スミちゃんの不味い飯 第6話

ええ…ここは、若干私の管轄外ではございますが、私だってスミちゃんのことが心配ですから一緒に…と言っても上空ですけど着いてまいりました。あ、でもここの管轄の見守り神、若干小うるさいんですよねえ…。

世々岬駅にたどり着いたお二人。流石に急行列車の停まる駅はそれなりに規模も大きいものです。行き交う人々も駄々花町とは全然違って沢山います。昨日あんなことがあって目下体力低下へまっしぐらのスミちゃんにはちょっと酷な場所だったのではないでしょうか。

「やっぱ帰る?スミちゃん…」
「歩く。水ある。吐くものない」
「いやに前向きじゃん、どした?何がそうさせる?」

駅前の横断歩道を渡るとそこから先は駄々花町からは比較にならない大きく長いアーケードが続く『ビッグNa世々岬商店街』が待っています。Naだけがなぜローマ字なのか見当もつきませんが、スミちゃん、なんだか吸いつけられるかのようにそっちへと足を運んで行きますね、人混み大丈夫でしょうか。

「結構好きなの?商店街って」
「嫌いじゃない。誰でも受け入れるから楽だし」
「よくわかんないなぁその好きな理由…」

それからあてどなく彷徨った二人。スミちゃんは何を見るわけでもなく、覗き見するでもなく、ただなんとなくアーケードの真ん中を歩いてはリュンさんの衝動買いに付き合い待ちで足を休め、天井を見渡したり商店会のノボリやスピーカー辺りに目をやったりして、不思議な顔を作っては時間を費やしている様子です。

「お待たせスミちゃん。お父さんが大好物な福井の花ラッキョウがあってさー」
「いいよ、好きなもの買いなよ」
「疲れたね、ちょっとどこかでお茶でもしない?お茶なら大丈夫じゃない?どこか知ってる所ある?」
「あるわけない」
「だよねー。…あ、二年前くらいだけど、あたし、駅前のビルの三階だっけ二階だっけ?そこのコーヒー屋に行ったことあるんだ。案外美味しかった。なにせ水が決め手とか言ってさー」
「じゃあ水だけ頼んでも大丈夫だな」
「水は最初から出てくんじゃないの?まぁ行ってみようよ」

リュンさんどんだけ買い込んだんでしょうか。大袋を七つも肩に提げています。さすがに途中疲れたんでしょうね、商店街のど真ん中にへこたれて、スミちゃんがその大袋の中身をかっちり二つに分けて、二つの袋に詰め直し、半分を持ってあげるというナイスフォローに回りました。

そして再び世々岬駅前へ。アーケードに入る丁度最初の角ビルにその店はありました。さほど新しくもない雑居ビルのようないでたちですね。一階はドラッグストア。リュンさん、脇にある階段へ向かい、二階へとよっこらよっこら上がって行きます。

えっと、お店の名前は…『パブレストラン 水魂2525(ウォータースピリッツニーゴーニーゴー)』というんですか。

「あ、これこれ…って前2525ついてたっけなぁ。え?パブレストラン?そうだったけ?…まっいいか、入ろ!スミちゃん」

若干昔とは看板に変更ありだったんでしょうか?それでも勇んでリュンさん入りました。


~『水魂2525』店内~


「こんにちは~」

と言って入って行ったところで店は閑散閑古鳥。えっと、ココ…急行列車の停まる駅の前ですよね?立地条件最高ですよね?なぜに?内装は案外こだわった作りのようなんですよ?これ…アールヌーヴォー調でしょうか、当時の劇場やバーを想定したような艶めくシックなレッドを基調とした内壁。大理石風タイルが敷き詰められた白黒格子模様の床。高い天井、豪華一枚板の長いカウンターの端にはこれまた色彩豊かなエミール・ガレのランプがスラリと鎮座し、壁際にはムーラン・ルージュでの様子を描いたロートレック作品や、ポスターの父といわれたジュール・シェレ、アルフォーンス・ミュシャなどのポスターが何枚も立派な額縁に収まり飾られています。レジの横に置かれた立派な紫胡蝶蘭の華やかさも目を惹きますねぇ。最奥には赤茶色の光沢眩しいアップライトピアノも構えておりますし…。

あ、奥の方から若干気だる~い、お色気ムンムンの小さな声がしてきましたよ。

「はっぁ~い、ちょっとお待ちを…」

そう言いながら口元の煙を払いながら出てきたのは、前髪にカールを付けたままのご婦人。メイクはバッチリなんですが、なにせその前髪のでっかいカールみっつがどうにも気になるといえば気になりますねえ。

