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【長編戯曲】ゆがんだ神様、イヒヒと笑う。

ゆがんだ神様、イヒヒと笑う。

登場人物
サトミ

悟/父/玉兄
ヨシオ

時と場所
夏前。サトミ・ヨシオのアパート。
サトミとヨシオが暮らす部屋のリビング。
二人暮らしにしてはかなり荷物が少なく、テレビもパソコンもなく最低限の家具しか置かれていない。
下手の出入り口は寝室に、奥には廊下へ出る入り口。


ロープのきしむ音とともに、「イヒヒ、イヒヒ」と変な笑い声が聞こえてくる。
部屋に夕日が差してくる。
部屋の中央に裸にブリーフ姿の男(玉兄)

女(サトミ)が一人、奥の部屋から後ずさって出てくる。
そしてそのままへたり込む。
ロープのきしむ音とともに、揺れる人間が天井からつられた影。

玉兄 イヒヒ、イヒヒ、イヒヒ。
サトミ 助けて……助けて……。
玉兄 イヒヒヒヒ。イヒヒヒヒ。
サトミ 助けて……神様。

煽情的なBGM
暗転。


暗い中、ドアが開く音。
誰か(ヨシオ)が入ってきた。
かなり重いものをもってきているようで、ひぃひぃ言いながら部屋の中に入ってくるが真っ暗で困り果てる。

ヨシオ おい。寝てるのか?

ヨシオ、返事がないので部屋に持っているものを下ろして電気をつけた。

明るくなると部屋の中央に大きな玉子。
サトミが、座卓につっぷして寝ている。

ヨシオ いたのか。
サトミ おかえり。
ヨシオ ただいま。
サトミ それ。
ヨシオ それがさ、
サトミ ふう寝てた。
ヨシオ おばさんに会って、
サトミ おばさん?
ヨシオ そう、君の。
サトミ 私の?
ヨシオ うん。君のお母さん。
サトミ なんで?
ヨシオ なんで? なんでだろ。
サトミ どういうこと?
ヨシオ 分かんないけど、そこでなんか誰かに追われてる感じで。
サトミ 追われてたの。
ヨシオ うん。でこれを渡された。
サトミ そうなんだ。
ヨシオ あとでくるって。
サトミ そう。
ヨシオ 意味わからないんだけど。なにこれ。
サトミ なにこれって玉子でしょ。
ヨシオ でかいなぁ。
サトミ お兄ちゃんの玉子。
ヨシオ お兄ちゃんの玉子?
サトミ うん。
ヨシオ お兄ちゃんって悟さん?
サトミ うん。お兄ちゃん。
ヨシオ どういうこと?
サトミ お兄ちゃんが玉子になったの。
ヨシオ まったく意味がわからない。
サトミ うん。そう思う。
ヨシオ これが悟さん?
サトミ うん。ちょっと頭痛。
ヨシオ 頭痛? 大丈夫?
サトミ 話あとでいい?
ヨシオ うん。
サトミ ごめんなさい。ちょっと横になる。
ヨシオ うん。

サトミ、下手へ。
ヨシオ、座って玉子を見る。

ヨシオ これこのままでいいのかな。冷蔵庫とかいれなくても。
サトミ 冷蔵庫入らないでしょ。
ヨシオ そりゃそうか。

ヨシオ、玉子を触ってみる。

ヨシオ 悟さん? すべすべですね。玉子肌って殻はざらざらか。どうもサトミとは仲良く? まあ普通にやってます。どうもどうもって。

玉子が少し光る。

ヨシオ 光った? 光った光った。おーい、光ったよ。光った光った。生きてる生きてる? どうしよどうしよ。どうしたらいい? どうしよう。結構怖いぞ。思ったより怖いな。ねえどうしたらいい? おーい。

ドアチャイムが鳴る。
ヨシオ、奥へ去る。
ドアが開く音がして、騒がしい女(母)の声、

母 悟さんは? 大丈夫だった?
ヨシオ 悟さん。あ、はい。部屋に。
母 あの人は来てないわよね。
ヨシオ あの人?

母登場。

母 ああ悟さん。よかった。

母、一目散に玉子に抱き着く。

母 ああ、よかった。
ヨシオ 大丈夫ですか?
母 本当にどうなるかとおもった。
ヨシオ 警察とか呼びましょうか?
母 警察?
ヨシオ なにかトラブルですか。
母 いいのいいの。本当に大したことはないですから。
ヨシオ ならいいんですけど。
母 サトミさんは?
ヨシオ ああ、奥に。
母 そう。
ヨシオ 起こしてきますよ。
母 寝てるの?
ヨシオ ええ、体調が悪いみたいで。
母 そう、悪いけど少し。
ヨシオ はい。

ヨシオ奥の部屋に行く。
母、玉子を優しくなでている。

母 ごめんねぇ。ごめんねぇ。

サトミ、出てくる。

サトミ お母さん。何。
母 何ってあなた。
サトミ どういうこと。
母 あのね。あの人が帰ってきたの。
サトミ あの人。
母 ええ。
サトミ お父さん。
母 そう。悟さんを持って行こうとして。だから逃げてきたの。
サトミ そう。
母 少しの間悟さんを預かってもらえないかしら。
サトミ お父さん、なんだって。
母 諦めてないみたい。
サトミ そう。
母 まだ悟さんを神様にするんですって。本当にどうかしちゃってるわよね。ふふ。

ヨシオが奥の部屋から出てくる。

ヨシオ ちょっと出てくる。
サトミ なんで?
ヨシオ なんでって。
母 ごめんなさいね、気を遣わせて。
ヨシオ いえいえ、せっかくですし。久しぶりで。じゃ。
サトミ すぐ帰る?
ヨシオ うん。
サトミ ほんと?
ヨシオ うんって。
サトミ うん。
ヨシオ じゃ、ごゆっくり。
母 どうも。

