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【長編戯曲】竜ヶ島

竜ヶ島

登場人物
 富士 女
 山崎 男
 吾前 男
 沖田 女

舞台は上部と下部に別れており、どちらかは、天井が非常に低い舞台となっている。
便宜上低い方を「下舞台」とし、もう片方を「上舞台」とする。実際はどちらが上で下でも構わない。
テロップの日付は、上演日に合わせて行って欲しい。無くても別に構わない。


上舞台
テロップ「●月●日」

「基地反対」の鉢巻をした男(以下:山崎)と、「基地反対」の看板を掲げた女(以下:富士)が立っている。
二人の横にあるラジカセから、大音量でヒップホップのトラックを流しながら、ラップをしている。

山崎 基地反対!
富士 基地反対!
山崎 戦争反対!
富士 戦争反対!
山崎 基地反対!
富士 基地反対!
山崎 戦争反対!
富士 戦争反対!
山崎 よく考えなよ、この暴挙。
   足りてないんじゃない? 脳みそ。
   どうにも、トウシロー、やること。
   いざ立ち上がろう、この島で!
   イヤだと言おうや、いまこそ!
   みなが叫ぶぞ、いかがと!
   幼稚だ、笑止だ、やめろと!
山崎 基地反対!
富士 基地反対!
山崎 戦争反対!
富士 戦争反対!
山崎 基地反対!
富士 基地反対!
山崎 戦争反対!
富士 戦争反対!

三脚にビデオカメラがつけられた物を担いで、女(以下:沖田)と、少し離れた場所で男(以下:吾前)、登場。

沖田 あの。
山崎 はい?
沖田 すいません。私、テレビ局の者なんですが。(名刺を渡す)
山崎 沖田さん。
富士 いやっ、テレビですか~どうしよう。困る~。
山崎 取材ですか?
沖田 いや、取材なんですけど。
山崎 どうぞ好きに。
沖田 あ、そうじゃなくて、この奥の竜の口の。
山崎 竜の口?
沖田 そう、その奥にある穴。
富士 なんだ私達じゃないの~?
沖田 なんで、ちょっとどいてもらえると有難んですけど。ここで撮影したいんです。
富士 邪魔ってこと?
沖田 いや、ちょっと撮影する間だけ。
山崎 いや、ダメですよ。
沖田 ちょっとだけですから。
山崎 僕ら、座り込みしてるんで。
沖田 いや、座り込みって誰もいないでしょ?
富士 ですよね~。
山崎 いや、そういうことじゃないから。僕らはここに基地を作る反対を表明するために、断固としてココを動かないんです!
沖田 ですから、ちょっとだけ。
富士 ちょっとだけなら、いいんじゃないですか?
山崎 ……ダメです!
沖田 ……そうですか。
山崎 ……。
沖田 困ったなぁ。明日には帰らないといけないんですけど。
山崎 知りませんよ。そんなの。
沖田 お金ですか?
山崎 金?
富士 おいくら?
沖田 いま、そんなに持ってないんですけど……。
山崎 金じゃない。僕らは正義の為にやってるんだっ!
富士 です!
沖田 あ~。困ったなぁ。

沖田、少し離れて見守っていた吾前の所に行く。

沖田 困ったなぁ。こんなのいるって聞いてませんよ。
吾前 なんや先週からおるんすわ。まあ、大分減りましたけど。
沖田 どうしよう。もう外観なしでってのもなぁ。
吾前 大丈夫ですよ。言うてる間におらんくなってますわ。
沖田 そうなんですか?
山崎 我々はいつまでもここに居座り続ける!
沖田 って言ってますけど。
吾前 ちっと(耳打ち)
沖田 あ、そうなんですか。
吾前 すんませんなぁ、普段はねぇ、誰もおらんのですわ。昔は観光スポットやったらしいですけど、船も一日に二回になってもうたし、完全に無人ですよ。それがデモ隊やらいうの来てから騒がしいてかなわん。
沖田 結構ニュースになってましたもんね。
吾前 あ、そうですか。全国で流れたんですか?
沖田 ええ、結構大きくやってましたよ。
吾前 ほうですか、ほな、お客さん来るでしょか?
沖田 いや~、それはどうでしょう?
吾前 店復活させよかな?
山崎 基地反対! 基地反対!
沖田 え?
吾前 うっせえなぁ、あいつら。とりあえず別の場所からいきましょか。
沖田 そうですね。
吾前 ほな先に、神社の方行きますか?
沖田 あ、そうですね。
吾前 りゅうじん神社いうて、今は誰もおらんですけど。
沖田 (メモる)竜神。

沖田・吾前、去り始める。

吾前 あ、ちゃう、ちゃう。竜の人で竜人。
沖田 あ、そうですか。珍しいですね。人ですか。
吾前 なんでかしらんけどよ……。

沖田・吾前、退場。

山崎 我々は動かない! 基地反対! 基地反対!
沖田 じゃ。
山崎 え?
沖田 こっちですか?
吾前 はいはい。
   
   沖田・吾前、退場。

富士 あ~あ、テレビ行っちゃった。
山崎 ふん。
富士 ね~、せんぱーい。
山崎 なんだよ。
富士 もう帰りません?
山崎 なんでだよ! まだまだだろ!
富士 もう井上さんも帰っちゃったし。そもそも誰も見てないのに座り込みして意味ないですよ。
山崎 仕方ないだろ! 他に反対するような事ないんだから!
富士 でも~、こんな所じゃなくて、もっとあるんじゃないですか~?
山崎 デモはな、足を使えっていうだろ?
富士 そうなんですか?
山崎 ほら、やるぞ!
富士 は~い。

山崎、ラジカセを再生する。
先程にまして気合充分に歌う山崎。
先程にましてやる気なく看板を掲げる富士。

山崎 基地反対!
富士 基地反対!
山崎 戦争反対!
富士 戦争反対!
   
暗転。
サイレンの音。そして喧騒の音。
デモ隊と警察が衝突している。

山崎 権力に屈するな! 基地反対! 基地反対!
富士 ちょっ、髪さわんなし!
山崎 団結して戦え! 基地反対! 基地反対!
富士 ちょっ、あんたどこ触ってんのよ!


下舞台。
テロップ「●月●日(次の日)」
岩が崩れる音がする。
吾前)と沖田の声が聞こえてくる。

吾前 いたたたた、大丈夫ですかー? 生きてますか~?
沖田 はーい。
吾前 あ、近くにいた。
沖田 いたたた。
吾前 動かんでくださいよ。
沖田 は、はい。
吾前 懐中電灯どこや?
沖田 あ、私あります。
吾前 なんやはよつけて。
沖田 あ、すいません。

