始まりは間違い電話をかけてきて

電話を切った後にしばらく余韻が残っている

「この電話は間違いですよ ぼくはその人とは違います」と言ってもこっちの返事を聞いているのかどうかがわからないような応答をしながら 少しクスクス笑い気味な息遣いで イタズラにしては 間違い作法に純粋さがあったようだ

一人の部屋に 設置したての電話だ。そいつが鳴ったので 喜んでみたものの よく考えてみれば 誰もこちらの電話番号を知らないのだから 電話が鳴るはずがないわけで どうして電話がかかったのか… 。出鱈目に番号を回して遊ぶ悪戯の話を耳にしたことを一瞬に思い出した

静けさが引いていくと それにしても可愛い声だった とサワーのような余韻が沸きあがってきた

声の女の子は まだ若いとすぐにわかった

もしかしたら 下の部屋の いつも階段の前で見かける彼女かもしれない・・と一瞬閃いた

しかしもし そうだとしても彼女がこの部屋の電話番号を探ることなど知らないのだから そんな間違いはないだろう

下の部屋の彼女はとても可愛くて美人で いまヒット曲が続く『異邦人』を歌う久保田早紀に似ていたから もしも友だちになれたらいいな と思うことはあったけど

別に急いで声をかけて仲良くなる必要もないし 普段通り暮らせば 部屋の前で日常の挨拶ができる程度の出会いはあるし それで十分だと思った

だが そんなふうに諦めながらも 間違い電話のその人のことの想像が脳裏から離れなくなって 下の部屋の彼女のイメージが脳裡に浮かんだまま消えずに残っていた

二、三時間後に再び電話が鳴った

ドキッとしたが 間違いなくあの子からの電話ではないかとドキドキして受話器をとった

明るい声で 同じように間違っている人の名前を言うので 「さっきの子だね」と問いかけると「おかしいなあ この番号で間違いないけど」と独り言のように言い 少し口ごもった後に 「すみませんでした」と言って 電話を切った

電話が切れて静かな部屋が蘇った

脳裡から消えない女の子のイメージが 少しずつ薄れていき 時間が一息付いたころに 電話が再び鳴った

ケラケラケラと明るく笑って 「間違い電話なのは わかっているけど〜 また掛けてみたの」と話して 「何か話をしたいなと思って・・」と明るく笑っている

アパートの下の子かと思ったことを説明をすると それは違っていてこの電話はまったくの偶然なのだと言って 面白いし嬉しいと言い出した

そんなふうに他愛もない話をして 誰に掛けようとしていたのか・・から始まって あなたはどこに住んでいるどんな人なのかと尋ねて、やがて すっかり打ち解けてしまって すっかり友達のようになっていったのだった

驚くこともわかった。家が近所で 駅の反対側だったことや 大妻女子大学の高等学校に通っている二年生で 部活が吹奏楽とテニスで・・などがわかり始めると 打ち解けてきて するすると紐を解くように話が進んでいく

自分から学校のことを話して 部活の話もして ひとしきり話し終わると自分から電話を「おやすみ」と言って切って去っていき また翌日に掛けてきて 楽しく話をしてくれた

ぼくが大学生なことはすぐにわかっただろうし 学生生活や日々の遊びの話などもするから ちょっと友達気分になってくるまでにそれほど時間はかからなかった