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狩野さんからの手紙


まだ酒場で酒が呑めていた春先、西荻窪「戎」にいた。プロジェクトメン バー4人の初顔合わせだ。一緒に呑んだこともない。初めましての人もい る。そんな面々で、Jフジタさんの乾杯の音頭に合わせて、手探りの状態で 酒を酌み交わし始める。
瓶ビール一本槍の人、芋焼酎しか呑まない人、 レモンサワー、瓶ビール、芋焼酎、日本酒と満遍なく手を出す人、 生ビールから日本酒へとなだれ込む人。千差万別。バラエティ豊か。いや、なんの協調性もないだけだ。
うん。いい。この関係、いいね。迎合することなく、自分が呑みたい酒と真摯に向き合う。そういう酒呑みが、あたしは大好きだ。
「つまみ、倉嶋さんオススメのものを」。 えっ。。。酒と食のプロの方々を前にして、あたしがつまみをセレクト!?一瞬たじろぐも、意を決してイワシコロッケ、ヒラメの昆布締 め、熊本産の筍の焼いたもの、イカ刺しを頼む。
どの酒場で、どんな酒肴を、どんな風に食べるのか。それを知られることは実は、あたしにとっては恥ずかしいこと。自分の根腐れのような本性がさらけ出される気がするのだ。
するとそこへ「串こんにゃく食べていいっすか?」。 「ディズ」卓司さんの言葉に、膝から崩れ落ちた。
そうだ、これでいいんだ。すっぴんで、いいんだ。気持ちがほぐれていく。と同時に、酒がどんどん進んでいく。ふと、気づく。プロジェクトの 話、ほとんど進展してないや。「西荻窪の土産物」というテーマが緩やかに決まっただけだ。
でも、それで、いい。 「倉嶋さん正式に、メンバーになってもらえますか?」 帰りしな、狩野さんから生真面目にそう聞かれた。あたしの返事は、最初から決まっている。
「もちろん」。
あたしは、プロジェクトの細かなことはどうでもよかった、極論すると。
ただ狩野さんと一緒に、なにか物事ができることが嬉しかったのだ。
数年前の夏の盛り、泥酔で「コクテイル書房」にお邪魔し、さらに泥酔を重ねた。狩野さんとはそれ以来の再会(のはず)。それまでも「コクテイル書房」では泥酔ばかりだったゆえ、こんなだらしのない人間、狩野さんは嫌いだろうな。そう思っていたのだ。しかし、酒呑み仲間でもある卓司さんから突如、
「狩野さんからの手紙」が送られてきた。
コロナ禍でもがいている中でも変わらず、街を愛する気持ち、歴史や文化を大切にする気持ち、そしてその土地に住まう人たちを想う気持ちに溢れていた。その手紙をくださっただけで、もうそれだけでよかったのだ。
これからこのプロジェクトがどう発展し、どう帰結するのかはまだわからない。
でも、狩野さんというバンドリーダーについていくことだけは、最初から 決めていた。だから、たとえ奏でる曲が決まらなくてもよかったのだ。
とにかく、このバンドは、始動した。

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