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シナリオ「終止婦たち」

登場人物
外田茅野(32)主婦/信福の元愛人
総司舞(38)スナック店主/信福の元愛人
犬川華(21)信福の元愛人
信福糸(44)主婦/信福の妻
信福辰雄(享年47)商社営業部部長
斎場スタッフ
参列者たち

①斎場・受付
喪服姿の外田茅野(32)立ち尽くしている。
茅野の前には、45度の角度で礼をする受付係達。
周囲からのざわめき

茅野「あの……」
受付「お引き取り下さい」
茅野「せめて、お線香だけでも」
受付「お引き取り下さい」
茅野「……はい」

茅野の背後に係員が回り込む。

係員「では、こちらへ」

促されるまま式場を後にする茅野。

②斎場・ロビー
総司舞(38)ロビーのベンチに座り伸びをする。
濃い目の化粧。
エレベーターが2階から1階に着き、茅野が出てくる。
溜息を吐き、バッグを握り直して立ち去ろうとする茅野。

舞の声「あんた信福のオンナ?」

茅野、立ち止まる。
舞、ベンチから茅野を見上げている。
茅野、そのまま立ち去ろうとする。

舞「鎖骨の下にさ、デカい黒子あったでしょ、あの人。小豆みたいな黒子」

茅野、立ち止まり、振り返る。
舞、笑顔で手招きする。

舞「少し話さない?あの人を偲んで」

③式場
盛大な葬儀。
度胸が静かに流れている。
祭壇には信福辰雄(享年47)の遺影。
信福糸(44)、黒い和服姿で、信福の遺影を見つめている。
係員がやってきて、糸に静かに耳打ちする。

糸「そう、ありがとう」

係員、一礼して去る。
糸、まるで表情を変えない。

④斎場、ロビー
茅野と舞、ベンチに並んで腰かけている。
茅野は膝の上にバッグを置いている。
舞は足を組んでいる。

舞「時間かかりそうだね」
茅野「はい?」
舞「葬式。知らないうちに随分と偉くなったのね、来賓も多そうだし、いつ終わるんだろ」
茅野「あの、なんで私が、その、愛人だと?」
舞「わかるよ。私も追い出されたもの、そこのエレベーターから」

茅野、エレベーターを見る。

舞「受付で、入れろっつったら、係員が揉めはじめて。挙句、奥さんまで話がいって、大騒ぎだったんだから。あんたも揉めた?」
茅野「いえ、そこまでは。こういう言い方も変ですけど、スムーズに拒絶されました」
舞「一度目のトラブルをちゃんと二度目に活かしてる。いい業者ね」

舞、苦笑しながら、

舞「まあ、遺族はたまったもんじゃないだろうね。愛人が二人も押し掛けてきたら」

茅野、ぎこちなく笑う。

⑤式場
故人の紹介が行われている。

司会「故人は生前、誰からも分け隔てなく愛され、また惜しみなく愛情を注ぎました……」

参列者A、思わずニヤつく。
糸、参列者Aを睨む。

⑥斎場、ロビー
茅野と舞、並んで座っている。

舞「結婚はいつ?」
茅野「えっ」
舞「いや、指輪してるから」

バッグを握りしめる茅野の左手薬指に指輪。

茅野「去年です。仕事辞めて、地元で」
舞「信福と別れたから?」

茅野、小さくなって頷く。

舞「良かったわね、上手く片付いて。私は未だに売れ残り」
茅野「信福さんとは、いつごろお付き合いを?」
舞「切れたのは8年前」

茅野、少し緊張を解く。

舞「被ってはいないでしょう?」
茅野「はい」
舞「何人も養えるタマじゃないわよ」
茅野「そうですね、そういう人でした」
舞「でも、女つくるのは止めなかった」

茅野と舞、笑い合う。

舞「奥さん、美人なのにね」
茅野「会ったこと、あるんですか」
舞「ないの?」
茅野「写真を見せてもらえませんでした」
舞「キレイな人よ。信福の後輩で、お嬢様育ちで。でも」

