落語「皮剥長屋」

●=彦九郎 ▲=うどん屋 ■=宿屋

●おおいうどん屋、やってるか。

▲いらっしゃまし。大将えらいすんまへん、店じまいや思て、火ぃ落としてしもたんですわ
もっぺん起こすまで、ちょっと待ってもらえますか。

●拍子の悪いうどん屋やな。はようせい。

▲へ、すんまへん……先に聞いときますわ、なんにしまひょ。

●何や?

▲いや、うどん、なんにしまひょ。

●ああ、うどんかい。いらん。

▲へ?

●いらんちゅうてんねん。

▲せやかてお客さん、火ぃ起こせちゅうて。

●火がなかったら寒いやないか。

▲おかしな人やなあ。あんた、なんでんねん。

●話さなわからんな。ワシは丹波笹山の出で彦九郎ちゅうもんじゃ。
またの名をカミナリ九郎とこない呼ばれとる。

▲えらい大仰な名前ですなあ。

●この名前をよおく覚えておけよ。いずれ大阪じゅう、いや日本じゅうに轟く名前や。

▲はあ、なんぞ悪いことしはるんでっか

●おまえなあ、ひとを見かけで判断すなよ。夢を追いかける若者つかまえて

▲あんましそうゆうこと、自分からいいまへんで。夢?

●そう、その夢をかなえるために、ここでちょっと向こうの長屋、見張らせてもらいたい。

▲わあ、空き巣でっか。

●違うちゅうに。これやこれ、この包み見てわからんか。

▲つつみ、うーん、かたちから察するにそれ、三味線でっか。

●その通り。わしゃ日本一の三味線弾きになる男や。

▲はあ、三味線弾き。 そんなにお上手なんでっか。

●地元では常に百人からの客を集めとった。

▲へえ、大したもんでんなあ。

●客集めちゅうのわな、ちょっとしたコツがあんねや。居座る駄賃に教えたろか。

▲へ、ありがとうさんで。

●まずは一軒ずつ家を回る、これが大切やな。 出てきたやつにいつ、どこで、会を開くかを丁寧に伝える。

▲なるほどなるほど。丁寧にな。

●次が肝心や。もし、会に来なんだらどうなるか。これをさっきよりずっと、丁寧に説明したるんや。丁寧なほうが、より恐ろしい。泣くまでどつくし泣いてもどつく、三味線聞くのと顔が倍から大きくなるの、どちらがよいか、よお考えい、ちゅうたら大概の奴は来よるわな。

▲ただの恐喝やがな!

●お蔭で会はいつでも大入り満員、大繁盛や。
ワシが大阪行くちゅうたときは、みな大泣きしとったんやぞ。

▲そら、涙流して喜んでたんと違いますか。ほいでまた、なんで大阪へ。

●弟子入りをしようと思てな。

▲弟子入り?

●こういう繁華な街でやっていくには何かしら、ハクちゅうもんがいるやろが。大阪中に知られた名人・上手の弟子、ちゅうことになれば、なんぞ仕事がしやすい、と、こない思てな。町の連中に聞いて回ったら、どうやらこの長屋に、音松、ちゅう名人が住んどるらしい。なんでも津軽に浄瑠璃、長唄、地歌、なんでもいける師匠やと専らの評判や。

▲ほなあんた、うちへ来んと、その音松はんにすぐ会いに行ったらよろしいがな。

●実はなあ、ワシは音松の顔も知らなければ、演奏を聴いたこともない。

▲ええ?あんたそんな人へ弟子入りしまんのか?

●名前が売れとったらそれでええねや。ここで待っといたら、音松が三味線弾きよるな。音が聞こえてきた部屋へ一直線や。障子をあけて弟子入りを頼み込む。まず丁寧に挨拶や。それからもっと丁寧に、弟子にとらなんだらどうなるか、泣くまでどつくし、泣いてもどつく。

▲そればっかりやなあ。気に入ってまんのか、その文句。

●とにかく、そういう訳でまたしてもらいたい、と、こういうわけや。

▲まあ、事情は分かりましたがな。そらあんた、難しゅうおまっせ。

●なんやと?

