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【学マスSS】有村麻央〜親愛度コミュ4話after〜③

前回はこちら↓



『アイドルに向いていない自分を何故肯定できるのか』

結局、篠澤広との問答に納得する答えを見出すことはできなかった。

動けない彼女に水とタオルを届け、後のことは近くの階にいたクラスメイトへ引き継いだ。


『私が選んだことだから』


彼女の去り際に放った一言が、釣り針みたいに引っ掛かって抜けない。

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その晩、夢を見た。


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海の底にいた。骨を撒いたような白い砂。
辺りは暗いが、青白い光が海流に揺られ落ちてくる。


目の前の岩陰に、ボクとよく似た誰かがいる。


(広と話して、何か分かったかい?)

(…なにも)
(だってアイドルが『趣味』だなんて。そんな理由で目指せるものなのか?)
(裏切られたよ。酷い…)

(酷い?)
(何を勝手に、彼女にどんな答えを期待していたんだ?)

(期待なんてしていない!)
(アイドルとして当然の答えが返ってくるだろうと……)
(アイドルになるなら、皆トップを目指して…そのために初星の門を叩くはずだろ?)

(でも、彼女は違った)

(なんで違うのさ)

(皆違うからだよ)

(ボクと広が?)

(そうさ。志の高さは人それぞれ、そこに貴賎はない。彼女には彼女の動機がある)
(広にとってアイドルは『趣味』かもしれない。だけどきっと、彼女にとって『趣味』は原動力足りうるとても大切なもののはずだ)

(…ボクにとっての”王子様”みたいに?)

(ああ…!)
(ボクらにとっての”王子様”みたいに)
(他の人には理解してもらえないかもしれないけど、自分の核となるもの)
(それを、大切にする気持ち。ボクになら分かるはずだ)

(そうか…)
(それじゃあボクはとても酷いことを言ってしまったかもしれない…)

(そうだね、彼女はそれでヘコむほど弱くないと思うけど…。でも、ちゃんと謝ろう)

(…………。)

(さあ、”アイドル”有村麻央!僕は君を救いに来たんだぜ)
(顔を上げて、こっちを見て?)


顔を上げても、彼女の顔は暗がりでよく見えない。
ただ、こちらに伸ばす手だけが浮き上がる。


(同じアイドルだけど目指すものは全員違う。目指す理由も方法も違う)
(思い出すんだ。ボクがどうしてアイドルを目指したのかを)


「ボクがアイドルを目指した理由…?」


王子様になりたかった。カッコいい、歌劇の王子様みたいに。
だから最初は歌劇を、次は演劇を目指した。

演劇では王子様にはしてもらえたけれど、ずっと王子様でいることはできなかった。

理由はなんとなく分かっていて、納得もしてた。

アイドルを目指したのは…目指した理由は………


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「ボクは、他の可愛い子達とは違うから」
「違うから…」
「違っててもいい、違うから輝けるアイドルになったんだ」

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(憧れた歌劇の王子様にはなれない)

(ボクと”あの人《歌劇の王子様》”も違うから)

(カッコいいあの人の進んだ道は、あの人だけの道)

(全く同じ道は選べない)


「ボクはボクだ………」


分かっていたこと、口にはしなかったこと。全部。

でも、ボクは誰かを演じることしか知らなかったから、憧れへの近づき方もそれしかできなかった。


「よく言えたね」
「そう…ボクは、もう”僕”でいる必要はないんだ」


目の前の”僕”は岩陰から一歩前に進み出た。

体が日の当たる場所へと晒されていく。

均整の取れた顔、皺一つない白の詰襟。
背は今よりもずっと小さいけれど、凛とした佇まい。

ボクの中の王子様、その人だった。


あぁ、王子様…ずっとここに居たんだね。


長い間、もう消えてしまったんだとそう思っていた。
無意識のうちに膝をつき、彼女の肩を抱いた。
泣きたくなんてないのに、目の奥がギュッと熱くなってしまう。


王子様はそっとボクの髪を撫でつける。
愛おしそうにゆっくりと、決して傷つけないように。


(そうだよ…僕はずっと居た。もうこれ以上、ボクは王子様を探す必要はないんだ)

(これから先、ボクが何を選ぼうと、ボクがボクらしくあれば王子様でなくなることなんてない)

(だから、これが最後。君を救うのはこれが最後だ)


「あれが見えるだろう?」


王子様は海中のずっと向こう、周辺を覆うように聳える海氷を指差す。


「あそこにいるんだ、別の僕がもう一人」
「ずっと囚われている」


「救いに行きたいけど、僕はもうこれ以上進めないんだ」


「…あとは分かるね?」


「………………………………。」


ここを離れたら僕とはもう逢えなくなる。
言われなくても分かる、伝わってくる。

彼女はずっとここに居てくれたたのに、こんなに素敵な子なのに。


変わっちゃったボクのせいで。


いや、違う。
変わることを受け入れなかったボクのせいで、彼女をここに捕えてしまっていたんだ。
この暗い海の底に。
一体、どれほど長い期間だったのだろう。
心と体がこれほどまでにかけ離れてしまう刻を彼女は独りで過ごした。


(それなのに…なんで…)


(なんで…?)