懐中電灯の光が一つ。
汚れた服の二人がいる。

吾前 ちょっと貸して。
沖田 はい。
吾前 足、動きませんか?
沖田 イタタタ。ちょっと腰打ちましたけど。
吾前 ほうですか。歩ける?
沖田 あ、はい。
吾前 まあしゃあないですけど。穴の中、モロなってるから勝手に動かんでいうたでしょ?
沖田 すいません。ああっ!
吾前 なに、
沖田 か、カメラ!
吾前 ああ、どないもならんですわ。上ですわ。
沖田 そ、そんな……。
吾前 まあ、しゃあないでしょ。完全に崩れてもうて、昇られへんな。
沖田 け、携帯で助けを。……もない。
吾前 そもそもこの島、電波ないですわ。
沖田 そ、そんな……。
吾前 まあ、普段は無人島やさけ。助けもこんやろし、しゃあない。別の出口さがしましょか。
沖田 他にあるんですか?
吾前 入った時、風感じたでしょ。
沖田 ああ、確かに。
吾前 つうことは、他に出口あるはず。
沖田 よかった。
吾前 やとええけど。
沖田 ええ~。
吾前 まあ、考えとってもしゃあない。行こか。
沖田 は、はい。
吾前 ほれ、気つけよ。
沖田 はい。……あの、すごい深いんですね。この穴。
吾前 まだまだ。
沖田 そうですか。しかし、すごいですね。神話の時代からあるんでしょう?
吾前 まあ、そういわれてますけど。どないなんでしょ。
沖田 もうすぐこの穴も潰してしまうんですね。
吾前 まあ、しゃあないですよ。基地創るんに、地盤ごといじくるんでね。ここらへんも、全部掘り起こしてまうでしょ。
沖田 もったいない。
吾前 まあ、うちの神社も別の場所移しましたし、しゃあないでしょ。ミサイルで潰れてもうたら、歴史も何もあったもんやあらへんですわ。
沖田 まあでも、そのオカゲでこうやって取材に入らせてもらってるんですね。
吾前 ま、そういうことですわ。親父の代ではありえへんかったですわ。まあ、沖田さんは、ついてますな。
沖田 そうですか。
吾前 まあ、ワイ的にはついてないですわ。こないなんワイの世代では勘弁してほしいですよ。
沖田 す、すいません。ご迷惑を。
吾前 あ、せやなくて。昨日も変なんおったでしょ。
沖田 ああ、はい。
吾前 昔は観光スポットやったらしいですけど。家も神社の他に店やったりとか。
沖田 お店?
吾前 ええ、お客さんまだおったころにやってたんすわ。名物の竜ヶ島最中ってのがあってね、あれが美味しいんですわ。他とちごてね、この島でしか取れへん特別な薬草があってね、それをブレンドして、そらええ風味なんですよ。
男の声 (かなりかすかな声)基地反対! 基地反対!
沖田 え?
吾前 いや、久しぶりに人来たでしょ。ちょっと作って売ってみたら、よう売れるんですわ。まあ、他に店ないですからね。独占ですよ独占。またやろかいな?
沖田 何か聞こえませんでした?
吾前 はい?
沖田 ほら、何か。
吾前 ? 聞こえませんよ?
沖田 ??
吾前 まあ良かったら帰り寄って下さいよ。まだちょっと残ってるんで。幻の竜ヶ島最中。
男の声 (さきほどより大きな声で)基地反対! 基地反対!
沖田 聞こえた! 聞こえたでしょ?
吾前 なんや?
沖田 誰かいる?
吾前 ゴンタか?
沖田 ゴンタ?
吾前 まあ、妖怪ですわ。
沖田 よ、妖怪?
吾前 こっちの方や。

と進み、灯りを前にやると、そこに山崎がマイクを持って立っている。
横に、「基地反対」の看板とLEDライトを持った富士が立っている。
山崎は、トラックに合わせてコールする。

山崎 基地反対!
富士 基地反対!
山崎 戦争反対!
富士 戦争反対!
山崎 基地反対!
富士 基地反対!
山崎 戦争反対!
富士 戦争反対!
山崎 いえ~。
富士 いえ~。
吾前 おまんらっ!
沖田 デモの?
山崎 あ、昨日の。
吾前 あん? なんなお前ら。
富士 助けてくださ~い。
山崎 おい!
富士 もう限界~。
吾前 なにしとんな。
富士 警察から逃げてたら帰れなくなっちゃって~。
沖田 遭難?
富士 そうなんです。
沖田 は、はあ。
富士 もう昨日からずっとここにいるんです~。
吾前 ただのあほたれかい。
山崎 ちょっと出口。どっち?
富士 もう帰りたい~。
沖田 あの……。
山崎 出口どっちなんだよ。
吾前 それが人に頼む態度かワレ。
富士 すいません。教えて下さいお願いします。すいません。
吾前 こういうふうにできんか? ワレ。
山崎 ……お願いします。
沖田 あの。
吾前 なんやえらそうなやつや。
山崎 早く教えろよ。
吾前 なんや。
沖田 あの、私達も迷ってるの。
山崎 あん?
富士 そ、そんな~~。
吾前 ……。
山崎 ふっざけんなよ
吾前 しゃあないやろが。
山崎 ふん。損した。
富士 わ~~~ん。私ココで死ぬんだ。ひ~~~ん。
沖田 だ、大丈夫。この吾前さん、島の人だから、他の出口捜してくれてるから。ね? そうですよね?
吾前 まあ。
沖田 ほら、
富士 ほ、本当ですか?
山崎 ふん。
沖田 ですから、いきましょう?
吾前 まあ、ここでうだうだしとってもしゃあない。ちゃっちゃと行こら。

山崎以外、進み始める。

吾前 なんや?
山崎 いや、別に。

山崎、遅れて進む。

暗転。


舞台上
テロップ「●月■日(2日前)」
富士がコンパクトを前に化粧を直している。
山崎がやって来る。

山崎 あれ? 井上は?
富士 あ、帰りましたー。
山崎 帰った?
富士 はい。よろしくって。
山崎 なんで。
富士 え? 船で。
山崎 そうじゃなくて、どうして帰ったの?
富士 もういやだって。
山崎 いや?
富士 もうやってらんないって。
山崎 なんだそりゃ。
富士 どうします?
山崎 どうするって。お前も帰りたいのかよ。
富士 いや、それは先輩次第っていうか……。
山崎 オレ次第?
富士 え? 先輩が残るって言うなら、わ、私はどこまでも一緒に……。
山崎 もう、お前も帰れよ。
富士 え? 先輩は?
山崎 オレは残る。
富士 な、なんでですか?
山崎 なんでって、俺達が帰ったら本当に終わるんだよ。負けだよ負け。
富士 負けって、もう完璧負けてるじゃないですか。
山崎 勝ち負けじゃないんだよ!
富士 ええ~、負けっていったの先輩じゃないですか!
山崎 オレは遊びでやってるんじゃないから。
富士 そ、そうですよ。
山崎 ちょっと注目されないからって、そんなのが大事じゃないんだよ。ここに基地が出来ることによる。結果それがダメだったしても、こうやって声を上げることが大事なんだよ。
富士 あ、そうですよね! 遊びじゃないっていうのっ! プンプン。
山崎 君だけだよ。この活動の意義をちゃんと分かってくれてるのは。
富士 そうですよ~。山崎さんのこと、ちゃんと見てるのは私だけですぅー。なんちゃってテヘッ。
山崎 この島は日本の歴史上とっても重要な場所なんだよ。それを何も考えずに潰して基地にするなんてナンセンス。歴史っていうものをなにもわかっていないんだ。そりゃミサイル基地っていうのは必要かもしれないけど、じゃあ、なぜここなんだって。それは誰も反対しないからっていうだけだろう? ここを守れるのはもう、俺達しか居ないんだ。だから最後の一人になったって反対の声をあげる人が必要なんだ。沖縄・東京と戦って来た俺たちなら絶対にこの戦いも越えられる。そう思っていたのに……。
富士 素敵。
山崎 え?
富士 あ、私もそう思いますっ。
山崎 分かってくれるのかっ!
富士 で、そろそろ帰る準備しないと最後の船でちゃうんで。
山崎 え? 帰るの?
富士 え? 帰れって。
山崎 あ、いや、そうなんだ。お疲れ。
富士 残って欲しいですか?
山崎 いいよ。オレ一人で。
富士 寂しいやつですか?
山崎 違うって、だから。
富士 じゃ、私も一緒に残ります♪
山崎 いいよ。帰れよ。
富士 もう、そんなこと言って、残って欲しいならちゃんと言ってくれないと、わかんないんだ~♪
山崎 いいよ。もう勝手にしろよ。
富士 じゃ、残ります。これで二人っきりですね♪
山崎 もう一週間経つからな、無理するなよ。
富士 は~い。
山崎 帰りたかったら帰ればいいよ。オレは一人でも続けるから。
富士 帰りませんよ~。山崎さんと私は硬い意思で繋がれてるんです。
山崎 そ、そうか……ありがとう。
富士 ぐふふふ。さ、いきましょー!

