見出し画像

【中編戯曲】すばらしい世界

すばらしい世界


作 松永 恭昭謀
登場人物
神楽坂 雄一(カグラザカ ユウイチ)
一心寺 雪江(イッシンジ ユキエ)
マワリ:(マワリ 女)
ナイリ:(ナイリ 男)/キャスター

時と場所
秋頃。とある地方都市にある廃倉庫の地下室。

地下室。ひどく殺風景な部屋。
下手にはこの部屋通じる階段がある。
部屋の中には古い椅子。
壁際にラジオが一つに汚い鏡。
そしてスケッチブックがひとつ転がっている。

ラジオから音楽が流れてくる。
二人の少女。
一人は高校の制服を着た雪江。
もう一人は簡素な民族服のような物を着た少女、廻理(まわり)。
廻理が鏡の前に座って、後ろから雪江が廻理の髪を結っている。

廻理 こそばゆい。
雪江 がまんしぃ。
廻理 あの絵。
雪江 動かんで。
廻理 ああ。
雪江 あのって、スケッチブック?
廻理 なに描いてる。いつも。
雪江 暇やし。ここん部屋ん中でも描こかなと。うち、一応美術部なんよ。
廻理 ビジュツブ。
雪江 うち結構うまいんよ。総理大臣賞とかもうたし。
廻理 ビジュツブってなに。
雪江 クラブ。美術クラブ。
廻理 クラブってなに。
雪江 クラブってわからん? 学校行ったことないん?
廻理 ない。
雪江 マジで。
廻理 私たちを受け入れてくれる学校はない。
雪江 マジで。
廻理 うん。
雪江 うらやまし。
廻理 うらやましい?
雪江 べんきょもがっこもないっ、ふ~♪
廻理 私は学校っての行きたかったけど
雪江 うっそお。
廻理 楽しそうだし。
雪江 楽しない楽しない。だるいだけやって。
廻理 そうなの。
雪江 楽しい子もおるんやろうけど。ほしたら廻理ちゃん勉強どないしてるん。
廻理 兄さんが教えてくれた。
雪江 内理さん?
廻理 そう。
雪江 めっちゃすごいやん。
廻理 すごいんだ兄さんは。外国の大学行ったんだ。
雪江 えら、完璧超人やん。
廻理 うん。
雪江 よし、でけた。
廻理 ……なんだかへんな感じ。
雪江 変? めっちゃかわいない?
廻理 そうなのか?
雪江 ゲロかわいい。
廻理 ゲロかわいい。

とラジオのボリュームを絞りながら、遠目に廻理を見る。

雪江 あとは服よね。
廻理 服。
雪江 別に悪くないんだけどこの髪型やとちょっとアーシーって感じちゃうねぇ。今度アメ村に服買いにい行こか。きゃわいい服一緒に探してあげる。
廻理 今度。
雪江 ああ、ごめん。
廻理 そういう服って高いんじゃないのか。
雪江 今は安くてかわいいお店もおおいよ。
廻理 そう。

階段から男がビニール袋を持ってやってくる。

男 やあ。
雪江 内理さん。
内理 差し入れ。
雪江 やった。

とあんパンの入った袋を取り出す。

雪江 あんパン?
内理 あんパンっていうのか。
雪江 なぜあんパン?
内理 嫌い?
雪江 ううん。ありがとうございます。
廻理 なに? あんパンって。
雪江 廻理ちゃんも食べてみる?
廻理 え、(と内理の顔色を伺う)。
内理 せっかくだ。
廻理 うん。
雪江 はいどーぞ。
廻理 ありがとう。

廻理があんパンを受け取るときに手をだした時、

内理 その髪どうした。
廻理 あ。

ハッとして手を引っ込め髪を隠したのであんパンが地面に落ちた。

雪江 廻理ちゃんなにしてんの。

と落ちたあんパンを拾い上げようとかがむ。
内理が何も言わずに廻理に近づいていく。

内理 どうかしたのか。
廻理 なんでもないよ。
内理 いいから見せてみろ。
廻理 なんでもないって。
内理 なぜ嫌がる。
雪江 あの、うちが無理矢理やったんよ。廻理ちゃんは悪くないよ。
内理 いいから見せろって。

廻理、髪をくしゃくしゃとしてしまう。

雪江 ああ。廻理ちゃんはいややいうてたんよ。でもうちが無理矢理。ごめんね廻理ちゃん。
廻理 ごめんなさい。
内理 もったいない。
廻理 え。
内理 君がやったの。
雪江 うん。
内理 似合ってたのに。
雪江 でしょ。絶対似合う思たんよ。
内理 まるでニッポンの女の子みたいだったな。じゃあ廻理、後はよろしく頼むよ。
廻理 うん。
内理 雪江ちゃんもこいつのこと頼むね。後もう少しの事だから。
雪江 もう少し。
内理 じゃあ。
廻理 行くの?
内理 ああ。

と去る。

雪江 行っちゃった。かっこええよねえ内理さん。イケメンやし映画スターとみたいよねぇ。

廻理再び髪をくしゃくしゃとする。

雪江 ごめんね。
廻理 こっちこそごめんなさい。
雪江 兄さんの前でまずかった?
廻理 こっちこそせっかくやってもらったのに。
雪江 ええよええよ。全然またやったげるよ。今のよりすっごいの。もう盛っちゃう盛っちゃう。
廻理 ありがとう。
雪江 あー、お腹すいた。

