スミちゃんの不味い飯 第8話

(ウゴッ!ゲヘッ!アヂッ…え~~テストテスト!
はい~こちら世々岬駅~世々岬駅でございまぁす…よしっ)

はい、みなさん初めまして。世々岬駅界隈を見守り神として担当させていただいております、ソフトな語り口に相反しまして、結構強面などととかくインパクト路線へと誤解を生みがちな日々を上空より送っております、『見守り神界のエンケン』ことトクト・シャベ~ルでございます。どうぞよろしくお願いいたしますね。どうも!
さきほどまでは駄々花町界隈管轄の機関車語らせると子供も泣き止むほどの美声を持つ男がどさくさに紛れて私の管轄内を土足で仕切っておりましたけれど、世々岬駅界隈には私がおりますので、どうぞご安心を!と言ってリュンさんですか、彼女が帰って行った後、私が凄まじいアッパーカット一発見舞ってあの男を追い出してやりました!

世々岬駅周辺は古くは明治時代から商いの街として知られております。そんなね、駄々花町と比べられてはちょいと困るんだよなぁ。なにせ懐もサイズもでかい街なんでございますよ。
その中にある『水魂2525』は2525がついてから約三カ月ですね。その前は一年程お店はやっておりませんでしたよね、確か。昨今萎びた雑居ビルがどんどん取り壊されては新しくなってゆく中で、このビルだけはまだ取り壊さずにいるっていうのは、なにか理由でもあるのかわかりませんけど、立地条件は悪くありませんからね、創意工夫、あとは店主の力量に掛かっているといえますでしょうな。


あれから店内は大忙しですよ。スミちゃんですか、結局水飲んでから何も口にする時間もなく、食器の準備、セッティング、え~っと、貸切団体のお客さんにはカラオケ準備するんでしたっけ?19時から?もうあと30分もなくなってますけど大丈夫なんすかね?

「今日のお客さんてのはねー、世々岬にふたつおっきな病院あるんだけど、ここから結構近所に『世々岬八弥春総合医療センター』っていうのがあってね。私もよく使ってて、で、看護師さんに営業かけたのよ。そしたら脳外科のオペ先生と看護師さんたち30名ほど宴会やりたいって一昨日予約してくれたわけ。今日便乗者で若干増える可能性も有り。けど、これがねえ…あそこのスタッフに限って言えば~なんだけど、フォーメーションAかBかっていうと、今日はBなのよねえ…」
「B…」
「えっと、Aってのはー、静かにお疲れを労うグループの飲み会をA。逆にBはね、オペって大変だから、その緊張感を解すためなのかしらね?どうにもハイテンションにしかなれないグループのことを指すわけ。で、Bの場合は大抵数日前に飛び込みでいきなり予定入れてくるような感じが相場なのよ。でー、弾けるだけ弾けて相当ドンチャン騒ぎしてかなりなインパクトだけ残してさっさと消えるの。そしてもう店には二度と来ない。そのくらい店でアゲアゲに大騒ぎして帰んのよ!昔やってたレストランでも同じようなことがやらかされて知ってんの。で、どうにも私の予感だと今回そっち臭いのよ」
「へえ…」
「わかる?そういうお客さんは、まぁ…残念だけど、騒げてひととき自分を解放してやることが第一条件ってわけよね。本当はさー、ママの作ったメニューを美味しい美味しい…ってし~ずかに食べてくれるのが理想なんだけどー」

えっとさきほど命名された…なんでしたっけ?ベリンダさんでしたっけ?私からみたらブリジッドの方がしっくりくるんですけどねぇ~。そのベリンダさんは飲み会始まる前からテンションサゲサゲですね、どうみても。まぁ商売ですから、ここは割り切るわけですよ、大人ですし。全っ然割り切れてませんけど。