山崎・富士、退場。
暗転。


下舞台。
テロップ「●月●日 ?時」
穴の中を進む沖田と吾前。
懐中電灯は吾前が持っている。

吾前 ふぅ、大丈夫ですか、先生。
沖田 あ、二人がいない。
吾前 あん?
沖田 遅れてるのかも。
吾前 なんや世話かかるなぁ。
沖田 昨日から遭難してるっていってたから、体力厳しいんですよ。
吾前 まあ、そうですか。
沖田 あの光そうだと思うから、ちょっと私、戻って見てきます。
吾前 ワイ、ちょっと先見てきますわ。
沖田 はい。

 吾前、退場。
 沖田、少し戻ると、LEDライトを持った富士がいる。

沖田 大丈夫?
富士 すいません。ちょっと遅れちゃって。
沖田 あれ? 男の子は?
富士 あれ?
沖田 途中ではぐれた?
富士 今まで一緒だったんですけどね~?
沖田 心配ね。少し戻ってみましょうか。
富士 山崎さ~ん。

戻り始める沖田・富士。

沖田 ねえ、あなた達なにやってたの?
富士 なにって。
沖田 こんなところでデモ活動?
富士 なんか寒くって、体動かそうって山崎さんが~。
沖田 そう。こんな所で大変ね。
富士 先輩ってすごく熱い人なんですよ。熱血ってやつ? 正義の為に、動かないと死んじゃう!みたいな。
沖田 へ~、今時珍しいわね。
富士 でもね~、ちょっとそれがうざいって感じで最近、みんな敬遠してんですよね~。
沖田 そうなんだ。
富士 だってこんなところでデモなんかしても全然楽しくないじゃないですか~?
沖田 楽しくない?
富士 私、基本都会じゃないとダメじゃないですか~。
沖田 ああ、そう。
富士 マジ、帰りたい。っていうか、帰れるのかな~?
沖田 ど、どうだろうね。
富士 私ね、先輩の事ラブなんです。
沖田 あ、そうなんだ。
富士 生きて帰れたら、先輩に告っちゃおうかなって、ね? どう思います?
沖田 いや~、どうだろう。
富士 先輩、マジデモにしか興味ないっていうか、これで懲りたと思うんですよね。イケイケドンドンで誰もついてこないって。最近100人ぐらいいたのに。でも、どんどん人少なくなって。もう支えるの私だけみたいな。これって愛っしょ。
沖田 と、とりあえず先輩探さないとね。
富士 ですよね~。
山崎 いるよ。
富士 あ、先輩。
山崎 ごめん。ちょっと滑った。
沖田 よかった。
富士 せ、先輩。今の聞いてました?
山崎 ……。
富士 ど、どうですか? 私?
山崎 さ、行こう。
富士 ちょぅ、せんぱーい。
沖田 まあ、先に出ないとね。ここから。
富士 ちょっ、せんぱい。教えて下さいよ。
山崎 お前、帰れよ。ここから出られたら。
富士 せ、先輩もですよね?
山崎 オレはいい。残る。
富士 え? なんで?
山崎 オレはお前らとは違うんだよ。遊びでやってないって言ったろ?
富士 せ、せんぱい。
沖田 ほら、早く。
富士 ひ、ひどーい。
沖田 行くよっ!

沖田、退場。

山崎 おい、なにしてんだよ。置いてくぞ。
富士 行きます、行きますよ!


上舞台。
テロップ「●月★日(前日)」
吾前が、椅子に座っている。
前にカメラがあるらしく、そちらに向かってインタビューを受けているという状況である。

吾前 あ、もう喋ってええん? は、はい。インタビューなんて初めてなので、緊張してしまうなぁ。あははは。えっとなにでございましたっけ? 竜の口の伝説でしたね。ええ、そうでございますね。あの穴は大変由緒がございましてでございます。遥か遥か遠くの昔々のまだ神々がごく当たり前に人間とともに暮らしていたの時代でございますです。このあたりの海には悪い竜がおったんでございまして、人々は大変困っちゃあったんでしたですよ。そこへある勇敢な神様がいらっしゃいましたです。そうしたらなんと、竜を瞬く間に封印したのです。そうしてできたのが、この竜ヶ島ですよ。ほいたら、その口っちゅうのが、まさにその竜の口ッて言うわけです。

沖田が頭を抱えながら、カメラを持って入って来る。

沖田 あ~、ありがとうございます。
吾前 あ、もういいのでございます?
沖田 大丈夫です。全然オッケーです。
吾前 ふえ~、緊張すんよ~。
沖田 はは。後はまあ、明日、その竜の口の取材終わってからでいいですか?
吾前 オーケーオーケー。
沖田 いや~、でもすごいですね。この島がそのまま竜なんですね。
吾前 まあ、お伽話よ。
沖田 なにがあるんですか? 竜の口の中には。
吾前 さぁ~?
沖田 知らないんですか?
吾前 そら、もうずっと誰も入ったこと無いのに、知らんで。そんなん。
沖田 ずっとっていうと?
吾前 いや、もうそのお伽話レベルで。
沖田 ええっ。
吾前 まあ禁忌の場所やさかい。
沖田 禁忌っていうと。人間が入ってはいけないっていう?

沖田、こっそりとカメラのスイッチを押した。

吾前 そうそう。ああ、戦争の時に、一回入ったらしいけどな。
沖田 そうなんですか。
吾前 いや、ここ軍事基地なっとって。ほれ、砲台跡残っとったやろ。
沖田 はい。
吾前 そん時にこの島、全部国のもんになって、で爺さんが、オレのな爺さんが守ってたらしいんやけどよ。無理やり。で、なんかに使おうと思ったんやろな。兵隊が入っていってそれっきり。
沖田 戻ってこなかった?
吾前 そや。まあ、たたりやな。たたり。
沖田 たたり。
吾前 あの穴に勝手に入ったら、竜が怒って、災いをもたらす。
沖田 ……。
吾前 まあ、お伽話よ。お伽話。
沖田 だ、大丈夫なんですか?
吾前 竜が出るか。はたまた、大蛇が出るか、、
沖田 へ、蛇ですか~。
吾前 なんや蛇あかんのかいな。
沖田 いや~。ちょっと。
吾前 まあ、なんが出るかはわからんわな。
沖田 あ、はぁ。
吾前 きいつけてやってや。
沖田 は、はい。
吾前 ほな、明日、迎えに来ますよって。
沖田 あ、よろしくお願いします。

吾前が去ろうとする。
沖田がこっそりカメラのスイッチを押した。

吾前 カメラ止まったか。
沖田 え?
吾前 お姉ちゃん、なんでこんななんでもない島調べるんや?
沖田 あ、いやそれは基地が……。
吾前 実はなあ、あの後、今から20年ぐらい前にも一回あの穴入ったやつおったんや。
沖田 ……。
吾前 あれもテレビの人やったわ。オヤジの事無視して勝手に入って行きおった。
沖田 そ、そうですか。
吾前 ワイも小さいころやってよ。ちゃんと覚えてへんねんけど、テレビが珍しいて、穴の中入っていくんみたんよ。
沖田 で、その人達は……。
吾前 かえってけえへんかった。
沖田 ……。
吾前 警察も来たんやけどな。オヤジも島の連中もそんな奴来てないいうて。終わった。
沖田 ……。
吾前 なあ、
沖田 は、はい。
吾前 噂しっとんのやろ?
沖田 う、噂?
吾前 ま、明日、あそこになんがあるんか、しっかり映してくれや。
沖田 はい。
吾前 ほな。
沖田 は、はい。

