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墨書きから見える世界

先日、アメリカのある浄土真宗本願寺派の御寺院様からお預かりしている御像の修復にあたっている仏師から「蓮台の心棒に墨書きがある」と連絡がありました。

確認してみると、写真のように「御本山御用達」の文字とともに「大佛師十四世 畑治良右エ門」と墨書きがあります。


大佛師十四世 畑治良右エ門の墨書き


ところで、京都の七条には、運慶の流れを汲む仏師が代々幕府や朝廷の造像御用を請け負ってきた「七条仏所」という職人集団が定住していました。

その中でも特に技量の高い者は「大佛師」を名乗っていたと云われています。この墨書きにある大佛師「畑治良右エ門」もその系譜を引く仏師の一人と考えられ、そのルーツは三十代康傳(1733~1793)の弟子だった「畑次郎右エ門」ではないかと推測されます。

さて、銘をみると他にも「昭和八酉年」と納められた年代も見えます。昭和8年といえば西暦1933年。折しも日本は満州事変の責任を問われたことから国際連盟を脱退し、界中を巻き込む大きな戦争に進む最中です

「昭和八酉年」の横の墨書きには当時の仏所の住所が

アメリカでは19世紀末からはじまった日本人に対する排斥運動が大きくなってきた時期とも重なり、この御像が納められたアメリカの寺院や、そこに集う日本人たちにとって大きな苦難の始まりともなった時代でもあります。

かつてこの御像の前で手を合わせた人たちは、どのような想いで手を合わせたのでしょうか。また、この御像は彼の地で何を見つめてきたのでしょうか。

長い歴史の中で仏師たちによって造られてきた仏像が、様々な歴史の中で数多の人々の祈りの対象となってきたことを想うと、何やら途方もなく大きなものを見ているような気持になるのは私だけではないでしょう。

合掌

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