裕子から離れる。

宏美 うちな、別にアイドルちゃうくてもええんよ。こん家出たいだけなんよ。
裕子 そうなの。
宏美 なりたいよ、アイドル。本気で。でも、なれるとも思わんし。
裕子 そんなことないよ。
宏美 東京行ったら、うちよりも、かわいいこいっぱいおるし、歌もダンスもうち、へたくそやし。
裕子 やってみないと分からないでしょ。
宏美 そうかな。
裕子 うん。これから勉強したらいいよ。
宏美 あんな、これ。ニィニィに言わんといてな。
裕子 何。
宏美 うち、ニィニィの負担になってんのいやなんよ。
裕子 そうなの。
宏美 うちな、親おらんやろ。
裕子 ……。
宏美 昔な、ここで台風の時に、地崩れあったんよ。そん時に、畑守ろうとして、お母さんもお父さんも、死んでもた。
裕子 そう。
宏美 そっからな、畑継いで、ニィニィうちの為に、無理して一所懸命がんばってんのよ。
裕子 そう
宏美 せやからな……。
裕子 でも、ケンちゃんは負担とは思ってないんじゃない。
宏美 そう。
裕子 宏美ちゃんがね、幸せになることが、ケンちゃんも嬉しいと思うよ。
宏美 でもな、狐が。
裕子 狐。
宏美 狐が邪魔するんよ。それを。
裕子 どういうこと。
宏美 狐はな、見た人がな、その時一番大切な人に化けるんよ。
裕子 そ、そうなの。
宏美 うちな、狐がな、ニィニィに見えるんよ。
裕子 ……。
宏美 うちのこと責めるんよ。狐のニィニィが。おまえのせいで、わいはもう畑なんかやりたないんやって。
裕子 ほ、本当に。
宏美 あたまおかしなりそうや。
裕子 ……。
宏美 かっちゃんにその話ししたらな、あいつダボやから、わいが狩ったるいうて、追いかけちゃあるし。多分ちゃうんよ。そういうんと。
裕子 ……。
宏美 うち、変? 考えすぎ。
裕子 ううん。
宏美 今日も畑、かっちゃんに任せて海へいくって。そんなこと一回もなかったのに。うちのせえやろか。
裕子 ……。
宏美 ……。
裕子 大丈夫。宏美ちゃんは、かわいいし、優しいし、いいこだよ。
宏美 ほんま。
裕子 うん。私も宏美ちゃん好き。
宏美 ほんま。
裕子 うん。
宏美 ……なあ、お姉ちゃんって呼んでええ。
裕子 いいよ。
宏美 ……お姉ちゃん。
裕子 なぁに、宏美ちゃん。
宏美 お姉ちゃん。
裕子 なーに。
宏美 せや、うちの部屋で服選んでよ。通販で買お思って。
裕子 いいよ。
宏美 ほんま。
裕子 うん。お古でよかったら私の服、着る?
宏美 ほんま。、ええの。
裕子 いいよいいよ。
宏美 お姉ちゃん大好き。はよいこはよいこ。
裕子 はは。うん。

宏美・裕子、居間下手へ去る。
しばらくして、狐男が庭下手から現れる。
狐男、誰もいないのを用心して、居間を物色し救急箱に気付き、中をあさり始める。
少しして、庭下手に、人形を抱えた狐女が現れる。

狐女 コン。

狐女、人形に穴が開いたのが悲しいようだ。
狐男、狐女のその様子をみて、人形を貸してみろという感じで、手を伸ばす。
狐女、最初いやがるが、しぶしぶ人形を狐男に渡す。
狐男、人形に包帯を巻いてやり、狐女に返す。
喜ぶ狐女、人形をもって、庭に降りる。
狐男、救急箱をしまい、引き続き部屋を物色する。
狐女、罠に付けられた食べ物に気づいて、走って罠に走り寄る。

