日本文化は“素材病”に取り憑かれている!

以下、脱輪Twitterからのメモ


昨夜のろくじさん @rokuji との非公式スペース(LINE通話)まとめ

・日本文化は“素材病”に取り憑かれている!
「素材の味のままで·····」という発想が、男性のすっぴんショート信仰や処女信仰にまで通じ、感覚(感じたまま自由に····)重視=技術軽視の傾向と結び付きつつ、王道エンタメへのトラウマを形作っている。

・その結果、我が軍(日本)の「誰もが認める王道エンタメ映画」が三谷幸喜と山崎貴で、「“社会派”映画」が是枝裕和と河瀬直美じゃトホホ·····
鬼畜米英にはフィンチャーもPTAもリドリー・スコットもいるし、韓国には王道×社会派ポン・ジュノがいる。
ウチらの国は如何にして敵国と戦うべきか?

・いいかげん、ウチらの国は“素材病”から脱却して、火を使い(他者へのお・も・て・な・しではなく自己の肉体性=エゴと向き合い)、調理することを覚え(=技術)、文句なしにおもしろい王道エンタメ映画を作るべきではないのか?(=素材がどこ産で〜とかじゃなく、とにかく食って旨い料理を出してくれ!)

・脱輪「結局戦後何十年経ったところでさー、ウチらの国の文化的な感性は、島田紳助的なイノセンスと峯田和伸的なイノセンスの2つに支配されてるわけよ。いつまで浪花節とょゎょゎ男性自意識語りなんだと(笑)でもこの2つを除外したら、ウチらの文化にはほとんどなにも残らないんだよ!(泣)」

・よくよく考えてみれば海外に“社会派作家”という肩書きはない。それは味付けに過ぎないから。
・結局は人と人との信頼関係。「この人は絶対に俺を楽しませてくれる!」という期待を、作品を介して、なによりも作家自身に対して抱けるかどうか。
その点、我が軍にはどーにも信用が置けない····

「我が軍」「敵国」とか言ってんのは、こないだふうらい牡丹 @Button_furai さんと話してる時に、“愛国者としてハリウッド映画作家を迎え撃つ”遊びを思いついて、「〇〇は我が軍の✕✕で倒せる!」「〇〇は王道作れる上に社会派もやれる強敵、✕✕と△△の二人がかりで刺し違えよう!」とか不穏当なことを続けてるからです(笑)


作品って料理と一緒で、
受け手は「なんでもいいからうまいもん食わせろ!」
作り手は「腕によりをかけて作ったから味わって食え!」
と頑なに言い続けていかなければならない。
その正常な交通こそが批評なんです。
マズいならマズいと言わなければいけないし、味に自信がないなら出すべきではない。


そんなところかしら🙄
“素材病”は例によって脱輪さんが勝手にでっちあげた言葉ですが、その発想のほとんどはろくじさんによるものです。



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