スミちゃんの不味い飯 第10話

はいはい…。どうせ私はちっさい町の各席停車でしか降車できない、そんな駅でしかない駄々花町管轄の見守り神ですよ…。あなたの駅は確かにおっきいでございましたよ。なかなか駄々花駅にとまらないのがどうしてもイライラしちゃって、一本速いのに目をつけて、世々岬駅前上空でスミちゃんとリュンさんを待ってしまいましたよ。はいはいはいはい。だからってあちらの野蛮な見守り神からアッパーカット見舞われるなんて、それはないじゃないですか。仮にもこちら、あの方より15年くらいは…いえ、もう少し上なのかな、神様としては先輩なんですからもう少し優しく追い出してくれてもよかったでしょうに。えぇえぇ、私は昔からソフティー路線ですからね、あなたのような腕力や顔力で勝てるような見守り神じゃございませんからね…。はぁ~もう、スミちゃんはあれからどうしましたかねえ。心配で心配で、こんな弱い自分がどうにも情けなくて、空の片隅で膝を抱え考え込んでしまいましたよ。あ、片隅なんてどこにもないんですけどね。あ、遅れました、私『カタリB』でございますよ、みなさん忘れないで下さいねぇ。


あれからリュンさんは実家のお店で予約されていたパーティーを手伝うためにそそくさと戻って行かれまして、せっせせっせとお仕事励んでらっしゃいましたよ。裏の厨房でリュンさんのお父さん、休憩中にリュンさんお土産の福井産花ラッキョウ食べながらそれはそれは上機嫌でした。きっと自慢の娘さんなのでしょう。それにしても顔そっくりなんですよね~、ラッキョウか双子か!ってくらい親子そっくりさんなんですよねえ。


夜10時を回った頃、リュンさんもようやく仕事が終わりました。リュンさんはスミちゃんの報告をしに駄々花町3丁目の『DENTABAR』へと足を運びましたよ。やっぱり優しいですよねえ、リュンさんって。


「お疲れこんばんは私もお疲れこんばんはー…って閑散としてんなぁおいおい」
「あぁ、リュンちゃんねー!待ってたよ、こんばんはー!」
「あぁタラさん、こんばんは…って何の練習してんの?」
「ダンス、ダンスだよ見りゃわかるやんか」

なんですかね、それ。タラさん、…確かにダンスと言えばダンスではありますが、それにしても妙~なステップ踏んでます、それはそれはこの世でもあの世でもこの上空でもみたことないようなステップですよ。フロアをタンタン鳴らしたり、獲物を捕るような…えぇ置き網漁業ですか、ね?あと思えばそれ、あの有名なお墓の前でみんなで踊る~的振り付けでしょうか、…ん~、途中でお皿指で回したりとか、普通ダンスではしませんよね、きっとね…。

「おぉ、リュンちゃん!お疲れさん」

厨房からちょっとお疲れ気味な顔したドンさんがやってきましたよ。

「なになになにそのドンさんの泣きそうな潤んだ瞳~!キモって言っていいんだかイタイって言っていいんだか超ー微妙じゃん!」
「へぇ…俺、そんなにやつれてっか?」
「やつれてはいないよ、いつものぶよんとした体格してるよ。いや、そこじゃなくてさー、なんていうか、一人娘を失った悲しみに明け暮れてるっていうの~?」
「あぁ…リュンちゃん、みなまでは言ってくれるなみなまでは。多感で繊細なオヤジ心驀進中だからな俺はなぁ今なぁ…」
「じゃあやめとこうかなぁ、スミちゃんの報告は…」
「リュンちゃん、何食いたいんだ?え?え?あっちゃー仕方ねえなぁ、ランチ以外の時間帯じゃなかなかお目にかかれない、俺特製軍鶏親子丼作ってやろうか?」
「ふぇ!?軍鶏親子丼作ってくれんの?私の大好物じゃんそれ!」
「じゃあカウンター座って、俺にじっくり話をしろ、な?な?」


交換条件は整ったって感じですかね、お二人さん。
で、タラさんはどうなっちゃってるんでしょうか。まだまだダンス…ですか?

「タラさん、ダンスってさ、それ故郷のアルゼンチンタンゴかなんか?」
「違うよ、もっと簡単なヤツね、考えてるんだよね」
「えー!創作ダンスなんっすか。見てる限り既にアートの域だねもうそれ」
「スミちゃんがいつここへ戻ってきてもすぐみんなでお祝いパーティーできるように、ダンスやっとこうと思って」
「別にさー、ダンスでお迎えしなくてもいいんじゃないの?普通にハグッて美味しいメシ作ってあげたらスミちゃんそれでよくない?」
「俺もさ、ダンスなんてこの界隈で上手いヤツなんてそうはいねえから、それならフォークダンスの類でもいいじゃねえかってさー。『オクラホマミキサー』とか『ジェンカ』とか、最近流行ってた『なんちゃら体操』とかだってあるじゃねえかって」
「え?なにさそれ。『タクラマカン美紀さん』とか『ジェシカ』とか『おべんちゃら体操』だっけ?」
「どれも合っちゃいねえし。あれ、フォークダンスなんて今どき若者は学校でもやんねんだっけか?」
「あのさー、タラさんの鼻歌どう聴いても一頃流行った曲だよね?けど『マイアミー♪マイアミー♪』って、歌詞間違ってない?」

