【小説】懐枯
今日は過去のものをUP!
少し未来のお話。
当時とある方に書き下ろしたものですが多分大丈夫( ˙꒳˙ )ゞ
配信アプリ等での使用・改変等はご自由に。
転載・自作発言・再配布はご遠慮ください。
クレジット(瀬尾時雨)は任意です。
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懐枯(かいこ)
銃を握りしめていた。
21世紀末。冬も終わりに差し掛かった満月の夜。僕は銃を握りしめていた。たった一人で、灯りも持たず。帳の落ちた中に、白い息を吐いていた。
妙な予感のする夜だった。
厳重に張り巡らされたフェンスと、規則正しく並んだ黒いタイル、そしてこれから踏み込むビルが一棟(いっとう)。
本来遠くに見えるはずの街明かりは殆ど消え、薄ぼやっとしていた。月明かりが照らし出す世界は、驚くほど無機質で静謐だった。
それ故、押し殺しているはずの自分の鼓動が、息が、唾を飲む音が響きわたり、ぐわんぐわ んと反響しているような錯覚に陥る。ふいに、妙に生温い風が項(うなじ)を通り過ぎて行き、僕ははっと振り返る。 そこに人影は微塵もなく、どうやら暖房器具の排気口であったらしい。 何も無いことを厳重に確認し、僕は進路に向き直った。
国のために生き、国のために果てる。
それを仕事に、そして生き甲斐にしてきた。今夜は史上類を見ない重要任務に赴かんとしている真っ只中だ。頭の中で、司令の手順を1から準えて行く。失敗は許されない。これは必ず遂行し、成し得なければならない。何度となく反芻する。いつもならなんてことは無い小さな事柄も気になったし、本当にそれで いいのか、長年やってきた、もはや直感に近いような感覚が沸かないままだった。途端、手が細かく震え出した。かつて、ここまで兢兢としている己の心が、こんなにまざまざと認められた記憶はない。僕は焦る。
落ち着け、落ち着け。
遠い昔に忘れきっていたはずの緊迫を追い返そうと必死になる。
肺をなんとか制御しようと、胸元で右手を爪が食い込むほど握りこんだ。そうしてなんとかやり過ごし、気付けば身体は冷や汗に塗れていた。まだ荒い息を携えたまま、手早く時刻を確認する。袖口で額の汗を拭い、僕は指示通り、慎重に歩を進めた。
◆
次の地点に着いても、依然として僕の気持ちは落ち着かずにいた。駄目だ駄目だと自分を叱咤し、冷静になろうと深呼吸を繰り返す。今まで学び取ってきた全ての知恵や知識を、改めて身に染み渡らせるように、ゆっくりと。頓に体が自分のものじゃないような浮遊感に捕われ、ハッと四肢を見下ろした。思わず、体を抱き、キュッと目を瞑り込んだ。
――大丈夫だ、僕はちゃんと、僕だ。
そのまま、大丈夫を心の中で何度も繰り返す。
分かりきった答え、しかしそれさえも霞ませる影の見えない存在が、じわりじわりと僕が辿った道を追いかけて来ていた。
――洒落になんねぇよ、畜生。
必死に、その厄介な何かを誤魔化そうと釣り上がる口角のその裏で、僕は人知れず毒づいた。そうしてなんとかその気持ちを寄せ付けないよう、踏みとどまるのがやっとだった。
時計を確認し、神経を張り詰めたまま、僕は慎重に歩を進める。任務は恐ろしいほど滞りなく、順調だった。
◆
朝起きると、いつもあたたかいご飯が机の上にあった。君はいつも手料理に拘って、便利になったテイストフードに手を出したことは殆ど無い。わざとらしく眠い目を擦りながら椅子に座ると、よく寝てたわね、と君の声が聞こえる。
――悪い?