「こんばんは…。え、中、結構ゴージャスじゃん!」
「耽美っていうんじゃないの?こういう装飾って」
「あらっ、いらっしゃい!お待ちしておりましたぁ~ん」

ほらね。ベリンダさんも大人ですし割り切ってますよね、顔ひきつってますけども。
本日の団体さん到着ですよ、ぉお女性が割合でいくと多いですなぁ。

「ママ、来たわよ、Bランチ…違う、フォーメーションBな連中が。あぁ臭う、どうにも臭うわ~これ。後々大騒ぎ間違いなしね~これ。何?あのでっかい手提げ袋…。あぁ6階ナースセンターのあの娘いるってことはー、相当臭いわっ。もう、採算合うのかしらこれ…」
「なぁにベリちゃんブツブツ言っちゃってんの?一人食事+飲み代5000円のコース30人前合計150000円。それに飲み物追加されりゃー2時間で軽く20万はこっちに入ってくるっての。相手はお医者さんだよ?騒げば騒ぐほど気分もいいし羽振りいいに決まってんだから、弾けさせてあげなんしゃいってね!」

厨房でコースメニュー調理担当のママさんは、でっかい中華鍋をグんリグんリ回しながら唐揚げ~、酢豚~、チャーハン、あんかけ焼きそば…とどんどん作っております。豪快にして豪快!しかもニコニコしながら料理してらっしゃる。爽快でさぁねー!

「スミちゃん!ほれ、その皿に!そうそう、四つに分けて盛って!」
「はい」

スミちゃん、言われたこと淡々とこなしてる姿だけ見れば、特に訳アリってほどでもなさそうなんですが、おぉ、マスクしたした、大丈夫か?それでもなんとか頑張ってるじゃないのー。

19時ジャストから始まって看護師さんたちはそれこそお腹空いていたんでしょうね、食べるわ食べるわ、そりゃも大皿メニューもあっという間になくなって。

…あれ?そういえばなにげに食事中はみなさん静かだなぁ。

「美味しいね。…これでビール2本にウィスキー水割りと乾きモノまでついて5000円でいいの?」
「もう立派に中華料理店の味だけどね、え、杏仁も出るって!」
「まだ先生手術済んでないけど、いいの?私達だけで食べて」
「にしてもどれも美味しいよね。店のイメージと違うけど気さくでいいね、ここ」


そんな会話だけが今店内を泳いでいるのを、スミちゃんは洗いものをしながら何気に耳を澄まして聴いていたようですな。

「美味しいと静かだ」
「あ、スミちゃん、お水が足りなくなりそうだから、そこの足元の水出してくれる?」
「足元?タンク?」
「そうそうそれ右のタンク。麦飯石入ってる方」
「麦飯石?」
「そうよ?ここの美味しい水はすべて麦飯石で濾過した水よ?」
「え?」

まさか。って顔だったな、スミちゃん。図星だろ?
そのまさかまさか。兄弟でいえばまえだまえだ。コンビでいえばますだおかだみたいな。いいムードでいえばシャバダシャバダ、革命家はチェ・ゲバラ…あ、もういい?ごめんごめん。

「早く用意しておいてね、あ~はいはい、乾きモノね、次出しますからちょっと待ってて!」

オペで遅れた本日執刀医担当のドクターも45分後にようやく到着。
もう一度ママが先生のための食事を用意し、再度乾杯をしたのがハイテンション解禁の合図だったようで。

いや~まいったなこれ。いきなりカラオケとダンス大会に?え、コスプレまで始まっちゃいましたわこれ。え、なぜダースベーダ姿で社交ダンス!?で、なぜお相手が浮世絵見返り美人?え、こっちなぜアイゼンハワー??マニアックすぎだろそれこそ。きえー!!マジすかマジすか剛毛男子が真っ白エンゼルになって童謡熱唱ですか!はちゃー。なんでもアリですな、いいんですか明日の未来の医療業界。あ~イスの上で飛び跳ねない飛び跳ねない!ウクレレは漫談で聴~き~たいの~俺!!結構高級椅子よ~ここのって!もぉ~~~滅茶苦茶じゃねえかよ!