とあんパンを食べ始める。

廻理 怒ったのかな。
雪江 内理さん? 笑顔やったやん。
廻理 でもニホンジンみたいだって。
雪江 ん。
廻理 兄さんはニホンジンのこと大嫌いなのに。
雪江 そうなん? うちには優しいけどね。うちカワイイからかな。まあ人質っていうのもあるんやろけど。

沈黙。
廻理もあんパンを拾って食べようとする。

雪江 やっぱりあれ。うち最後は海に沈められちゃう。みたいな。
廻理 えっ。
雪江 だってほらうち、がんがん二人の顔みてるし。
廻理 大丈夫。
雪江 でもさ。
廻理 大丈夫。これが終わったらちゃんと解放するって。私約束する。安心して。
雪江 ほんと。
廻理 本当に悪いと思うけど。私たちのためにもう少し我慢して。
雪江 なんとなく聞いたからわかったけど。ほらあれ。身代金。要求したん?
廻理 身代金。
雪江 だってもうすぐって言うてたから。もうすぐ受け渡し終わるとか。
廻理 違うお金は要求してない。なにも雪江の親には要求してない。と思う。
雪江 そうなの。
廻理 お金とかそんなんじゃないから。
雪江 そうなんだ。じゃなんなの?
廻理 それは。わからない。
雪江 そうなの?
廻理 詳しいことは教えてくれないから。ただこうやって雪江の相手してやってくれって。
雪江 監視役。
廻理 まあ。

間。

雪江 そっか。じゃ気づいてないかもね。お父さん。もう1週間か。うちお父さんと一ヶ月ぜんぜん会わへんのも普通やし。
廻理 一ヶ月も。
雪江 お父さん忙しいし。県知事よ県知事。って知ってるよね。だからうちここにおるんやろ?
廻理 うん。
雪江 ほしたら終わるって何が終わるん?
廻理 わからない。
雪江 廻理ちゃんなんも知らんやん。ちゅうか隠してるだけ? みたいな。ええ人やよね廻理ちゃん。
廻理 そんなことない。
雪江 やっぱ同仁族って恨んでんの? 日本人の事。うち全然知らんくて。すぐ側に住んじゃあったのにね。ここらへん危ないからって近づくなて言われちゃぁったから。。
廻理 私もよくわからない。
雪江 でもなんやっけ。内理さんが言ってたん。
廻理 兄さんが?
雪江 これまでのどうたらこうたらでこれからなんたらで。
廻理 これまでの仲間達とこれからの仲間達の為に。
雪江 それそれ。

急に真っ暗になった。

雪江 なに停電?
廻理 今、上を歩く音しなかったか。
雪江 そう?

天井の方からぎぃぎぃと誰かが歩く音がする。

雪江 ほんまや。
廻理 誰だ?
雪江 内理さん?
廻理 そんなはずは。
雪江 じゃあ。
廻理 私上見てくる。
雪江 ちょっと。
廻理 侵入者かもしれないし。
雪江 真っ暗に一人にしんといてよ。
廻理 ブレーカーも上にしかないんだよ。
雪江 ムリムリムリ。うち暗いんとかあかんのやって。
廻理 すぐ戻る。

廻理、銃を取り出し去る。
雪江、しばらく、待ってみたが、部屋を見渡してみて、徐々に恐怖感が溢れてきてたようだ。

雪江 なんでこんなうす暗いんよこの部屋。ありえへんムリムリムリムリ。

徐々にこの場所にいることが耐えられなくなってきたようだ。

雪江 廻理ちゃん。やっぱりうちも行くよ。

とよたよたと階段の方に行こうとすると銃声が聞こえた。

雪江 ムリムリムリムリ。廻理ちゃん。

そこへどたばたと男が入ってくる。

雪江 ひいい。
雄一 ユッキー。
雪江 え。
雄一 ユッキーか。
雪江 誰?
雄一 オレやオレ。神楽坂(カグラザカ)。
雪江 神楽君?
雄一 やっぱりユッキーか。よかった。いてててて。

電気がついた。
雄一は腕に怪我をしているようだ。

雪江 どうしたん。撃たれたん?
雄一 撃たれた?

廻理がやってくる。

雪江 廻理ちゃん。
廻理 お前何者だ。
雄一 神楽坂っす。
廻理 知り合いか雪江。
雪江 まあ同級生。
廻理 お前何しに来た。
雄一 何しに来たって。ユッキー探しにきたんでしょ。
雪江 一人か。
雄一 そらそやろ。
雪江 あんた危ないやん。
雄一 お前この前のバスケの試合勝ったらデートするいうたやんけ。
雪江 したっけ?
雄一 おいよぉ。
廻理 どうやってここを見つけた。
雄一 ユッキー探してたらユッキーん家の周りにへんな男おってな。怪しいからつけてきたらなここ入ってきたから。
雪江 なにそれ。
廻理 まいったな。
雄一 なにこれ。なんなんこの状況。
廻理 しばらくおまえもここにいてもらう。
雄一 アホか。帰ろらユッキー。
雪江 いや。
廻理 おまえ馬鹿か。