▲まず、その音松ちゅうお師匠さん、弟子は一人も取らん、めんどくさい!と、こう言うてるらしい。わたいもこの屋台やる前、いろんなとこで修業しましてね。確かに師弟関係、ちゅうのはどことのう、わずらわしかったからねえ。ま、そういう訳で、弟子入り、ちゅうのは難しいんと違うかな。

●……なるほどなあ。好都合や。

▲話聞いてはった?弟子取ったことないんでっせ。

●だからええんや。もしここでワシが弟子入り決めたらどうなると思う?「お、音松の一番弟子?」「あの名人がついに認めた男や!」「期待の大型新人や!」とこないなるやろが。より一層ハクがつく、ちゅうもんやないか。

▲そうゆうもんですか、でもねえ。

●まだなんぞあるんかいな。

▲三味線の音で探す、言いましたな。この長屋の人、みな三味線弾きまっせ。

●皆?

▲へえ。その音松さんね、弟子はとらん代わりに、人に三味線教えるのだけはえらい好きでんねや。近所の人にも仰山教えててね、この長屋の人、夜中になるとみな練習するんです。せやから音松はんの家、三味線の音で探すのは、むつかしいんちゃうかなあ。

●あのな親父、ばかにするなよ。俺は玄人めざしとるんじゃ。ちょろっと習てるだけの素人の音色と、当代一の名人の音色、聞き分けられん訳がないやろが。

▲はあ、そうでっか?

●当たり前や。ええか、三味線の音を聞いただけで、弾き手の人生までわかる。それが一流の耳ってもんや。よお覚えとけ……気のきかんうどん屋やな、客が来てんねんから一杯出せ。

▲あんたがいらんちゅうたんや。むちゃくちゃやホンマに……へえ、お待ち。

●お待たされやこっちは(食べる)おお……おやっさん美味いやないか。これだけでも大阪きた甲斐あったでこれ……なんで店持ってへんの?わしがようけ客連れてきて、仰山カネ落したるさかいな、待っとけよ、わしが売れるのを。

▲へえ、気長に待っときますわ。……おや、なんぞ聞こえてきましたな。

●とくにこの出汁がええわ、出汁が。ずずずずずずず。

▲大将!ちょっと聞いてまっか。

●なんじゃい。

▲三味線、鳴ってまっせ。今日は風がないさかいよう聞こえますな。なかなかええ按配で

●(立ち上がる)これや!

▲わっ!なんでんねん

●このどこまでも澄みきった繊細さ、楚々として美しい音色、三味線から出てるなんて信じられへんで、これや、これが間違いなく音松の三味線や!!おい、わしゃあ行ってくる!

▲あ、あ、大将!うどん、どないしましょ。

●ぶっちゃけとけ、そんなもん。わしは弟子になるでぇ!わー!

<彦九郎、うなだれて戻ってくる>

●・・・・・・まだやってるか。

▲へえお越し……あれ、さっきの大将!?どないしましてん、えらい口元腫らしてまあ、お化けみたいな顔になって…まあ座んなはれ、何がありましてん。

●……あれから音の鳴ってるほうへ走ってってな、上りこんだった。「たのもー」ちゅうて。

▲道場破りやがな。それで?

●ガラガラっと扉を開けたところが、出てきたのがお前、とんでもない大男や。わしゃヒグマが出たかと思ったで。その毛むくじゃらがまた、割鐘みたいな大声で「なんじゃあ!!」と、こう来た。あまりの声にウロが来てしもおて、一発目に出た言葉がまずかった。
「泣くまでどつく!」と、これだけ言うてしもた。

▲よりにもよってやなあ。どうなりました。

●「やれるもんならやってみい!」漬物石くらいある握りこぶしが目の前に飛んできてな。気が付いたら向かいの家までブッ飛ばされとった。なんやあの化物は。

▲はあ、それ魚屋の磯はんですわ。この辺で一番の腕っこきだっせ。ずうっと棒手振りやってますさかい体も声もえらい大きくてね。最近やっと暮らし向きがよおなって、道楽の一つでもしてみよか、ほな洒落で三味線でも…ちゅうて始めはったんやそうです。……せやけどねえ大将、三味線聴いたら弾き手のヒトトナリちゅうの、わかるはずでは?

●……蒸し返すな、あほ(くしゃみをする)ああ、気ぃ失ってたさかい体が冷えてるわ。
親父っさん、うどんどこや、わしのうどん。

▲もう、ぶっちゃけてまいました。新しくもう一杯でよろしいか。

●……それでええわ。ほんまにもう、なんちゅう長屋や……うどん美味い……。

▲えらい有様やなあ……まあまあ、ゆっくり温まってったらよろし。……おや、また聞こえてきましたな。はあ、こりゃ津軽三味線やね。寒い晩には丁度ええわ。

●(立ち上がる)これやあああ!

