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市川思迷のビデオ録 #2 ベンチに住む女

駅のホーム、公園、緑道。

この街にはいたるとこにベンチがある。


このベンチには今日も誰かが座り、
昨日も誰かが座った。

さっきまではサラリーマンが座っていたかと思えば、今はお母さんと小さな女の子が座っている。


疲れた時は座りたい、
ベンチが埋まっていると溜息が出ることもある。

空いているベンチにカラスがフンでマーキングしていると、ベンチを蹴飛ばしたい気分になる。



そんなこの街のベンチに、
ひとつだけ異質なものがあるらしい。


それを調べるのが今日の私の仕事。

現代社会に渦巻く謎を解明し真実を伝える
新進気鋭の動画配信者。
市川思迷の本業だ。


私は早速、そのベンチのある地下鉄の駅に向かった。




「皆さんハロー、思迷チャンネルの市川思迷です。
今日はこの街で噂のシアワセで不幸なベンチに座ってみたいと思います」


特殊な素材で出来ているわけでもなく。

真新しいわけでもない。


そのベンチは地下鉄のホームの1番後ろ。

終着駅の尻尾の横に置いてある。



どこにでもある形状の普通のベンチ。



でもこのベンチには摩訶不思議な噂がある。


「なんともこのベンチ、座るだけでシアワセで不幸になるらしいのですが、全くの矛盾ですね。
私に任せて下さい。この思迷が実験台になりましょう」



座ると最後。

そう言う噂もあれば。


座るだけで幸せになる。

そう言う噂もある。




「刮目せよ」

私はビデオカメラを回しながら、
誰もいない24時の終着駅のベンチに腰掛けた。



「少しお尻が冷たいですね、でも今のところ特に
異変はありません」


根気よく座っていよう。


するとすぐに異変は訪れた。


「なんだか、頭がボーッとしてきますね」


思迷の身体から力が抜けてきた。


思考は濃いもやの中の様に不透明。


ビデオカメラを持つ手に力が入らなくなってきた。





その時



「どう?」



女性のか細い声がどこからか聴こえる。



「もう、なにも考えなくていいのよ。
一緒にシアワセになりましょう」


うっすら見渡したが、周囲には誰もいない。


「だれだ、、」


私の声もか細かった。


「あなたをシアワセに誘う為に生きてる者よ。
今から来る最終列車に一緒に乗りましょう」


すると、地鳴りと共に列車のライトが近づいてきた。




「さあ、最終列車の到着よ。一緒に行きましょう」



「うん」


私は立ち上がると、もう折り返す筈もない
最終列車に乗り込もうとホームを歩いた。


「シアワセ行きの最終列車よ」



私は力なく歩いた。




そんな中、力が抜けきったせいか、
ビデオカメラをコンクリートの上に落とした。





ガシャん!!!





「レンズが割れる!!!」


咄嗟に思った。

レンズ、レンズ!




「なーんだ、あなたは臆病者ね、失敗よ」




私は我に帰った。
急いでコンクリートに落としたビデオカメラの安否を確認した。


「無事だ」


私は安堵し、ビデオカメラを自身に向けた。


「今は聞こえませんが、先程まで私には声が聞こえていました。女性の細い声。その声がこの最終列車に一緒に乗ろうと言ってきました。私は頭がボーッとしていて、その声について行こうと薄い意識の中で思い足を進めました。しかし身体に脱力感があったため、つい貯金を叩いて買ったビデオカメラを硬い地面に落としてしまいました。私の頭の中はもったいないという感情で溢れかえりました。そうしたら、ボーッとした感覚は吹っ飛んでいました。あの声と一緒に乗車していたら私はシアワセになれたのでしょうか?それとも不幸になっていたのでしょうか?
これは私の直感だが、このベンチに座った生なる者は不幸になるかもしれない。しかし絶望者のみんなにはきっとシアワセ行きの乗車券かもね。それがこの噂の真実。今日はここまで、またいつか」





アップロードした動画のコメント欄には

「なにこれ?どーいうこと?」
「思迷の目いっちゃってない?」
「女の声なんか聞こえた?」
「聞こえない」
「こいつ一人でなにやってんだ、演技くさいわー」
「まって、私には女の声聞こえるんだけど」


真実は、疑う者にはウソとなる。

現代社会に渦巻く謎を解明し真実を伝える
新進気鋭の動画配信者。
市川思迷。


私を信じろ。
これは強制だ。



市川思迷のビデオ録 【マガジン】

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