と銃を雄一に向ける。

雄一 へ?
廻理 携帯だせ。
雄一 本物?
廻理 もってるだろ。さっさと出せ。
雄一 メアド交換?
廻理 本当に撃つぞ。

と銃で脅す。

雪江 渡して。
雄一 おう。

と携帯を廻理に渡す。

廻理 ほかには。
雄一 ないない。
廻理 ほんとか。
雄一 ほんまほんま。ほら。

とズボンのポケットの裏生地を出してみせる。

廻理 めんどくさいことになったな。本当におまえ一人なんだな。
雄一 せやいうとんやろ。
廻理 上見てくる。雪江すまないけど手錠かけさせてくれ。
雪江 うん。
雄一 おいおいおい。

雪江、雄一と手錠でつながれる。
廻理、階上へ去る。

雄一 ユッキー。
雪江 なに。
雄一 なにこれ。
雪江 なにこれって。
雄一 つうか銃って。なんなよあいつ。
雪江 なんなていわれても。
雄一 やばい状況? これ。
雪江 テロみたいよ。
雄一 テロ。
雪江 そうテロ。
雄一 テロって?
雪江 テロリズム。
雄一 自爆テロとかそういうテロ?
雪江 そうそのテロ。
雄一 うそつけ。ここ日本やぞ。
雪江 そうなんやけど。
雄一 ほんまに?
雪江 ほんま。
雄一 ほなこれ誘拐テロ?
雪江 そうなるんかな。
雄一 なんでやねん。中東とかちゃうんかよ。テロって。
雪江 イタイイタイ。暴れんといて。
雄一 オレ死ぬんか? ちゅうか、もしかしてさっきオレ銃で撃たれたんか?
雪江 痛いからほたえんといて。
雄一 でもよぉ。
雄一 いまさらパニックならんでよ。落ち着き。
雄一 わりぃ。
雪江 大丈夫やから。もうすぐ助かるから。
雄一 え。
雪江 もうすぐ解放してくれるって。
雄一 どういうこと。
雪江 終わるらしよ。事件。
雄一 終わるて。どうやって。
雪江 そこはようわからんけど。そないいうてたし。
雄一 なんじゃそれ。あいつらの言うことやろ。わからんやん。
雪江 そうやけど。
雄一 そもそもテロて。あいつらなにもんな?
雪江 同仁族て言うてた。
雄一 同仁族。
雪江 うん。
雄一 ああ。
雪江 知ってんの?
雄一 聞いたことあるような。
雪江 どんな人らなん。
雄一 先生とか親とかに聞いてもそんなんおらんいいおるけどな。
雪江 おらん? なんで。
雄一 知らんよそんなん。同仁族てな日本人がここに住む前から住んでた人ららしいけど。いわゆる先住民族。
雪江 先住民族。
雄一 らしわ。まさかほんまにおるとはおもわなんだけど。
雪江 ここらへん。同仁族の最後の集落なんやって。
雄一 マジで。
雪江 うん。
雄一 それでか。ここに絶対入るなとかいうてたやん。
雪江 そやなあ。
雄一 そういうことか。やばいなあ。民族紛争とかそんなんか。
雪江 これまでの仲間とこれからの仲間達のために。
雄一 え。
雪江 ニホンジンへの復讐ていうてた。
雄一 おいおい復讐て。なんかしたんかおれらが。
雪江 しらんよ。うちテロリストちゃうし。
雄一 てかよ、なんでユッキーあいつらに協力してるわけ。
雪江 ええ人やから。
雄一 あいつもテロリストやろが。
雪江 まあ。
雄一 おいおい。あれか。ほらなんちゅうたっけ。
雪江 なに。
雄一 なんとかシンドバットとかいうやつ。
雪江 シンドバット?
雄一 人質が犯人に感情移入して味方みたいになっちゃうやつ。
雪江 ストックホルムシンドローム?
雄一 それ。そのシンドバット。
雪江 違うことも……ないかも。
雄一 おいしっかりしろよ。
雪江 ごめん。
雄一 ああ。でもオレ。
雪江 なに。
雄一 お前と一緒に死ねるんやったら。オッケイかも。
雪江 なに急に。
雄一 ちょっと今幸せかも。
雪江 あほちゃう。
雄一 なあ。死ぬ前にお願いがあるんやけど。
雪江 なに。
雄一 キス。
雪江 なっ。
雄一 キィッス。
雪江 あほ。なにいいだすんよ。
雄一 ええやろ。
雪江 ええことあるか。ダボ。
雄一 ええやんけ。ユッキーの為に生きてるみたいな感じあるしオレ。
雪江 もうマジできもい。廻理ちゃん呼ぶよ。
雄一 オレこのまま死んだら死んでも死に切れんわ。キスキスちゅー。
雪江 だからきもいって。