ヨシオ去る。そして残る重たい空気。

母 大丈夫なのあなたたち。ちゃんとやってる?
サトミ ちゃんとって。
母 ちゃんとはちゃんと。
サトミ まあ普通に。
母 そう。
サトミ うん。
母 なにも逃げるように出て行かなくてもね。
サトミ まあ。
母 痩せんじゃない?
サトミ どうも。
母 どうなの? ヨシオさん。
サトミ どうって?
母 経済的に。お仕事とかは?
サトミ 仕事?
母 ええ。
サトミ まあなんとか。
母 なんとかって。
サトミ 大変なのよ。外で生活するのは。
母 それはわかるけどねぇ。
サトミ わかんないよ、お母さんには。
母 結婚は?
サトミ 結婚?
母 ええ。
サトミ ほっといてよ。
母 ちゃんとするっていったでしょ?
サトミ だからって。
母 そういうことでしょ。ちゃんとするって。
サトミ まだ。そのうち。
母 そのうちって。
サトミ タイミングもあるから。
母 あなたもう何年。家出て。
サトミ もう3年ぐらい。
母 もういいでしょ?
サトミ 何が。
母 戻ってくれば。
サトミ ……。
母 みんな心配してくれてるのよ。サトミは元気にやってるのかって。
サトミ もう私には関係ないから。
母 祈ってくれているのよ。
サトミ 気持ち悪い。
母 イトウさんの方には、私からお話しておくから。
サトミ いい。
母 意地張らなくても。
サトミ そんなんじゃない。
母 でもヨシオ君も戻ってきたんだし。あなたも。
サトミ どういうこと。
母 知らなかったの?
サトミ 戻ったってどういうこと。
母 おととい教会に来たわよ。
サトミ 嘘。
母 嘘なんかつくわけないでしょう。
サトミ そう。
母 あなたも一度顔だしなさい。ちょうど来月教団本部の片岡さんって方が、いらっしゃってお話してくれるのよ。ちょうどいいわ。
サトミ いかない。
母 なによ。怒らなくても。
サトミ 怒ってない。
母 とりあえず少しの間、悟さん預かってちょうだい。
サトミ これ、いつまで。
母 これってあなた。
サトミ いつまで預かればいいの?
母 今連絡してるから夕方には車手配してくれるって。
サトミ そう。
母 私も本部の方お迎えに行かないといけないから少しの間だからお願いね。
サトミ うん。
サトミ どうするの、お母さんは。
母 しばらく悟さんと本部にお世話になるわ。
サトミ そう。
母 また落ち着いたら電話ちょうだい。いつでもいいわ。これ本部の連絡先。(紙を渡す)
サトミ うん。
母 じゃ私行きますから。ヨシオ君にもよろしくね。
サトミ うん。
母 あなたが戻ってくるの待ってるから。じゃ。

母去る。
サトミは動かない。

サトミ (大きなため息)なんなの。もう。

と玉子を叩いた。
サトミ、携帯で電話をかける。

サトミ もしもし。うん。今どこ。うん。もう、行った。そう。帰ってきて。今すぐ。今すぐ。今すぐ。そう。

電話を切り、玉子を見た。
そして玉子に耳を当てる。

サトミ 動いてる。

しゃん。鈴の音が一つ。

玉子がゆっくりと開き、中から玉兄が現れる。

しゃん。
サトミが振り返る。

サトミ 誰。
玉兄 サトミ。
サトミ 誰?
玉兄 オレだよオレ。わからないのか?
サトミ おにい……ちゃん?
玉兄 そうだよひどいなぁ。
サトミ どうしたの。
玉兄 おいおいなんだよ。久しぶりにあった実の兄に向かってそれはないだろ。
サトミ 玉子から出てきたの?
玉兄 見ろ、生まれ変わったろ。ほれお肌すべすべ。これがほんとの玉子肌。
サトミ 生まれ変わったって。どういうこと。

玉兄にっこり笑って上を指差し、耳を澄ます。

玉兄 ほら聞こえるだろう?
サトミ なに?
玉兄 聞こえないか? あの歓喜のラッパが。
サトミ ラッパ?
玉兄 ああ、なんて素晴らしいファンファーレ。ハレルヤ。やっときたんだ。ついにそのときが。
サトミ そのとき。
玉兄 審判の日だ。
サトミ 審判の日。
玉兄 やっときたんだ。この日が。
サトミ 最後の日がくるってこと。
玉兄 そうなんだ。どうした。そんな顔するなよ。
サトミ そんな。
玉兄 ハレルヤ。素晴らしい事じゃないか。
サトミ お兄ちゃん。その為に玉子から出てきたの。
玉兄 そうだよ。
サトミ あの玉子はその為のものだったの?
玉兄 世の人々を導くには魂の肉体を得るために肉の体を捨てて生まれ変わる必要性があったからね。
サトミ 本当なの? 冗談よね。
玉兄 おいおい。せっかく生まれ変わったのに嘘なんかつく訳ないだろう。
サトミ そう。
玉兄 そろそろ行かなくちゃ。世界中の人を救わないといけないんでな。忙しいんだよ。
サトミ ちょっと待って。
玉兄 なんだ。
サトミ 私は?
玉兄 サトミ?
サトミ うん。
玉兄 お前がどうしたんだ?
サトミ 私は?
玉兄 はは。はははは。
サトミ なんで笑うの?
玉兄 無理だろお前は。
サトミ なんで。
玉兄 分かるだろ。
サトミ なんで?
玉兄 なんでって。
サトミ なんで?
玉兄 お前、神様より男とっちゃってんじゃーん♪
サトミ それは。
玉兄 穢(けが)れちゃったら。ダーメ、ダーメ♪
サトミ そんな。
玉兄 ま、がんばれ。地獄も意外といいかもな。
サトミ 嘘でしょ?
玉兄 いやいやいや、嘘ついたらオレ、救い主になれねえじゃん。残念だったな。
サトミ やだ。やだよ。
玉兄 自業自得ってやっちゃ。あきらめな。
サトミ お願い、つれてってよ。私も。