狐男 コン。

狐男、狐女が罠に走っていったのに気づいたが時すでに遅し、狐女は罠にかかって動けなくなっている。

狐女 コン、コン、コン。
狐男 コン。

狐男、慌てて罠に駆け寄る。
そこへ、裕子がやってくる。

裕子 え。

狐男、慌ててフードを深く被る。
そして、警戒音を裕子に向かって出す。

裕子 罠、動けなくなったの。
狐男 ふううううう。
裕子 ……。

裕子、恐る恐る、狐男に近づく。

狐男 ふうううう。
裕子 大丈夫。大丈夫。ね。

裕子、狐女の罠を外してやる。
狐女、びっこをひきながら、慌てて庭下手へ走り逃げる。

裕子 走ったら、ケガしてるのに。
狐男 ……。
裕子 ……。

狐男、ふかぶかと裕子に頭を下げる。

裕子 あなた、本当に狐なの。
狐男 こん。
裕子 人間にしか見えないけど。

狐男は俯いており、顔がよく見えない。

狐男 ……。
裕子 顔……。

裕子、狐男の顔をみようとするが、よく見えない。
おそるおそるフードをめくった。

狐男 コン。

狐のお面をした顔が現れる。
しかし、裕子には、それが別の顔に見えるようだ。

狐男 コン。
裕子 ……。

健一 おおーまっとさーん

と健一の声がして、狐男、庭上手へ走り去る。
健一が庭下手より帰ってくる。

健一 和夫、どついてきましたさけ。あいつ、ほんまに、いっかい刺したらなあかんな。
裕子 ……。
健一 ほな、海いこら。
裕子 狐。
健一 狐。
裕子 あれ、なに。
健一 なにって狐は狐やいしょ。
裕子 なんで、人間に見えるの。
健一 いや、化けるからよ。
裕子 なんで……。誰も知らないはずなのに。
健一 いや、カモフラージュっちゅうんか、なんでも、鏡のようなもんらしわ、相手の一番会いたい人とかが、投影されるっちゅうんで。せやから、人によって、見え方がちゃうらしいけど。詳しいことはわからんけどよ。
裕子 ……。
健一 ん。
裕子 ワタシ、最低だ。
健一 へ。
裕子 はは。
健一 なん。
裕子 ゴメンナサイゴメンナサイ。
健一 どないしたんな、なんか狐にされたんか。

裕子、後ずさりしていく。
その顔にはアイドルのような笑顔が張り付いている。

裕子 ゴメンナサイ。ワタシの場所なんかないのよね。本当、勘違いして。ゴメンナサイ。
健一 なにいうとんな。
裕子 ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ。

後ずさりしていく裕子の顔にはアイドルのような笑顔が張り付いている。

宏美 お姉ちゃーん。

宏美、居間下手から戻ってくる。

宏美 浮き輪とかどうでもええやんか、はよはよ、ん。

健一、裕子の顔を、平手で打った。
裕子の笑顔が消えた。

宏美 ちょっなにしてんの。
裕子 ……。
健一 ……。
宏美 ちょ、なん? ニィニィ。
健一 ……。
裕子 ワタシ、戻ります。東京に。
宏美 え。
健一 ……好きにしたらええ。
宏美 ちょっ。
裕子 ごめんなさい。

裕子、そのまま、ふらりふらりと、庭上手へ行く。

宏美 ちょっ、なになに、お姉ちゃん、ちょっと、なにしてんのよ。
健一 ……。

健一、縁側に座り込んだ。

宏美 ニィニィ。
健一 ……。
宏美 追いかけな。
健一 追いかけてどないすんな。
宏美 どないすんなて。
健一 しゃあねえ。
宏美 ちょっと、待って。

宏美、裕子を追いかけようと、居間上手へ行こうとしたが、ぐっと健一が引っ張って止めた。

宏美 ちょ、なんよ。
健一 やめとけ。
宏美 なんよ、意味わからん。
健一 ええんや。
宏美 ええことないやろ、ダボ。
健一 (怒鳴る)ええいうてるやろが。
宏美 な、なんよ。
健一 ……。

健一、立ち上がり、庭下手へ行こうとする。

宏美 どこ行くん。
健一 畑や、畑。
宏美 畑て。それどこちゃうやんか。
健一 なんやえらい歩きにくいよ。
宏美 そん格好。
健一 はっ、ワイはなんでこないダボな格好を。
宏美 ……かってにさらせ。