もうどこも何も合ってないって私ですらわかるくらいですけど、こういう方々なので、もうこれはこれで良いことにしておきましょう、はい。
あぁあぁ他のお客さんまで妙なステップのレクチャー受けるハメになっちゃってますし、前途多難ですねーこれは。


「でさ、スミちゃんだけどさ、ドンさん」
「あぁ。どうだ?家でのんびりしてんのか?」
「今日さ、気晴らしに私と二人で世々岬商店街散歩しに出かけたの。でさー、駅前のビル二階のパブレストランに行ったらさ」
「ほいよ、親子丼。心して食えよ、上手いぞ!もっかい言うぞ、軍鶏肉だぞ?」
「やったぁ!心してブラジャー!(←動作入り)でさー、そこでさー、スミちゃんスカウトされたの」
「え?スカウトって?なんの?…スミちゃんがか?」
「そう。そこの店のママさんに。仕事やんないか?って」
「ええ?もうか?そりゃいくらなんでも早すぎねえか?」

台所のシンクに重ね置いていた数枚の汚れたお皿がギャチャギャチャと嫌そうな音を立てて崩れましたよ。ドンさん、ちょっと取り乱してらっしゃるご様子ですね。スミちゃんがスカウト受けたこと、案外ショックだったんじゃないでしょうか。

「だってあれ、あいつ、味がわかんねえままだろ?無口で愛想ねえし、服装も地味だしさー、よくもそんなヤツがスカウトなんかされたよなぁ…おっかしいなぁ」
「おっかしくなんかないじゃん、私がついてんだし」
「え、リュンちゃん、まさかあいつのこと推したってのかよ?」
「そうだよ?だってあんな働き者そうこの世の中にいないじゃん?料理も上手いじゃん?無口だけど悪者じゃないじゃん?愛想悪いけど心込めるじゃん?」
「まぁ…そうだけどさぁ。俺だってそうしろって、多少勧めたところもあったけどさぁ。にしても早くねえか?スミちゃんの心の準備なんてものとかさぁ」
「準備なんかさー、何待つってのよ?次に傷つくこと?また味がおかしくなるようなこと誰かに言われたらマイナスかけるマイナスがプラスにでもなるってドンさん思ってたりしてんのぉ?あんな働き者は、ずっとお休みしちゃうと死んじゃうよ、心がポキッとダメんなりやすいよ?本当はドンさんもそう思ってんでしょ?」


まぁ確かに。家と仕事場の往復しかしていなかったこの駄々花町での生活から、無職にされ引きこもってしまうスミちゃんなんて、ちょっと怖くて想像したくないのも事実でしょうね。リュンさんの言うことも頷けます。


「確かに軍鶏肉美味い!卵も半端ないほど黄身が赤オレンジだ。ほんと美味いでしゅ、ドンひゃん」
「で、店やそのママさんって人はどういった感じだよ?」
「そのママさんは50代くらいかなぁ。もう一人女性がいて二人でやってるんだって。店はお洒落な感じ?うーん、大人な感じだったな。クラブっぽい感じもあったかなぁ」
「え!?ま、まさか、キャバクラっぽいのか?」
「ちゃうちゃう、全然違うっつーの、聴け親父!ちゃんとあたしの話聴け!」
「うるせー!落ち着いて聴ける話かこんな話!」

あぁあぁあぁ。ドンさんとうとう本音が出ちゃいましたねえ。
やっぱり心配ですよね…って、あららー。取り乱した勢いで何故か蛇口ひねっちゃいましたかー。もうもうもう跳ねっ返りの水道水でエプロンびしょ濡れじゃないですか!

「もうドンさんなにやってんっすか、風呂なしアパート苦学生台所で風呂入るの巻ですか!」
「うるせー!キャバクラなんか絶対に行かせるわかにはいかねんだよ!」
「だから~!キャバクラじゃねっつーの!私もスミちゃんもコーヒー飲みに入った普通の店だっつーの!!」
「おまっ、さ、最初から言えよ、そういう大事な、…大事なコーヒーのことはぁー!」
「えぇ~?コーヒー大事なの?スミちゃん大事ちゃうんかい!!」
「うっせ~ば~~~~~かっ!」

あぁぁぁあ、売り子言葉に買い言葉。どうにかなりませんか、この二人。
こうなってくると一体何にお互い興奮しているのでしょうか。

「もう二人うるさい!ダンス覚えらんないでしょうが!おい黙らせろ、いざこざ!」

…へ?誰に言ったんでしょうかタラさん?子分か誰かいましたっけ?

