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「永遠に続く物語」~#シロクマ文芸部「手紙には」

手紙には何も書かれていなかった。
便箋はまったくの白紙だった。
ただ仄かに柑橘系の香りがした。
それが彼から最後に受け取った手紙である。

あれから五〇年以上の歳月が流れた。
手紙はまだ私の書斎の引き出しにある。
折に触れて手に取り開いてみる。
少し黄ばんだ便箋の色が過ぎていった時間を表している。
香りは今もかすかに残っている。

送り主の彼は半年前にこの世を去った。
彼と過ごした五〇年余の人生は多難だったが今では暖かい思い出しか残っていない。
ありがとう。
心からそう言いたい。
また空白の手紙を開いてみた。
同封されていた映画のチケット。
確かネバーーエンディングストーリーだったか。
封筒を人差し指で撫でると静かに引き出しにしまった。
階下で声がした。
「おばあちゃん、ごはんだよ」
永遠に続く物語。


本作はシロクマ文芸部参加作品です。いつも企画ありがとうございます。


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