スミちゃんの不味い飯 第7話

スミちゃんとリュンさん、お店でママさんに相談に乗って欲しいと今言われたばかりです。初対面なのですが一体なんでしょうかね?テーブルにコーヒーふたつと灰皿がタタンと置かれました。そしてパンッと煙草の箱とライターを重ねて置き、ママさんは話し始めました。

「あのね、今この店、アルバイト募集中なのよ。それでね、あなたたちみたいに気さくでよく働く若そうな女の子探してるんだけど、二人とも仕事もってるわよね?どっちかアルバイトしてくれたら嬉しいんだけど、そんなことは無理でしょ?誰かお友達でいないかしら?」
「若いつったって私達、もう26歳とこっちもうすぐ27歳っすよ?これ若いですか?」
「いいじゃなぁい?今の27歳なんて、超熟れ時じゃなぁい?私の若い頃の27歳なんかそりゃもうこぞって人妻ブームか!ってくらいみんな結婚して、子供一人もいないとどんだけお姑さん始め親戚一同虐げられてそんな嫁離婚してしまえ~!って怒鳴られて、それは性欲も甲斐性もない旦那のせいでしょー!とか逆上したあげくこっそり案外もうバレてもいいじゃん的やさぐれ金妻とかやったりしてさ~!あ、今でいうところの昼顔奥様ね~、もうそうなると家庭内ズタズタなんだけど、これがまたバブル世代ってドラマチックなこと好きな女性も多いからさー、自分の不幸にハマちゃって楽しんでる人も多かったりなんかしてねー、まぁそんな色々あったかもしれなかったけど、今はそういう時代じゃないんだし、そうよー20代なんて全然若い若い!」

怒涛のように熱く語ったママさん。ミント系の細ーい煙草を箱からシックに取り出し、真っ赤なネイル輝く長細い指二本巧みに使ってカッコよく喫煙中でございます。組み替えた長い脚にミニスカート現役ですか…。この方、きっと若い頃絶対にモテたタイプだと思うんですよ。…ほれ、このクールビューティーな瞳とスマイルの時の口角…上がり方なんてモデルさん並みですよ。あら、どこかで見たことあるような…えっと、えっと…。あ、思い出しました。『DENTABAR』カウンター側の壁に貼ってあるポスター、…たしか若い頃のファラ・フォーセットさんに…ええ、絶対似ています!

「どっかで見た顔してます、ママさん…」
「あらそう?よく言われるのよねえ私。そんなに似てるかしら?もう~ぅ」
「え、まだ誰って言ってないですけど…」
「で、どう?どんな感じかしら?できそうな人知ってる?」
「あ、一人知ってます、バイトできるかもしんない人間」
「え、知ってるの?じゃあその人に是非聴いてみてくれないかしら?」
「はい、今聴きます。スミちゃん、やれば?」
「え、…なんで私だよ」
「スミちゃん、今日からヒマじゃん?で、ヒッキーになりそうじゃん?丁度いいじゃん?死にそうじゃん?料理しかできないじゃん?丁度いいじゃん。壊れてっけど丁度いいじゃん?」
「え、壊れてるの?あなた」
「…はい」
「昨日大変なことがあって、この子今味覚が壊れちゃったようなんです。料理すごく上手なんですけど、味付けができなくなっちゃったんです。でもコーヒー淹れるのだって、お皿洗うのだって焼肉のタレ仕込むのだって、どれも手間掛け愛情かけて店で評判のメニューあみ出しちゃうセンスっていうか才能は抜群なんっすよ。愛想悪いし気の利いたお喋りは永遠無理だけど、食べてもらえば大丈夫なんでどうか使ってやってくれませんか?ママさん、よろしくお願いします!」

リュンさん、すくっと立ちあがって深々と頭を下げました。真の友情をこんな所でまたも見せていただけるとは私も正直びっくりしましたが、ここまで言われたスミちゃん、さてどうしますかねぇ…。

「味覚が壊れたって、どうして?」
「わからない。でも、昨日朝あった味がもう今はないから…、ダメ…壊れたし」
「壊れたけど腕が落ちたとかじゃないですから!むしろ研ぎ澄まされてくんですよ、このタイプは。やれば出来ます!出来る子です!是非清き一票ですよ、ママさん!」