宏美、居間上手へ走り去る。

健一 やめとけて、宏美。……ふん。

健一、足のフィンを外して、庭下手へ去った。


夜。
外は台風のようだ。
宏美がテレビを見つめている。

テレビの声 本日のゲストは、ヒメリンでーす。見事復帰をはたし、もどってこられました。さあ、それでは復帰後初のスタジオライブです。どうぞ。

テレビから歌が流れてくる。
カッパを被った健一と和夫が居間上手からやってくる。

和夫 ひやー。外えらいこっちゃ。
健一 ……。(テレビを見た)
和夫 お、ヒメリンか。
宏美 ……。
健一 ちっと休憩したら、また資材積んで行こら。
和夫 はーいはい。ちっとトイレトイレ。
健一 ……。

和夫、カッパを脱ぎ、部屋に置いて、居間下手へ去る。
健一、テレビを消した。
沈黙。

宏美 ……。
健一 ……。
宏美 また行くん。
健一 んん。

沈黙。

宏美 大丈夫なん。
健一 畑はなんとかなるやろ。
宏美 ちゃう。
健一 ん。
宏美 ……。
健一 わいか。
宏美 ……。
健一 大丈夫や。
宏美 そう。

沈黙。

健一 お前も大丈夫か、一人で。
宏美 大丈夫や。そんなん。
健一 は、怖て泣いちゃあるんかと思ったわ。
宏美 誰がよ。
健一 よう泣いちゃあったやろが。
宏美 ……もう、大人や。
健一 せやな。
宏美 ……うん。
健一 ……。あいつ戻ったら、先行ったいうといてくれ。
宏美 ……。

健一、去ろうとして、ふとテレビを見る。

健一 ……。

健一、居間上手へ行く。
居間下手から、スポーツ新聞を持って、和夫が戻ってくる。

和夫 いやー出た出た。
宏美 トイレで新聞読むん、やめ。
和夫 わりぃわりぃ。しっかし、えぐいよ。ほれ見てみ、ヒメリン一色よ。不倫てな、なんやえぐいの。芸能界。おまん東京行き諦めて正解よ。
宏美 ……。
和夫 まあよ、おまんおらんなったら、健ニィ、さみしいて死んでまうわな。
宏美 ……。
和夫 あれ、健ニィは。
宏美 先行った。
和夫 ほうか。

和夫、よっこいしょと座り込む。
間。

和夫 なんや、おまんら、まだ喧嘩しちょんか。
宏美 ……。
和夫 なんよお、原因は。
宏美 ……。
和夫 やっぱ、ユーちゃんか。
宏美 ……あんたも、はよ行きいよ。
和夫 ちっと休憩よ。あのミカンバカにつきおうちゃあったら、死んでまうわ。
宏美 ……外やばいん。
和夫 おう、かなりやばいわ。雨ざーざーの風びゅーびゅー。体ごともってかれそや。
宏美 ……気ぃつけてよ。
和夫 なんや、心配しとんか。未来の旦那を。
宏美 からかうな。
和夫 …なあ、宏美。
宏美 なん。
和夫 こん冬、ミカン終わったらよ。マタギのおいやんとこに弟子入りしようおもとる。
宏美 またぎ、狩人になるんか。
和夫 おう。
宏美 なんよ急に。
和夫 急やない。よう考えたんや。ワイの腕やと、なんぼおっかけ廻しても、狐の姿すらまだみられへん。
宏美 あんた、殺気だらけやからよ。
和夫 せやから修行するんや。
宏美 本気なん。
和夫 本気や、本気の本気や。
宏美 な、なんで。
和夫 わいは、狐をゆるさん。おまんを、そない傷つけた狐、皆殺しにしたる。
宏美 ……。
和夫 おまんのそんな顔耐えられん。
宏美 なんよぉ、そんな顔て。うち元気や。
和夫 ほんまか。
宏美 ほんまよ。ほんま。おまんがつきまとわんかったら、もう完璧や。
和夫 ほんまか。
宏美 なんよ。もう、うっとおしい。
和夫 わいのこと嫌いか。
宏美 嫌いや、嫌い。
和夫 ほんまにか。
宏美 ……別に、そんな。なんよ、今日わ変やで。台風で興奮しとん。
和夫 ずっと考えとったんや。
宏美 だぼな事いうとんで、ほれ、ニィニィまっとうで。
和夫 わいが狐、しとめたら結婚してくれ。
宏美 いや。
和夫 わい、本気よ。
宏美 ……。
和夫 ええか。
宏美 ……そんなん、すぐ決められん。
和夫 ゆっくり考ええや。
宏美 ……。
和夫 ほな。
宏美 ……。