吾前、去る。

沖田 ……。

沖田、去る。


下舞台。
テロップ「●月●日 午後●時(注:日没一時間前)」
山崎と富士。山崎がLEDライトをもっている。

富士 せんぱ~い。
山崎 ……。
富士 せんぱ~い。
山崎 ……。
富士 せんぱ~い。
山崎 なんだよ。
富士 怒ってます?
山崎 え?
富士 怒ってる。
山崎 別に怒ってねえよ。
富士 だって、さっきから無視するし。
山崎 別に無視してないし。しょうもないことばっかり言うからだろ。
富士 だって黙ってたら怖いんです。
山崎 オレだって怖いよ。
富士 もうちょっと優しくして下さいよ。
山崎 遅れてるんだよ。もっと急げよ。
富士 もうへとへと~。
山崎 じゃあ、置いてくぞ。
富士 も~、ヒドイ。うう。
山崎 泣いたら絶対放ってくからな。
富士 泣きませんよ。私。
山崎 じゃあ、はやくしろよ。
富士 井上さんの事ですか?
山崎 はぁ? 井上? なんであいつが出てくるんだよ。
富士 いや、帰ったから。
山崎 関係ねえよ。
富士 だってアレからずっとムスッとしてるし。
山崎 だから関係ねえって。あれから大変だっただろうが。警察に追われるわ。穴で遭難するわ。どうやったら楽しい気分になんだよ。
富士 わたしは~、先輩と二人っきりでたのしかったですよ?
山崎 ……。なあ、お前なんでデモやってんの?
富士 え? それは先輩と同じで……。
山崎 じゃあ、なんでここがそんなに大事なのか分かってんの?
富士 え? あれでしょ? 歴史的に重要な文化財を、ただ住民がいないっていう理由だけで決めて破壊しようとする傲慢さと、おざなりな防衛計画。それになし崩し的に戦争状態に突入する現行政権への反対の姿勢を示すためでしょ?
山崎 ……お、おう。
富士 ね? わかってるでしょ?
山崎 いや、ならいいんだけど。
富士 悪いですけど、私先輩よりいい大学行ってますんで。
山崎 んだよ。
富士 私だってね、考えてるんです。でも、先輩ほどの行動力なかったから、すごいなって思うんです。先輩って。
山崎 別にそんないいもんじゃないよ。
富士 だってみんなだからついてきてたんじゃないですか。
山崎 いまじゃ、二人だけだろ。
富士 それは……。
山崎 ふん、結局騒ぎたいだけなんだよ。正義という名前のパーティー騒ぎが楽しかっただけなんだろ。そりゃ気持ちいいもんな。自分たちが正しいと思ってやって、テレビにも取り上げられて、ちやほやされて、最高だよな。
富士 先輩、そんなこと考えてたんですか?
山崎 違うよ。でも…。
富士 でも?
山崎 それじゃダメだって思ったからこんな島まで来たんだろ? もっと本当に俺たちがやらなきゃ。だってこの島、俺たち以外、誰も分かってないから。守らないといけないって。
富士 私は、いいと思いますよ。
山崎 でも……なんだよ。井上の奴、帰るかよ。
富士 違うんです。
山崎 違うって何がだよ。
富士 私、告白されたんです。井上先輩に。
山崎 はぁ?
富士 付き合ってって。
山崎 まじかよ。
富士 はい。
山崎 ……で?
富士 で、断りました。
山崎 ……そう。
富士 それで気まずくって。多分。
山崎 いつ。
富士 ここに来る時。
山崎 なにやってんだよ。あいつ。
富士 ……。
山崎 なんだよそれ、もっとダメだろ。合コンサークルかよ、これ。がっかりだよ。ああ、もうやだ。お前も一緒だろ。
富士 違います。違いますって。
山崎 もう辞めだ。帰ったら、解散だ。って人いねえわ。はは。情けねぇ。
富士 ごめんなさい。ねえ、そんなへこまないで下さいよ~。
山崎 へこんでねえよ。
吾前 おーい。
山崎 あ。

懐中電灯を持った吾前、登場。

吾前 なにほたえとんな。
山崎 ほたえ?
吾前 あかん、この先は行き止まりや。あれ? あのテレビの姉ちゃんは?
山崎 え?
富士 私達の前行ってましたよ?
吾前 ん? ここまで誰もおらんかったぞ? おかしいなあ。ここまで一本道やったはず。
山崎 こっちもずっとまっすぐ一本道でした。
吾前 どういうこっちゃ?
富士 消えた?
吾前 どっかで倒れたとか?
山崎 いや……。それなら気づくかと。
吾前 しゃあない、戻るか。
富士 ええ~。
吾前 なんやほっとけるか。ほれ、ワイが前行くから、ついてき。
富士 は~い。

吾前が先導で、戻り始める山崎。

富士 あ。
山崎 ちゃんと付いて来いよ。

山崎が振り返り、LEDライトで後ろを照らすと、先程までいた富士が消えている。

山崎 え? 富士?
吾前 なんや?
山崎 富士がいない。
吾前 え? さっきの姉ちゃんかいな? さっきまでそこおったやろ。
山崎 おい! 富士!
吾前 どういうこっちゃ?
山崎 ふざけんなよ! でてこい!
吾前 ……神かくしか。
山崎 神かくし?

微かに波の音がする。

山崎 あ……。
吾前 なんや?
山崎 音。
吾前 音?
山崎 ……波の音……。
吾前 なんや?
山崎 ちょっと灯り消して!
吾前 あん?
山崎 早く。

暗転。
うっすらと、青い光が漏れてくる。

吾前 上に穴か。
山崎 こっちから聞こえる。
吾前 行こか。
山崎 先行きます。お~い、富士~。

暗転。
波の音が徐々に大きくなる。


上舞台。
テロップ「●月●日 午後●時(※日没前)」

下舞台と入れ替わりで、下から煽るように真っ青な照明。
沖田が立っている。

やや間があって、富士、登場。

富士 ああ、すごい。
沖田 ああ。
富士 すごいきれい。
沖田 青の洞窟みたい。
富士 全部青くなってる。
沖田 海が外の光を反射して青く染まってるのね。
富士 おしゃれ~。
沖田 他の二人は?
富士 あ、はぐれちゃった。
沖田 そう……。
富士 せんぱーい。
沖田 光があるってことは泳いで外に出れないかな?
富士 泳ぐんですか?
沖田 あなた泳ぐの得意?
富士 (顔を振る)
沖田 そう。
富士 (舞台の外側の下を見ながら)ふ、深そう。
沖田 とりあえず、外にでないと。
山崎 ふじ~。
富士 あ、先輩の声。せんぱーい。
山崎 おーい。聞こえるか~。
富士 こっちこっち!