サトミ、胸を押さえて苦しそうな表情。

玉兄 オレに言ってもしゃあねえだろ。じゃ、お疲れしたっ。
サトミ ちょっと待って。お願い。私も連れてってよ。
玉兄 ま、がんばるんば♪

と、去る。

しばらく一人残されるサトミ。

ドアの鍵を開ける音。

ヨシオ ただいま。

ヨシオ、登場。

ヨシオ おいサトミ。おい。
サトミ ああ。
ヨシオ 救急車呼ぶか。
サトミ 大丈夫。もう落ち着いたから。
ヨシオ どうした。
サトミ わかんない。怖い夢見てたみたい。
ヨシオ 夢?
サトミ ほんともう大丈夫。
ヨシオ そうか。
サトミ ありがとう。
ヨシオ うん。
ヨシオ おばさんとなにかあったか。
サトミ お母さん?
ヨシオ なんか言われた?
サトミ ああ。
ヨシオ ああ。って。
サトミ 大丈夫。それは関係ないんだけど。
ヨシオ だけど?
サトミ ねぇ。
ヨシオ うん。
サトミ 三日間どこにいたの。
ヨシオ オレ?
サトミ どこにいたの?
ヨシオ どこって。うろうろ。
サトミ うろうろ。
ヨシオ うろうろ。
サトミ どこで?
ヨシオ どこってそこらへん。
サトミ 言えないの?
ヨシオ 言えないわけじゃないけど。
サトミ 教会行ったの?
ヨシオ え?
サトミ 行ったの?
ヨシオ なんで?
サトミ 聞いた。
ヨシオ そう。お母さん?
サトミ うん。
ヨシオ 行ったっていうか。
サトミ 行ったんでしょ。
ヨシオ 無理やり誘われて、なんか断りずらかったし。
サトミ そう。
ヨシオ うん。
サトミ なんで黙ってたの。
ヨシオ なんでって嫌かなって。
サトミ 言わないほうが嫌だったけど。
ヨシオ ごめん。
サトミ 別に謝らなくていいけど。別に行きたかったら行ったらいいし。
ヨシオ いかないって。
サトミ 宗教の自由だから。
ヨシオ いかないって。
サトミ 私に遠慮しないで……
ヨシオ いかないって!
サトミ 怒らないでよ。
ヨシオ 怒って(ない)……ごめん。
サトミ うん。
ヨシオ ごめん。考え事があってちょっと一人になりたくて。
サトミ 考え事。
ヨシオ うん。
サトミ なに。
ヨシオ いろいろ。
サトミ いろいろって何。
ヨシオ それはいろいろ。

間。

ヨシオ 家族から引き離したの、おれだし。
サトミ 私のせい?
ヨシオ 違う。
サトミ そう。
ヨシオ お前はオレが守るし、前も言ったけど地獄へも、お前とだったらいけるって。
サトミ うん。
ヨシオ それは本当だから。
サトミ ありがとう。

沈黙。

ヨシオ ちょっと出てくるわ。
サトミ ダメ。
ヨシオ ちょっと散歩してくるだけだから。
サトミ ダメ。いて。
ヨシオ いや。
サトミ それなら私が出る。
ヨシオ なんで。
サトミ いや。なんででも。

サトミ急に立ち上がりる。

ヨシオ どうした。
サトミ わかんないけど私が出るから。いてここ。
ヨシオ いやまあ。
サトミ じゃ行ってくる。
ヨシオ 行くって。どこに。
サトミ どこって。どこに。
ヨシオ どこにって。どこに行くんだよ。
サトミ そこらへん。うろうろ。
ヨシオ そう。
サトミ 行ってきます。
ヨシオ 気、つけてな。

サトミ、去る。

ヨシオの携帯に電話がかかってくる。

ヨシオ もしもし。イトウさんどうも。はい大丈夫です。はい元気です。今度の日曜ですか。いや仕事はないですけど。ああはい。かたおかさんですか。はあ。いやまあ。それはちょっと。サトミにばれたんです。この前いったの。いやまあそういうことじゃないんですけど。ちょっと。はい考えます。でいいですか。はいすいません。はいはい。玉子? ああありますよ。はい。なんかお兄ちゃんとか言って。意味わかんないですけど。はいじゃ。(電話切る)。

ヨシオ (床に転がる)はぁ。めんどくっせ。

ドアチャイムが鳴る。
ヨシオが出る。

ヨシオ はい。

父が入ってくる。

父 どうもどうも。
ヨシオ あ。
父 ヨシオ君久しぶりぃ。
ヨシオ おじさん。久しぶりです。
父 元気。
ヨシオ はい。
父 さっきうちのが来てたろ。
ヨシオ おばさんですか。
父 そうそう。
ヨシオ 来てました。
父 なんか置いていかなかったか。
ヨシオ はい。なんかでっかい玉子おいてきましたよ。びびりましたよ。超でかくて。
父 サトミはいるかい。
ヨシオ 今出てます。
父 そうかそうか。いひひひひひ。ちょっと上がっていいかい?
ヨシオ どうぞどうぞ。
父 お邪魔します。いひひひひひひ。

父が部屋の中に入ってきて玉子をみつめて、いひひと笑った。
暗転。


明転
部屋には誰もいない。玉子もなくなっている。
サトミが袋いっぱいのお菓子や日用消耗品などを抱えて入ってくる。

サトミ (笑顔で)ただいま。

奥の部屋で、ガタッと音がする。

サトミ ヨシオ君。
ヨシオの声 サトミ。
サトミ うん。いま帰りましたっ。
ヨシオの声 おかえり。
サトミ 奥にいるの?
ヨシオ おお。

ヨシオが部屋から顔だけを出す。

ヨシオ おかえり。
サトミ ただいま。みてみて。ほら。
ヨシオ どうしたのそれ。
サトミ パチンコ行ってやった。
ヨシオ パチンコ?
サトミ そう。いやぁあれは悪魔の機械だわ。本当に悪魔だわ。千円がほらこんなに。
ヨシオ 勝ったんだ。
サトミ すごかったよ。武士が勝ったり負けそうで勝ったり大笑いしたり大忙し。大儀であった。
ヨシオ はは、すっげ。
サトミ これみて。なんか洗剤とかもあったし。カップ麺とカップ麺と、ほら。カップ。うどん。ひゃっは。(と、大はしゃぎ)
ヨシオ いや。よかったよかった。

と、奥の部屋にそうっと戻ろうとする。

サトミ なにしてんの。ほらこっちきなよ。ほらほら見てかにセット。今日は、かにパーティーどす。ひゃっは。
ヨシオ あはは、す、すごいな。あはは。
サトミ 食べる? なにも食べてないでしょ。ラーメンにゆで卵入れる? 好きよね。ヨシオ君。昨日のゆで卵まだあったかな。どうしたの。さっきから。
ヨシオ なんでもないなんでもない。
サトミ いや、こっち来なよ。
ヨシオ あ、大丈夫。大丈夫。
サトミ 大丈夫ってなによ。(奥の部屋へ行こうとする)
ヨシオ だから、なんでもないて。