「すごい…」
「でしょう?フォーメーションB大正解」
「やだぁ~、なにこれ楽しそう~~!私も混ぜて~!!」

そう言ってエプロン外しながら宴会に率先して混じって行ったのは店のママさん。
え、入るの?何コスプレ??この後店の料理とかどうすんのよ?

「あ、ベリちゃん『千人力屋のメロン』切って切って、あれ食べよう!」
「メロン!やったぁ~!ママさん優しい~!!」
「スミちゃん、もうちょっと照明落してくれる?ムーディーに行こう!」
「すいませ~ん、オネエさん!赤いスポットとかでココ、よろしくお願いします!」
「飲もう飲もう!あれ、カラオケ次入ってないじゃない、入れなさいよー!スミちゃん、ここボトル持ってきて。じゃあ一本私の奢りだ!」
「やったぁ~!!ここのママ最っ高~!」

スゴイことになっちゃってますわなぁこれ。店主が率先して混じるってこれ…。

ベリンダさんはやっぱりね…な顔しながらお会計チェックしはじめたってことは、気分をどこか違う所へと完全逃避開始ですかな。で、えースミちゃん、自分の役目を淡々とこなしてます。けど流石だな、汚れた食器も手早く洗ってどんどん片付く片付く。グラスの定位置ももう完ぺきだね。

案外ね、もうママさんもベリンダさんも自然とスミちゃんに安心任せしているかのような、そんな風景にも見えたりしますわこれ。

「スミちゃ~~~ん!!乾きモノ追加だ~!」

ホロ酔い超えたママさんのシャガレた声がスミちゃんの耳にも届き、スミちゃんはもう随分前から働いているかのように、厨房にすっと入り、どうにか見つけてナッツや鯣なんかお皿に盛って出してますよ。


怒涛の宴会。凄かったなぁ。
そして22時半を回った頃、ようやく終わりましたよ。本当だ、みんなさっさと退散しちまったなぁ。

「あーあーあ。残骸、床がもう…きったないわねえ、グラス何個割ったのよもう…」
「すごい…羽根いっぱい落ちてる…」
「でしょう?出禁の連中なんてすぐ飲食店業界じゃ伝わるからね、これは二度と来ないわね」
「あら、私のご飯美味しいからまたやりたい!って言ってたわよ?」
「勘弁シテヨ~ママ~!グラスだってバカになんないんだから~!って私が営業かけたんだけどさー」
「結局3時間半で32万ほど置いてったんでしょ?グラスの弁償代だって余計くれたんだしさ。あーよかったよかった」
「3時間半で32万…」
「はい、もう今日はこれで店終わろう、お疲れちゃんスミちゃん、ベリちゃん。あ、スミちゃんお腹すいたでしょ、なんか作るよ、食べて帰んなよ」
「あ…」

スミちゃん、あ、ちょっとすまなそうな顔したね?したね?不安だよねそりゃさー。今日来たばっかりな所で他人さまの飯に頂戴するって、ドキドキするよね、だろうね、俺でもするよ、何度やったって、それが通し稽古だったとしたって思うさ。え、通し稽古にリアル飯はそう頻繁にはないってか?はっははは。確かに。金かかってしょうがねえや。

ママさん、あんだけ飲んで歌ってベロベロなのにさ、スミちゃんのためだけに料理してくれるって優しいな。ひょっとしてスミちゃんさ、いい店に雇われたんじゃないかって、今やっとそう思えてきたろ?そう、世々岬駅界隈はそういう心根の熱く深い人々の集まりなんだ、しかと心得よ?


じゃあさ、この続きはまた。
スミちゃんの不味い飯。待ってろコノヤロウ!



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※語り部が随分ライトなヤツですいません!重ねて私の勝手なエンケンでほんっとごめんなさい(笑)




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