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えれほん/うめざわしゅん★★★

例によって、同僚から借りて読んだ。

奇妙なタイトルは19世紀後半イギリスの詩人、小説家サミュエル・バトラーの150年前の同名小説からとったものと思われる。Erehwonという綴りはNowhere(何処にもない場所=理想郷)を反転したもの。シンギュラリティの予言、優勢思想、経済至上主義など、色んな要素満載のディストピアの源流的小説である。
ちなみにバトラーは進化論を巡ってダーウィンと論争したことでも知られている。

で、この「えれほん」は3つの中編から成る。
非常に読み応えのある作品集だった。

第1部「善き人のためのクシーノ」はオーウェルの「1984」を下敷きに、リア充、ルッキズム逆差別社会のディストピアを描く。
ブサイクで30歳以上で童貞であることが特権階級の条件という社会で、アイドルの女の子に心ならずも夢中になってしまった「妹衛兵」エリートの男(もちろん非リア充非イケメン)。
その彼に推しのアイドルが泣きながらホンネをぶちまける。
「私、セックスも大好きなの。でも、でも私…イケメンじゃないとダメなの…!」
その瞬間の彼の表情。
葛藤、怒り、手の届かないものへの憧れ、哀しみ、諦め…たったひとコマで全てを表現する作家の凄さ。

第2部「かいぞくたちのいるところ」
知的所有権や著作権の行き過ぎた保護が蔓延して、創造や発明の衰退してゆく監視社会を描く。

第3部「もう人間」
この作品集の白眉。
臍の緒を切られて母体から分離されると死ぬ奇妙な遺伝病「アンビリクス症候群」
この病気を持つ母子は一生臍の緒で結合されたまま生きていかなくてはならない。
主な登場人物は、この病気の青年(母親は自殺未遂の結果寝たきりで、本人はそのベッドサイドから動けない)と、お腹にいる胎児がこの病気だと判明したライターの女性。
完璧な遺伝子診断が可能になる一方で優勢思想を排するために逆に堕胎が禁止された社会で、彼らはどのように葛藤し、どういう選択をするのか。
(文字通り)母親に或いは子供に一生縛り付けられる人生とは。命の選別とは。自由とは。
限りなく重たいものが突きつけられる。

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