スミちゃんの不味い飯 第9話

奥さん、スミちゃんの再就職先第一日目が終わろうとしてますよ…。最後にママさんの作ってくれた賄いの『あんかけ焼きそば』を食べてフィナーレの様子。

「さ、あっつーいうちに召し上がれ」

トンとテーブルに置かれた一品。

それはそれは色彩豊かな複数の野菜と豚肉、ナルトの入ったあんかけ焼きそば。
トロンと麺に乗ってユルルユルルと流れてゆく透明色のあんかけが、どうにも食欲そそるそそる…!はずなんだがなぁ、スミちゃん?

「……」
「どうした?食べたくない?」
「……」
「わぁ~いい匂い。スミちゃん、私にも頂戴、半分こしましょ!」

ベリさんもそりゃ空腹でしょうよ、食べたいに決まってますやーねー。あ、でもこれ、半分くらいどうにか食べなさいよーの合図ですかね?スミちゃんへの。

「スミちゃん、食べられないっつったっけ?」
「わかんない。昨日から水だけで」
「吐きそう?」
「…慣れたのかな、今は大丈夫、かも」

食べ物口にできずにしょぼくれた目なのか初日からハードで疲れ果てているのか、まぁそんな目だよね。けど、スゴイ美味しそうだぞ?見た目だけで言えばかなり満足できそうな一品だぜ?スミちゃん、ちょっとトライしてみりゃいいのに…。

「よし。…いただく」
「あ、覚悟したのね」
「覚悟して食べるような代物でもないけどね~♪はははは」

ママさんはそう言いながらグラス3つとワインを手に厨房から再びやってきた様子だ。まだ飲むのかよ…タフだなぁ60歳だったっけ。

「今日ね、実は私の誕生日。祝ってよ、ワイン一緒に飲んで!」
「あぁそうだったのね、ママおめでとう!」
「あ、…おめでとう、ございます」
「だからスミちゃん、食べてよ!で、ニコっとしてね」
「ニコッと…」
「そう。それがなによりのプレゼントなんだから。じゃーあたしおめでとう!乾杯!」
「ママ誕生日おめでとう!」

たっぷり注がれた赤ワインを手に三人は乾杯しましたよ。スミちゃんは一口ワインを飲んだ後、水を一口飲んで、その後いよいよあんかけ焼きそばに着手…。
さあさあどう出る?どう出るんだ?

ゆっくり口に入れて…ゆっくり噛んで、ゆっくり送って飲み込んで…。

「……」
「スミちゃん、どう?」
「やっぱりダメだった?」
「……味、よくわかんない…けど、なんっか…」
「なんっか?」

なんっかの後、何が来るのか二人もじぃっと黙って待ってるよ…。

「……あったかいんだ」
「…へぇ。なかなかいいねぇ…」
「そりゃそうでしょうよ、あんかけ冷やしで出さないし」
「ベリちゃんうるさい!ん?で、どうあったかいの?」

「…なんか…あったかいって…どこか言ってるの、…うん、わかるんだ」

そう言い始めたらスミちゃん。

え、スミちゃん?

ポロッ、ポロッと零れてきたね…ナミダ。

体のどこかで美味しいってわかってて、そういう気持ちがあったかくって、そんな自分にまた出会えたってことにえらく感激でもしたんじゃねえのかな。

二日間とはいえ、料理人スミちゃんにとっちゃあ長い二日間だったろうしな。

「私…の…どこか…、忘れてないんだ…」
「そっか。そりゃよかった」
「ビミョーにわかんないけど、ん…まぁよかったよね!」
「嬉しい。大きなプレゼントもらったよ、ありがとうスミちゃん!」

ママが思わずぎゅっとスミちゃんの肩を抱き締めて満面の笑顔を作ってる。

この人大きいなぁ。みかけはちっさいけど心がすんごくおっきい人だなぁ。

外はね、通勤帰りのお客さんがスクランブル交差点周辺にはまだまだ結構いてさ、これから飲みに行く若者、サラリーマン、グダグダなオヤジにメイクバッチシのお姉さん、…あぁあの人は多分最近女装始めたばかりでまだ外じゃ慣れてない感じの躊躇い男子…いや、女装子か、だね。だってさー、そこまで最近の女の子X脚で歩かねえっつーの。しかもどんだけ前屈みだよ、ヒールも執着心も肉体の戸惑いも全部脱ぎ棄ててからでも遅くねんじゃねえのぉ?…まぁ色々だよ、栄えてんだよ、いい塩梅の街だよな。