和夫、逃げるように居間上手へ去る。
宏美、ふとカッパに気づく。

宏美 かっちゃん、カッパカッパ。

宏美、カッパを持ち居間上手へ去る。
カッパを被った男が庭下手から現れる。
そして、居間にあがってきて、救急箱を取る。
宏美がカッパを着て戻ってくる。

宏美 ……ニィニィ。
男 ……。
宏美 なにしてんの、ケガしたん。
男 ……。

男、庭に出る。

宏美 ちょっと待ってよ。
男 ……。

男、止まる。

宏美 うちなぁ、なんかようわからんくなってきた。
男 ……。
宏美 なんか、どうでもええんよ。もうなんか全部。ここでこんまま、うちなにしたらええんやろか。なあ、畑とか手伝って適当に結婚して子供できて歳いって、おばあちゃんになって死ぬんやろか。それはそれで幸せなんやろか。なあどない思う。ニィニィはこんままでええん。なんも考えんと毎日過ぎてって、気ぃついたら一年たって、楽しい思い出とか増えていくんやろか。なあ、なんかいうてや。これであかんの。

男が顔をあげる。
男は狐面を被っている。

狐男B コン。

居間上手から、和夫がはしゃぎながら入ってくる。

和夫 ひえーどっしずく(大雨)やー。全然気つけへんかったわー。考え事したらあかんわー。もう、パンツまでぬれぬれやいてよー。ん、どないした。あれ、宏美。こっちにも宏美。な、なんや、宏美がふ、二人。
宏美 ……、あんた、これウチにみえるん。
和夫 ど、どっちがほんもんや。
宏美 ……狐か、あんた。
狐男 コン。
和夫 これが狐か、宏美にしか見えんで。どっちがほんもんな。
宏美 うちやうち。
和夫 こわっ。え。
宏美 かっちゃん……。

宏美、居間下手から、すぐに包丁をもって戻ってきて、和夫に差し出す。

和夫 え。
宏美 早く。
和夫 マジで。
宏美 ……。
狐男 コン。
和夫 こっちも本物いうとるやんけ。
宏美 うちが本物や。わからんのか、惚れた女やろが。
和夫 その冷たさ、あなたが本物です。
宏美 どういうこっちゃ。
和夫 間違いない。
宏美 はよ。
和夫 ……。

和夫、恐る恐る包丁を受け取る。
和夫、包丁をもって、じりじりと狐男ににじりよっていく。

和夫 会いたかったで、おまんによぉ。
狐男 コン。
和夫 なんいうても聞かんで。わいわよぉ。おまんをずうっと追っかけちゃあったんよ。はははは。
宏美 はよせえ。
狐男 コン。
和夫 死にたくないとか言うなよ、今更。
宏美 はよせえって。
和夫 おまんは狐やろ、な?

和夫が、包丁を突き出したが、狐男がそれを避けた、そして今度は狐男が包丁をカッパから取りだし突き出す。
少しの間、和夫と狐男の殺陣があり、最終、和夫、狐男の手から包丁を手放させる。
そして、倒れ込む狐男。
和夫、狐男に包丁を向けるが、手が震えている。

宏美 はよとどめさせ。また逃げられるぞ。
和夫 手が動かんよ。お前、狐やろ、なんなよ。これ。え。
宏美 早く。
和夫 ほんま綺麗や。なんでそんな顔するんよ。そんな顔すんなや、

宏美、ずかずかとやってきて、和夫から、包丁を奪う。

宏美 かせ。
狐男 コン。
宏美 狐や、狐。狐狐狐。

狐男がお面を取った。
それは、健一の顔をしている。

健一狐 宏美、お前がおらんとわい、あかんのや。
宏美 黙れ黙れ黙れ。
健一狐 なあ、お兄ちゃん、お前のために、一生懸命やっとんのや。なあ、分かってくれ。
宏美 うるさああああい。