雪江、雄一の股間をキック。
雄一、もだえ苦しむ。

雪江 大丈夫?
雄一 大丈夫ちゃうわ。まじで死ぬ。
雪江 ごめん。やりすぎた。

やや遠くから爆発音のような物がした。

雄一 なに今ん音。地震か? 揺れたやろ。
雪江 外が。
雄一 なんやなんや。

廻理が階段を降りてくる。

雪江 廻理ちゃん。外で爆発したみたいな音したんやけど。

廻理、ラジオの音量を上げる。

キャスターの声 緊急ニュースです。現在◎◎県知事宅が爆発したという情報がはいっております。知事の安否も不明となっております。繰り返します。現在◎◎県知事のお宅が爆発したという情報がはいっております。知事の安否も不明となっております。引き続き情報が入り次第。お伝えしようと思います。

とラジオから聞こえてくる。
それを聞きながら雪江は呆然としている。

雄一 おいおいおい。
雪江 そんな。
雄一 とりあえずいかんと。
雪江 うん。
廻理 ダメ。

廻理、階段前で立ちふさがっている。

雪江 だってお父さんが。
廻理 ダメ。ここにいて。
雄一 どけや。
廻理 ダメ。
雄一 どけってよ。

雄一、廻理と対峙する。

廻理 ダメ。ここから出ないで。

と銃をつきつけた。

雪江 廻理ちゃん。

廻理、泣いている。

雄一 なんでお前が泣いてんの。
廻理 別に。
雪江 もしかして。
雄一 なに。
雪江 自爆テロなん? 今の。
廻理 そう。
雄一 お前らの仕業かよ。
雪江 内理さんが。
廻理 多分。
雪江 そんな。
廻理 今日だけはここにいて。明日には自由に。

雪江、ゆっくりと窓に近づき窓から外を眺めた。

雄一 ユッキー。
廻理 あの。

雪江、廻理を見たが何も言わない。
廻理、何も言わずに階上に降りた。

 2場
深夜。
雪江がぼうっと座りながら、スケッチブックに線をひいている。
まだ手錠でつながれている雄一は近くで横になってうとうとしている。
静かな時間が流れている。

ラジオから音楽が流れている。
雄一が、立ち上がる。

雄一 やばい。
雪江 何。
雄一 トイレ。
雪江 そう。
雄一 ちょっきて。
雪江 なんで。
雄一 もれる。
雪江 行ってきたらええやん。
雄一 手錠。
雪江 ああ。

と手錠をあっさりとはずした。

雄一 え。
雪江 これ壊れてるみたいよ。
雄一 なんじゃそりゃあ。
雪江 いかんでええの。
雄一 トイレどこ。
雪江 え。
雄一 トイレ。
雪江 上。
雄一 上か。
雪江 大丈夫。さっき廻理ちゃん。寝てたみたいよ。
雄一 そうか。っていつ。
雪江 神楽君が寝てるときうちもトイレいったから。
雄一 なんよぉそれ。
雪江 起こすのも悪いし。
雄一 いやいやそうとちゃうやん。逃げれるやん。
雪江 逃げる。なんで?
雄一 なんでって。
雪江 どこに。
雄一 どこて。
雪江 この絵。
雄一 絵。
雪江 まだできてないから。
雄一 なにいうてんの。ユッキー。
雪江 逃げるんやったら一人で逃げてもええよ。
雄一 そんなん。
雪江 ……。
雄一 ……おる。俺も。
雪江 そう。
雄一 とりあえず今はトイレ。
雪江 へんな事しんでね。
雄一 わかってるわ。

雄一、去る。
曲が終わる。

ラジオの声 県知事宅爆発事件の続報が入りました。現在県知事宅は鎮火しましたが、県知事とみられる遺体が発見されました。また、娘の雪江さんの消息は以前わからず、現在捜索が続いております。また各メディアにドウジンゾクと名乗る男からの犯行声明があったという情報も入っており事件との関連性を調べている模様です。

雪江、ペンを置いてラジオを消した
廻理が入ってくる。

廻理 ずっと起きてた?
雪江 うん。
廻理 あいつは。
雪江 神楽君。
廻理 逃げた?
雪江 トイレ。戻ってくるよ。
廻利 そうか。
廻理 雪江ももういないかと思った。
雪江 逃げた思た?
廻理 ……。
雪江 もう帰るとこないし。

沈黙。

雪江 静か。こん町こんな静かやったっけ。
廻理 さぁ。
雪江 廻理ちゃんはどうするん。
廻理 私。
雪江 そう。
廻理 私がどうするかって。
雪江 これから。
廻理 これからってわからない。
雪江 わからん?
廻理 兄さんと逃げるつもりだったけど。もういいや。
雪江 ここにおったら警察につかまるよ。
廻理 そうだな。
雪江 ええん。
廻理 やだな。ニホンの警察につかまるのは。
雪江 逃げんの?
廻理 もうどうでもいい。
雪江 どうでもって。
廻理 どうでもいい。

間。

廻理 雪江は私が憎くないのか。
雪江 なんていうか。どうしたらええんかわからんけど。

間。

雪江 あのさ。一個聞きたいんやけど。
廻理 なに。
雪江 なんで家なん。お父さんがなにしたん。爆破されるようなことしたん。
廻理 雪江は知らないほうがいいよ。
雪江 なんで。だってうちこうやってバッチリ巻き込まれてるやん。もう関係者でしょ。ニホンジンがなにしたの。そんなにひどいことをしたの。
廻理 雪江は本当になにも知らないのか。
雪江 うん。
廻理 兄さんはそれが一番腹が立つっていってた。