▲ええ!大将またでっか?

●次こそはホンマもんや。この激しくも物悲しい調べ、魂を揺さぶる演奏!ワシの心の中に、みちのくの風が吹いたで!間違いなく音松の演奏や、弟子入りしに行ってくる!

▲た、大将!うどん二杯の代金!

●つぎ来た時に10倍で返したるがな、次会うときは名人や!さいならごめん!

<彦九郎、うなだれて戻ってくる>

●いてるか。

▲帰ってくるとこ見えてましたで。またあかんかったんで?

●……音がしとる家の戸に手ぇかけて怒鳴りこんだった「こんばんはぁ」ちゅうて

▲元気なくなってますがな。それで?

●「はぁーい」ちゅうて出てきたんが、でっぷり肥えたオバハンや。一目でドしゃべりと分かる顔でな、出てくるなり猛烈にしゃべりよんねん。「まあなんやのあんた、勝手にとぉあけてなんやのあんた、なに、うちの、三味線が、上手?まああ嫌やわあんた、お世辞いうても何もでえへんよあんた、せやけど嬉しいわあアメちゃん持ってってな、なんやのぼおっとつったってあんた、なんやひょっとして、うちのこと口説きにきたんか、まああ嫌やわああああ!」さいなら、ちゅうて逃げてきた。あんなもんに弟子入りするのは俺の美意識が許さん!

▲はっはっは、そらきっと、お富さんや。そこの八百屋のおかみさんでね、息子さん3人立派に育て上げて、いまは隠居暮らししてまんねん。お店があんまり忙しゅうて、大阪から一歩も出たことない、最近やっと手ぇも空いたさかい、三味線習ろてるみたいで。大阪生まれの大阪育ち、生まれて一歩も大阪出たことない生粋の大阪人ですわ。・・・・・・みちのくの風、ちゅうのは、どこから吹いてきたんで?

●……勘違いやったかな……親父っさん、アメいるか?

▲へえ、ありがとさんで。あのねえ大将、今日はたぶん、日ぃが悪いんでっせ。また後日、あらためてお越しになったらどないで。

●いや、こうなったらもう意地や。今日、弟子入りするで。もお、音松やのおてもええ。美味くてまともな三味線弾きやったらもお、だれでもええ。

▲自棄になってるがな。まあまあうどんでも食べて落ち着きなはれ。

●いただくわ……美味い……ちくしょう、だれか三味線ひきやがれ、無理にでも弟子入りしたるさかいにな。素人やろうと玄人やろうと、師匠にしたるさかいな。

▲大将もうやめときなはれ、落ち着きなはれ、ほんまに……。あーほらちょうど、ええ音色が流れてきましたで。ええ三味線の音色が、あっ(口を押える)

●ううううううう、これやああああ!!(立ち上がる)

▲あんたすぐ立ち直るな!これだっか

●親父っさんも言うたやないか「ええ音色や」て。ええ音色や。素晴らしい音色や。音と言い拍子の取り方と言い文句なしや。天才や、天才の演奏やで。

▲えらいべた褒めでんな、これが音松はんだっか

●音松やなくても、それに並ぶ天才や、決めた、わしはこいつに弟子入りしてくる!

▲大将、 もう店閉めてよろしいか?

●もう閉めてまえ!つぎ会うときは名人や!さいならごめん!

<彦九郎、笑いながら戻ってくる>

●ふっふっふ・・・・・・はっはっは・・・・・・あーっはっはっは!(泣き出す)うどん屋あああ!やってるかああ!

▲……おかえりなさい。店しまわんと待ってましたがな。どないしましてん。

●扉、開けてな、言うたった。「あのう、夜分遅くに失礼をいたしますが」

▲えらい大人しくなりましたな、まあ、それでええんやが。それで?

●三味線がチン、と鳴りやんで出てきたのが、年のころなら七十五、六、上品な白髪のおじいさんや。「はて、若い人。こんな夜分に何ぞ用ですかな」とこう来た。「つかぬ事をお尋ねしますが、たったいま三味線を弾いておられましたのは、こちらのおうちでございますか」「これは夜分遅く、失礼をいたしました。少し稽古をしておりましてな」苦笑いまで上品やがな。わしゃ一発で惚れてしもた。この人にならついていける、とな。決死の覚悟で切り出した。「あの音に私、心底惚れてしまいました、願わくば私を弟子にしてください!」ちゅうて、その場へ土下座したったんや!

▲ついに切り出しはった!どうなりました!