えぇ…どこの投票所へ行けばいいのかわかりませんですけれどー、リュンさんはとにかくスミちゃんをここで働かせたい一心なんですね。

「…そう、よねえ…。味見しなくてもお皿洗いは出来るわよねえ。お店の掃除もできる、料理を運んでもらうことだってできるし、やってもらえることは山ほどあるわよね…。よしっ乗った、私も一票入れる。スミちゃんとやら、あなた合格よ、今夜から頼むわね」
「え、今夜から?今夜からかぁ、…まっ、いいか、スミちゃん」
「え…」
「おっ!再就職決まったじゃん!やっぱ持つべきものは才能だね、腕だね、無愛想だね!そいでアタシだね!ってかぁ?」

なんだかリュンさんの押しの強さでここまで決まってしまいましたよ、スミちゃん本当に大丈夫なんでしょうか、まだ二日間お水だけなんですけどねえ…。

「あ、言っておくけど、もう一人ママがいるのよ。私より十歳年上の60歳になる大ママが。二人でこの店やってるの」
「え、二人ママさんでやってるんですか!?じゃあどう呼べばいいんですか?その辺りスミちゃん混乱しがちなんで、説明ちゃんとしてやってください」
「あなたスミちゃんの完全マネージャーさんね、フフフ…。あっちがママで、私はそうねえ~ブリジッド?がいいかしら?キャサリンもいいわねえ…」
「スミちゃん、もうベリンダさんでいいって」
「ミリンダ、さん…?」
「ええ~?ベリンダって顔してる~?そう?じゃあまあいいわ、それで」

どこも全然噛み合っていないんですが、まぁベリンダさんってことでどうやら落ち着きそうですね。

「で、そのママさんは?」
「あ、夜のパーティーの買い出しに出てる。今日七時から30人ほどお客さんが来るのよ、忙しくなるわよー。スミちゃん、セッティング頼んだわよ!」
「え…」

いきなり30人のパーティーですか。そりゃ大変だ、大変ですよ、スミちゃん。もちろんリュンさんオススメした手前今日くらいはヘルプしますよね?ね?

「じゃああたしはこれで。今夜うちの店で75人分の立食パーティー飯準備しなきゃなんないんだよね。帰るわ、スミちゃん。もうあたしの任務は完了。よろしくやりなよ、いい店だし、いいママさんだし、言うことないね!心配してるだろうからドンさんタラさんには私が報告しとく。じゃあ後はよろしくお願いしや~す!」
「え…?」

そう言いのけると、袋2つを抱えてよろよろながら嬉しそうに出口へ向かい、さっさと帰って行ったリュンさん…。

え、ええええ!リュンさん置き去り~っていうか丸投げですかー!さっきのいい人リスト花付き二重丸却下です!培養土化した枯葉マークに変えておきますから!!

「スミちゃん、お腹空かないの?ちょっとでも何か食べないとしんどいわよ?これから長丁場なんだから」
「食べたいのか食べたくないのかも、わからない」
「あーん、困ったわね。んー、でもね…私の予感だけど、ママの中華あんかけ焼きそば食べたら、きっとあなた元気出そうな気がするわ。あとで賄いに作ってもらえばいい。あれは効くから、絶対に」

ママさんのあんかけ焼きそば。そんなに美味しいんですか。そんなキラキラの瞳で語られたらスミちゃん、あなたもきっと…。あぁ、まだそんな気分じゃないようですね。

「何したらいいですか」
「んじゃここ片づけて、まずはグラスやお皿の準備してもらおうかな」

時刻は夕方六時を丁度回ったところ。まだまだ明るい夕暮れにちょっと染まりながら、よいしょとスミちゃん席を立ちました。あ、お水と思ったんでしょうか、テーブルに持ってきていただいたグラスのお水を全部飲み干しました。

「スミちゃん、本当に大丈夫?」
「エディも逝ったし。…今はやるしかない」

スミちゃん、そんなことを呟きながらカウンター内へ。

スミちゃんの踏み出した一歩目。なんだかかっこよいですよ。
そういうしていると入口のドアが勢いよく開いて…。

「ただ~いまぁ~。はぁ~疲れたぁ。でもやるぜー!」

とハァハァ言いながらビニール袋を抱えて戻ってきたのは他でもない、ここのもう一人のママさんでした。ひまわりが描かれたオレンジの半袖セーターがすごく似合ってるキュートな女性です。なんだかお店の中が急に明るくなったように感じたのは私だけでしょうか。

「だ~れ~?新しいバイトちゃん?よろしく~~!さぁ忙しくなるよー、覚悟ねー!」

ママさんと命名ベリンダさんにスミちゃんが加わった、そんなパブレストラン『水魂2525』。一時間後に30人のお客さんをお迎えして貸切パーティー開始です。


…そんなスミちゃんの不味い飯。
この続きはまた後日。

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