と、止めようとするヨシオの手には、大きな玉子の殻の破片。

サトミ なにそれ。
ヨシオ え、
サトミ それ、手に持ってるやつ。
ヨシオ ああ。これ。
サトミ まさか。

サトミ、抵抗するヨシオを張り倒して、無理やり奥の部屋に入り込み、つぎはぎだらけになった玉子をもってやってくる。

サトミ 嘘。
ヨシオ いや。あの。
サトミ 割っちゃったの?
ヨシオ 違うんだって。
サトミ なにが違うの。
ヨシオ あのな、

そこへ普通に父が入ってくる。
父はホームセンターの袋を持っている。

父 ヨシオくん。あったよパテ。もらった地図じゃ全然わからなくってすごく迷ったよ。まよったまいった。
サトミ お父さん。
父 おう。え、サトミ?
サトミ なにしてるの?
父 なにってなあ。
ヨシオ いやぁ。
サトミ (ヨシオ)どういうこと。
ヨシオ いやぁ。
父 ほらあれだ、久しぶりにかわいい娘の顔を見にきたんじゃないか。なあ?
ヨシオ いやぁ。
サトミ (袋を指差し)それ、なに。
父 これは。(ヨシオをちらちら見る)
ヨシオ いやぁ。(手で小さくバツを出す)
父 ばれた?
ヨシオ はい。
サトミ これ。お父さんがやったの。
父 ちっ違う。ヨシオ君が。
ヨシオ お、おじさん!
父 ちょっと見せてって言っただけなのに。
ヨシオ おじさんがなんかどっかもって行こうとしたから。
父 なんだよ持ってっていいだろうが。オレの息子だ。当然だろ。
ヨシオ そうですけど。
父 だいたい、君が急に引っ張るから。
ヨシオ それは。
サトミ お父さん。
父 父親に向かってなんて顔するんだ。そもそもな、元からヒビ入ってたんだよ。
ヨシオ そうですそうです。ヒビがこう下のほうに。
サトミ あ、
ヨシオ あって言った。
サトミ なによ。
父 お前じゃないのか? そもそも。
サトミ はぁ? お父さんが犯人でしょ。
父 違うっていってるだろうが。そもそもあれほど検査して割れなかったのに。ちょっと落としたぐらいで割れるか?
サトミ それは、
父 なあ? ヨシオ君。
ヨシオ いやぁ。
父 君はいやぁしか言わないな!
ヨシオ いやぁ。
サトミ お兄ちゃんは?
父 空っぽだった。
サトミ 空っぽ?
ヨシオ いやぁ。
サトミ (父を見る)。
父 本当だって。なあ。
ヨシオ いやぁ。
サトミ もうヨシオ君はいい。空っぽってどういうこと?
父 知るかよ。こっちが聞きたいぐらいだって。
サトミ お父さん。もういいって。
父 なんだよ。
サトミ 嘘ばっかりついて、またお兄ちゃん勝手に持ってくつもりだったんでしょ?
父 もってくってなぁ。父さんは悟をちゃんと神様として広めようとだな。
サトミ まだそんな事言ってんの。
父 お前も見ただろう。神のみしるしなんだ。人間が玉子になった。これが奇跡でなくてなんなんだ。悟こそが神の王国の王となるべき人間なんだ。
サトミ もういいから。そういうの。
父 お前も知ってるだろう。本部のあいつらは悟のことを隠蔽ようとしてるんだよ。そんなの許せるわけがないだろ。だから父さんがこうやって、神の御業(みわざ)を世に広めようとがんばってるんじゃないか。なぜお前たちはそれを理解してくれない。
サトミ おかしいよ。お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ。
父 サトミ。
ヨシオ っていうか。
サトミ なによ。
ヨシオ 割れちゃいましたけどね。
父 まあ、そうなんだけど。
ヨシオ どうすんのこれ。てか悟さんが玉子ってどういうこと?
サトミ 言ってなかったけ。
ヨシオ 聞いてないよ。何一つ意味わからないんだけど。
サトミ ある日ねお兄ちゃんが玉子になりました。
ヨシオ で?
サトミ 終わり。
ヨシオ なにその簡単すぎる説明。
サトミ だってそうなんだもん。
ヨシオ 人間が玉子って。
父 それがなったんだよ。神の奇跡なんだ。悟はこうやって救世主に生まれ変わろうとしているんだよ。まさに復活の奇跡の証(あかし)だぁ。
サトミ もういいって。それより中身がないって方が問題だと思うけど。
父 そこだな。どういうことだ。
ヨシオ 実はもう生まれてたとか。
サトミ まさか。
父 いやいやいや。そんな適当に生まれるはずがない。だって奇跡だから。
ヨシオ はぁ。
サトミ でもどうしよう。お母さん、これ、もうすぐ取りに来るよ。どうしたらいいのよ。
父 しらないぞ。俺は。
ヨシオ これみたらどうなるだろ。
サトミ どうって。
父 死ぬな。
ヨシオ 死ぬ。
サトミ そんなまさか。
父 しってるだろ、あいつのヒステリー加減。こんなの見たらショックで心臓止まるな。
ヨシオ まさか、なあ?
サトミ あるわ。全然ありえるわ。
ヨシオ ええ~~。

そこへ、ドアをドンドンドンとたたく音。

ヨシオ まさか。
母の声 サトミさん。
サトミ 最悪。
ヨシオ いやぁいやぁいやぁ。

ドンドンドン。

母の声 サトミさんいないの?
父 困ったな。
ヨシオ いやぁいやぁいやぁ。
サトミ 落ち着いて。とにかく隠すのよ。
父 とりあえず奥へ持っていこう。
ヨシオ はい。

と、ぼろぼろ玉子を持ち上げようとしたらぱっくり割れた。

ヨシオ わああああああ。
父 ばか。そっと持てって。
サトミ ちょっとなにやってるの。
ヨシオ いやぁいやぁいやぁ。
父 と、とにかくこれは奥に持っていこう。
ヨシオ はい。
サトミ ちょっと。玉子の事なんて言ったらいいの。
ヨシオ いやぁ。
サトミ 本当役にたたねえな!
父 こっちでなんとかするから。
サトミ なんとかって!