山崎・吾前、登場。

山崎 なんだこりゃ。
吾前 海か?
富士 綺麗でしょ~?
沖田 あそこから光が。
吾前 そうか。
山崎 なんかこの世じゃないみたいだ。
富士 天国?
山崎 そんないいもんならいいけど。
沖田 あそこから出られないかな?
吾前 ちょっと行ってみる。これ持ってて。
沖田 はい。

吾前、懐中電灯を沖田に渡して、シャツを脱いで、光のほうの舞台後ろへ、水に入るように消える。

富士 これで帰れる?
沖田 だといいけど。
山崎 はぁ。とにかく暗いとこからおさらばできた。
富士 ふふ、先輩。汚い。
山崎 お前もボロボロ。
富士 やだも~。
沖田 シャワー浴びたい。
富士 あ、私も~。顔洗おう。

富士、水で顔を洗っている様子。

山崎 こんな所あったんだな。
沖田 なんなんだろう? この穴。
山崎 何って?
沖田 変じゃない?
山崎 変?
沖田 その穴へ通じてる入り口も、途中も、自然にできたもの?
山崎 ああ。
富士 あ~、スッキリした。
沖田 人間が入っては行けない場所だったっていうわりに、人間の手を感じる。
山崎 まあ、歴史とか伝統とかいうのはそういうもんじゃないの?
沖田 どういうこと?
山崎 よそ者から隠したい何かがあるとか。
沖田 ……。
山崎 金塊があるとか?
富士 え? まじまじ?
沖田 ならいいけど。
富士 ないの? 金塊。
沖田 昔、戦後すぐの頃ある噂が流れたの。
山崎 噂?
富士 なに?
沖田 ここで戦時中なにかが行われていたって。
山崎 何かってなに?
沖田 あなた達、ここの砲台跡とか戦争中の残骸見た?
富士 ミタミタ。なんかファンタジーって感じ。
山崎 それが?
沖田 そもそも可怪しいと思わない? なんでこんな小さな島を軍事基地にしたのか。
山崎 そりゃ、町中じゃ迷惑だからじゃ。
富士 そうそう。
沖田 迷惑? こんな目立つ島じゃ、格好の標的でしょ。それに、いろんな物資を輸送するにも不便よ。この場所。
富士 あ~、なるほど。
山崎 じゃあ、なんだって?
沖田 それはわからないけど……。そもそもなんでこの島にミサイル基地を作るんだろう? あなた達詳しいわよね。
山崎 いや、そりゃ候補地で一番反対運動がなかったし。なぁ?
富士 違う違う。地理的に、ここがあの国のミサイルの弾道距離的に良い場所だって。後、大きな都市からもそこそこ近いし、つまりミサイルを落とす対空基地として一番いい条件がそろってるってことでしょ?
沖田 あ、ああ。
山崎 あ、こいつ。結構賢いんです。
富士 てへぺろ。
沖田 でも変じゃない? それなら一番狙われやすい東京の近くの方が確率的にいいはずだし、わざわざこんな歴史的遺産がある場所選ぶはずがない。作ろうと思えば大きな母艦で出来るはずだし、そもそも、近くに埋め立てて今は使ってない空港跡地とか、オリンピック候補地だった埋立地もそんなに遠くない。
富士 そうかも。
山崎 じゃあなんで…?
沖田 この島……。

吾前が戻ってくる。

吾前 よいしょ。ちょっと手貸して。
山崎 あ、はい。
吾前 ふえ~。
沖田 ど、どうでした?
富士 帰れる!?
吾前 ダメだ。こっち島の南の崖地帯で、潮の流れも早い。もう日も沈みそうやし、今日は無理やな。
富士 そんな~。
吾前 まあ、待てって。ワイは、こん島育ちよ。明日の昼頃に潮の流れが変わる。そん時に丁度島から出る船があるはずや、そっち側に潮が流れるタイミング狙ったら、助けを呼べるはずや。
沖田 よかった。
富士 やったー。助かる!
吾前 まあ、今日はここに一泊やな。
富士 ひえ~~~。
吾前 ほな、泳いでいけよ。溺れたらここは深いからな、一生浮き上がられへんな。
富士 ……。
吾前 ここはおらんほうがええな。これから満潮になってくる。あの上の方の穴で一泊や。
沖田 そうですか。
吾前 食料は残ってるか?
富士 あ、私達のが、少し。
山崎 あんたらは?
吾前 悪いけど、ちょっとしたら帰るつもりやったからな。分けてもらえるか?
山崎 どうぞ。
富士 水も少しなら。
山崎 後一泊か……。
吾前 よし、体力温存や、とっとと寝床つくるぞ。
富士 は~~い。

富士がやや遅れて、一同去ろうとする。
丁度、富士がハケようかというタイミングで、少し赤い照明が、光、重低音が響く。
富士が振り返る。

富士 ん?
山崎 おい、どうした?
富士 あ、今。
山崎 何?
富士 あ、なんでもないで~す。先輩、一緒の穴に入りましょうね?
山崎 いいよ。お前うるさいから。
富士 ひど~い。

二人、退場。
溶暗。


下舞台。
テロップ「●月●日午後10時」
吾前が寝転がっている。
山崎がやって来る。

山崎 もう寝た?
吾前 なんや。
山崎 あの人、女の人。
吾前 おお、テレビの人か。
山崎 いないんだけど。
吾前 あ? トイレちゃうんか? なんでや。
山崎 さっき充電器借りたから返そうと思って。
吾前 そのうち、帰って来るやろ。
山崎 なぁ。
吾前 なんや、まだあんのか?
山崎 あんた、この島の持ち主だったって?
吾前 ……誰に聞いた。
山崎 あの人。これ借りた時に。
吾前 ふん。女はおしゃべりや。
山崎 そうなの?
吾前 そんなわけあるかい。昔の話や昔の。
山崎 そう。
吾前 せやったら、基地建設でがっぽりやったのによ。ま、しゃあない。
山崎 あのさぁ。
吾前 なんや、はよいいや。
山崎 あんたは反対しなかったの。この基地建設。
吾前 ワイがか。
山崎 そう。だってこの島で育ったんだろ?
吾前 せや。
山崎 なくってしまうのに。
吾前 ……。
山崎 ……。
吾前 おまん、大学生か?
山崎 あ、うん。
吾前 東京のか。
山崎 あ、うん。
吾前 どこや。出身。
山崎 オレ? 東京。
吾前 ほうか。好きか? 地元。
山崎 いや、まあ。それなりに。
吾前 ほうか。どこが好きや?
山崎 いや……友達とか、親もいるし。
吾前 そんなもんやな。
山崎 あんたは?
吾前 もうここには誰もおらん。
山崎 ああ。
吾前 守るもんも、ない。
山崎 でも、歴史があるし。伝統とか。
吾前 歴史っていうのはな、何のためにあると思う?
山崎 なんのため?
吾前 ふん。わからんか。
山崎 いや……、継いでいくっていう。次のために。
吾前 せやから、それはなんのためかっていうことや。
山崎 いや……。
吾前 ふん。そんなもんかい。東京の大学生っちゅうのも。
山崎 いや。
吾前 とっとと寝えや。体力残しとかんとよ。
山崎 ……。
吾前 ほれ、イネイネ。
山崎 ……。

山崎、退場。

上舞台
先ほどの男二人の会話の間に、上では、富士が、スマホにイヤホンをさして、何か聞きながら、天井を眺めている。
山崎が現れる。

富士 あー、先輩。
山崎 音楽? バッテリー大事にしろよ。
富士 あ、いや。ラジオ
山崎 ラジオ。
富士 聞こえないんですけど。
山崎 まあ、トンネルみたいなもんだからな。
富士 ですよねですよね。
山崎 ……さっきは悪かったな。
富士 え?
山崎 いや、ほらさっき。
富士 なんのことですか?
山崎 解散とかなんとか。
富士 ああ、そんなこと言ってましたね。
山崎 覚えてねえのかよ。謝って損した。
富士 そんな~、大丈夫。分かってますよ。先輩、辞めないって。
山崎 いや、もうやめようかとは思ってるっていうか思ってた。
富士 そうなんですか?
山崎 なんか正しいことやってるのかわからなくなってきた。
富士 そんな。そんなことないですよ。
山崎 結局なんも変わってないし。騒いだだけ。
富士 違いますよ。みんなに届いたじゃないですか。その声が。
山崎 でも変わらなきゃ意味ないだろ。
富士 意味なくない! みんなムダだって思ってたんです。所詮学生の自分達はなんにも出来ないって。でも、先輩を見て、みんな思ったんです。私達にも出来る事があるんだなって。今は何にも変わらないかもしれないけど。この声がドンドン大きくなって、世界は変わっていくんですよ。
山崎 お前のその時々賢いのなんだよ。反則だわ。
富士 ふふふ。脳ある鷹は爪を隠すんですよ。キシャ―!
山崎 まあ、ありがとう。
富士 そりゃ、騒ぎたいだけって言う人もいると思うんですけど。でもそれはそれでいいじゃないですか。きっかけさえ作れればいいんです。
山崎 そうだな。
富士 ふふ。弱ってる先輩ゲット。

