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Podcastの裏側〜塩田周三社長のこと〜

 どうして『そんない雑貨店』に世界的なデジタルアニメーションスタジオの社長が力を貸してくれるのか。
 下の記事に書いたとおり、ポリゴン・ピクチュアズの塩田周三社長にモーリス・ウィリアムソン元議員のインタビュー翻訳を手伝っていただいた。しかも社長御自ら、「手伝おうか?」と声をおかけいただいて。普通はそんなことしない、たぶん。

 だって忙しいんですよ、あの方。今日はフランス、明日はアメリカ、スターウォーズのアニメ作ったり、トランスフォーマーズのアニメ作ったり、日本国内でもゴジラだシドニアの騎士だと作ってる。BLAME!なんてアニメとして日本初のドルビーアトモス作品ですからね。
 もちろん社長ご本人が制作をしているわけではない——むしろ作品が完成するまで見せてもらえないらしい——けれど、そういう船の舵取りをしているのだから。

 そんな塩田社長に初めてお目にかかったのは2017年12月16日。うちの猫、『お嬢』をうっかり拾ってしまった直後のことだった。この頃はまだこの子をもらってくれる人を求めて東奔西走していたなあ、というお話はまた今度。

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 もとはといえば、『そんない雑貨店』の相方・下平さんに「岩浪美和さんという音響監督がいて」とお話を聞いていた。そしてその方が設計・施工した小さな映画館『シネマチュプキタバタ』に行ってみたら、あまりに音が良くて驚いた。
 それから意識してみると、僕がおもしろいと思った作品の多くに岩浪音響監督のお名前があった。そして同時に紹介された『ガールズ&パンツァー』を観てみたら、これがめっぽうおもしろい。
 作品名を聞いたことはあったけど、「きっと女の子がキャッキャウフフするやつなんだろう?」くらいにしか思っていなかった。ところが実際には青春スポ根もので、いわゆる大きなお友達に媚びてない。それどころか、主人公の一途な姿、懸命な姿、そして仲間との絆に何度も涙腺が緩んだ。

 そんな作品の音響監督がなにやら新しい映画を作っているらしい。それもドルビーアトモスという新世代の音響システムで作られているらしい。
 で、実際に観にいったらすさまじかった。詳しいことは相変わらずわからないのだけど、登場人物のヘルメットをまるで自分かがぶっているかのような音的臨場感。音があっちこっちに飛びまわることよりも、ドルビーアトモスによる臨場感に驚いた。
 そして制作会社をみてみると、そこには『ポリゴン・ピクチュアズ』の名が。そういえば前年2016年に『亜人』というTVシリーズを観ていて、「CGでこんなに表情豊かな表現ができるんだ!」と驚いた記憶があった。その『亜人』の制作会社も、『ポリゴン・ピクチュアズ』だった。
 別にドルビーアトモスでなんて、作らなくたっていい。ましてや日本ではそのシステムに対応して上映できる映画館なんてほとんどない。それなのに「よりよい作品を作りたい」「もっとおもしろいものを観客に届けたい」、おそらくはそんな思いでアトモスというコストとリスクを背負う会社があった。

 いま思えばなんでそんなことをしたのかわからないけれど、とにかく『ポリゴン・ピクチュアズ』の社長のTwitterを見つけて、どうやら個人的にバンドでライブ活動を行っているらしいことを知った。

 じゃあ、お邪魔してみるか、と。

 もちろん、なんの知識もなくお邪魔するのも失礼なので、『ポリゴン・ピクチュアズ』のこと、CGのこと、アニメのことなどをできるだけ勉強していった。
 場所は三軒茶屋にあるライブハウス『GRAPEFRUIT MOON』。
 ライブ前にご迷惑じゃないかな、怒られたりしないかなと、ビクビクしながら開演1時間前には到着。入口で待っている間にISS(国際宇宙ステーション)の通過があったりして、それをスマホで撮影して気をまぎらす。
 そんなことをしているうちに、路地の向こうからお洒落なセーターを着た長髪の男性が現れた。ネットで見知ったその顔は、間違いなく塩田周三社長のものだった。

「あのぅ」と声をかけると、「はいはい?」と気さくなお返事が。
『そんない雑貨店』というポッドキャスト番組をやっておりまして、ポリゴン・ピクチュアズさんの作品にいたく感動いたしまして、もしよろしければ今度番組に出ていただきたいと思っておりまして…。

 まあ、普通はこんなとこで出演交渉しないよね。「広報を通して…」とか「企画書を送っていただいて…」とかなるよね、と思っていたら、あっさり「ああ、わかりました」と名刺をいただいた。
 その日は社長のバンド"SUMMER of LOVE"の演奏を堪能して、二言三言言葉を交わして帰った。 

 その後はTwitterでやりとりをさせてもらい、翌年の7月に開催されたライブにもお邪魔して、そのときに、「あのぅ、そろそろ…」とお願いすると、これまたあっさり「そうだね、じゃあ秘書にメールして」と今度は秘書のHさんの名刺をいただいた。

 さあ、それではいよいよインタビューに、とはならないのが『そんない雑貨店』。そこからさらに勉強を重ねた。CGの歴史、使われるソフト、使われる用語——リグとかシェーダーとか初めて知った——、その他諸々を必死になって勉強した。
 ただこうやって勉強したことが実際にインタビューで必要になることは滅多になくて、このときも直接そんな話になることはなかった。でもこうやって勉強していくことはとても大切だと思う。
 まずできる限りの勉強をしていくと、開き直れる。「ここまでは勉強してきました。ここから先はわかりません。よろしくお願いします」と。
 それにインタビュー相手がなにをいっているかがわかる。丁寧にインタビューに答えてくれる方でも、当然その話の中には専門用語が飛び出してきたり、その世界では常識となっている言葉が飛び出してきたりする。そんなときに話についていけるようにしておきたいし、もしかしたらその場でリスナーさん向けに補足が入れられるかも知れない。
 なにより足りないながらも勉強してインタビューに臨むのが最低限の礼儀だと思うし、そうしないのは不誠実な気がする。準備をしないまま相手の懐に飛び込んでいく勇気がないだけかも知れないけど。