舞、顔をしかめる。

⑦式場
線香を備える参列者たちを見つめる糸。

舞の声「めちゃくちゃ怖い人よ」

⑧斎場、ロビー
引き続きしかめ面の舞。

舞「全部、終わった話だけどね。手切れ金はちょうだいできたし。おかげで店も持てたし」
茅野「お店やってるんですか」
舞「女が来る店じゃないわよ」

舞、ひらひらと手を振る。

茅野「信福さんは、寂しかったんでしょうね」
舞「えっ? もしかして、まだ好きなの?」
茅野「そういう訳では」
舞「わざわざ遠出して葬式まで来て?」
茅野「舞さんだって来てるじゃないですか」
舞「私はほら、言うなれば、出資してもらった恩があるから」
茅野「わたしも同じです」

茅野、手にしたバッグを掲げる。

茅野「これ、信福さんがくれたんです。私の誕生日に、君にきっと似合うからって」
舞「……それだけ?」
茅野「はい、でも、本当に嬉しかったんです」

バッグを抱きしめる茅野。
舞、溜息を吐き天を仰ぐ。

舞「未練のかたまりじゃないの」
茅野「なんで舞さんが落ち込むんですか」
舞「わたしにもこんな、純情可憐な時期があったなあと思うと辛くなってきて……」
茅野「バカにしてます?」
舞「うらやましいのよ。年食ったわ。わたし」

舞に言い返そうとする茅野。
そこに近づいてくる靴音。
犬川華(23)、思いつめた形相で走ってくる。
華を見送る茅野と舞。

茅野「……舞さん、あれ」
舞「嘘でしょ?三人め?」

⑨式場
以下、すべてスローモーション。
なぎ倒される受付係。
開け放たれる式場の扉。
いっせいに振り返る参列客。
華が駆け込んでくる。

華「ダーリン!」

糸が立ち上がる。

糸「つまみ出しなさい!」

とびかかる係員たち。
確保される華、号泣している。
スロー終了。

⑩斎場、ロビー
エレベーターから降りてくるボロボロの華。ホールの中央まで歩いてきて、膝から崩れ落ちてしまう。

華「ダーリン、なんで死んじゃったのー!」

吠えるように泣く華。
茅野と舞、ドン引きしている。

茅野「ああいう時期は、ありましたか」
舞「無かった、と願いたいわね」

茅野、強張った顔で頷く。

⑪式場
なんとか平穏を取り戻した葬儀会場。
糸、信福の棺をじっと見ている。

係員「奥様、そろそろ」

糸、棺の窓を閉める。

⑫斎場、ロビー
ベンチにぐったりと座る華。
茅野、華の背中をさすっている。

茅野「大丈夫?落ち着いた?」
華「ありがとうございます……」

華、バッグからハンカチを取り出す。
茅野のものと全くおなじバッグ。

華「華のダーリンが、死んじゃったんです。ババアと別れて二人で暮らそうって約束したのに。華、悲しくて悲しくて!」

華、泣き出す。
舞、呆れた様子で華を見ている。

舞「女の趣味、変わり過ぎでしょ」

茅野、華のバッグを見つめている。

茅野「ねえ、すてきなバッグね。それ」
華「これ、ダーリンがくれたんですぅ。華の誕生日のプレゼントなの!きみにきっと似合うから、って言ってくれたんですぅ!」
茅野「そうなんだ、とても、似合ってるわ」
華「ありがとう、おばさん……」

再び泣き出す華。
茅野、立ち上がって舞へ、

茅野「未練が消えました」
舞「おめでと。来てよかったわね」

係員が駆け寄ってくる。

舞「あ、ちょうど終わったみたい」

霊柩車のクラクションの音。

⑬舞の車・車内
信福の遺体を乗せた霊柩車を追走する舞の車。
くわえタバコの舞が運転を務め、助手席に茅野、後部座席にまだ泣いている華が乗っている。

茅野「舞さん、一本ください」
舞「吸うの?」
茅野「一本だけ。線香の代わりです」

茅野、タバコをくわえる。
車から投げ出された茅野のバッグが地面に叩きつけられる。【完】

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