(なんでこんなに美しいままなの?)



表情に一点の曇りもない。
瞳が物語る生まれついての芯の強さ。
他が為にある孤高の姿。


こんなに『カッコいい王子様』、なれるかな?
こんなボクに。



(いいや!そうじゃない!)



これからはボクが引き継ぐんだ!この姿で、この歩みで。


ボクが選ぶ、ボクだけの方法で!


徐々にボクたちは温かな光に包まれていく。

世界は白く飛んで。握った手の感触と、君の笑顔、最後には僕の泣き声しか聴こえなくなった。

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嗚咽で目が覚めた、布団には赤ん坊みたいにうずくまっている。

なのに夢の内容は朧げだ。
洗面所に行って帰ってくる頃にはもう忘れてしまった。


(明日、広に謝らないと。すごく失礼なことをしちゃった)


自室に帰って勉強机に座り、人心地つく。

机の上にある化粧鏡、そこに写る目を腫らした自分の姿。
みっともないけど、それが急に愛おしく、抱きしめたくなった。


(頑張った…頑張っているね…)


まだ自分を愛せる、その実感が強く湧き上がってくる。


風呂上がりに軽く分けていた前髪をかき乱して下ろしてみる。


(ふふ、なにこれ…)

(かわいいっ…はは…)

直視を避けるように構えていた体が、より映える角度を探して動き始めた。

(こいつめ、調子に乗って)
(「どうだい?こんなボクも好きかい?」そう言いたげな顔をしているな)


今なら、あの時花海咲季が言っていたこと、素直に受け止められる気がする。


(アイドルの価値は生まれ持ったもので決まるわけじゃない)
(けれども、『自分の全てを懸けて』それでもなお足りない時がある)
(だから、祈るんだ)
(“一歩”でも今いる場所から進めるように、本当に近付けているかは絶対にわからないけれど)

(咲希は全てを賭している。一方、ボクはどうだ?)

(半分、まだ半分も賭けていない)


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ボクはプロデュースを受けることにした。

あのプロデューサーは喜ぶような素振りこそ見せなかったが、心なしか浮き足立っていた。
こんなボクに、変な人だ。

さあ、そうと決まれば悠長にできない。
今年の中間試験までは、あと2ヶ月もないのだから。

今年はあの花海姉妹が出る。
十王星奈を含め、学園中が注目している。

そして、篠澤広もプロデューサーが付いて参加するとのことだ。
彼女の”アイドルを心から楽しむ”姿は、ボクも心惹かれるものがある。

中間から激戦必至だろう。


『可愛いを極める』


まだ、全てを理解できたわけじゃないが、『ボクはまだ成長できる』そう信じてくれた、そう信じさせてくれたのは彼だ。

やるなら全力向き合ってみよう。


(…大丈夫かい?)


(うん、もう大丈夫。)


トップアイドルへの道は、涙で作られた透明な階段のよう。
時に、登っているのか降りているのかすら見失ってしまう。
3年という時間は、ボクが迷うのには十分過ぎる時間だった。

でも、自分を理解してくれる人と、自分を本当に理解しようとする心があれば、世界はこんなにも澄み渡っている。

ボクのことだから、また色々と考え込んで迷うかもしれない。

でも、もう大丈夫。

ボクは自分を愛することができる。
なりたい自分を自由に選ぶことができる。

だから、大丈夫なんだ。



有村麻央〜親愛度コミュ4話after〜はこれにて完結。
自分の内面と少し向き合えた彼女が、前向きに自分を変えていくことを決める。
この状態で親愛度コミュ5話以降に続いていきます。

あくまで、コミュの間の出来事ということで、コミュ以上に内面や対外的な成長をしてはならないという制約のもと、夢(無意識)で自分と向き合うという形に落ち着きました。

夢なので、麻央は普段より感情に支配されています。

「渦巻く記憶の断片に整合性をつける中で、自分を整理し目覚める。
彼女が一つの大きな決断を下せたのは、夢が直接的に影響したのではなく、目覚めた時に微かな温もりが残っていたから」

みたいな話にしたかったのですが、力及ばず。

夢で泣く時って、すごく不思議な気持ちになりますよね。

記憶には残らないけど、心に残るというか。


今後も学マスや気になったゲーム・映画等の記事を書いていきます。

是非ご期待ください。

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