間。

廻理 この街は元々私たちが住んでたんだ。
雪江 うん。
廻理 でもあなたたちニホンジンがやってきてこの国をつくった。それはしかたがない。歴史だから。戦うよりもこうやってでも生き残ることを選んだんだ。私たちの先祖は。これまでの仲間これからの仲間たちのために。私たちの先祖の言葉。自分たちの誇りを捨ててでも生きてきた私たちの。たとえどんなに辛くてもひどい目にあわされても。耐えてきたんだ私たちの部族は。そうやって生き残ってきた。
雪江 じゃあなんでこんなこと。
廻理 兄さんは一度この町を出てったんだ。
雪江 内理さん。
廻理 私がまだ小さい頃だったから原因はわからなかったけど。この町のことがあまり好きじゃなかったみたいで。その後外国の大学に入ったっていう手紙が来た。外から見て分かったって。
雪江 何が。
廻理 私たちはもっと主張していいんだって。もっと自由に生きる権利があるんだって。
雪江 そう。
廻理 兄さん帰ってきてから色々この町をよくしようと頑張ってきたんだ。でもダメだった。戦う相手すらいなかったんだ。誰も私たちの存在すら知らないのにどうやって戦ったらいいのか兄さんは分からなくなった。外に出たことがない私たちの仲間もそれが当然だと思ってたから兄さんの事を相手にしなかった。どんどん兄さんがおかしくなってきて。わからない。なんでそんなことになったのか。ある日兄さんが言ったんだ。「世界中に存在を示すんだって」それで。
雪江 そうなんだ。

間。

雪江 じゃあやっぱりたまたまうちん家が知事だったから? 目立つから?
廻理 兄さんの書置きを勝手に読んで私が思ったんだけど。多分兄さんは雪江の父親と血がつながってると思う。
雪江 え。
廻理 私たちの母さんは昔雪江の家で家政婦として働いてたことがあるんだ。そのとき、兄さんが生まれたんじゃないかって。
雪江 本当? それ。
廻理 わからないわからない。本当のことは誰も知らないんだ。母さんもなにも言わずに死んでったし。
雪江 そんな。
廻理 私たちはそんな扱いをずっと受けて生きてきたんだ。じゃないと生きてこれなかったから。今だとわかる。みんな戦うより生きることを選んだんだよ。みんなで。これからの私たちのために。

永い沈黙。

廻理 私はもうわからない。
雪江 わからないって。
廻理 兄さんからずっとニホンジンの悪口を聞かされてきた。こうやってしゃべるのも、雪絵が初めてだし。
雪絵 そうなんだ。
廻理 でも雪絵は悪い奴じゃないと思う。
雪絵 ありがとう。

沈黙。

雄一 ユッキー。そいつから離れろ。

入り口に銃を持った雄一が現れる。

廻理 おまえ。
雄一 おっと動くなよ。
廻理 おまえ。それ。
雪江 神楽君。
雄一 上におきっぱなしになっちゃあったわ。あほかお前。
廻理 くそっ。
雄一 さてユッキーどうする。警察につきだすか。
雪江 神楽君やめて。
雄一 は?
雪江 やめてもう。
雄一 なんでやねんな。こいつは敵やろ。
雪江 でも。
廻理 撃てよ。
雄一 ああ。
廻理 撃てよさっさと。ほら撃ってみろよ。
雄一 なにいうてんねん。お前。
廻理 だから撃てっていってんだろ。早く。
雄一 ほんまに撃つぞ。こら。
雪江 やめてお願い。
雄一 ユッキーなにいうてんの。お前の家爆破させられたんやぞ。あれや。シンドリームとかあれで今そんな感じになってるだけなんやって。
雪江 ちゃう。
雄一 ちゃうことないって。冷静になれよ。
雪江 うち冷静やし。
廻理 撃てよニホンジン。私はなにするかわからないぞ。なんだってお前らの敵なんだからな。
雄一 ほら。
雪江 お願いやめて。
雄一 なんやねん。わけわからん。

と銃を外す。

廻理 なんだよ。いくじなし。
雄一 なんなこれ。ユッキー。
雪江 ねえ廻理ちゃん。うちと逃げよよ。
廻理 逃げる?
雄一 おいおい待てよ。おい。
雪江 うちも今わけわからんけど。廻理ちゃん死ぬ気やろ。そんなのあかんて。同じ人間やろ。関係あらへんてそんなん。
廻理 雪江はなにもわかってないんだよ。なにも。
雪江 そうかもしれないけど。
雄一 なにいうてんねん。マジで意味わからんて。ユッキー絶対おかしいねんって。冷静になれよ。
雪江 神楽君お願い。何もいわないで。
雄一 マジかよ。
雪江 うん。
雄一 オレはどうなんねんな。

