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「離れてつながる」とは。 2020.4.14

離れてつながる、とは。

離れても、なおつながりを願うことは、今に始まったことではない。
豪雪地帯、限界集落で暮らしている人も、
携帯電話がなかった時代にデートの待ち合わせをしていた人も、
命日を前にして亡き人とのつながりを願う人も、離れてもなお、どこかの誰かとつながりを信じてきた。

例えば亡き人に想いを馳せるとき、生きている人だけが持つ一方的な心の歩み寄りになる、ように見えるかもしれないが、
今はたまたま生きている人に想いを馳せるときだって、同じように一方的なのだ。
だって、自分と全く同じ気持ちの人っていないでしょう?

人のつながりって、お互いが持ち寄る期待値みたいなものに支えられる。
あの人の役割はこう。私はこれ。よし、これで行こう、という感じ。
みな、何かしら誰かに期待して、こうあって欲しい、こんな話をして欲しい、などと勝手な期待を寄せるのだ。

人は勝手に期待し、勝手に期待を外され、勝手に期待通りだと喜ぶ。
この”期待”が、見事に崩れ始めているから、混乱状態になっている。

側から見ると私は「場づくりの人」に見えるらしい。
したたかに設計し、伏線のエピソードをあちらこちらに張り人が出会う仕組みを作っていたら、お茶会から家庭科室、診療所、ケアの文化拠点まで作ってしまった。

でも私は場をつくろうと公言することは結構苦手だったりするのだ。つくる、という言葉があまりに力強すぎる。
ひとたび何かしようとすると、一瞬にしてその光景が目に浮かんでしまう。
ああすればこうなる、こういう時はこうするといい。勝手に頭の中で緻密に設計してしまう。
実はこの設計を頭から振り払うのにとても力を使う。

つまり、勝手に自分の設計に期待して動こうとする自分と、ヒトやコトに期待しすぎてはいけないというもう1人のアラート(注意報)がけたたましく鳴る。
このバランスが、本当に難しい。

私ほど大袈裟ではなくとも、きっとこれはどんな人にも言える心持ちなのではないだろうか。

10割こうじゃなくちゃいけない、という心持ちから、自分の期待値を開放する次元に入ってきている。でも自分はこうしたい、という自分のバリアも一方で持ち得る必要もある。

大人になればなるほど。経験があればあるほど、こうしていくのだという気持ちが強くなる。10代の血気盛んな目つきの悪いオラオラな気持ちとは、また違う種類の気持ちだ。だから、”大人”こそ要注意。まだ前の成功体験だけを持ち寄ろうとしてしまうから。

今私は、それぞれが自分の期待値を開放する次元に入ってきたことで、
こうあらねばならない、よりももう少し包容力のある、想像力のある場が、あちこちで立ち上がっていくのだと思っている。

じゃあ、具体的には?
人の「好き」を起点に集まっていくことには何ら変わりがない。答えにもなっていない。つまりや根本の心持ちは変わらないはずなのだ。
人に会うという欲求はどの次元でも変わらないからだ。

出会い方を工夫する。知恵を持ち寄る。誰かがしてくれる、ではなくて自己の主導力を上げるしか、残された道はない、とまで言える。
自分の期待値を下げる、という言い方ではなく、期待値を解放しよう。
こうあらねばならない、という前例をぶっ壊せる、大チャンスに私たちはいるのだと信じている。

(2020.4.14。また更新するかもしれません。)