世界経済を待ち受けるアフターコロナの険しき道



 先進国各国の金融財政両面からの景気刺激策とペントアップ・デイマンド(抑圧された消費などの需要が一気に盛り上がること)により、今年後半以降の世界経済はV字型に回復するとの期待が強い。だが、ここまでの現状を考えると、徐々にそうしたシナリオへの不透明感が強まっていることがわかる。

 理由は主として以下の4点だ。

 第1に、そもそもウイルスは簡単に消滅しない。都市封鎖などの措置により感染者の増加がいったん収まったとしても、油断すれば再び感染爆発が起きてしまうおそれがある。

 IMFは20年の世界経済の成長率がマイナス3%に落ち込んだあと「パンデミックが年前半にピークを迎え年後半に収束する」という基本シナリオのもとでは、20年後半以降、景気は上向き、21年には5.8%の大幅なプラスに転ずると予想した。

 しかし、IMFは、この基本シナリオのほかに、20年の感染拡大が長引いた場合や21年に再流行した場合などの代替シナリオもわざわざ用意し、その場合、経済活動の悪化がより長期化、深刻化する可能性を示した。ワクチンの開発が急がれるが、現状では、年後半に感染が完全に収束するという、基本シナリオの蓋然性はさほど高いとは言えない。

 欧米各国は外出制限の解除の時期を探ろうとしているが、一気に制限を解除することはできないだろう。実際には、感染が収まれば外出制限を幾分緩和し、それで再び感染が広がれば外出制限を再び強化するといったストップ・アンド・ゴー政策、言い換えれば、断続的な制限強化・緩和の繰り返しになるのではないかと思われる。

 第2に、年前半の経済の落ち込みは想像を超えるもので、年後半以降の経済のV字回復の土台が失われつつある。

 仮に、感染が収束し、人々が日常生活に戻ることができたとしても、そのころの人々の所得・雇用環境はコロナショック前のものとは全く違うものになっている可能性が高い。

 米国では、失業保険申請件数の急増ぶりから考えて、すでに現時点での失業率は戦後最高だった1982年12月の10.8%を上回り、15%程度に上昇しているとみられる。今後一段と上昇し、23%程度に達したとされる大恐慌の時期の失業率に近づくおそれもある。

 そうした高失業のなかでは、仮に、年後半にウイルスの広がりがある程度収束し、また消費回復を促す減税などの措置が実施されたとしても、思ったような効果が出てこないだろう。

 日本でも今回の問題が観光、レジャー、飲食などを中心とした産業を直撃している。経営悪化に陥る企業が増加し、雇用環境も悪化している。年後半の雇用情勢は、良好だったコロナショック以前のものとは大きくかけ離れたものになっている可能性が高い。

 第3に、実体経済の大幅な落ち込みが信用不安につながり、ひいては金融危機を招くおそれがある。

 各国中央銀行は企業の資金繰りを支援するために潤沢な流動性を供給し、政府も経営が悪化する中小企業を救済しようという姿勢を強めている。経済の急激な落ち込みのなかで、世界の多くの企業は現在、当局による救命維持装置に入れられた状態と言える。

 途上国が多額のドル建て債務の返済に晒されている状況を鑑み、米FRBは国際的なドル資金の逼迫状況への対応も強化している。4月にアルゼンチン国債がデフォルトしたが、迅速な対応により、アジア通貨危機のように危機が伝染する状況は今のところ抑えられている。

 3月にかけて強まった企業の信用不安は沈静化し、リスク資産を現金化しようという動きも収まった。

 しかし、いつまでも経営悪化する企業や債務返済に苦しむ途上国を救命維持装置に入れたままにしておくことはできない。

 金融政策に関して言えば、パウエルFRB議長は米国景気が回復軌道に乗るまで「力強く、先制的、積極的な」金融緩和を続ける姿勢を表明し、ゼロ金利を維持するとともに信用緩和などのための量的緩和も継続されると見込まれる。

 ただ、財政面ではいつまでも企業救済のために税金投入を続けるわけにはいかない。当局は救済すべき企業と救済すべきでない企業をどこかの段階で選別しなければならない。

 仮に、IMFの基本シナリオ通り、感染が年前半中に収束し、景気の急速な落ち込みも止まったとすれば、年後半には、大幅に拡大した財政赤字を懸念する声が強まるだろう。財政赤字幅を削減しようとすれば、それが景気の足を引っ張ることになる。

 1929年に始まった大恐慌においては、ニューディール政策などによって1930年代に入り景気は一時持ち直したが、早すぎる緊縮政策への転換によって景気は再び落ち込み二番底となった。早すぎる緊縮策への転換が景気回復を危ういものにする。

 第4に、これまで世界経済を底流で支えていたグローバル経済化の流れが変わってしまった。

 1990年代以降の世界経済はヒト、モノ、カネが国境を越えて自由に行き来できるグローバル化の時代を迎えた。比較優位に基づく分業により、世界経済はインフレのない高成長を遂げることができた。

 企業は生産コストの安い地域でモノを生産することができ、高い利益を得ることができた。先進国の消費者は海外で生産され輸入した安価なモノを購入することができた。途上国の労働者は移民として先進国で働くことができ、一方、高齢化の進む先進国はそうした低コストの移民の労働力を利用することができた。

 リーマンショック以降、トランプ政権の誕生などによる保護貿易主義化の動きもあってすでに自由貿易の流れにはブレーキがかかりつつあったが、今回の問題は国境を超えたヒトの流れにもブレーキをかけた。

 コロナショック後の世界経済はインフレのない高成長を遂げたグローバル化の時代に比べ、より低成長でより高インフレの経済、いわばスタグフレーション気味の経済になる可能性が高い。

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