宏美、健一狐を刺した。

健一狐 ひろみぃいいい。
宏美 ……。

宏美の顔から、表情が消えていく。

健一狐 ……なんでやぁああ。
宏美 ……。

健一狐が倒れた。
宏美、健一狐を、ずたずたに刺し続ける。
和夫が、慌てて、宏美を止めに入る。

和夫 止めろって。おい。
宏美 ふぅー。

宏美、大きく息を吐いた。
健一狐、ゆっくりと起き上がって、ケタケタケタと笑って、大事そうに救急箱を持って、ふらふらと去っていった。

宏美 行く。
和夫 へ。
宏美 バイバイ。
和夫 ど、どこに。
宏美 東京。
和夫 今から。
宏美 そう、じゃ。
和夫 おい。

宏美、サッと庭上手へ去ろうとする。
和夫が、その前に立ちはだかる。

宏美 のいて。
和夫 のかん。
宏美 のけ。
和夫 のかん。

宏美、和夫の頬を叩く。
和夫は動じない。
宏美、もう一度、和夫の頬を叩く。

和夫 のかんぞ、わいは。
宏美 ……。

宏美が、和夫の肩に触れる。

和夫 ……。
宏美 ……。

宏美と和夫、目があった。
そして、和夫、道を開けた。
宏美、そのまま、さっと上手へ去る。
和夫、足が動かない。

しばらくして、カッパを被った健一が、居間上手からやってくる。
ひどく疲れているようだ。

健一 おお、どないした、外で。
和夫 ……。
健一 なんや。
和夫 宏美が行ってもうた。
健一 どこに。
和夫 東京。
健一 東京? この天気でか。
和夫 せや……。
健一 ふう。

健一、居間の縁台に座り込む。

和夫 いかんのかよ。
健一 好きにしたらええ。
和夫 なんでやねん。
健一 ほな、お前行けよ。
和夫 ええんか。
健一 畑いかな。
和夫 なんでやねんな。それどこちゃうて。
健一 山崩れや。畑半分いかれた。
和夫 ……マジか。
健一 残ってる分だけでもなんとかせな。
和夫 ……。
健一 ほれ、お前は行けよ。
和夫 ええんか。
健一 好きにしたらええ。
和夫 ……すまん。

和夫、走って庭上手へ去る。
しばらくして、狐女が、狐男が着てていた服を持ってやってくる。

狐女 コン……。
健一 はは。思い通りにいかんもんや。踊る阿呆に見る阿呆、同じアホなら踊らにゃ損損、ほい、ちゃっちゃっちゃっかちゃかちゃー、はい、はい、はいはいはい。

踊り続ける健一。
狐女、狐男の服を着た。

狐女 コン。


庭で踊り続けている健一。

居間に、おぼんとラーメン鉢、箸を持った裕子が居間下手から現れる。
そして、そのまま食べはじめる。

狐女、お面を外すとそれは宏美だ。

宏美 お姉ちゃん。
裕子 お先に。
宏美 好きよねえ。それ。
裕子 超まいうー。
宏美 ふふふ。
裕子 食べる?
宏美 いい、私は。
裕子 そう。
宏美 私、嫌い。それ。
裕子 ええー。
宏美 なんかねー、もさっとしてるでしょ。
裕子 なんでー。こんな美味しいのに。
宏美 うーん。私は、カレーとかのほうが美味しいと思うけど。
裕子 そういうもんかもねー。

健一は、その様子を踊るのをやめて、眺めている。

和夫が、新聞を持って、居間下手からやってくる。

和夫 ひょえー、出た出た。
宏美 もう、やめえ、きちゃない。
和夫 あけましておめでとうございます。
裕子 あけましておめでとうございます。
宏美 あけおめー。
和夫 昨年はいろいろお世話になりました。えー、本年もなにとぞ、よろしくお願い致します。
裕子 こちらこそよろしくお願いします。
宏美 ことよろー。
和夫 宏美ー。
宏美 なんよぉ。
和夫 一年の計は元旦にありよ。
宏美 うざっ。
和夫 結婚してくれ。
宏美 なんや急に。
裕子 いや、プロポーズ。
宏美 イヤヤ、イヤヤ、イヤヤ。
和夫 結婚、結婚、結婚。
宏美 イヤイヤイヤイヤ、死んでもイヤ。
和夫 なんでよー。
宏美 うちは嵐の櫻井くんと結婚するんよ。
和夫 いや、ほれ、ほれ。(左を向く)
宏美 なん。
和夫 この角度のここらへん、櫻井翔って感じせえへん。