父、袋からパテを出して二やっと笑う。

サトミ うそでしょ。
父 よろしく。
サトミ よろしくって。

ドンドンドンドン。

母の声 サトミ。いないの。警察呼ぶわよ!
サトミ あ、はい。

サトミ、ドアを開き母が入ってくる。

母 悟さんは。悟さんは大丈夫。
サトミ お兄ちゃん。
母 悟さんは。
サトミ いや。ちゃんとあるけど。
母 はぁ。よかった。
サトミ どうしたの。夕方じゃなかったっけ?
母 それがね。本部から連絡があって、イトウさんが実はお父さんのスパイかもしれないって。
サトミ スパイ?
母 もうびっくりよ。サトミさんのところに悟さん預けたら安全だっていったの、イトウさんじゃない? もう罠だったのよ。きっと。あの人、来てないわよね。
サトミ お父さん?
母 そう。
サトミ いや?
母 来たの?
サトミ 来てないよ。
母 よかった。情報が間違ってたかもしれないわね。イトウさんですもんね。あの。あの人がそんな事するなんて信じられないもの。
サトミ そうね。
母 で、悟さんは。
サトミ いや。
母 どこ。
サトミ いや。奥かな。
母 そう。(と、奥に行こうとする)
サトミ ちょっと待って。
母 なに。
サトミ いや、その。部屋散らかってるから。
母 ちゃんと掃除しなさいよ。昔からあんたは(と、奥に行こうとする)
サトミ ちょっと待ってって。
母 なに?
サトミ ゴキブリとか出るから。
母 うそっ。やだ。
サトミ ね、だからちょっと掃除するから待って?
母 そんな汚いところに悟さん置いていけない。
母 だから何。
サトミ 東京は行かなくて大丈夫なの。
母 悟さんも連れて行くわ。
サトミ 大丈夫。ちゃんと預かるから。
母 ありがとう。でも、もういいの。
サトミ ほら私にとってもお兄ちゃんなわけじゃない。だからもうちょっとね。兄弟水入らずっていう時間も欲しいなって。
母 そうね。でも急ぐの。また今度ね。
サトミ いやいやいや。(と、奥のドアの前に立ちはだかる)
母 なにしてるの。
サトミ 急にめまいが。
母 ちゃんとビタミンとりなさい。どいて。
サトミ いや鉄分じゃないのかな?
母 どうでもいいから。サトミさん。あなた、おかしいわよ。
サトミ そうかな。
母 まさか。
サトミ 何。
母 はぁ。はぁ。はぁ。(尋常ではない顔つきになっていく)
サトミ だ、大丈夫?
母 悟さんは本当に大丈夫なの。
サトミ あ、あの。その。
母 サトミ。
サトミ あ、あの。ヨシオ君!
ヨシオ はい。おばさん、玉子はここですよ。ははは。

奥から白い布に囲まれたものが台車に乗ってやってくる。

母 あら、なにこれ。
ヨシオ いや、ちゃんと、きれいに布をかけておきました。
母 あら、そうなの。ありがとう。
ヨシオ はい。悟さんでした。

と、そのま奥へ戻ろうとする。
母、ヨシオの手をぐっとつかむ。

母 ちょっと。
ヨシオ 痛いっすよ。
母 大丈夫。連れて帰りますから。
ヨシオ そうっすか。
母 ありがとう。預かってもらって。
ヨシオ あはは。どういたしまして。
母 今、動かなかった?
ヨシオ そ、そうですか。
母 本当に、これ悟さんなの。
ヨシオ そうですよ。間違いないですって。
母 じゃあ見せて頂戴。
ヨシオ それはちょっと。
母 ヨシオさん。
ヨシオ ちょっとだけですよ。
母 いいから。
ヨシオ は、はい。

中から出てきたのは父。

父 おう。
サトミ ああ。
父 どうも、悟です。
ヨシオ あちゃ。
父 今生まれましたよ。ママ。お久しぶりです。
サトミ もういいよ。
母 悟さん。
父 ん?
ヨシオ え?
母 悟さんなの?
父 そうです。悟だよ。イエイエイ。
母 知らない間にすっかりその。大きくなったわね。
父 そうかな。
母 お父さんにそっくりになって。
父 い、遺伝子って怖いねっ。ママン。
ヨシオ (必死に笑いを堪えている)
サトミ (ヨシオに小声で)ちょっと。
ヨシオ (だって。)
母 生まれ変わって。その大きくなって。
父 そうだね。ママン。
母 さぁ帰りましょう。
父 それはちょっと。
母 なに言ってるの。帰りましょ。
父 ボクには使命があるのです。
サトミ ちょっと。
父 ボクは生まれ変わって神になったのです。だからママンとは一緒に帰れません。
サトミ ちょっと。
母 なに言ってるの。
父 外で仲間達が待ってるんだ。だからごめんなさいっ。
母 悟さん。
父 ママン、あなたも一緒に世界を救いませんか。パッパのように古い組織に縛られずに、新しい世界を作り上げようではありませんか。
母 なにを言ってるの。
父 ママン。さあ、ボクを信じて。
母 嘘。(うずくまってしまう)
サトミ もうやめてよ。お母さんこれお父さんだよ。
父 なにをいうんだい、サトミン。
サトミ もういいから。
父 ちっ。
ヨシオ いやぁ。
母 そうなの。
サトミ ごめんなさい。
母 和夫さんなの?
父 よぉ。
母 じゃ、じゃあ悟さんは?
サトミ それは。
ヨシオ それが。

と、奥からぼろぼろの玉子を持ってくる。

母 なに? これ。
ヨシオ それが。割れちゃって。
父 オレじゃねえからな。
母 悟さんは?
父 しらねぇよ。空っぽだったんだよ。
母 からっぽ。
父 割れたら中に何も入っていませんでした。
母 悟さんは?
父 オレが聞きたいぐらいだ。
母 サトミ。
サトミ いや、私は知らない。
母 (ヨシオを見る)
ヨシオ いやぁ。
母 そんな。

母、崩れ落ちる。

サトミ だ、大丈夫?

