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読書感想「君が手にするはずだった黄金について」~「百年の孤独」他併読中

君が手にするはずだった黄金について


 昨日小川哲さんの「君が手にするはずだった黄金について」を読了しました。満足の一冊でした。
 主人公は、筆者と思われる小説家で、彼の周りで起きる様々なできこと、恋人との別れ、怪しげな占い師との対決、トレーダーもどきの詐欺師になった友人、嘘と盗作で固めた漫画家、そして小説家としての自分。
 彼らの存在の虚実を堅実で緻密な描写で描き出します。連作短編ですが、「受賞エッセイ」で山本周五郎賞を受賞するので主人公は筆者自身なのでしょう。しかし占い師等、その他の人物は実体験かどうかわかりません。偽物という短編の中で「こうやって、適当な話をでっちあげるのが小説家の仕事なんですよ」と言っていますから、本編自体も嘘か本当かわかりません。しかしちょっとした会話の中で嘘の作り話をいとも簡単に作り上げるのはすごいと思います。
 わたしがこの小説を読んで思ったのは、小説家志望の方にぜひ呼んでいただきたいということです。主人公は何度もこう言っています。

小説家に必要なのは、なんらかの才能が欠如していることです。僕たちは他の何かになれないから、小説を書くのです」

小川哲. 君が手にするはずだった黄金について (p.174). 新潮社. Kindle 版.

 また、こうも言っています。

小説家に必要なのは才能ではなく、才能のなさなのではないか。普通の人が気にせず進んでしまう道で立ち止まってしまう愚図な性格や、誰も気にしないことにこだわってしまう頑固さ、強迫観念のように他人と同じことをしたくないと感じてしまう天邪鬼な態度。小説を書くためには、そういった人間としての欠損──ある種の「愚かさ」が必要になる。何もかもがうまくいっていて、摩擦のない人生に創作は必要ない。

小川哲. 君が手にするはずだった黄金について (pp.121-122). 新潮社. Kindle 版.

 この本を読めばわかりますが、主人公はちょっとした道ばたの石ころや、看板、人々の会話、見かけや仕草、万物に対して問題意識を持ち、懐疑的で簡単にスルーしません。それだけ物事に対して懐疑的な目を常に持っている必要があるということです。
 またプロローグにさりげなく書かれた膨大な読書量に圧倒されます。さらに鋭い観察眼、失われた時に対する偏執狂じみた強いこだわり、これは「才能」だと思いますが(笑)、筆者は才能の欠如だと言っていますね。まあそれはどうでも良いのですが、とにかく小説家を目指す人は、「小説の書き方」とかよりも、こういう本を呼んだほうがためになる気がします。
 気に入ったのはもうひとつ、昨今のポップで斜め読みしても大差ない軽い文章ではなく、しっかり読める堅実で緻密な文章に好感を持ちました。

 


 以下は併読中の本です。

「百年の孤独」

 半分まで読んだところです。
 滅茶苦茶面白いです。二十年ほど前に読んだときは読みにくくてわけわからないまま終わった気がしていましたが、今回改めてじっくり読んでみると、これはエンターテイメントです!難解で読みにくいと思っている人の多くは、おそらくマジックリアリズムだの世界文学の最高峰だの、敷居の高さが過剰にすり込まれているだけだと思います。確かに歴史的な傑作なのでしょうが構える必要はないのです。
 まず、物語舞台となるマコンドという街は架空の街です。この町の盛衰が語られる大河小説です。バナナ虐殺やコロンビアの内戦などが背景にあり、架空の街にすることで政治的色彩を裏で持たせて訴える意味があるのかもしれませんが、そこまで深読みしようとすると詰まります。娯楽小説として不思議な物語として楽しんで読むべきです。
 決して難解ではありません。ジプシーがやってきて謎めいた魔術で街は数行ごとに発展するし、一睡もできなくなり、記憶が失われる伝染病で名前と用途を書き留める(辞書を作る)ようになったり、それをジプシーの薬であっという間に治したり、とにかく短い文章の間に、事件が起きまくります。さすがにマジックリアリズムだけあって、ありえないことが普通のことのように描かれるので、リアリズム小説になれている人は面食らうと思いますが、ファンタジーだと思って読めば良いのです。難しく考えすぎない、それがこの小説を楽しむコツだと思います。
 やっかいなのは似たような名前(時にはまったく同じ名前)の人物が多すぎることですね。これは前回もそうだったんですが、相関関係をメモしておかないとわけがわからなくなります。家系図がついていますが、一族以外の人間は書かれていないので、それだけでは役に立ちません。
 それと改行が少なめなので読みにくいと感じるかもしれません。
 しかしこれに影響を受けて書いたと言われる筒井康隆の「虚構船団」(わたしは最高傑作だと思っていますが)より、はるかに読みやすいです。
 挫折気味のかたは軽い気持ちでラノベ感覚で読んでみてください。

あたしの一生 猫のダルシーの物語

 これも半分ほど読みました。
 猫目線の童話の一種ですが、猫好きの人間にはたまらない小説です。実は同じく猫小説の「ジェニイ」(ポールギャリコ)も積読にあって、これを読み終えたらそちらを読むつもりです。
 ただこの小説、ラストが自ずから想像できるので、読み終えるのが辛いかなあ。

どこにいるの あたしの人間   
あなたにとても会いたいの   帰ってきて あたしの人間   
あたしはここよ 知ってるんでしょう?   
この悲嘆にくれた家のなかで   
ひどくさびしく ひどく陰気に   
悲しくて 不幸で   
こんなにもあなたを求めている   帰ってきて あたしの人間
ダルシーはここよ   帰ってきて 大切なひと   
ずっと そばに いて

ディー・レディー. あたしの一生 猫のダルシーの物語 (小学館文庫) . 株式会社小学館. Kindle 版.

 主人が数日間留守にしたときの主人公の心の叫びです。
 実際に猫はどう思っているんでしょうか。

 読了した本の感想と併読中の本の紹介でした。

 それではまた!

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