++ そう見えた音楽 ~Vol.4~++

時に音楽を聴くとその世界観とまったく関係ない、
不思議な風景が目の前に現れる。
わずか数分で巡り合えては消えてゆくストーリー。
ちなみにオチなどありません。
ゆっる~い気持ちでお読みいただけると私だけほっとします。

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【そう見えた『 No Parachute / The Mopeds 』の場合】


閉まりのない口は親父譲り。
鏡を見ながらエラ付近のヒゲ剃り残しなんかチェックして、
最後に両サイドから蝶ネクタイを巧みに引っ張る。
そして仕上げは適当にニヤける。

さぁ、面倒くさい仕事場への直行だ。


現場へはいつもタイトな背広で向かう。
もう数百年も前から立ち並ぶこの市街地は住宅密集地。
今日はそん中のひとつハーミッツ通り53番地。

俺は煙突掃除屋だ、今は。
くれぐれも今は。そうとしか思ってない。


「なんで毎日背広で来る?ここはそんな姿の場所じゃねえ」

そうボスに言われてもだ、
俺は俺の戦闘モードってのかあるんだよ。
このスタイルじゃなしに町へなんか繰り出せるかっていうんだ。
靴だけは汚れるの嫌で現場着くなりすぐにスニーカーだけどさ。

男の身だしなみはシワひとつない背広、ピッカピカの靴、
そしてセンスモロ見せな蝶ネクタイにある、と思う。


ズタボロツナギの下の姿なんか誰も想像しないだろう。
とにかく煤を払い、屋上から地上へと世界を覗き、
所詮暗闇の中をそれでもクリーンに通り抜けさせてやるその気遣いに、
誰がそんな莫大なチップなんか弾んでくれるのか。


俺はいつも休憩するたび溜息を深くついて、
果てしもない屋上からの空をいつだって恨みがましい程に睨みつけた。

すると落ちてくるんだよな、金色の蝶ネクタイした、
いかにも60年後の俺みたいな男が傘をパラシュート替わりにして。

俺だけに見える、俺の…多分曽祖父さんだと思われる。


「落下傘部隊、只今不時着~~!」


不時着を嬉しげな顔して落ちてくる人間もそういないだろう。

おぉ、今日もキメてんなぁ。
4つボタンのシングルスーツに、
お、中は黄色に細い緑の縦柄入ったダブルウェストコートか。
懐中時計のチェーンがヒラヒラ風に舞ってんぞ?

どうにも落下傘部隊のする格好じゃねえし。


「同志よ!好きなことは徹底的にこなせ!
それがどこの場所だろうがなにしてようが落ちる時は落ちる!」

なんだよそれ。ロクでもない説教だな。
落下傘ってったって、それはただの黒い傘じゃねえか。
願わくば風にいい感じで煽られユラユラ落ちたい下心が見え見えだ。


しょっぱいツナサンドを口に頬張りながら、
毒々しいオレンジ炭酸飲料を口に含んでは、
そのよく解らない曽祖父さんの姿を俺は眺めながら、

「このままでいきなり死にたくねえなぁ」

って、いつのまにか呟いた、らしい。


「おまえの未来はどこにあるんだ?
おまえ、一体何がしたい?何がほしい?」

背後から聴こえたボスの緩い声がやけに生温かい。
ん?ひょっとして、あの曽祖父さん、見えたのか?

「いつか、ものすごいちっせー場所借りて、蝶ネクタイ屋をやりたい」

「一人前に夢だけはあるんだな」

そう言ってボスは俺から離れ、そして休憩を終える。

俺もふざけたイリュージョン曽祖父さんの姿は放置して、
仕事を続けた。



あれから一年。


ボスの知り合いの知り合いに紹介され、
俺は町はずれの一角に店を構えた。

蝶ネクタイ屋だ。
客なんか三人入ればもう一杯だ。

店の看板に曽祖父さんのシルエットを埋めた。
蝶ネクタイだけはゴールドに浮かせて。

好きなことを徹底的にこなしてりゃ、
落ちたところでたかが知れてる、そういうこったろ?
自業自得ってのはそういうこと言うんだろ?

濁った空を睨みつけながら俺は思った。


また落ちてこいよ?曽祖父さん。



おわり



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・この曲のイントロ、コード展開、アレンジがなんともシュールで好き
・友達の亡き祖父さんの姿がまぁ…見えちゃったせいもあるみたいです
・一気に書ききるタイプです、誤字脱字あったらごめんなさい
・この作品そのものの世界観を否定するものではありません
・この作品がただただ大好きな方にはごめんなさいです



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