母、玉子を抱きしめようとするが、ぼろぼろで崩れてしまいそうで抱きしめられない。
へたり込んで動かなくなる。

父 さて。オレはどうするかだな。
サトミ しらない。
父 どっか逃げないとな。
サトミ 逃げる?
父 外で待ってんだよ、仲間が。怒るぞこのこと知ったらよ。

母、苦しそうに胸を押さえる。
泣いているようない声を上げているが、

サトミ お母さんお母さん。
父 おい。

母、笑いはじめ、急にすっと顔を上げて何事もなかったように周りを見渡す

母 サトミさんお父さん、ご飯ですよ。
サトミ お母さん?
父 お、おい。
母 さ、席に座って。あらヨシオ君。あなたも一緒にご飯食べていらっしゃい。
ヨシオ あ、あの。
母 あら。どこここ。
ヨシオ 自分たちの家です。
母 そうなの。困ったわ。台所はどこ。
ヨシオ えっと、こっちです。
母 こっち。

と、ヨシオと母、奥へ行く。

サトミ なに?
父 さあ。
サトミ おかしくなっちゃたよ。お母さん。
父 そうだな。
サトミ どうすんのよ。
父 しるかよ。
サトミ お父さんが変なことするからじゃない。
父 関係ないだろ。そもそも玉子が空っぽだったからだろ。
サトミ そうだけど。なんとかして。
父 なんとかってどうしたらいいんだ。
サトミ どうしたらってどうにか。
父 なんだよそれ。
サトミ だって。

母が先ほどサトミが持ってきたカップめんが入った袋を持ってくる。

母 ごめんなさい。カップめんと蟹しかないみたいなの。
サトミ お母さん。

ヨシオが普通の玉子とポットをもってやってくる。

ヨシオ ゆで玉子ならありましたよ。
母 たま……ご。
サトミ ば、ばか。
ヨシオ (あ、しまった)
母 悟さん、そんなところにいたの。
ヨシオ 悟さん。いや、玉子ですよ。
母 悟さん、そこに座って。
ヨシオ (目でサトミに「どうしよう」)
サトミ (しらない)
ヨシオ お母さん、悟で~す。(と、玉子を座卓の上におく。)
サトミ (バカ。)
ヨシオ (グッジョブ、オレ)
父 あ。オレこれな(カップ麺を選ぶ)。
母 サトミさんはどれ。
サトミ あの。
母 こっち? それともこっち?
サトミ じゃあそっち。
母 そう。ヨシオさんは?
ヨシオ じゃあボクこれで。
母 はい。じゃあお母さんはこれ。

と、カップめんにお湯を入れ始める。

母 何してるの。座りましょう。

父はさっと座る。
ヨシオもサトミの顔色を伺いながらも座る。
サトミはしばらく立っている。

母 サトミさん。どうしたの。

サトミも、座る。

母 サトミさん、そういえば学校はどうしたの。
サトミ 学校?
母 今日は平日じゃないの。
サトミ 私もう働いてるよ。
母 そうだったかしら。怖いわね月日がたつのは早くて。
父 ははは。懐かしいなあ。何年ぶりだ。こうやって家族がそろうのは。
母 なに言ってるんですか。毎日こうして、会ってるじゃないですか。
父 ははは。母さん愉快になったな。
母 なんですか。もう変なお父さん。
父 ははは。
母 悟さんは今日は無口ね。

ヨシオ、無意識にゆで卵に手を伸ばし、コンコンと机の角で殻を割って食べる。

母 ひいいいいいいい。
サトミ ばっかあ。
ヨシオ ああ。
母 人食い。人食い。
ヨシオ おおおおお。(あたふたして、あわてて奥に行き、新しい玉子を持って戻ってくる)(声色を変えて)母さん。ボクはここだよ。
母 ああ。悟さん。びっくりした。
ヨシオ (声色)お母さん。びっくりしないで。

ヨシオ、新しいゆで卵を座卓に置く。

サトミ (ヨシオをにらむ)
ヨシオ (オレ、グッジョブ)
母 お父さん。じゃ。
父 ん?
母 お願いします。
父 ん?
母 ほら。(手を組み、目を閉じる)
父 ああ。覚えてるかな。えっと。 天におられるわたしたちの父よ。 あなたのお名前が神聖なものとされますように。 あなたの王国が来ますように。 あなたのご意志が天におけると同じように地上においてもなされますように。今日この日のためのパンをわたしたちにお与えください。またわたしたちに負い目のある人々をわたしたちが許しましたようにわたしたちの負い目をもお許しください。そしてわたしたちを誘惑に陥らせないで邪悪な者から救い出してください。
母 どうしたの。サトミさんもヨシオ君も。だめじゃない。
ヨシオ あ、ああ。すいません。
父 いや。覚えてるもんだな。
母 あのヨシオ君。
ヨシオ はい。
母 あなたたち、付き合ってるいるの?
ヨシオ ぶっ。
母 そうなの?
ヨシオ いやぁ。
サトミ なんで慌ててるのよ。
ヨシオ 付き合ってます。
母 そう。
ヨシオ すいません。
サトミ なんで謝るのよ。
ヨシオ ごめん。
サトミ もう。
母 そう。神様の悲しむようなことはない?
ヨシオ いや。あの。それは。
父 もうやったのか。
母 お父さん。
ヨシオ うっ。
父 だってそういうことだろ。
母 でも。
父 やってるわな。どうだ子供は?
ヨシオ まだです。
母 あなたたち。
父 そうか。せっかく久しぶりだからな。孫もってちょっと期待してはいたんだけどな。
ヨシオ おじさん。やめてくださいよ。
母 あなたたちなんなの。汚らわしい。
父 いいじゃないか。結婚するんだろ。な。
ヨシオ いやあ。(サトミをちらっとみる)
サトミ (うつむいている)
ヨシオ いやぁ。いずれはですね。いやぁ。
父 いずれって。サトミはどうなんだ。
母 私は反対です。ちゃんと正式にですね。
父 ああ、こうだったな。母さんは。
母 あなた、なんなんですか。
父 いいじゃないか。俺たちの時だって。結構大変だったじゃないか。
母 私は後悔してます。
父 ぶはっ。おいおい。
母 だからサトミさん。ちゃんと神様の御心をまもってね。
サトミ やめてもう。
父 なんだ。
サトミ やめてこんなの。
母 どうしたのサトミさん。
サトミ こっちが頭おかしくなりそうよ。
ヨシオ おい。
サトミ 神様神様神様うんざり。
母 サトミ。
サトミ 神様がいるならなんでこんなことになるの。なんでお兄ちゃんは玉子になんかなるの。なんで家族がばらばらになるの。
父 やめとけ。
サトミ 神様はなんで助けてくれないの。なんで私たちはこんなに幸せじゃないの。これが試練ならなんの意味があるの。
母 神の御心は深いの最後には必ず祝福があるの。
サトミ いつもそれ。
母 あなた。地獄に堕ちてもいいの?
サトミ また地獄。なにかあるといつも地獄。いいよ地獄でもなんでも落ちるよ。こんなの地獄のほうがマシだって。
母 サトミっ!
サトミ 本当に信じてるの?
母 何を。
サトミ 神様なんているって。天国なんかあるって。
母 あなた、なんてことっ。

とサトミの頬をたたいた。

サトミ 神様なんかいない。いるもんか。

サトミが走り去る。

母 ちょっと待ちなさい。

と、母は立ちつくしてしまう。
そして崩れ落ちる。

ヨシオ 追いかけるやつですか?
父 そうだな。
ヨシオ おおー、なんか感動しますね。
父 決めろよ。
ヨシオ はい。サトミ!

