冬が来た日

日曜の午後、「紅葉が見たい」と言う夫に急かされて、パン作りの作業を終わらせた。11月に入っても数日夏日があったくらい暖かで、それを承知の「紅葉してるかな」、だった。

郊外から更に山を分け入る集落を目指して北上する。遅い出発なので遠くには行けない筈なのに、巨大杉のある山を目的地とした。山を巻く林道は荒れていて、気付けばガードレールの無い坂道を駆っているのだった。暗い緑が続き、割れたアスファルトに座席で何度もジャンプする。集落が絶えた後、坂の斜度は更に増し道はいよいよ悪くなり、巨杉のある寺目前でスピードを落とすと、山鳥が道端に居た。

山鳥とすぐ気付いたのは夫で、すぐには剥製の様に動かなかった、その美しいオレンジ色の長い尾を持つ珍しい鳥は、スタスタと脇の草むらに消えた。陽は傾き始めている。車から降りると寒いのではなく、硬く凍るような尖った空気に身震いした。急いで巨杉のある寺へ坂道を下る。上にも下にも枝や幹を伸ばす、巨大な杉があった。人の気配の無い寺を後にし、駐車場から南アルプスの前衛峰を眺めた。

暗くなる気配が濃厚で、先程から時雨て来ている。そのまま帰路に着く。辺りの林が黄色くなり始めているのが見て取れた。こんな風に夫はフイと、私を連れ出す様になった。登山を辞め、マラソンも大会卒業し、仕事以外は体力維持のランニングとパン作りばかりしている私を慮ってか、「空気みたいになった夫婦」は今、ドライブに出掛けている。

どうのこうの、たわいもない話をする。それは家でも出来る事なのかも知れないが、車に乗り、それぞれが前を向きながら誰かの噂話、世間話、思い出話に花を咲かせる。夫婦は顔を突き合わせるよりも、同じ方を向いて居るのが良いらしい。そう聞いた事がある。

この夜から寒気が入った。

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