落語「ギター教室」

登場人物

先生 夫 妻 義父 司会


【ギター教室 10時】

先生「ではレッスンを始めます。講師の高崎と申します」
 夫「よろしくお願いいたします。平山です」
先生「今回が初回ですね この教室の場所はすぐわかりましたか」
 夫「すこし迷いました。どこで曲がればいいかわからなくて。
でもいいんです。へんぴで流行ってなさそうな教室がよかったから」
先生「あっはっは、聞かなかったことにします」
 夫「僕、ギターを習ってる事、誰にも知られたくないんです」
先生「なにか事情があるんですか」
 夫「少し長くなりますがよろしいですか」
先生「かまいませんよ。このあと2件しか予約入ってないんです。流行って無いのでね」
 夫「根に持ってます?」
先生「冗談です。理由って何ですか」
 夫「実は僕、2か月後に結婚式を挙げるんですよ」
先生「それはそれは、おめでとうございます」
 夫「ありがとうございます。で、結婚式でサプライズを仕掛けたいんです。妻の好きな歌を、ギターで弾き語りしてやろうと思って」
先生「実にステキですね!ロマンチックだ。なんという曲ですか」
 夫「エルビス・プレスリーの「監獄ロック」です」
先生「なるほど。シブい奥様ですね」
 夫「父さんの影響だそうで。鼻歌で歌ってるんですよ」
先生「うん。でも監獄ロックでしょ。結婚式に合うかなあ」
 夫「インパクトはあると思うんです。ぼくが弾き語りするとか、誰も予想しないでしょうから。真面目で面白味のない人間だと思われてるんですよ。だから、妻や家族や、あと警察学校の同期とかも、みんなをビックリさせたいんです。だから思い切って」
先生「ちょっと待ってください。聞き捨てならない単語が聞こえました。警察学校?警察学校ってなんですか」
 夫「ああ、僕、警察官なんですよ。交番のお巡りさんです」
先生「お巡りさんが、自分の結婚式で、監獄ロックを弾き語るんですか」
 夫「面白いでしょう」
先生「面白いです やりましょう 私おもしろいの大好きなんです」
 夫「ありがとうございます!僕、頑張って練習します。先生、このことくれぐれも内緒にしてくださいね。twitterに書き込まないでくださいね」
先生「もちろんですとも!監獄ロック、張り切って練習しましょう」


【ギター教室 13時】


先生「ではレッスンを始めます。講師の高崎と申します」
 妻「よろしくお願いいたします」
先生「ええと、金井さん?楽器のご経験はありますか」
 妻「ギターは初めてです。でも学生時代に弦楽器はいくつか」
先生「何をやってたんですか」
 妻「交響楽団で、ハープとコントラバスを」
先生「なるほど、普通は逆なんですけどね だいたいみんなギターを一回くらい触って、ハープは死ぬまで触らないんですけどね。では、レッスンを始めましょうか、金子さん」
 妻「あの、すみません。私、先日入籍して名字が変わったんです」
先生「おやおや、それはまたおめでとうございます」
 妻「ありがとう。だから、金子ではなく平山って呼んでいただけますか」
先生「はい、平山さんですね……平山さん?あのう、平山さん、どうしてうちの教室を選んでいただいたんでしょうか」
 妻「どうして、とは?」
先生「その、例えばおうちが近いとか、そういう理由ですか」
 妻「あの、実は、ギターを習っていることを、誰にも知られたくなくて」
先生「いったい、どういった事情でしょうか」
 妻「少し長くなりますが、よろしいでしょうか」
先生「かまいませんよ。聞いておいたほうがよさそうだ」
 妻「実は私、2か月後に結婚式を挙げるんです」
先生「それは、おめでとうございます」
 妻「私、結婚式でサプライズを仕掛けたいんです。私の父に」
先生「お父さん?」
 妻「小さいころに母を失くして、男手一つで私を育ててくれた立派な父なんです。私の幸せを一番に考えてくれて、結婚もすぐに認めてくれました。だから、手紙を読むときに 父の好きな歌を歌ってあげたいんです」
先生「ステキですね。こっちに協力したいなあ。ちなみに曲は何ですか」
 妻「父は、エルビスプレスリーが好きなんです」
先生「そうでしょうね」
 妻「中でも一番好きな曲があるんです」
先生「監獄ロックですね?」
 妻「いえ、好きにならずにいられない、って曲です」
先生「監獄ロックじゃないんですか?」
 妻「監獄ロックは私も好きですけど、結婚式でやる曲じゃないでしょ」
先生「そうですよねー!(小声で)間違ってましたよ旦那さん」
 妻「私、このサプライズ、ぜったい成功させたいんです。私がギターを弾くなんて誰も思わないから。夫もきっと、びっくりするでしょうね」
先生「驚きますよ。一番驚くんじゃないですか。頑張って練習しましょう」
 妻「ありがとうございます。あ、先生、この件はくれぐれも内緒にしてくださいね。facebookに書かないでくださいね」
先生「任せてください!絶対しゃべりませんとも!」