そこへ爆発音が響き渡る。

雪江 なに

雄一、あわてて一度上に行く。
そしてあわてて戻ってくる。

雄一 なんや。町中から煙が出とるぞ。
廻理 なんだ。
雪江 何。
雄一 おい。なんやこれ。
廻理 え。

そこへよろよろと内理がやってくる。

内理 よぉ。
廻理 お兄ちゃん。
雪江 内理さん。
雄一 こいつ。ユッキーの家うろうろしてたやつやんけ。

廻理が内理に駆け寄る。
内理、廻理にもたれかかるように倒れる。
廻理が内理のお腹を触ると血がべったりついている。

廻理 お兄ちゃん。
内理 死ねなかったな。
廻理 すごい血。
内理 ほんとだ。どうりで痛いはずだ。
雪江 内理さん。
内理 君か。
雪江 あの。家の爆発。内理さんが?
内理 そうだよ。
雄一 おまえ。

と銃を内理に向ける。

内理 誰。君。
雄一 そんなんどうでもええ。
雪江 やめて神楽君。
雄一 でもよぉこいつ。
雪江 神楽君は関係ないでしょ。
雄一 ユッキー。
雪江 お願い。
内理 君の知り合いか。
雄一 この騒ぎもお前がやらせてんのか。
内理 これか。
雄一 やめさせろ。
内理 違うよ。ニホンジンが俺たちの町を潰そうと襲撃してきてんだよ。
雄一 おいおいおい。なんやそれ。
内理 ついに無視をやめたんだ。攻撃してきたんだ。あいつら内心不安だったんだ。いつか復讐されるんだっていくら無視したってそれだけは残ってるんだよ。あいつらは。
雄一 何いうてんねんな。
内理 歴史はいつもそうだったんだ。
廻理 そんな。この街がなくなっちゃう。
内理 いいんだよ。こんな街なくなっても。
廻理 お兄ちゃんなに言ってんの。
内理 とっくに死んでたんだよ俺たちは。存在も知られず歴史にも残れずそれで生きてるっていえるのか。これでようやく生きたことになるんだ。俺たちはこれまでもこれからも。もう無視はできないんだよ。
廻理 お兄ちゃん。
雄一 おめえ、あったまおかしいんじゃねえのか。仲間だろ。仲間が襲われてるんだろ。おい。
内理 これはテロなんだよ。聖なる戦いだよ。
雄一 それがなんやねん。人を傷つけてそんなことでなにが変わんねんな。
内理 君はやっぱりニホンジンだな。
雄一 はあ。
廻理 こんな方法しかなかったの?
内理 なんだ。
廻理 雪絵は悪いニホンジンじゃなかった。兄さんのいう悪いニホンジンじゃなかったよ。
内理 そうだな。
廻理 ちゃんと話し合えば分かってもらえるんじゃないかな。
内理 何をいいだすんだ。
廻理 きっと分かってくれるニホンジンもいるんじゃ。
内理 もう遅いよ。
廻理 それでも。
内理 そんなもんで解決できれば世の中に戦争なんかないよ。
廻理 でも。
内理 所詮ニホンジンだ。
廻理 それでも、
内理 見てみろそういう今だってニホンジンはオレたちに銃を向けてるじゃないか。
雄一 いやこれは。
雪絵 違うのこれは。わたしは。
内理 君は?
雪絵 わたしは。
内理 違うんだよ。俺たちとニホンジンは。別なんだ。
廻理 そう思ってるのはお兄ちゃんのほうじゃないの。
内理 廻理。
廻理 私行って来る。
内理 やめろ。
廻理 話てくる。
内理 やめろっていってるだろ。

バンッと銃声がした。

廻理 え。

と自分のお腹を触ると血がついている。

雪江 きゃあああ。

廻理がゆっくりと倒れていく。

雪江 廻理ちゃん。
雄一 お前なにすんねん。

雪絵、廻理に近づこうとすると内理が銃を向ける。

雪江 内理さん。
内理 廻理に近づくな。俺たちはどうせこれが終わると死ぬつもりだったんだ。気にするな。それよりももうすぐここも襲撃されるだろう。君たちは助けを求めればいい。きっと助かる。
雪江 そんな。
内理 悪かったね。巻き込んで。

間。

雪絵 ひとつ聞かせて。
内理 なんだい。
雪江 内理さんはうちのお兄さんなん?
雄一 はぁ?
内理 なにを急に。
雪江 廻理ちゃんから聞いたの。
雄一 なんてよ。どないなっとんねんな。
雪江 内理さん。そうなの。
内理 もしそうだったら。どうするんだい。
雪江 お父さんがなにかしたから爆破させたの。
内理 どうでもいいじゃないか。そんなこと。どうでもいいよ。
雪江 どうでも。
内理 血がつながってるかどうかは関係ない。君はニホンジンで。ボクは同仁族で。
雪江 関係ない。
廻理 違う。お兄ちゃんは雪江を巻き込まないためにこうやって監禁したんだよ。
雪江 そうなの?
内理 廻理。もうしゃべるな。
廻理 うう。
内理 確かに。そうかもと思ったことはあったけど。ただ君にはやってほしいことがあったんだよ。
雪江 やってほしいこと。
内理 僕たちを知ってほしかった。ここにこうして生きていることを。
雪絵 内理さん。
内理 君には悪いと思っている。巻き込んで。でも知ってほしかった。俺たちのことを。本当にそれだけだったんだ。だからせめて。