「あ~らごめんなさい、お店やってないわけじゃないんだけど、大体がこういう店ってランチの後ガラ空きになって、五時半くらいから人が再び集まるっていうか~。駅前ってそんなもんなのよねえ~、いらっしゃい!何が飲みたいの?ランチとかディナーとか、今は無理よ、それでもいいならどこでも座って。あ、奥のコーナー席とかどう?くつろげるわよぉ?」

結構一気に喋ったこの方、どうやらお店のママさんのようです…よね。

「えっと、コーヒーふたつください。ひとつ、水を大盛りでください」
「え、飲みすぎたの?ダメね~二日酔いこの時間まで引っ張っちゃー。わかったわかった、あげるあげる。うち、水が自慢だからね!」
「やっぱりそうでしたか!いえ、二年前だったかここへ来た時とお店の看板とかが違ってたんで、あれ?変わったかな?と思ったんですけど、やっぱり同じなんですね」
「え?二年前?違う違う。その人達もういないわよ?確か一年くらい前にクローズしちゃったんじゃなかったかしら。で、しばらくここ空いてたの。ようやく三か月前に私達がここ借りて、内装やらなんやら全部そのまま引き継いで店やることにしちゃったのよー。あ、『2525』だけは後からつけたんだけどね、『ニコニコ』ってことで!」

ガーン。ニコニコだったなんて…あ、失礼しました。何かスゴイドラマチックな理由を想像していたものですから…あ、私のことはよろしいですか、そうですね、そうでした。ひとまずコーヒー飲もうとしてます、あの二人。


ママさん、カウンターの中で早速コーヒー淹れる準備しています。おぉ、白い陶器のドリッパーに耳付き無漂白フィルター、案外使い古しのサーバーですが、ポットの磨き加減が半端ないほどピカピカです。これに美味しい水を使用とくれば…相当美味しいコーヒーがいただけるのではないでしょうか。


「あのさー、ここの有線…前来た時はロカビリーとかいうようなジャンルの曲流れてたような気がするんだけど、この時間は邦楽タイムなのかな?」
「さっきからフローズン・マップスの曲ばかりだ…」
「え?」
「アーケードん中もそうだった。この曲ばっか」
「『27歳の永遠』て…あーた、これ、歌詞タイムリー過ぎ。このタイミングでスミちゃんに聴かせんな!って感じ」


あら、案外いい曲じゃないですかー。『本当の自分を知った時 それが何歳(いくつ)であろうとも 止まっちゃいけない前を向け』って歌詞なんか特に。今のスミちゃんへ私から贈りたいくらいですけどねぇ。

「あら、あなたたち今日のニュース見てないの?若者そうだからとっくに知ってるとばかり思ってたけど」
「え、何がですかぁ?」
「フローズン・マップスのボーカルの人、今朝ホテルのバスルームで亡くなってたんですってよ」
「えー!?エディ・マクラザキが亡くなっちゃったのぉー!?ショックー!」
「え…エディが?」
「で、死因は?」
「まだわかってないみたい。泥酔か薬物か、はたまた自殺か他殺かって色々情報錯綜してるみたいよ。もう朝からこのバンドの曲ばかりがあちこちで流れまくってるわよ。ドラムの子が確かココ地元だってのもあって、商店街でもずっとヘビロテ中のヘビロテよ!」

スミちゃん、ちょっと顔面蒼白です。あら、また何かショッキングな一発心に撃ち込まれた様子でしょうかねえ…。

「エディのマネージャー、スミちゃん知り合いじゃなかったっけ?」
「…うん。一か月前に電話あったきりだ、どこいるんだろう…辞めたってきいたけど」

そうだったんですか。それはショックになっても仕方がないですね。私が言うのもなんですが、ご冥福をお祈りいたします…。

「スミちゃん、増えたけど元気出せ…って無理なのわかってっけど」
「亡くなったのか。…人生なんて自分の思い通りにはいかないね。それでも生きるしかないんだ」
「スミちゃん、急に何悟ったようなこと言い出すのよ…。ほんとに大丈夫?」
「エディですらそうだったんだから。なるようにしかならない…」

そう言ってスミちゃんは先に用意してもらったコップの水を一口喉に落しました。座席から丁度広く見渡せる窓ガラスに眩しい程夕の陽が射しこんできて、スミちゃん達をギラギラと燃やすかのように照らし続けています。

「ねえ、あなたたち、ちょっと相談があるのよ、聴いてくれないかしら?」
「はい?私たちにですかぁ?」
「キョロっても他にお客さんいないわよ、決まってるじゃない、折り入って相談!」

ええ!?なにがなんでも唐突過ぎません?ママさん…と、私ですら思いましたけど、ママさん全然悪気もなくまだまだカールはみっつ頭につけたまま、出来たてのコーヒーふたつと灰皿ひとつトレイにのせて二人の席へとやってきましたよ。ええ?一体相談ってなんでしょうか?




…スミちゃんの不味い飯。
この続きはまた後日。




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