と、慌てて去る。
父はにやにや笑っている。

父 あの時と同じだな。
母 あなた。
父 なにが失敗だったんだろうな。信じるものは救われるかお前はそれで救われてるのか。さてオレも逃げるか。ちょっと楽しかったぞ。聞いてないか。じゃ地獄で会おうな。

父、去る。

母が玉子の殻を拾っている。

しゃりん。鈴の音が一つ。
奥から玉兄が現れる。

しゃりん。
母が振り返る。

母 ああ。
玉兄 やあ久しぶり。
母 サトル。悟なの?
玉兄 お待たせしました。
母 本当に悟なの?
玉兄 ボクが分からないの。母さん。
母 いいえ。分かる分かるわ。あなたは本当に悟さんね。
玉兄 ああ母さん。
母 始まったのね。
兄 ハレルヤ。そうだよ。さあ行こう。母さん。

と母に手を伸ばす。

母 ああ。

と、手を伸ばしかけて。とまる。

母 待ってお願い。困るの今は。今はお願い。待って。
兄 なにを言ってるんだい。もう始まってしまうんだよ。
母 今はダメなの。みんなみんな今のままじゃ。
兄 ああ、みんなは残念だね。
母 困るのお願い、もう少し待って。ね。
兄 もう少し待って、みんなは帰ってくるのかな。
母 それは。
兄 さあ行こう。神の国へ。
母 ……。
兄 行きたくないの? その為に今までがんばってきたんだろ?
母 そうだけど。
玉兄 本当の家族は主のみだろ?
母 お願い。
玉兄 おいおいおいおい。そりゃないよ。
母 お願いお願いお願い。

と、首をきつく締め上げた。
しかし玉兄は普通に喋っている。

母 ううううう。

母、崩れ落ちた。
玉兄、冷静に立ち上がって母を見下げた。

玉兄 残念だよお母さん。
母 待って。行かないで。
玉兄 お母さんの天国はボクとは違う場所なんだね。
母 ああああ。
玉兄 さよなら。

と泣き崩れる。
玉兄、去る。

暗転。


数ヵ月後。

部屋にサトミが座っている。
ヨシオが入ってくる。

ヨシオ ただいま。

ヨシオ、そのまま奥へ行こうとする。

サトミ どこにいたの。今まで。
ヨシオ (立ち止まる)。
サトミ 三ヶ月も。教団に?
ヨシオ (首を振る)
サトミ いいよ戻っても。戻ったらいいじゃない。
ヨシオ オレの場所はあそこにはないから。
サトミ ここでもないでしょ?
ヨシオ どうした。
サトミ 三ヶ月もほっといて。いまさらよね。
ヨシオ 怖いんだよ。
サトミ 怖い?
ヨシオ 怖くしてたまらない。お前もだろ?
サトミ わかんない。
ヨシオ オレだけなのか? 今でもふとした瞬間に審判の日が今来たらどうしようってなる。死ぬより怖い。分かるだろ? どうやって生きていいのかわらない。なんで生まれたかもわからない。ずっと外で寝泊りしながらそういうこと考えてた。
サトミ そう。
ヨシオ 一人になる時間が欲しくて。ごめん。
サトミ どうするの。
ヨシオ もう一度だけ、お前の顔が見たかった。ごめん。
サトミ 返してよ私の人生。もう何が本当かわかんない。
ヨシオ ごめん。
サトミ 外で生きようって、地獄でも一緒に行くっていったでしょ。
ヨシオ ごめん。
サトミ 謝んないでよ。
ヨシオ ごめん。
サトミ 謝んなよ。返せよ私の人生。返してよ私の幸せだった時間。なにも信じられるものがなくてもあんただけは信じてたのに。
ヨシオ ごめん。
サトミ もうなにも信じられないよ。
ヨシオ ごめん。

ヨシオ、とぼとぼと奥の部屋に行く。
遠くから鈴の音が聞こえてくる。
チャイムがなる。
玄関にスーツ姿の悟が立っていた。

サトミ あの。
悟 よっ。
サトミ お兄ちゃん?
悟 久しぶりだな。サトミ。
サトミ お兄ちゃんなの?
悟 おお。そやで。忘れたか。兄の顔。
サトミ 本当にお兄ちゃん。
悟 おいおいおい。なんやそれ。久しぶりすぎて忘れたか。えっとどないしたらええかな。ほら、あれ。●●の物まねしたらええか。
サトミ ……。
悟 ほら、やるでやるで。(ものまねをする。)
サトミ ……。」
悟 あれ。
サトミ お兄ちゃんだ。
悟 あはは。久しぶり。
サトミ どうしたの。
悟 どうしたって。ひさしぶりに会いに来ただけやけど。
サトミ ううん。
悟 あがってええか。
サトミ ……。
悟 迷惑やったか。
サトミ ううん。どうぞ。
悟 おう。すまんな。急に。

悟、部屋に上がる。

悟 どや、元気にしちゃあるんか。
サトミ まあまあ。
悟 なんや。男と暮らしちゃあるって。
サトミ うん。
悟 ヨシオ君って?
サトミ うん。
悟 そうか。今日は?
サトミ 奥におるけど。
悟 そうか。挨拶ぐらいしとこか。兄として。
サトミ 今寝てるみたいやから。
悟 そうかそうか。起こしたらわりな。そうか。昔っから仲よかったもんなおまえら。
サトミ お兄ちゃん今は?
悟 オレか? オレなあ。普通に。
サトミ 普通に。
悟 ぼちぼちエンジニアのバイトしながら活動してるわ。
サトミ そう。