●顔を上げたら爺さん、ぽかあんとしてんねん、おや、と思った次の瞬間、腹抱えて笑い出してな。「いやいやすみません、あまりのことにおかしゅうて……あれを弾いておったのは、わたくしじゃあございません、これお花、お花」「はーい」
5、6歳くらいの女の子が、三味線ずるずるひきずって出てきよった……!
「お花、このお方がな、おまえの弟子になりたいそうじゃ」
「あらそうなの、じゃあ弟子のおじさん、なにか甘いもの買ってきて」
アメ上げて帰ってきたわ!!なんじゃあのジャリ!!

▲田中先生のとこのお花ちゃんですわ。へ、お医者の先生のお孫さんでね。おじいさんに似て賢い子ですわ。三味線も大人用のやつ、こおやって立てて弾いてまんねん。いや、せやから大将、あら確かに天才ですわ。まだ六つやのにあんなに弾けるんやからね。なんも間違ってまへん、だからそんな顔せんと、ね、確かに天才やから、大将はなんも悪くない

●もう止めてくれ!!これ以上言われたらワシ、泣いてまうぞ!!

▲すんまへん……せや大将、大将もこの長屋に住んだらよろしい。かたぎの仕事についたらいくらでも、ただで三味線習えまっせ。上手くなれまっせ。

●あほか、ワシは玄人になりたいんじゃ、一流の……。み、みみもあかんし実力もないけど……村のみんなにも嫌われてるけど、一流になったらきっと……わあああああああん!!

▲そない大声で泣きなはんな、おつゆにボタボタ洟が垂れてまっせ……もお、代金よろし。大将きょうは早いこと帰んなはれ。

●帰るちゅうても宿があらへん。

▲難儀な人やなあ。こっからしばらく行ったところにね。宿屋がありますわ。そこ行きなはれ。
大丈夫でっか?一人で歩けまっか?気ぃつけんねやで?

●おおきに、ほんまおおきに、うどん、おいしかったで、ありがとう

<彦九郎、宿屋を訪ねる>

●こんばんわあ 。

■へえお越し……(はっとした表情)……三味線とお荷物、お預かりいたします。お部屋の準備でけてますさかい、ゆっくりして下さい。お酒、お風呂、できるだけご融通いたします。今日はさぞ、お辛かったでしょうなあ。ごゆっくり、お休みください。

●……ワシ、まだ何もいうてへんけど

■へ、大体わかります。三味線担いでウチ来る方ね、大概、うちひしがれてまんねん。
お客さんも皮剥長屋からの帰りでっしゃろ?

●皮剥ぎ長屋?ぶっそうな呼び名やな。あれか、三味線には猫の皮使うさかい、皮剥長屋か。

■いえその、あそこ皆、素人やのに上手な人ばかりでっしゃろ。馬鹿にして向かった半可通が、すぐ化けの皮剥がされるんで、皮剥ぎ長屋、ちゅうてみんなで笑てまんねん。おもろいやろ?

●全然おもろないわ!お前はあれか、皮剥いだとこに塩を塗るんか。

■えらいすんまへん。ああ、泣き出しよったがな。はあ最初は磯はん、次がおしゃべり、最後が、6歳。いやそれは、大変でしたなあ。長屋の皆さん、あの音松はんに稽古してもろてるからね、玄人はだしの腕ですからね、間違えるのも無理はない。

●……音松ちゅうのは、そんなに名人なんか。

■ええ、わたいらんとこでたまに会やってくれてね、そらもう、大したもんだっせ。やっぱり何かに秀でてる人ちゅうのは違いますな。自分でやるだけやなしに、人に教えるのも上手、それもタダでやってまんねん。「なあにお金はお座敷と、屋台で十分稼いどる」ちゅうてね。ほんま大したお人で

●……屋台?

■ええ、あの人、道楽でうどん作ってはるんですわ。これがまた美味いのなんの。「本職の方の邪魔にならんように」ちゅうて、長屋の前でしか暖簾出してないんです。せやから食たことある方はホンマに幸運で。どないしたんでっか目ぇ真ん丸にして、あ、ひょっとして、食べてきはったんでっか。そうでっしゃろ!うわあそりゃ、よかったですなあ

●ちっともよおないわ!!あ、あのおやっさん、あれが音松やったんか!ワシャその前で偉そおに、べらべらべらべら……そらこんな酷い目にも遭うわ! おい、音松はホンマに名人やなあ。

■お客さん、いったい何がありましてん?

(下げ)わしに上手いこと、バチ当てよった。

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