そんな様子を窓からトロンとした目で眺めながらママさんは喋り始めた。

「ここの店始めたきっかけ教えてあげよっか、スミちゃん。なんだか話したくなっちゃった、聴いてよ」
「ママったら、よっぽど気分いいのね。え、ひょっとして、まだあのコト恨んでるってことかしら?」
「違うわよ。もう今日からうちのメンバーだからスミちゃんにも話聴いてもらいたいの!えっとね、ここの店やろうと思ったのはね、ちょっとした喧嘩からなのよ」
「喧嘩…?」

喧嘩?そりゃまた聞き捨てなりませぬなぁ。妙に血が騒ぎますなぁ。
んで?

「旧上番(きゅうかんばん)にあるサウナでね、ここの店の情報小耳に挟んだわけ。『世々岬駅前の雑居ビル二階が空いたままで放置されてる』って」
「旧上番エリアってわかる?日本で一番外国人が多く訪れるそりゃもう華やかな歓楽街よ?そんくらい知ってるわよね?」
「知ってる。一度だけ行ったことある」
「その話をさ、このビルのオーナーにサウナで出会ったから聴いてみたのよ、『まだ空いてるの?』って。そしたらさ、『元々は父親が愛人囲うために建てた雑居ビル。好きに使えって遺してくれたけど、ほんっとぶっちゃけどうなったっていいのよ。その愛人が二階に秘密基地的スノッブなクラブ開いてさー。で、挙句の果ては愛人がもっと体の良い若い男みつけて逃げられちゃって。それ以来いわくつきのビルっていうか、二階のあの店っていうか、誰が経営継いでも儲かんないのよ、駅前なのに』なーんてことをね、宣ったわけ。あ、ベリちゃん、奥からカシューナッツ出してきて!」
「あーはいはい」

ママさん、一人でバンバン赤ワインいっちゃってますけど、本当に大丈夫ですかね?

「はい、ナッツ。私がね、偶然そこに居合わせたのよ、もうそこのサウナ使ったの一年振りだったのによ!これ、絶対に運命だと思ったのー!」
「運命…」
「私はさ、『んなの経営者に問題あるだけで、場所のせいでも愛人のせいでもないわよ、儲かる努力してないだけでしょうが』って蒸っし蒸しん中で叫んでやったらさ、向こうがさ『じゃああんたやってみる?』ってきたわけー!『旧上番じゃ成功してもね、小さな町のパブレストランが成功するとは限らないのよ!世間知らずなんだから』って。あったしもう悔しくなっちゃってさー!そいで啖呵切ってやったのよ。『じゃあそこ、半年で成功してやっから、私に任せてみなさいよ!』って」
「ママったらさぁ、そんなことしなくてもさぁ旧上番街じゃあ三本の指に入るくらいの資産家なんだからさぁ、なにも目くじら立てて怒ることでもないでしょう~?って言ったのに、『あの挑発に乗れない私はもう死んでるも同じ!』とか意気がっちゃって…」

あぁあ厨房奥の何処に隠していたんだか、ベリンダさんまでが白ワイン持ち出してきてスッポンと軽快にコルク引き抜いてまた飲み始めちゃったよ…。

「『裕福な年寄りに今の庶民の懐事情なんかわかるわけもないし、単価下げて不味い飯出したって客なんか誰も寄りつきゃしないわよ!』って言われて、『あ~たしだってねー、元々は地方の田舎者なんだよ!毎日でっかいファイアオパールとピンクダイヤモンドリングにこれまたでっかい黒真珠耳につけて黄金キャビア食べて生きてる生粋の旧上番人じゃないんだから!』って、その日してきたあの人の格好そのまま言ってやったからね!」
「黄金キャビアはさすがにアクセサリーにしたら生臭いと思うけどさー」
「ママさんの、…不味い飯とかじゃない…これ、全然」
「でしょう?そこは絶対あきらめちゃだめな所なのよ!若かろうが年寄りだろうが」
「ママなんて毎年作るお正月用の御重なんて軽く50人分は用意すんのよ?最高級よ、ここで仕出し屋さんやった方が儲かるって絶対に」
「なんか…わかる…気、しゅる…」