 そうこうしているうちに1ヶ月が過ぎ、お約束のインタビューの日となった。

 8月末の暑い日、せっかくだからとお招きいただいたのはポリゴン・ピクチュアズ本社。相変わらずの小心者は約束の時間の一時間以上前について、あっちへうろうろこっちへうろうろ。ポリゴン・ピクチュアズの入っているビルの一階にあるコンビニに入って、「ここが忘年会で社長が仮装のまま現金を下ろしにくるところか…」と独りごちて、ようやくインターホンの受話器を取った。
「こちらへどうぞ」と通された会議室のホワイトボードには、その直前に訪れていたダグ・チャン——スターウォーズ ep.1~3でデザイン・ディレクターを務めた人——によるB1バトルドロイドの落書きがあって、「これいいですか!」と写真に撮らせてもらった。この辺、ちっとも遠慮しない。なんてったってこっちは素人ですから。すごいものがあったら嬉々として写真を撮ります。

 そんなことをしていると、ドアが開いて「お待たせしました」と塩田周三社長が現れた。
 え、いいの?社長おひとりなんですけど。こういうのって他にスタッフの方がいて、「いまのはカットで」とかやるんじゃないの?知りませんよ?うちの番組、収録したものそのまま流しますよ?

 そんな気持ちを知ってか知らずか、社長は「いやあ、暑い中わざわざすみませんねぇ」などと気楽に声をかけてくれる。
 そんなそんなとんでもない。こちらこそお忙しい中、時間をとっていただいて。こちとら素人番組で、なんのお返しもできませんし、なんのプロモーションにもならないんです。だからせめてものお礼にと、この日のために用意しておいたものをカバンから取り出した。

「バンドメンバーそれぞれのパネルです」
 ライブにはいつもカメラ持参でいっていたので、そのときに撮った写真をパネルにしてお渡しした。見るなり社長は「すげぇうれしい。誰も見に来てくれないから、まともな写真がないんですよ」と。
 そうなの?社員のみなさんも見に来てくれないの?誰かもうちょっと見に来てあげて。
「それからもうひとつ…」とお渡ししたのがこれ。

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 有名音楽雑誌を模した社長のバンドの写真集。表紙のフォントや文言、配置や色を研究して、ネットの写真集製作サービスを使って作っておいた。
 見るなり社長は、「ひゃあ〜、アホですね〜」。関西出身の社長の「アホ」は愛情表現。よろこんでいただけて本当によかった。それまでにもライブ中に撮らせてもらった写真を共有したことはあって、バンドのサイトで使ってもらったりはしてた。でもまさかこんなもの作ってくるとは思わなかったでしょう?ましてや世界的映像制作会社の社長にぬけぬけと手渡すとは。
 塩田社長はこれを見て苦笑い。それと同時に『公認非公式カメラマン』の称号を手に入れた。
 さあ、これが事前に僕にできることの精一杯。ここからは心を込めてお話をうかがう以外にできることはない。

 塩田社長のお話は終始おもしろくて、あっという間に時間が過ぎていった。いまでもときどき番組を聴き返すほどに。
 さすが世界に冠たるデジタルアニメーションスタジオ。その歴史は山あり谷あり。このあと12月に新宿ロフトで『ポリゴン・ピクチュアズ創立35周年記念トークイベント』があったけれど、まるでそれを僕のためだけにやってくれているかのよう。
 お話の内容はあらためてインタビュー回をお聴きいただくとして、実はこのあと、社長自らポリゴン・ピクチュアズ内を案内してくださった。
 おそらく検索すればすぐに出てくるポリゴン・ピクチュアズの制作風景で、各アーティストのデスクがあり、でっかく『POLYGON PICTURES』と書かれたガラスの壁であったり、資料満載の休憩室があった。各モニターにはそのとき制作中の作品が表示されていて、見てもきっとなにひとつわからなかったと思うけどできるだけ目をそらしていた。もしかしたらあのモニターには、いま公開されている作品が映し出されていたのかも知れない。
 そして最後にサーバールームに案内していただいた。「ここがまあ、心臓部やね」
 何台ものサーバーが詰め込まれたその部屋はまるで物置みたいだったけれど、そこにCGアーティストたちの想いと、情熱のすべてが集まっているかと思うと、「地震や火事が起こってもここだけは燃え残ってください」と思わずにはいられなかった。

 それ以来、塩田社長のバンドのライブには毎回お邪魔しているし——「え?そんな遠くからきたの?今回も?」——、毎回写真を撮ってお送りしている。
 いまでは「いい友達」と呼んでいただけるようにまでなって、コロナで延期になってしまっているけれど、今度インタビューをすることがあったら一緒にご飯を食べようということにもなっている——社長、忘れていませんからね。

 これからもきっと、ポリゴン・ピクチュアズはおもしろい作品を作り続けるだろうし、塩谷周三社長は世界中を飛びまわって新しい世界を開拓し続けるだろうし、僕はまたそれをそっとお伝えしていくと思う。まずは次の作品と、社長のライブを楽しみにしています。


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