富士、スマホで山崎を写真に撮る。

富士 正直、私も全然政治とか興味なかったんですけど。でも、きっかけがあったから。
山崎 そう。
富士 私、ずっと一人だったんです。こんな性格だからみんなにうざがられて。まあ、今もだけど。
山崎 はは。
富士 ちょっと~、そこは否定して下さいよ。
山崎 まあ、別にイヤじゃないよ。
富士 え? そうですか。キュン。
山崎 そういうのいいから。で?
富士 で、私、思い出してたんです。ずっと部屋で引きこもって、暗い部屋の中で居た時のこと。ココみたいに、暗くて、狭くて。で、思い出して。なにもないこの暗い穴の中で何も聞こえない。ううん、心臓の音がする、自分の呼吸の音がする。私は孤独感に、広い宇宙に一人きりな気がする。誰も私を見てくれない。ううん。私もわたしを見ていない。だから誰かに見て欲しい。私の代わりに誰か、わたしを見て欲しい。
山崎 そっか。難しいな。
富士 でも、出なきゃ、声ださなきゃダメなんですよね。誰かが。
山崎 そうだな。
富士 ね。頑張りましょ?
山崎 そうだな。
富士 ふふふ。元気の出た先輩ゲット。

再びスマホで写真を撮る。

山崎 やめろってんだろ。消せよ消せ!
富士 嫌です~。
山崎 なんだよ。うざいよ!
富士 うざいって言った!
山崎 人のそういうとこ写真とるなっての!
富士 いやです~。はい、保存っと。
山崎 やめろよー。
富士 ほら、せんぱーい。

と二人が、イチャイチャしている所に、沖田がやってくる。沖田は非常にシリアスな様子。

富士 あ。
沖田 ……。
山崎 こ、これ。ありがとうございました。
沖田 ああ。
富士 どうかしました?
沖田 え?
富士 いや……。
沖田 ……ううん。なんでもない。
富士 お腹すきすぎてしんどい?
山崎 あ、オレの分。まだあるけど。
沖田 あ、いいの。いい。あ、あの吾前さんは?
富士 おじさん?
山崎 あっちで寝てたけど。
沖田 あ、そう。

沖田、退場。

山崎 なんだ?
富士 さぁ?
山崎 俺らも寝るか。明日大変だ。
富士 はい、一緒に寝ましょうね。
山崎 うるへぇ。邪魔するな。
富士 そんな~、せんぱ~~い。

二人、退場。
上舞台、溶暗。

下舞台。
吾前が寝転がって、なにやら考え事でもしている様子。

沖田 まだ起きてます?
吾前 ん?
沖田 あの……。
吾前 なんや?
沖田 ここってもしかして……。
吾前 ここがどないした?
沖田 あっちで……。
吾前 ほうか……。あったか……。
沖田 ……。

波の音が大きくなっていき、溶暗。


上舞台
テロップ「●月▲日 午後1時(注:翌日)」
前日よりは薄暗い灯りの中、山崎と、富士が海を見つめている。

富士 遅いですね。
山崎 行きの便がダメでも、30分後に帰りの便があるはずだよな。
富士 それ待ってるんですかね?
山崎 もう一時間だよな。
富士 まさか……。
山崎 なんだよ。
富士 サメに食べられちゃったとか。
山崎 おい、やめろよ。
富士 でも遅すぎません?
山崎 大丈夫だって。
富士 で、でも……。

沖田がやってくる。

沖田 どう?
富士 まだなんです~。
沖田 ……。
山崎 戻ってこなかったらどうしよう。
富士 せんぱーい。
沖田 どうしようも、なんとか他の道探すしかないわね。
富士 まだ待ちましょう? ね?
山崎 もしもだよ、もしも。
富士 うぅ……。

上半身裸の吾前が、舞台奥から顔を出す。
山崎が手を貸して、吾前が舞台上に登る。

富士 ど、どうでした?
吾前 ……あかん。船がけえへん。
沖田 こない?
吾前 今、何時や?
山崎 13時。
吾前 おかしい。
沖田 どういうこと?
吾前 わからん。
山崎 欠航した?
吾前 いや、さっき雨は降ってきたけど、海はないどる。出るはずや。
富士 ど、どういうこと?
吾前 わからんて。この島の港に来る船は絶対にあのルートを通るはずやのに。一向にこんのや。
沖田 困ったわね。

吾前、置いていたシャツを来て、座り込む。

吾前 ふぅ、疲れた。ううっ、寒い。
山崎 あ、オレの上着あります。
吾前 ちょっと貸してくれるか?
山崎 寝床にあるんで、とってきます。
吾前 すまんの。
沖田 やっぱり泳いで外に出るのは無理?
吾前 どうやろな。潮が早いから、かなり厳しいな。イチかバチかでやってみてもええかもしらんけど。
沖田 泳ぎは得意?
富士 全然ダメです~。
沖田 ……。
富士 ひぃ~、置いてかないで下さい~。
吾前 中腹まで戻ったら、なんとかなるかもしらん。
富士 ほんと!?
沖田 どういうこと?
吾前 外に出て気づいんやけどよ。ここらへんは、竜の尻尾らへんやろから、丁度島を横断した感じやな。中腹らへんにな、昔神社があったらへんがあるんやが、あそこが竜の逆鱗いう岩礁地帯になっとるんやが、なんでかあそこは、何年に一度か、吠えるんや。
富士 吠える?
吾前 うおおおお、うおおおおてよ。
沖田 それって。
吾前 せや、竜の口と似とる。
沖田 つながってるかもしれないってこと?
吾前 かもな。
沖田 でも、そんな場所なかった。
吾前 せや、けどや、ここを見て、分かった。普段はどっかから風が入っとるんやろうけど、何年かに一度、海面がえらい低く鳴った時に、その入口が開くんやろ。そんで、そっから風が入ってくるはずや。
沖田 じゃあ、それさえわかれば。
富士 ど、どうやって?
吾前 …わからん。
富士 ダメじゃ~~ん。
沖田 けど、出る場所はある。
吾前 まあ、可能性は高いな。
沖田 それをどうやって探すか。

山崎が戻って来る。

山崎 あのー、すいません。
吾前 おう、貸してくれ。
山崎 あ、でも。
吾前 冷たっ。ビショビショやないか。
山崎 いや、朝は全然濡れてなかっんだけど、今見たら、すごい濡れてて。
吾前 おい~。意味ないがな。
山崎 じゃあ、着るなよ。
吾前 役に立たんのー!
山崎 うっせえ。
富士 あ。
沖田 なに?
富士 今、外、雨降ってるんですよね?
吾前 せや。
富士 じゃあ、この水、その入口から流れてきたんじゃ。
沖田 ああ!
富士 ね?
山崎 なに? どういうこと?
吾前 そうか! でかしたぞ! ぼん!
山崎 え? なになに?
富士 先輩! 水をたどっていけば、外に出られるかもなんです!
山崎 お、おお。そうか。
吾前 よっしゃ、行くぞ。
沖田 大丈夫?
吾前 ふん。島育ちなめたらあかんで。
富士 じゃ、行きましょう!
山崎 おおお!