【ギター教室 18時】

先生「喋りてえー!誰かに喋りてえー!旦那さんと嫁さん、まったく同じこと考えてるんだ。あんまり見たこと無いぞ、サプライズが被るところ。とはいえそれを教えたら、二人とも教室来なくなっちゃうだろうし。まあいいや、黙っておこう。最後の生徒さんにうっかり言わないようにしよう」
義父「失礼いたします」
先生「来た来た。どうぞお座りください。講師の須藤と申します」
義父「はじめまして。金子大二郎と申します」
先生「……金子さん、ですか」
義父「ええ、金子大二郎55才。好きなジャンルはロカビリーです」
先生「嘘だろ……あの、どうして、うちの教室にいらしたんですか?」
義父「先生。先生は口が堅いですか」
先生「来たー!めちゃくちゃ固いです」
義父「本当ですか」
先生「ええ。私ほど口が堅い男はいませんよ。どのくらい固いのかは、今、あなただけには、説明できないんですが。とにかく口が堅いんです」
義父「わかりました。お話ししましょう。私には一人娘がいましてね」
先生「はい」
義父「この娘が2か月後に、結婚式を挙げるんです」
先生「近づいてきた」
義父「私はですね、娘の結婚式で サプライズを仕掛けたいんです」
先生「そうでしょうね!」
義父「そうでしょうねとは何ですか あのこが小さい頃 妻が亡くなりましてね(軽く泣きながら)私が男手一つで育ててきたんです 娘の幸せを 第一に考えてね」
先生「そうなんですねー (小声で)この話聞くの二回目だ」
義父「そうだ見てください(スマホを取り出す)娘夫婦の写真です。髪が長くてスカートをはいているのが娘です」
先生「わかってます。お美しいですね。上品そうというか。きっとハープもうまいんでしょうね」
義父「そうなんですハープ弾いてたんですよ。よくわかりましたね」
先生「いやまあ、そういう顔立ちだなあって。あっぶね」
義父「死んだ母親に似て、顔も気立てもよくてね。私に似てるところとか一つもないでしょう、なんちゃって。ははは」
先生「ははは、いや似てますよ。考え方とか、きっと似てますよ」
義父「そうですかね。で、こっちが旦那。シュッとしてるでしょう」
先生「本当ですね。まじめで誠実な感じがしますよ。町でも評判のおまわりさんなんでしょうね」
義父「そうです。警察官なんですよ。顔見知りですか」
先生「えっあっ。いや見た目がそんな感じだな、って。そんなことより金子さん、サプライズってどんなことするんです」
義父「筋書はこうです。式のクライマックス、新郎新婦が退場していく。大きな拍手。そこで私が「ちょっと待ったー!」と、ギターを抱えて登場するわけです。驚くお客さんを前に私が、おもむろに一曲披露。みんなびっくり。どうでしょうか」
先生「驚きますよ。そりゃみんな驚きますよ。語り草になりますよ」
義父「そうでしょう!ただ、旦那のほうはいい顔をしないかもなあ。彼は職業柄、真面目なところがありましてね。私とは正反対の人間というか……こういうことやって、受け入れてくれるだろうか」
先生「絶対に大丈夫です。旦那さんは受け入れますよ。受け入れざるをえないですよ」
義父「そう言っていただけると、自信が出てきました。頑張って練習します。先生、くれぐれも内密にお願いしますね。回覧板とかに書かないでくださいね」
先生「一人だけツールが古い!ええ!最高の結婚式にしましょう!」