サトミと向かい合って座る。

悟 えらい探したよ。
サトミ なに。
悟 おまえをよ。
サトミ ああ。
悟 いや。久しぶりに帰ったら家族崩壊してるやん。びびったびびった。
サトミ うん。
悟 まさかな。冗談じゃねっって感じやな。
サトミ ごめん。
悟 まあしゃあないな。オレのせいでえらい目おうたんやろ。こっちこそな迷惑かけてすいませんでしたって。
サトミ ううん。
悟  お前は元気なんか。
サトミ うん。
悟 そうかそうかそらよかったよかった。
サトミ うん。

間。
悟、部屋の中を眺めている。

サトミ あの。
悟 ん。
サトミ タマゴから出てきたん。
悟 タマゴ。
サトミ あのおっきなタマゴ。
悟 ああ。あれなあ。あの部屋にあったやつやろ。
サトミ うん。
悟 はははは。

と、大爆笑する。

サトミ なに。
悟 ごめんごめん。いやよ。びっくりしたわ。オレ、タマゴになったことになってたんやろ。もうびっくりしすぎて笑ってもうたわ。
サトミ 違うん。
悟 そんなわけあるかよ。なんで人間がタマゴになるねんな。
サトミ うん。
悟 あれはイースター用に作ってた飾りやで。なんであれがオレになってるんかようわからん。
サトミ そうなんや。
悟 ちょっとびっくりさせようと思ってリアルに作りすぎたけどな。中に人間が入ってるみたいに仕掛けしたけどよ。まさか信じるとはおもえへんやん。ってかオレがあれになるてどうかしてるわな。ほんま。
サトミ はは。
悟 ははは。
サトミ ははは。はははは。
悟 な、おかしいやろ。ははは。
サトミ はははは。
悟 ははは。
サトミ おかしないよ。大変やったんやから。
悟 ああ。わりわり。
サトミ そしたらなにしてたん。
悟 まあ、ちょっとした家出やな。
サトミ 家出。
悟 青春のゆらぎっちゅうやっちゃな。いろんな所ぶらぶら。あのときはいろいろ悩んでたし。
サトミ 悩み。
悟 その性春のやつよ。ある意味セイシュンなんつって。ははは。女のおまえにはわからんやっちゃ。
サトミ そう。

間。

悟 おまえ戻る気はないんか。もうええやろ。オレもないろんな所行っていろんな人にあっていろんな目にあってな。
サトミ うん。
悟  結局帰る場所は一つやったんやなって。

沈黙。

悟 お母さんだいぶ弱ってるわ。ちょっとわからんなってもうてな。
サトミ わからんて。
悟 ちょっと頭イカレテもうた。
サトミ そう。
悟 たまにおまえの名前を呼んではヒステリーしてる。もう意地はるんよしたらどうや。あかんか。
サトミ いまさら戻られへんよ。
悟 声は聞こえんか?
サトミ 声?
悟 お前の中の神様や。
サトミ 私の中の神様?
サトミ そうや、お前の中にゆがんだ神様おるやろ。へんな感じにゆがんだ事いうたり、でも神様っぽい感じなんやけど頼りにならん感じで、ゆがんだ神様や。
サトミ ゆがんだ神様。
悟 オレも家出してる間ずうっと聞こえててな。最初は気のせいやと思うたんやけど。罪悪感ともちゃう。なんちゅうか自分の芯つうか根っこの部分におるんやろうな。今までずうっと信じてた世界がぼろぼろと崩れてしもうて、もう世の中なんも信じられんくなるやん。そうなるとこの神様が顔をひょっと出してな。時々正しいことをせいというてきおる。それにさかろうて生きてみてもどうもあかん。不安になるだけ。
サトミ それ、なんなん。
悟 自分自身やろな。
サトミ 自分自身。
悟 生まれる前から神が憑いてた人間は、神の子として生まれた人間には、自分の中に神様を作ってしまうんやろな。それからは逃げられへん。そら自分の中におるんやからな。
サトミ 自分の中に、
悟 ちゃんとその神様は育てんと。なんやいうても、それが自分の分身やねんからな。
サトミ 私の分身。
悟 お前やったらわかるやろ。
サトミ 私の分身。
悟 お前は神の子や。

長い間。

サトミ 怖かった。
悟 わかった。
サトミ ずっと怖かった。
悟 もう、なにもいうな。

悟、サトミを抱きしめる。

悟 神よ。感謝いたします。

少しして、どさっという音が奥からする。
悟がそろそろとサトミから離れた。

サトミ ヨシオ君。

サトミ、おそるおそる奥へ行く。
そして尋常ではない顔で後ずさりして出てくる。
幕が落ちたら、そこに人影が一つ、天井からぶらさがり揺れている。

サトミ ああ、そうだった。

後ろに玉兄がたっていひひと笑っている。
へたりこむサトミ。

サトミ ああ、神様。助けてお願いします。
玉兄 いひひひひ。
サトミ なんでもするからお願いします。お願いします。
玉兄 いひひひひひひ。

暗転。

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コチラをご利用ください

使用許可について

基本無料・使用許可不要。改訂改編自由。作者名は明記をお願いします。
上演に際しては、観に行きたいので連絡を貰えると嬉しいです。
劇団公式HP https://his19732002.wixsite.com/gekidankita

劇作家 松永恭昭謀(まつながひさあきはかりごと)

1982年生 和歌山市在住 劇団和可 代表
劇作家・演出家
深津篤史(岸田戯曲賞・読売演劇賞受賞)に師事。想流私塾にて、北村想氏に師事し、21期として卒業。
2010年に書きおろした、和歌山の偉人、嶋清一をモチーフとして描いた「白球止まらず、飛んで行く」は、好評を得て、その後2回に渡り再演を繰り返す。また、大阪で公演した「JOB」「ジオラマサイズの断末魔」は大阪演劇人の間でも好評を博した。
2014年劇作家協会主催短編フェスタにて「¥15869」が上演作品に選ばれ、絶賛される。
近年では、県外の東京や地方の劇団とも交流を広げ、和歌山県内にとどまらない活動を行っており、またワークショップも行い、若手の劇団のプロデュースを行うなど、後進の育成にも力を入れている

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