一同、退場。
暗転。

10
下舞台。
テロップ「●月▲日 午後14時」
張り切って歩く富士。その後ろを吾前が歩いている。
後ろを振り返って、

富士 置いていきますよ!
吾前 おい、あんまり急ぐなよ!
富士 早く外に出たいんです!
吾前 張り切り過ぎると怪我すんぞ~。
富士 もー、やわな女子とは違うんですよ! 先行きますよ!
吾前 あんまりサキサキいくなや~。

富士、通り過ぎ、吾前も去る。
入れ替わりに山崎が来る。
少し後ろを沖田が進んでいる。

山崎 大丈夫ですか?
沖田 大丈夫、大丈夫、いたっ。
山崎 どうしました?
沖田 ちょっと岩にぶつけただけ。
山崎 ああ、血が出てる。
沖田 あちゃー。まこれぐらいつばつけとけば治るから。
山崎 絆創膏あったと思うんで。
沖田 いい、いい、大丈夫大丈夫。
山崎 いや、用心しとかないと。あ、あった。
沖田 ありがとう。
山崎 いえ。ああ二人大分先いっちゃったな。
沖田 ごめん。ちょっと疲れてきて。
山崎 まあ、もうすぐですよ。
沖田 そうよね、頑張らないと。
山崎 ええ。

ゆっくりと進み始める二人。

沖田 ねぇ、えっと。
山崎 山崎です。
沖田 山崎くんは、ココ出たらどうするの?
山崎 ここですか?
沖田 そう。またデモするの?
山崎 さぁ、どうしよう。とりあえず、一度家に帰りたいです。
沖田 そうね。それ分かる。
山崎 沖田さんは?
沖田 私?
山崎 そう。
沖田 私は仕事だからね~~。予備のカメラ持ってきて……。
山崎 ……。
沖田 ねぇ、あなた、何故この島に来たの?
山崎 え? ボクですか?
沖田 そう。
山崎 いや……。
沖田 ミサイル基地って、ここだけじゃないよね? なんでここ選んだの。
山崎 ……。あいつに言わないで下さいよ。
沖田 なに?
山崎 ちょっと逃げたかっただけなんです。都会から。
沖田 そう。
山崎 いろいろ疲れちゃって。代表とか、そんな柄じゃないんです。ボクは。
沖田 そうなの?
山崎 オレ自身が信じられなかったんですよ。みんな本当にデモをやる意味を見出してやってるんだろうかって。そもそもオレ自身、本当にこんなことやりたいんだろうかって。
沖田 大変ね。
山崎 まあ、昨日あいつに怒られましたけど。
沖田 そう、彼女なの?
山崎 いや、違いますよ。全然。
沖田 向こうはあなたにぞっこんじゃない。
山崎 そ、そうですか?
沖田 いや、わからないほうがおかしいでしょ。
山崎 いや、あいつみんなにあんな感じですよ。
沖田 あ、そういう感じ。
山崎 オレなんかよりイイ奴いますよ。多分。
沖田 そうかもね~。
山崎 ええ。
沖田 あなたは?
山崎 え? オレ?
沖田 それでいいの?
山崎 オレは……。
沖田 いい子じゃない? 最後まであなたについてきてくれて。
山崎 いや……。もう、なに言わせたいんですか。
沖田 はは。ま、とにかくここから出なくちゃね。青春だわ~。甘酸っぱいわ~。
山崎 まだ若いでしょ?
沖田 ふふふ。社会にでるとそうもいってられないもんなのよ。
山崎 そんなもんっすか。
沖田 そうよ~。
富士の声 きゃああああ!
山崎 ! どうした!
沖田 ……。

山崎、急いで退場。
沖田、そのままそこに残り、

沖田 ……。

と意味深な表情。
暗転。

11
上舞台。
テロップ「●月▲日 午後14時半」

上からぼんやりと灯りが差している。
ボロボロになった服や、骨が散乱している。
奥の方には、祭壇のような場所があり、その奥にツボが並んでいる。

そこへ、座り込んでいる富士。どうやら腰が抜けているようで、非常に怯えている。
吾前は、上を見ている。

富士 こ、こ、これ。
吾前 ここか……。
富士 骨?
吾前 新しいのもあるな……。軍服か?
富士 なにこれなにこれなにこれ。
吾前 まあ、落ち着けや。蛇よりもええやろ。
富士 やだやだやだやだ。
吾前 まさかやけど。これか。

吾前、奥の祭壇まで進み、いろいろ見ながら、壺の蓋を開けて中を見てみる。

吾前 ……。

慌てて山崎・沖田、登場。

山崎 大丈夫か!
沖田 眩しいぃ。
富士 せ、先輩。ほ、骨。
山崎 うぉっ!
沖田 これは?
吾前 ほんまのところはわからんけど、処刑場兼、昔の祭壇やろな。
沖田 祭壇?
吾前 ほれ、この中は、小さい子の骨や。
沖田 ど、どうういこと?
吾前 前に転がってるのは処刑した捕虜やろな。なんで殺したんかしらんけど、処刑か、食料不足か、みせしめか、なんしか(なんにせよ)ここで殺しておらんかったことにしとったんやろ。ほれ、そこにドッグタグがあるやろ。
沖田 本当だ。
山崎 おえっ。
沖田 あの噂はこういうことだったの。
山崎 噂?
富士 あれですか?
山崎 お前しってんの?
富士 あれですよ。隠し金塊ですよ! 日本軍の一部の将校が不正にせしめた金を金塊にして、どこかに隠したっていうやつ。
山崎 マジで! ここに!
沖田 昔、その噂を信じて、この場所にもぐりこんだ人がいたんだけど、帰ってこなかったって。
吾前 この中におるんかもしれん。
富士 ひえっ。
山崎 全然わからねえよ。
吾前 (壺を持ち)この秘密を知られて、誰かがここでそいつも処分したんやろ。この骨のヤマに。
富士 せ、先輩。
沖田 そ、それは……。
吾前 こっちは人柱。
沖田 人柱?
吾前 伝説の話したやろ。
山崎 伝説?
沖田 暴れている竜を封印してこの島になったっていう?
吾前 せや、まあ、伝説なんて後の人間がここを隠すために作った口実なんやろな。オヤジのやつ、かくしとったんか、ただ知らんかったんか。
富士 どういうこと?
吾前 ここらへんの街はな、漁しかなかったんよ。潮が早いが、深くもあるから、鯛がようけとれる。しかも上質の。けど、よう荒れて、死ぬ奴の多かったんや。
沖田 それで……。
吾前 せや。
富士 そうか。
山崎 どういうことだ!
富士 いや……。
山崎 え?
吾前 人柱よ。若い女やろな、これやと。ここで竜神。海の神様に命を捧げさせたんやろ。
山崎 なんだって!
富士 せんぱい……。
山崎 なんてことを。
富士 昔はよくあったんですよ。江戸時代でもまだやってたみたいですよ。
山崎 なんの意味が?
吾前 神様への最大の捧げ物やったんやろな。
沖田 これがこの島の正体……。
吾前 まあ、こんなことやろと思っとったんや。なんで内の神社が、竜人、りゅうのひというんか。神様やなくて、ここでのうなった人を祀っとたんや。そういうことか。
山崎 え? じゃあ、あの歴史とか伝統とかは。
吾前 嘘やな。全部。ええようにいうとって、人が入ってけえへんようにしとったんやろ。
山崎 そ、そんな……。
沖田 知ってたんですか?
吾前 いや……はっきりとは。でも、なんとのうなしには。
沖田 これ……取材して……。まさか。
富士 いやああ!
山崎 え? なになに?
富士 せんぱい、察して! 察して。
山崎 なんだよ!
沖田 私達もここの人たちと同じ目に?
山崎 なんだって!
吾前 大丈夫や。そんな気あるかい。そもそもそれやったら、取材受けてへんわ。
山崎 よかった!
富士 本当?
山崎 嘘の可能性が!
吾前 あほう、ワイもショックやっちゅうねん。
山崎 もう大丈夫なやつ?
富士 は、はい。多分。
沖田 じゃあ、なんで?
吾前 このまま、ここを埋められてなかったことにしたら、あかんやろ。誰かしらんが、ここに基地を作るいうのは、そういうことやろ。反対するどころか、積極的に基地を作るんを賛成しおった。この島を埋めてまうのを。
沖田 そういうことだったの。
吾前 のう、兄ちゃん。歴史は誰のためにあるんか?
山崎 あ、それですか。
吾前 なんか分かったか?
山崎 全然わかりません。もう大変です!
富士 歴史は勝者のもの。
山崎 それ!
吾前 そういうことや。
沖田 これ、テレビで流していいんですか?
吾前 本当の歴史をのこさんとな。それがオレの復讐や。
沖田 復讐?
吾前 この島を捨てた、全員や。
沖田 ……。
吾前 オレも含めてな。

