株式相場からの退場

キャンバス空売り

 令和4年6月15日(水)15時、引け後にキャンバスからIRが出た。「がんの縮小が確認されました(速報)」。その瞬間私は四つん這いになって床に突っ伏した。そして震えながら泣いた。手足から力が抜けていく。体中から冷汗が出た。
 私はキャンバスをレバレッジを使った空売りで持ち越していた。約60万円の資金を用いた信用取引で329円4700株、ざっと150万円。
 
 令和3年に2200万円あった資産は、レバレッジをかけて保有していたシンバイオの上場廃止猶予期間入りのIRとともに暴落。これを機に損を取り戻そうと正気を失ったデイトレを繰り返して資産を減らした。この時には60万円ほどになっていた。
 
 キャンバスのIRが出てから10分後、私は家の中を意味もなく歩き回っていた。創薬会社の薬でがんの縮小が確認された、しかもすい臓がん。材料のでかさに現実を受け止めきれないでいた。このときのキャンバスの時価総額はざっと40億円。明日、明後日はまず寄らない。月曜日は値幅4倍。ここでも寄るのかどうか…いや寄らないだろう。いつになるのか。数100万円~最悪1000万の借金を覚悟した。SBI証券に電話するが、先客が多いのか担当者が出てくれない。15分くらい待ってもつながらない。自分と似た境遇の人たちが電話しているのだろうか?チャット機能で相談してみる。数百万の借金になりそう、一括で返せないことを伝える。「これ以上は、こちらでは回答することができません」。

 その日は寝れなかった。お腹はギューッと痛い。心臓の速い鼓動が体の内側からずっと聞こえる。1時間置きに目が覚める。明日は仕事。自分がまさかこんな状態になるとは思わなかった。ドラマでよくある借金を背負った小さな工場の経営者の人もこんな気持ちだったんだろうか。

 

空売りの翌日

 木曜日、仕事は手につかなかった。体に力は入らず、足がふるえてがくがくする。お腹はずっと痛い。食事はのどを通らない。鏡で見ると顔は青白かった。
 朝の寄りつきをみる。416円ストップ高に700万株くらいの買いがはりついていた。
 株で一発逆転を夢見て全資産を投入していた自分に貯金なんかなかった。いわゆる入金ゾンビ。給料を入金した傍から溶かしていた。
 病気の親父には借金ができるから金貸してくれなんてどうしても言えない。使ったこともない消費者金融、司法書士、弁護士について仕事の合間を縫ってずっと調べてた。電話もしたし、弁護士の相談の予約もとった。
 15時、キャンバスは1000万株を超える買いを残してストップ高となった。約定したのはわずか数万株だった。
 その日の夜、弟に電話した。金貸してくれって、、最低の兄貴。しかし、頼る先がなかった。弟は100万なら貸せるって言ってくれた。本当にありがとう。弟が話を聞いてくれたおかげで、お腹の痛みは少し楽になり、その日は何回か目は覚めたけど少しだけ寝れた。


空売りから2日後

 金曜日、この日仕事は休み。ずっとキャンバスの板をみていた。496円のストップ高の板に買いが200万株くらいで張り付いていた。売りは約50万株、昨日と比べるとかなりまし。どうせ始まった途端、買いがさらに沸いてくるんだろうな…。
 9時になって相場が開いた。気配は変わらぬまま。
 異変が起きたのは9時40分を過ぎたくらいから。買い板が少しずつだが減っていく。売り板の方は少しずつ増えていく。もしかして…。


取引成立

 次の瞬間、現在値に496円の赤い文字が点灯した。9時52分、取引成立。相場人生の中で一番うれしかった。2200万の資産になった時よりもずっと。頭の中に取りついていた何かがすーっと消えてった。弟にすぐ連絡した。
 口座残高をみると表示は-1万円になっていた※。数百万円の借金を覚悟していた自分にとってー1万円の表示はほんとにうれしかった。ありがとう。

引退

 このとき、私は10年以上続けてきた株式相場から引退しようと心に決めた。手法もないただのギャンブルで家族にまで迷惑をかけた。一時精神状態はどん底まで落ちた。相場ではもう勝てる気がしなかった。真面目にコツコツ貯金して残りの人生を生きよう。そう思った。
                             (つづく)


※1 損失額は(496-329)円×4700株≒78万円。計算すると-10数万円になるところ、-1万円で済んでました。元々の資産の間違いか税金とかの関係かはっきりと覚えていませんが・・・ご了承ください。

なお、当時のツイッターにこのときの状況を残してあります。
自分への戒めのために。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?