なんてちょっと意地悪に返すと、いいえ、と、僕の魂胆なんて全てまるっとお見通しな、まるで 木漏れ日みたいな笑顔がそこにある。窓の外からは心地いい日差しと、小さくて可愛らしい小鳥が2羽、美しい歌を歌っている。ああ、今日も平和だ。そう呟いて、君にどうしたの? と問われ、何でもないよと誤魔化しながら、僕はスプーンを手に取った。
作戦決行が目前に迫ったこんな時に、現状には不釣り合いな、あるドラマのワンシーンを思い 出す。もう一世紀も前に作られたドラマだ。それも、祖母が懐かしがってみていたのを一度流し見た きりで、忘れきっていたのに。
時計を何度も見てしまう。
胸の裡が騒ぐので、作業をすることで誤魔化しているのだと、そんなことは己で重々理解して いる。だがやめられない。
一秒、また一秒と数字が嵩み、また零に戻って嵩んでゆく。抗えない時の流れが、より一層憎い。コンマ先の未来さえ考えたくないし、出来ることなら早く全てが終わっていて欲しかった。時計の文字盤に反射した月光を睨めつけ、視線を落とした時だった。ふと、目に入ったのは小さな花。 こんな世の中では珍しく、バーチャルプラントでも人工物でもない、小さな「本物の」花がそこに咲いていた。
ふいに目頭が熱くなった。水の玉がするりと頬を転がり、地に落ちる。そこで、僕は頓に気付いてしまった。
アナログで曖昧だったものが、ディジタルな理屈に書き換えられてしまったこの世界の、あと指 折り数えてわずかすれば、22世紀さえ迎えてしまう僕が生きる世界の非情さ。かつて溢れていた不便という余白は、知らぬ間に便利という絵の具に塗りたくられて滅茶苦茶だ。
その残滓さえ確実に、次から次へと消える。
人の自由が増えすぎると共に、自然や動物に不自由という枷を嵌め、自身の道楽の代償を弱く 不要と決めつけたものから容赦なく奪う。
なんと無慈悲で身勝手な世界なのだろう。今自分が踏みしめているコンクリートの地面は、この足元は、きっとかつては緑溢れる土だったに違いない。きっともっと、美しかったに違いない。 一体、何人の屍の上に、僕らは成り立っているのだろう。知ることの出来ない、決して見えない場所。
考えれば考えるほど、その回答はとてつもない。そして、それはこれからもどんどん積み上がっていくのだ。
大きく息を吐き出した。
ああ、世界に喧嘩を売るみたいに、嘆息して、問うて、正解を見ぬ振りして、そうして囲われた 柵の中で悩んでやまない。
ここにただ一輪咲く花の、なんと哀れで、可憐で、強いことか。武器を持ち、疑心暗鬼を生きる人類の、なんと弱く、矮小で、狡賢いことか。私欲のために他の種族を蹴散らし、果てには同じ人間さえこうして刈り取ろうとしている。 それは、そこに関わる僕も、同じ。
――ああ、遂に気付いてしまった。抗う術なくどんどん悪知恵と血に侵されていく様を知らな いふりして。
通ってきた真後ろの道を振り返らないままで。
手の中にあるものがとてつもなく冷たい。それが奪ってしまった、そしてこれから奪ってしまうかもしれない未来全てが、この手にずしりと伸し掛る。
こんなことを言っても無駄なのは分かりすぎて身が裂けそうなほど分かっているが、願わくば、争いのない、支配のない、自然と人類の共存が叶う時代で生きていきたかったと僕は祈る。今更言っても、世界を攻めても何も変わらないし、世界と比較すれば、それは本当に儚く、小さな夢だけれど。
空想に過ぎないけれど。それはまるで、雨上がりの草花についた露ほどの。それはまるで、居眠りの途中に見たともしれない夢ほどの。そんな微かなもの。
だけれど、僕は思う。
既に霞んだ過去と化した理想へ、今はただ叶わぬ想いを馳せて、僕はドアを開けた。
―了―
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2018/01/26 瀬尾時雨
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