間。

吾前 ほな、帰ろか。こっからはそんな大変やないやろ。ほれ、帰り道の印の石が積んどる。迷うことないやろ。
沖田 また、カメラ持って戻ってきていいですか?
吾前 とりあえず、出よら。腹減ってかなわん。
沖田 そうですね。
吾前 ほれ、ぼんら。行くぞ。
山崎 あ、はい。

吾前、沖田、去る。

山崎 立てるか?
富士 手。
山崎 なんだよ。さっきまでペラペラしゃべったくせに。
富士 先輩、ちょっと天然ですね。
山崎 うるさい。普通わかんねえって。
富士 そうですか? でも、そんな先輩も萌え萌えですよっ♪
山崎 バカなこといってないで、ほれ、帰ろう。とりあえず。な?
富士 は~い。

山崎が手を貸して、富士が立ち上がる。
山崎が、二人の後をおって行こうとする。
富士がふと上を見る。
ひゅーと、何かが上空を通り抜ける音がする。

富士 先輩。
山崎 なに?
富士 あれ、なんだろう?
山崎 え?
富士 なんか飛んでってません?
山崎 ……飛行機じゃないの?
富士 ……なんか。
山崎 ほれ、行くぞ。
富士 あ、は~い。

山崎・富士、退場。
暗転。

12
下舞台
テロップ「●月▲日 午後15時」
吾前が、懐中電灯を手に、行先を照らしている。

吾前 おーい。渡れたか~~。
沖田 は~~い。大丈夫です~。
山崎 行けました~~。
吾前 後はおじょうちゃんだけや。おーい。はよせえよ~~。

富士が遅れてやってくる。

富士 ひ、ひえ~~。ここ渡るんですか?
吾前 ここ渡るんが確実や。落ちるなや、また振り出しやで。
富士 ひえ~~~。
吾前 大丈夫や。こっちと向こうで足元照らしたるさかいに。用心してすすめ。
富士 は、はい。
吾前 よっしゃ。気つけや。
富士 お、お兄さんは?
吾前 ワイかい。
富士 ひ、一人で。
吾前 ワイは大丈夫や。島育ちなめんなや。
富士 ひえ~~。はぁはぁ。
吾前 どしたんや。
富士 ちょっと心の準備が。
吾前 向こうで愛しの人がまっとんでぇ。
富士 むひー、先輩ラブラブ。
吾前 ええかっ。
富士 あ、あの。
吾前 なんや。
富士 この島、どうなるんですか?
吾前 え?
富士 あんな場所、テレビで流れちゃったら、どうなるんですか?
吾前 さぁなぁ、えらい騒ぎになるやろな。
富士 いいんですか?
吾前 せやなぁ、本気で竜ヶ口まんじゅう復活させて、出店復活させようかいな。
富士 竜ヶ口まんじゅう?
吾前 うまいんや~。ここでしかつくられへんまんじゅうや。出たら、作ったるから、ほれ、頑張って行きや。
富士 は、はい!
吾前 おーい。行くぞ~~。
山崎 は~~~い。
富士 ひょぃえ~~~。

富士、そろそろと渡っていく。
後ろから懐中電灯で、富士の足元が照らされている。
やがて、前からも、懐中電灯が照らされる。
そろりそろりと歩いて行く富士。

山崎が現れ、手を富士に伸ばす。

富士 先輩!
山崎 よし、来い!

急にドカンが音がする。
後ろからの懐中電灯が消えた。

富士 なに!?
山崎 え?
沖田 うそっ……。

前からの灯りも消えた。
完全暗転。

富士 先輩!

何かが炸裂する音が響いている。

13
上舞台
テロップ「●月▲日 午後●時」
山崎と、沖田が並んで前を呆然と眺めている。
前から、赤い照明が揺らめいて二人を照らしている。
舞台奥から、富士が這い出てくる。

富士 ちょっと! なんで電気消すんですか!

しかし、二人はそれに答えずに、目の前の光景に心を奪われている。

富士 なんなんですか! もう! 信じられない! え?

富士が出て、目の前の光景を目撃する。

富士 なにこれ? 燃えてる?
沖田 街が……燃えてる。
山崎 なんで?
富士 あっ。
山崎 なんで? これ。
富士 ミサイルだ。

上空を貫くような音で通り過ぎる何科の音。
三人がそれを見送る。
そしてそれは三人の目前に広がる場所へ落ちた。
爆発音が広がる。
富士にスポット。
山崎・沖田、退場。

富士 もう、誰もなにも言わなかった。私たちは呆然とその光景を見つめることしかできなかった。やがて、ふと、あのこの島のお兄さんが穴から出てきていないことに先輩が気づいた。必死に呼びかけたけども、答えなかった。沖田さんは、ショックで動けなくて、宿で寝込んでいた。先輩が食料と登山道具を持って、吾前さんを探しに出たが、どこにも見つからなくて帰ってきた。消えたと先輩は言った。私たちはこれから、どうすればいいんだろう。何もかもが消えてなくなっている。私達が大事に作り上げた全ても、本当も嘘も何もかも、なくなってしまっている。私たちはこれから、どうすればいいんだろう。

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使用許可について

基本無料・使用許可不要。改訂改編自由。作者名は明記をお願いします。
上演に際しては、観に行きたいので連絡を貰えると嬉しいです。
劇団公式HP https://his19732002.wixsite.com/gekidankita

劇作家 松永恭昭謀(まつながひさあきはかりごと)

1982年生 和歌山市在住 劇団和可 代表
劇作家・演出家
深津篤史(岸田戯曲賞・読売演劇賞受賞)に師事。想流私塾にて、北村想氏に師事し、21期として卒業。
2010年に書きおろした、和歌山の偉人、嶋清一をモチーフとして描いた「白球止まらず、飛んで行く」は、好評を得て、その後2回に渡り再演を繰り返す。また、大阪で公演した「JOB」「ジオラマサイズの断末魔」は大阪演劇人の間でも好評を博した。
2014年劇作家協会主催短編フェスタにて「¥15869」が上演作品に選ばれ、絶賛される。
近年では、県外の東京や地方の劇団とも交流を広げ、和歌山県内にとどまらない活動を行っており、またワークショップも行い、若手の劇団のプロデュースを行うなど、後進の育成にも力を入れている

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