宏美、すかさず殴る。

裕子 それは仕方ないわ。
和夫 なんでや、桜井にあって、わいにないもんはなんや。
宏美 顔や。
和夫 なん。
宏美 顔や。
和夫 なん。
宏美 顔や。
和夫 ひいいいいい、ユーちゃーん、助けてー。ジャイアンがいじめるよー。
裕子 ふふふ。
宏美 そういえば、ニィニィは。
裕子 さあ。

健一 ルールルルルル。

宏美・裕子・和夫、さっと狐のお面を顔につけて、周りを警戒した。

健一が、居間に登る。
キツネたちは、霧散した。

健一 逃げんでもええやんけ……。

しばらくして、和夫が、居間下手から、新聞を持って現れる。

和夫 よー、でたでた。
健一 ……。
和夫 今年の夏は、暑いのぉ。
健一 ……。
和夫 みかんも、よう育つやろて。
健一 ……。
和夫 宏美は暑い言うて、ぶーぶーいうてるけどよ。

宏美が、居間下手からやってくる。
宏美の腹が膨れている。

宏美 ちょっとあんた、またトイレで新聞よんどったやろ。
和夫 いや、読んでへんて。
宏美 その手にもってんのなによ。
和夫 いや……。
宏美 ほんま、あんたは子供か。

宏美、よっこいしょと居間に座る。

和夫 大丈夫か、しんどないか。
宏美 大丈夫。
和夫 なんか、欲しいもんないか、酸っぱいもんか、辛いもんか。
宏美 うーん。みかん。
和夫 みかん……。あったかの。
宏美 冷凍でええから、買って来てー。
和夫 くうう、冬には山ほどあったのによ。
宏美 しゃあないやん。出物腫れ物所かまわずよ。
和夫 まっちょれ、今買うてくるさけよ。

和夫、庭に駆け下り、庭上手へ走り抜ける。
入れ違いに、裕子が、みかんを手にやってくる。

裕子 はい。
宏美 ありがとー。
裕子 和夫くんどないしたん。
宏美 みかん買いに行った。
裕子 ここに。
宏美 ええねん、ええねん。
裕子 あんま意地悪したら。
宏美 ええねんて。
裕子 愛されてるねえ。
宏美 やめてもう。あ、動いた。
裕子 ほんま。
宏美 ほら、触ってみて。
裕子 ええ。
宏美 ほら。

裕子、宏美のお腹に触ってみた。
裕子、健一を見た。

裕子 ほら、ケンちゃんも。
健一 ルールルルルル。

宏美・裕子・和夫、さっと狐のお面を顔につけて、周りを警戒した。
狐たち、去った。

健一 朝起きて飯食って、畑に行く。昼まで収穫して休憩し、午後は草むしりしたり、箱詰めしたり、肥料をやったり。日が沈むと仕事を終え、家に帰って晩飯を食って、テレビでも見て。のんびりしたら眠くなって寝る。次の日も次の日もその次の日も。

健一、居間下手へ去る。
しばらくして、和夫が庭上手から現れる。

和夫 ケンにい。ユーちゃんよ。

裕子が居間下手から現れる。

裕子 あら、かっちゃん。久しぶり。
和夫 宏美おらんか。
裕子 知らんけど。
和夫 そうか。
裕子 どないしたん。
和夫 いやー家、出てってもうてよ。
裕子 なんで。
和夫 いや。
裕子 浮気。
和夫 なんでそれを。
裕子 あー、やっちゃった。
和夫 和美おいて、昨日から帰ってないんよ。
裕子 そら、かっちゃんがわりぃよ。
和夫 のー助けてよ、ユーちゃん。
裕子 ちゃんと謝ったん。
和夫 謝ったよ。酒に酔うてつい1回だけよ。悪かったよー。
裕子 そんうち帰ってくるんちゃう。
和夫 そうかの、宏美ー愛してるよー。もう一生おまんしか抱かんからよー。もう切ってもええぞー。せやから帰ってきてくれー。
裕子 やめえよ、こがいとこで。
和夫 うううう。宏美がおらんとワイはいかんのやー。

