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公判維持のために主張を変遷させた検察官と、その先にあったもの 【大川原化工機国賠訴訟7】

大川原化工機及び同社社長他幹部が外為法違反(不正輸出)として起訴された事件で、2021年7月30日、第一回公判期日を目前に控え、検察官は異例の起訴取り消しを行った。これを受け、東京地裁は8月2日に公訴棄却を決定。事件は突然に終了した。2021年9月8日、大川原化工機らは、警視庁公安部による大川原氏らの逮捕、及び検察官による起訴等が違法であるとして、東京都及び国に対し、総額約5億6500万円の損賠賠償請求訴訟を提起した。

起訴を行ったT検事は,警視庁が立件ありきで定立した独自の殺菌解釈と,その立証にさえ不十分な実験に乗せられて起訴に及びました。杜撰な起訴のアオリを受けるのは公判担当の検事です。起訴後の公判前整理手続で,検察官は,弁護人の指摘を受けるごとに主張を変遷させ,何とか公判を維持しようとしましたが,最終的には「冒頭陳述をすることができない」とまで述べるに至りました。そして今年7月,遂に「起訴取り消し」を決断します。

公訴提起時における主張

 検察官は当初,付属のヒーターからの熱風により有害な微生物を1種類でも死滅させることができれば「殺菌」に該当するという警視庁解釈を採用した上で,①スライドガラス上の大腸菌O157が90℃2時間の乾熱処理により死滅した,②噴霧乾燥器付属のヒーターで温めたところ90℃ないし110℃以上を維持できた,との警視庁の実験結果を前提に,大川原化工機の噴霧乾燥機は,大腸菌O157等の粉体を製造した場合,これを殺滅することができるものであるから「内部の滅菌又は殺菌をすることができるもの」に該当するとして,起訴を行った。

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温度の上がりにくい箇所の指摘

 これに対して,弁護人は,上記解釈を前提にしても本件噴霧乾燥器が本件要件ハに該当する性能を有しないことを示す証拠として,警視庁の実験において温度が測定されていなかった「乾燥室測定口」は付属ヒーターから熱風を送り続けても温度が上がらないことを指摘した。

 具体的には,粉体の堆積していない状態で熱風を送り続けても,乾燥室測定口(デッドポイント①)は,RL-5では53.0℃,L-8i型でも59.2℃までしか上がらなないという実験結果を検察官に開示した。

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検察官の追加実験及び主張の変遷

 これに対し,検察官は,弁護人の上記実験結果を踏まえた反証のための2つの実験を行い,これを基づく主張に切り替えた。

 ひとつめは,スライドガラス上の大腸菌O157は50℃でも長時間(6~9時間)の乾熱処理を行えば死滅したという実験,もうひとつは,噴霧乾燥器の乾燥室測定口の温度が上がりにくいことを認めた上で,測定口の外側に市販品のヒーターを巻き付けて加熱すれば最低温度箇所が110℃以上になったという実験である。

 すなわち,検察官は,当初の110℃を基準とした主張を50℃を基準とした主張に後退させるとともに,解釈論としても,噴霧乾燥器を外部から何らかの加熱器で外から加熱することで菌が死滅すれば「殺菌」できるとの主張に変遷させるに至った。ただし,"外部加熱理論"が行き過ぎであり採用し難い理屈であることは検察官も理解していたものと思われる。

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粉体を使った実験と指摘

 上記の検察官の主張の変遷を受け,弁護人は,検察官の主張する温度に関する事実に対する反証として,①機器内部に粉体が残留している状態においては,粉体のない状態と比べてより温度が低くなり,検察官の変遷後の主張にいう最低温度箇所が40℃を下回ること,②スライドガラス上の大腸菌と異なり,粉体の状態の大腸菌は,50℃9時間の乾熱処理では死滅しないことを実験により明らかにした。

 さらに,弁護人は,③本件噴霧乾燥器の同型機を用いて,実際に大腸菌の粉体を製造後,粉体が堆積・残留したそのまま状態で熱風を9時間送り続け,乾燥室測定口を含む複数の箇所から粉体を採取し,これを培養して大腸菌集落が存在するかの実験を行い,温度の上がりにくい箇所に堆積した大腸菌は9時間の乾熱でも死滅させることができないことを明らかにした。

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立証計画の崩壊と期日延期の申し出

  令和3年6月23日(起訴取り消しの前月),検察官は,装置内部に病原微生物の粉体が存在する状態おいて「滅菌又は殺菌」できることは必要なく,本件噴霧乾燥器は内部に何もない状態で温度が一定以上に上がれば本件要件ハ該当性が認められると考えていた,と述べた。そして,粉体製造後を想定する場合,検察官の立証が不足する可能性があり,現状では冒頭陳述ができないと述べ、8月3日に予定されていた第1回公判期日の延期を申し出た。

 もっとも,検察官は当初から噴霧乾燥後の粉体状態の病原菌の殺滅を想定していたことは明らかであり,上記解釈は,自己の当初の主張と明らかに矛盾するものであった。

 裁判所は期日の延期を認めず,8月3日に第1回公判期日を行い,8月5日には経済産業省の職員の証人尋問を開始することとなった。

起訴取り消し

 令和3年7月30日,検察官は,公訴取消の申立(起訴取り消し)を行った。この間,検察官は,粉体を用いた乾熱実験を行ったはずである。そして,実験の結果,もはや公判を維持することは困難であると判断したものと思われる。

<解説> 起訴取り消しを決断させたもう一つのストーリー

 起訴を行ったT検事は,粉体を用いた乾熱実験を行わず,かつ,温度の上がりにくい箇所に関する大川原化工機の複数の役職員からの指摘を黙殺して行った実験結果を鵜呑みにして起訴しました。その結果,公判担当の検事は,弁護人からの指摘に主張の変遷を余儀なくされ,コードヒーターで巻き付けて加熱すれば温度が上がるであるとか,粉体を殺滅できる必要はないといった暴論を展開せざるを得ない状況に追い込まれ,最終的には起訴取り消しを決断しました。

 しかし,この集中記事の前半(no.2〜no.5)部分で詳しく紹介したとおり,本件は,単純な実験不備の事案ではなく,根本にあるのは無理筋な法解釈です。国際ルールに明確に反する独自の殺菌解釈を定立し,経済産業省,有識者を無理やり巻き込んで理論武装をし,立件にこぎつけた警視庁公安部の捜査手法には大きな問題があります。

 弁護人は,検察官から開示された膨大な証拠資料を分析し,捜査初期段階において当然存在するはずの証拠資料が欠落していることに気づきました。そして,公判前整理手続において開示請求を行うことで,捜査機関に不利な多くの証拠が,警視庁公安部内に隠匿され,検察官に報告されていないことが判明しました。特に本件の真相に迫るのに重要となるのが,警視庁と経済産業省との間の打合せメモです。警視庁は,捜査初期段階で,経済産業省との間で少なくとも13回の打合せ(電話を含む)を行っていました。

 弁護人は真相を明らかにするべく,警視庁と経済産業省の打合せメモの開示を求めました。検察官は,経済産業省から全面不開示とするよう求められたとして難色を示しましたが,裁判官の指揮もあり,一部黒塗りの上で開示されることになりました。そこには,経済産業省による法令の解釈及び運用実態が詳細に記載されていることが窺われます。

 検察官は7月30日に起訴を取り消しましたが,その日は,警視庁と経済産業省の打合せメモが開示される約束の,当日でした。


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