そう言いながら、ゆっくりちょっとずつゆっくりちょっとずつ、スミちゃんはお皿のあんかけやきそばを口に運んでますなぁ。

「そのあんかけ焼きそばなんかさぁ、『カドちゃんの3食焼きそば袋麺』と中華だしに見切り品の野菜と100グラム82円の豚肉細切れ、それとナメ横で売ってる20本500円セールのナルトだけなのよ?」
「あ、それ、『キャベツノート』ってあるじゃない、あれこれ奥様お役立ち本の。アレに載ってたのよねぇ。あの本からあと3料理くらいヒントもらって、ベリちゃんと試食してメニューは決めたんだよねー」
「へえ…。すごい…それでこれって…」
「でしょう?採算とれるようにこっちが工夫や努力しなきゃ。お客さんだって相当お金には細かい時代じゃないのー。じゃあその町に合った、客層に合ったものこっちが提供できるよう努力するしかないってこーとー!で、ベリちゃんが営業してくれて、今夜初の30人以上団体さんパーティーがやっと叶ったってわけ」
「もう出禁だけどね。あぁぁぁもういい、あんなに剛毛で真っ白い天使って、今晩夢に出てきそう」

おい!そこか!!そこなのか!!俺なんかなぁ、そっちよりこっそりカミングアウトしてたウェディングドレスでライク・ア・ヴァージン男のマスカラとれかけの涙目に一瞬ほろっとキそうになったぞ。堕ちそうだった自分を抑制するのに超必死コイたんだぞぉ~~!!

あ…す、すいません、以後自粛。

「今日はやっとスミちゃんも雇って再出発の残り三カ月。三ヶ月後、みてなさい、やるわよ、絶対に。今夜のお客さんがきっと明日からこの店のコト広めてくれて、ちょこちょこと平日の夜なんかに知り合いを連れてやってくる。そこからまた広まって小さなパーティーが増えてくる、きっと。いいのよ小さくたって。数増えればいいんだから。そんなねぇ、この時代に集団でお金落してくれる企業も知り合いもいやしないのよ?要は心のこもった身近な味で勝負して、なんだか居心地良かった時間にしてあげて、笑顔でお礼言って見送ること。それがこういう店を潤す基本だったりすんのよ」

最後の一滴も残さずママさんはワインを飲み干しましたな。

で、スミちゃんは…というと…。

スミちゃん!
おぉ!やったな。吐いてないよね?半分だけど完食したよ、おめでとうさん!

「あら、やったじゃない、何時間ぶりの食事?やっぱりお腹は正直よねえ。美味しかったでしょう?」
「ママさん…ごちそうさまでした」
「あら、スミちゃん笑うと愛嬌あるじゃない。あ…。今さ、体の奥の方で美味しかったー!って。私にはそう聴こえたわよ」

ママがまた満面の笑みでギュッとスミちゃんの肩を抱きしめましたよ。

「スミちゃんはいい子だね。ありがとうね、この店来てくれて。神様に感謝だー」

いやいやいやその…えへへ…あ、鼻水出た。俺、ちょっとこういうの弱いかも。いいねえ、人間…。もっかいでいいからハグりてぇ…俺…。

「よしっ、じゃあお開き!」
「あ、明日だったけ?ママ。えっと、スミちゃん、基本夕方から入ってくれる?昼間までまだお給料出せる余裕ないからさー。で、明日は午後四時半頃から来てくれる?新しいメニューの試食会やろうかなって思って」
「あの、味見…」
「いいのいいの。もうメンバーなんだから来てよ!スミちゃん。はははは」

たった一晩のひと仕事だったけど、もうスミちゃんは立派な世々岬商店街の一員だぞ?この二人が認めたんだから間違いないや。

こっちはいい感じだけど、店員奪われたあっちの町のあっちの店はどんな塩梅なんだろうな。ちょっと心配になってきた。今頃レオ様、アゴ摩って膝を抱えていじけてっかもしんねえな。

スミちゃんの不味い飯。
この続きはまた後日、ね!

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