爆発音が響いた。
煙が周りを囲み始める。

雪絵 煙が。
内理 ここももう危ない。逃げなさい。
雄一 くそっ。ユッキー行こう。
雪絵 でも。
内理 ニッポンバンザイだ。

と自分の頭を打ち抜いた。
やがて何も見えなくなっていく。
怒号が響き始める。
どうやら突入が始まったようだ。
怒号や悲鳴が遠くから近くから響き始める。

雄一 ユッキー。
雪絵 神楽君。
雄一 大丈夫か。
雪絵 こわい。
雄一 大丈夫や、オレがおるから。

雄一が武装した男に突き飛ばされ、どこかへ消えた。

雪江 神楽君神楽君。怖い助けて。

音が遠くなっていく。
やがて煙が晴れていく。
そしてそこに残されたのは雪絵一人。

雪江 誰もいない。なにこれ。


学校のチャイムがなった。
雄一と廻理が制服姿で現れる。

廻理 おはよ。
雄一 ちゃあす。
雪絵 え。
廻理 ん。
雄一 やっべぇ。ねむ。
雪絵 なにこれ。
廻理 大丈夫? 変な顔して。
雪絵 え。
雄一 ちょー眠いっす。寝ててええ。
廻理 あかんよ。これからいかなあかんのに。
雄一 それまで5分。5分だけでも。
廻理 何。また徹夜。
雄一 東大入ってエリートコースに乗る人間には睡眠なんか必要ないんですよ。
廻理 また言うてる。行ける訳ないやんあんたアホやのに。
雄一 誰がや。
廻理 あんた試験の結果どないやったん。
雄一 んふ。
廻理 んふ?
雄一 ははは。
廻理 また赤点やったんちゃうん。
雄一 それはたまたま眠くなってもうて。頭がぼうっとしてて。
廻理 悲惨よねえ。勉強してもあほな子て。
雄一 えぐる。えぐられた。やばい泣く。
廻理 もう泣かんといてえや。ごめん。言いすぎた。今度勉強教えたるからな。
雄一 ユッキー慰めて。
雪江 え。
雄一 キスミー。
廻理 はあ。
雄一 ちゅーして。
廻理 あほ死ね。

と突き飛ばして蹴飛ばした。

雄一 どいひー。
廻理 ゆきもなんとかいいや。こいつほんまひつこい。
雪絵 ……。
廻理 どうしたん?
雪絵 これ夢?
廻理 なにいうてんの。
雄一 ユッキーも赤点やったんか。
廻理 あほ。あんたと一緒にすなボケ。

とガシガシ蹴る。

雄一 あはん♪
廻理 きもっ。
雄一 自分けられるのはきらいでないっす。
廻理 本気で死ね。

と結構強めに蹴る。

雄一 それはちょっと本当に痛いっす。
廻理 あほ死ねばか。
雄一 ユッキー止めて。
雪絵 ……。
雄一 ユッキー。なぜ今日は止めて下さらぬ。

と内理がやってくる。

内理 お。今日もやってるなあ。
雄一 先生助けて。
内理 あほか。オレはうらやましい。女子高生に蹴られるなんか天国やないか。
廻理 うげっ。先生マジか。
雄一 先生。今日はマジで痛いっす。

内理、雄一の手を取り。

内理 ええか神楽。本気に痛いということは、本気に愛されている。そえが大人の社会なのだよ。
雄一 先生。感動したっす。

と内理と雄一が抱き合う。

廻理 きもい。ワタシ美術部やめようかな。
雪絵 え。
廻理 なあさっきから聞いてる? うちの話。
雪絵 生きてたん?
廻理 生きてるよ。なにいうてんのよ。
内理 おまえいつまで抱きついてんねん。
雄一 すいません。
内理 よし、それじゃあ写生に行くか。しゅっぱーつ。

内理と雄一が出て行く。
廻理も出て行こうとするがまだ呆然としている雪絵を見て。

廻理 どした。はよいこうよ。
雪絵 夢? これ。
廻理 なに。
雪絵 なんで廻理ちゃんが同級生になってんの。どういうこと。ワタシはなんでここにいるの。あの煙は。あの。あの事件は。
廻理 そんなのなかったよ。
雪絵 なかった。
廻理 これも現実。
雪絵 現実。
廻理 誰かの夢かもしれないしあっちが誰かの夢だったのかもしれないし。両方とも誰かの夢だったかもしれないし。なにか映画とかお芝居の中のお話だったのかもしれない。それはわかんないよ。今の私たちはこれが現実。それだけ。
雪絵 なにそれ。わかんない。
廻理 考えても無駄。これが今の私たちなんだから。
雪絵 これが今の私たち。
廻理 これは。この現実は。
雪絵 え。
廻理 前のほうがよかった? ね。さ、行こう。どうしたん。ほらさあ。

と雪絵に手を差し出す。

雪絵 これでええの?
廻理 なんで。
雪絵 なにもなかったことになって。
廻理 なにもない。最高でしょ。なにもしらないのが最高でしょ。なにも考えないっていうのが幸せでしょ。きっとなにもなければこうやって。

雪絵が廻理の手をとった。
廻理が笑顔を見せる。
雪絵が廻理の顔を見た。

廻理 さ。

と雪絵を連れて行こうとしたが、雪絵が動かない。

廻理 いいよね。あんたは幸せで。
雪絵 え。
廻理 知らなければ許される。そう思ってるんでしょ。
雪絵 そんなことは。
廻理 そうよね罪はないよ。だって知らないんだから。
雪絵 そんな。
廻理 じゃあね。

