サインはV
10歳の時である。
私は当時二段ベッドの上段に寝ていた。
母が妹の出産で家に居なかった時期だと思う。
その日、明らかに普通とは気配が異なる夢を見た。
今でも鮮烈に記憶しているくらいだから、その夢はやはり尋常ではなかった。
真っ暗闇の中に、若い女の人が全身をライトアップされてこちらを向いて立っていた。私との距離は10mほどか? 表情などは、はっきり見てとれる。
それはテレビ番組「サインはV 」の主人公、朝丘ユミこと、岡田可愛であった。
なんと彼女は、完全な全裸なのだが、少しも恥ずかしがることなく、服を着ているのとまるで変わらない仕草で、私に向かって真剣に何かを伝えていた。
まだ子供だった私に猥褻な感情はほとんどなく、ただただ美人なお姉さんのあまりに必死な表情ゆえに、とにかく何を言っているのかを聞き取ろうとしたが、結局は何もわからないまま目が覚めてしまった。
神々しくて、とても美しいカラダだったという強い印象が刻まれた。
別に私は彼女のファンではなかったし、顔つきもさほど私の好みではなかった。むしろ少しキツイ感じの目が苦手だったのだ。
けれども、この夢は後々までずっと尾を引いた。
あの時、岡田可愛は私に何を伝えたかったのだろうか?
あれから50年以上経ったというのに、今でもふとその夢を思いだすことがある。
彼女は一度も笑わなかった。
私に「早く行動しなさい!」と、せかしていたようでもあったが、やはり真相は不明である。
そしてあの日を境に、彼女は二度と私の夢に現れないし、実物の岡田可愛さんに出会う機会もこれまで一度もなかった。
たったひとつだけ、私の中ではっきりしていること。
それは、絶対にあれは【普通の夢】では、なかったということである。
いつの日か、「あっ!」と驚くタメゴロー 、
の瞬間が突然訪れるかもしれない。
そう、たとえば……。
私がたまたま東京のどこかを歩いていると、前を歩いていたおばさんが急に転んだとしよう。
往来激しき中なれど
これが見捨てておかりょうか
思わず我は駆け寄って
しっかりせよと抱き起こす……
そして、足を引きずるおばさんの荷物を持ってあげ、近所のご自宅までお送りする。
部屋に招かれ、日本茶とカステラが出てきて、テーブルをはさんだ向こう側のソファに腰かけたおばさんがじっと私の目を見つめて豪言う。
「あなたに会うのは、これで二度目ね」
その表情に、私は「はっ!」と気づく。
あわてて部屋を見渡すと、大きな本棚の上段に白いバレーボールが飾ってあり、ボールに「サインはV」と、プリントされている。
あっけにとられている私に向かい、おばさんが語る。
「あなたも、見た目はけっこうな大人になりましたねえ。私もすっかりおばあちゃんになってしまいましたけど」
それでもまだ半信半疑のまま、私は、核心的なことをたずねる。あの時に自分に何を伝えたかったのか? ということよりも先に、
「なぜ、裸だったんですか?」
「それが一番、美しかったからよ」
「……? ……?」
「だから、今はたくさん、こうして服を着ているじゃないの?」
「では、あの時あなたは、私に向かっていったい何を叫んでいたのですか?」
「あら? まだわからないの? あなた私の裸をちゃんと見たんでしょ? 目をそらさずに」
「……はい」
「私はあなたに『早くオトナになりなさい!』って言ってたのよ。でもあなたの耳に私の声は、まるで届かなかったようね」
「もしも聞こえていたら、どうなったんですか?」
「それは、あなたしだいよ」
「ではなぜ、私が早くオトナになる必要があったのですか?」
「あら? まだわからないの? だめねえ……てっきりもうなんでも知っているもんだと思ったわ」
「いや、さっぱりわかりません」
「私の声が聞こえなかったから、あなたは、いまだに、子供のまんまでいるんじゃなくて?」
ちゃんちゃん
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