居間下手から、宏美が現れる。

和夫 ひ、宏美。
宏美 ……。
裕子 って言うちゃあるよ。
宏美 帰るよ、ほら。
和夫 宏美ー。
宏美 はよしっ。
和夫 お、おう。

和夫・宏美、居間上手へ去る。
作業着に着替えた健一が現れる。

裕子 ちゅうことで、ほら仲よしでしょ。もう畑行く? ちっと待ってね、ご飯の用意するから。きつね汁でええ?

裕子、居間下手へ去る。
健一、居間にすわる。

健一 ルールルルルル。

健一、ラーメン鉢の中身を食べ始める。

健一 春。みかんの木に新芽が吹きだす。夏。多くなりすぎた果実を落として調整する。秋。早いものはもう収穫が始まる。冬。次の年を迎える準備をしないといけない。次の年も次の年もその次の年も。

宏美によく似た女が居間上手からやってくる。
彼女は、宏美と和夫の子の、和美だ。

和美 おばちゃーん、おばちゃーん。

居間下手から、裕子がやってくる。

裕子 あでー和美ちゃん大きなって。
和美 おばちゃん。私な、練習したんよ、ダンス。見てよ。
裕子 すごいねー。
和美 ほらね。

和美、ダンスし始める。

裕子 ふふふ。お母さんそっくりよ。

和夫が庭上手からやってくる。

和夫 おい、和美。
和美 どう、私うまいやろ、もう、東京でトップアイドルよ。
和夫 あくかあ、東京ら、コンクリートジャングルよ。
和美 うっさい。
和夫 もう、健ニィからも、なんか言うてくれよ。

健一 ルールルルルル。

宏美・裕子・和夫、さっと狐のお面を顔につけて、周りを警戒した。
狐たち、去った。

健一 生まれて成長して仕事して、恋をして子供が生まれて育てて、巣立って老いて死んで。次も、次も、その次も。

裕子が居間下手からやってくる。
そして、縁側に座り外を眺めている。
しばしの間。

裕子 もう春やね……。

裕子、微笑んだ。
間。

健一 ルールルルル。

裕子、狐のお面を被った。
健一が、庭に降りる。

裕子狐 コン。
健一 もう、そがい悲しい声で泣くな。おまんの兄ちゃんの墓、作ったるさけ。
裕子狐 コン。
健一 ほな、わいは畑行くさけ、悪さすんなよ。
裕子狐 コン。

健一、庭下手へ去る。
裕子狐もそれについていく。
 了

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使用許可について

基本無料・使用許可不要。改訂改編自由。作者名は明記をお願いします。
上演に際しては、観に行きたいので連絡を貰えると嬉しいです。
劇団公式HP https://his19732002.wixsite.com/gekidankita

劇作家 松永恭昭謀(まつながひさあきはかりごと)


1982年生 和歌山市在住 劇団和可 代表
劇作家・演出家
深津篤史(岸田戯曲賞・読売演劇賞受賞)に師事。想流私塾にて、北村想氏に師事し、21期として卒業。
2010年に書きおろした、和歌山の偉人、嶋清一をモチーフとして描いた「白球止まらず、飛んで行く」は、好評を得て、その後2回に渡り再演を繰り返す。また、大阪で公演した「JOB」「ジオラマサイズの断末魔」は大阪演劇人の間でも好評を博した。
2014年劇作家協会主催短編フェスタにて「¥15869」が上演作品に選ばれ、絶賛される。
近年では、県外の東京や地方の劇団とも交流を広げ、和歌山県内にとどまらない活動を行っており、またワークショップも行い、若手の劇団のプロデュースを行うなど、後進の育成にも力を入れている

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