と去っていく。

雪絵 ちょっと待って。ねえ待ってよ。

一人残される雪絵。


数ヵ月後。
同じ場所。
真ん中には花がひとつ。
雪江がスケッチブックを前にしている。
大きく伸びをする雪絵。

雪絵 はあ。

少しして雄一が入ってくる。

雪絵 ああ。
雄一 ここおったんか。
雪絵 うん。
雄一 病院いったらおらんいうて大騒ぎなっとたで。
雪江 そう。

間。

雄一 なにしとん。ここで。
雪江 絵。途中やったから。
雄一 絵。
雪江 うん。
雄一 あの時描いてたやつか。
雪江 うん。後ちょっとやったし。
雄一 なにを描くもんがあるねんな。
雪江 ……。
雄一 どこもかしこも、ひどいもんやで。

間。

雄一 病院戻らんでええんか。
雪江 後ちょっとだから見逃してよ。
雄一 後ちょっと。
雪江 ほんと後ちょっとなんよ。
雄一 ほうか。体は大丈夫なんか。
雪江 うん。大丈夫。ぜんぜん。ほら。
雄一 それ終わったら病院戻るか。
雪江 うん。戻る戻る。
雄一 わかった。俺もここおるわ。
雪江 え。
雄一 監視役やあかんか。
雪江 別に。ええけど。

と雄一、雪江の後ろに行きスケッチブックをのぞきこむ。

雪絵 ちょっ。

とスケッチブックを隠した。

雄一 なん。
雪絵 いやいや。
雄一 なんでや。
雪絵 ダメ。
雄一 ええやないけ。
雪江 ダメだから。

ともみあっているうちに顔が近づいた。

雄一 ごめん。

少し離れる二人。
痛い間。

雪江 あとちょっと待って。
雄一 ん。
雪江 あとちょっとでほんまにあとちょっとでできるから。あとちょっと。
雄一 そうか。
雪江 完成したら、見せるから。
雄一 うん。
雪江 絶対に。見せるから。
雄一 わかった。
雪江 待ってて。後ちょっと。
雄一 わかった。

間。
雄一、部屋の中にある花を見ている。

雄一 よかった。倒れて全然意識戻らんいうてたから。
雪絵 びっくりした。目覚めたら1週間たってたから。
雄一 寝すぎや。
雪江 まあね。神楽君ももうええの。
雄一 はは。医者がもう学校行けって。もうちょっとサボれると思ったんやけどよ。
雪絵 元気だ。

間。

雄一 さみぃな。
雪絵 そう。
雄一 大丈夫か。
雪絵 うん。
雄一 なんかあったかいもんでもこうてこよか。
雪江 別にええよ。
雄一 邪魔やろ。ここおったら。
雪絵 別にええよ。
雄一 ひとっ走り行って来るわ。
雪江 そう。
雄一 なにがええ。
雪江 そうね。あんパン。
雄一 あんパン。
雪江 あんパンが食べたい。
雄一 まじ。
雪江 マジマジ。
雄一 じゃいってくるわ。

と去る。

長い間。雪江は絵を書き足した。
と自分の描いた絵を見た。
そして去る。

しばらくして雄一が戻ってくる。

雄一 わりっ。オレ金持ってねえわ。あれ?

と部屋の中をぐるり見回す。
そしてスケッチブックの前にやってきて絵を見た。そして絵をつかんで破った。
雪江が戻ってくる。
二人とも目が合っているのだが何もしゃべらない。

雄一 行こう。

雄一、雪絵を連れて行こうとしたが、雪絵が動かない。

雪絵 これでええの?
雄一 よくなかったらどないするんな?
雪絵 それは、
雄一 それでもいかなあかんねん。
雪絵 そう。
雄一 ほれ行くぞ。
雪絵 うん。

雄一が雪絵を引っ張って二人出て行く。

《了》

PDFファイル

コチラをご利用ください

使用許可について

基本無料・使用許可不要。改訂改編自由。作者名は明記をお願いします。
上演に際しては、観に行きたいので連絡を貰えると嬉しいです。
劇団公式HP https://his19732002.wixsite.com/gekidankita

劇作家 松永恭昭謀(まつながひさあきはかりごと)


1982年生 和歌山市在住 劇団和可 代表
劇作家・演出家
深津篤史(岸田戯曲賞・読売演劇賞受賞)に師事。想流私塾にて、北村想氏に師事し、21期として卒業。
2010年に書きおろした、和歌山の偉人、嶋清一をモチーフとして描いた「白球止まらず、飛んで行く」は、好評を得て、その後2回に渡り再演を繰り返す。また、大阪で公演した「JOB」「ジオラマサイズの断末魔」は大阪演劇人の間でも好評を博した。
2014年劇作家協会主催短編フェスタにて「¥15869」が上演作品に選ばれ、絶賛される。
近年では、県外の東京や地方の劇団とも交流を広げ、和歌山県内にとどまらない活動を行っており、またワークショップも行い、若手の劇団のプロデュースを行うなど、後進の育成にも力を入れている

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?