かくして、旦那と嫁と嫁のお父さん、3人にギターを教えることになりました。三人から口止めされてるからちゃんと内緒にしてたんですが、こんなこと続くはずがない、どこかで必ずバレるだろう、と思いながら指導していたら、これが奇跡的にバレなかった。そんなこと起こるわけないのに起っちゃった。なぜか。落語だからです。三者三様、お互いの思惑をまったく知らないまま、運命の結婚式、当日を迎えます。


【結婚式当日】


まずは新郎側の余興、おもむろに立ち上がった新郎がギターを取り出します。曲はエルビスプレスリーの監獄ロック!会場は大盛り上がりでございます。笑っていないのは新婦と、新婦の父親、二人だけ。
曲が終わって拍手喝采の中、司会者がコメントを求めます。


司会「驚きました!新郎様、見事な弾き語りでしたね」
 夫「はい!この日のために、こっそり練習してきました」
司会「素晴らしいサプライズです!新郎に大きな拍手を!」
 夫「(手を振りながら席に戻り、妻に)驚いた?」
 妻「驚いたわ。すごく」
 夫「見ろよ、お義父さん、すごい怖い顔でこっち見てるよ。やっぱりこういうサプライズとか、嫌いなのかな」
 妻「そんなこと無いと思うけど……」


お義父さんが旦那を睨みつけたまま、式は進行していきます。
お色直しが終わり、新郎の挨拶が終わり、新婦の挨拶に移ります。


 妻「おとうさんへ 今まで育ててくれてありがとう(ちょっと泣きながら 結婚式の挨拶っぽいセリフ2、3行)おとうさんのことが 本当に大好きです。そんな気持ちを込めて、ここで一曲、聞いてください」


新婦が突然、ギターを奏でます。
曲はエルビス・プレスリー「好きにならずにいられない」
流石の演奏力でございます。
やがて演奏は終わり、会場は大きな拍手と、大きな混乱に包まれます。


司会「ええ皆様、どうかざわつかないでください。わたくし、長年結婚式の司会をやっておりますが、初めての事態です。しかし皆様、こう考えてみましょう、新郎新婦が意図せずして行った行動が、偶然にも一致した。これほどまでにお二人の心は、固く結ばれているのです。こんなに仲のいいご夫婦がいたでしょうか!末永くお幸せに!新郎新婦に大きな拍手を!」

湧き上がる拍手の中 新郎新婦が退出しようとします そこへ突然

義父「ちょっと待った!」

立ち上がったのは金子大二郎、55歳。

 妻「おとうさん!何してるのよ!やめてよ!」
 夫「おい、お義父さんの指を見ろよ!」
 妻「指?ボロボロじゃない?」。まさか お義父さんもギターを?」
義父「男にはな、やらなきゃならない時があります。ええ皆さま、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございました。最後に私から二人に、祝福の意を込めて、一曲お送りいたします。エディコクランで「カモン・エブリバディ」!ジャーン!」
妻 「(泣きながら)お父さーん!エルビスじゃないの~


【ギター教室】

 妻「先生!どうして教えてくださらなかったんです」
先生「私だって言いたかったですよ!みなさん全員に口止めされたから!でもよかったじゃないですか、結婚式自体は大成功だったんでしょ」
 妻「ええまあ。招待した皆さんから褒められました。あんな面白い結婚式なかった、って。誰かが撮ってたビデオがユーチューブに上がってて」
先生「見ましたよ。10万回くらい再生されてましたね」
 妻「夫と父も仲良くなって、バンド組もうかって話してます」
先生「距離の縮め方が凄いですね。また今度、お二人も連れてきてください。ありがとうございました……うまく転がったんだなあ。あとはうちのお客が増えてくれれば、最高なんだけどなあ」
??「すみません!ギター教えてください!」
先生「言ってるそばからお客さんだ。ようこそいらっしゃいませ」
??「皆をビックリさせたいんです。みんなをビックリさせるなら、ここで習うのが一番だって聞いてきたんです」
先生「変な人だ。うちは、サプライズ専門じゃないですよ」
??「今度は私がギターを弾いて みんなを驚かせてやるんだ」
先生「変わった意気込みだなあ。あなたあれですか、平山さんご夫妻のお知合いですか」
司会「いえ。私あのときの、結婚式の司会です」
【了】

音声のみ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?