「働くことはいいこと!スミちゃん働くんなら、後は戻ってくるの待ってりゃいいだけじゃない!あの子は絶対にここへ戻ってくるんだよ!そういう子なんだよ!家族なんだから間違いないってば!」

そう言い放つと、また…なんでしたっけ?マイアミー♪マイアミー♪でしたっけ?鼻歌しながらステップ踏んでますよ、タラさん…。


「リュン…ちゃん、ちょっとその店電話してくれ。俺、明日挨拶に行ってくる」
「ええ?挨拶って…ちっせー子供じゃあるまいし」
「いいから。店の電話番号知らねえのか?」
「入口ドアのところにぶら下げてあったカゴん中にお店の名刺あったから取ってきたけど…どこやったっけ…えっと…。あ、あったあった」

え…?!
今、髪の毛の中から出しましたよね?リュンさん。手品?収納スペース?かんざしの代用でしょうか?

「スミちゃんのいねえ時間帯聴いてくれ。それに合わせて挨拶行くって言ってくれ」
「ええ…ドンさんだけにドン引き~。なんっかコソコソするわー、親バカだわー、取り乱すわー、大丈夫かいなドンさん」
「うるせっ!店の電話使っていいから、これ。掛けて聴いてくれ。頼む」


ドンさん、心配でしょうがないんですね。そりゃ父親も同然なんですもんね。
リュンさん、呆れつつも電話かけてくれましたよ。ええっと今は…10時半前くらいですかねえ…。


「あ、さきほどはどうも。スミちゃんの友達です。あ、スミちゃんに用事じゃなくて、そのママさんにお願いがありまして…えっと…」


リュンさん丁寧に説明をして、スミちゃんには内緒にしてもらった様子ですね。何度も電話越しの声に頷くリュンさんの声だけが今は店内に響きます。


「オッケーもらったよ、ドンさん。明日午後四時に世々岬商店街の中にある『ベストスターフロントコーヒー』に来て下さいって。年上のママさんに行ってもらいますって」
「お、サンキュ。ありがとな、リュンちゃん。…ごめん、俺が悪かった」
「え、なにが?」

急にテンション下がったのか、あるいは安心したのか、あるいは不安が一気にあふれ出てきたのか…。ドンさん、一気に老けた顔になっちゃいましたねえ。あ、失礼しました…。

「…俺とタラには子供がいない。二人が出会ったのもまだたったの6年前だが、お互いもう既に歳もとりすぎてた。この先短い人生なら二人でアツアツで過ごそうかって、そんなこと言いながらアルゼンチンからタラをこっちへ連れて帰った。二年後、世々岬駅高架下にあった、俺が店長代理してたちっさな居酒屋にスミちゃんが来た。それから四年だ。スミちゃんは俺達の子供も同然になった。四年、ずっとずっと一緒に働いてきたからさ、このたった二日間のこの店の様子ですらも嘘みたいに涼しいのよ。なんっかスカスカしてたまんないんだよ。別に自宅は近いし、消えたわけでもない。それにこの店に当分来るなって言ったのも俺だ。自分に起きた出来事がどうにも難題っぽいのをスミちゃんは俺の一言で悟ったんだろう、そのくらい俺達は信頼しあってるって証拠にもなったさ。けどさ、実際こうやってみるとさ、こういうどうでもいい時間なんて時にいきなりガツンとショックがくるモンだなぁ。なんであいつがいねんだ?って。ああバカなこと言っちまったなぁって…」

ドンさん、自分で言い放ったこと、ちょっと後悔してらしたんですね。
言ってやってはみたものの、ご自分も相当淋しくなってしまったことで余計痛感されちゃったんですね、わかりますよ、わかります。伊達な男って、こういう時にふとガツンと落ち込んだりするものですよねえ…。


「スミちゃんさ、味覚失くして相当ショックだったようだったけど、もう失くしたものはしょうがいないって、そういう断拾離的悟りみたいなところあったよ。ずっと落ち込むのかと思ってたら、案外そうでもなかった。スミちゃん、これをきっかけにして自分をもっと強くしたいんじゃないのかな。あそこの店、なんっかそういうこと、ちょっと勉強できそうな予感するよ?スミちゃんはここへ戻るためにあそこでしっかり修行してくるんだって思うね。だからさー、ドンさん、娘信じてやんなよ。明日ママさんと会ってきてからでもいいからさ、そっとしばらく見守ってやんなよ、ね?いない間はあたしが娘代理すっからさー。あ、はいはいタラさん、ダンスねダンス、はいはい…」

ドンさん、スミちゃんと同じ年頃の娘に諭されましたね。でも結構嬉しそうな顔してますよ。吐き出せたおかげで少し安心されたのでしょうかね。シンクで響く食器を洗う音もちょっと柔らかくなったような気がしますしね。


「軍鶏親子丼の美味い分だけ、上手いこと言ってくれたな、リュンちゃん」
「親子愛のなせる業ってねえ~。おあとがよろしいようで」

あ、ドンさんにスクッと差し出された日本茶に茶柱、立ってますねぇリュンさん。
これはいいコトありそうな予感ですね。スミちゃんにもきっといいことありますように。



スミちゃんの不味い飯。
あぁ、また世々岬駅前へと移るのでしょうか…、いつか出番あるといいですねえ私。
ではでは続きはまた後日、ということで。

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