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契約締結上の過失責任

契約締結上の過失責任の法的構造

法をもって責任追及する場合、大きく分けて、2つあります。契約に基づく責任追及、そして契約を結んでいない相手方への責任追及。
前者は、たとえば売買契約に基づく売買代金請求などがあり、そして後者の典型は、交通事故加害者に対する損害賠償請求です。
標題の「契約締結上の過失責任」とは、その中間といったら語弊がありますが、契約を締結していなくてもその準備段階がかなり進んだ場合は、なんらかの法的拘束を認めていこう、という概念です。
 
今回はそのうち、交渉破棄型について書きます。
契約は、まず、契約自由の原則という考えに支配されています。契約相手方の選択、契約を結ぶか否か、契約内容、について当事者が自由意思で定めていいんだよ、という原則をいいます。
しかしそうだとすると、契約を結びそうな素振りをしておきながら、調印直前に、あっかんべー!と逃げることも可能となってしまい、それは契約締結に向けて期待感が高まっていた人にあまりに酷ではないか?というのが、契約締結上の過失責任の出発点です。
したがって、契約締結上の過失責任というのは、そもそも、契約責任ではなく、不法行為責任の一亜種と位置付けられています。
 
そして、最もイメージしやすい「交渉破棄型」の契約締結上の過失責任が認められるのは、①信義則の支配する契約準備交渉段階に至っていたか否か、②至っていたとして、契約締結を解消することに正当自由があるか、の二点を主に見ていくようです。

東京地裁平成29年3月30日判決

①原告が大規模複合施設に出店される店舗の内装工事を落札し,被告との間で前記工事請負契約成立後,被告が離脱して同工事を行わず損害を被ったとして,債務不履行に基づき,②前記契約が不成立の場合,被告の離脱は契約締結上の過失に当たるとして,不法行為に基づき,各損害賠償を求めた事案について,以下のとおり判示した。

しかし,前記前提となる事実及び認定事実によれば,原告は,平成27年1月28日,Cから本件店舗の内装工事等を原告に発注することとした旨の連絡を受け,その後,GとFは,C及びIにおける打合せに出席したものの,Gは,同年2月14日,C関係者及びD関係者に対し,工事の未決定内容と変更工事の内容が工期にどの程度影響するかは設計者であるDから図面と決定サンプルを入手した後,部材の納期と製作の納期を再確認する必要が生じること,現段階でリミットを設定しづらい状況であること,次週の打合せで最終図面の確定,製作の上で不可欠な意匠設計図面と未決定マテリアルの確定をお願いしたいことなどを記載した電子メールを送信したように,同日時点でもCへの引渡日とされていた同年3月26日に間に合うかどうかを確定し難い状況であった。そして,上記の残された工期及びこの時期における被告の繁忙度等からすると,ここから原告とC又はDとの間で工事内容を確定し,被告が部材の仕入れと職人の手配等を行い,工期に間に合うように工事を遂行することは困難であるとの被告の判断を不合理であるということはできないし,原告とCとの間でさえも具体的な請負代金を確定した請負契約が成立していなかったことなども併せ考慮すると,原告の被告との契約成立に対する期待が法的保護に値し,被告が原告に対して本件店舗の内装工事等を引き受けなかったことが,信義則に照らし,契約締結上の過失があるとまで評価することはできないというべきである。

岐阜地裁平成20年10月30日判決

原告が,「被告と原告とは,請負契約における当事者類似の関係があったのであるから,被告には,原告が被告と本件契約を締結できるとの誤解を誘発するような行為を避けるとともに,未だ契約関係にないことを警告して本件設計図書制作等の作業を中止させるなど,原告に不慮の損害を被らせない信義則上の義務があるところ,これを怠り,原告が設計図書の制作等の作業に労力,時間等を割いていることを知りながら,かえって,本件設計図書制作等の作業を促進するような言動をしたのであるから,上記信義則上の義務に反した過失がある」と主張した事案につき,以下のとおり判示した。

被告には,原告が,被告と請負契約を締結できるとの誤解を有していることを明確に認識すべき契機があったか疑問であり,未だ契約関係にないことを原告に警告して本件設計図書制作等の作業を中止させるなど,原告に不慮の損害を被らせない信義則上の義務があったとまで解することはできない。

東京地裁令和2年3月27日判決

原告が「被告において,原告に対して本件契約が成立したと誤信させる行動をとり,かつ,原告が同行動に誘発され契約成立を前提とした行動を取らないよう配慮すべき信義則上の義務を怠ったことから,被告は契約締結上の過失に基づく損害賠償責任を負う」と主張した事案につき,以下のとおり判示した。

そもそも,本件プロセスにおける原告と被告の接触状況は,契約が成立したとの信頼を容易に生じるような状況に至っていなかったし,被告が原告に対して契約成立を信頼させる特段の行為に及んだといった事情も見当たらないことから,被告が信義則上の損害賠償責任を負う旨の原告の主張は理由がない。

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