夏嫌いだよ俺

最近暑いですね。
もうすっかり「夏です!」みたいな空気してて本当にうんざりする。
夏嫌いだよ俺。暑いし。なんか怖いじゃん。

お盆とか、怪談とか、肝試しとか、そういうエンターテイメントな死の催しにひっぱられているのかもしれないが、なんというか夏場は死の匂いが濃くなる感じが好きじゃない。
あらゆるところに死がある感じがして、油断したら一瞬で殺されそうになる。

こいついつも死ぬ話してるな、と思われるかもしれないけど、別にスピってもいないし病んでもいないからな。
だいたい人間なんて365日いつもちょっとだけ死にたいと思ってるもんじゃないですか。
俺もそうだしお前もそう。そうだよね?
そういう範疇の話。

例えばさ、ちょっとイメージして欲しいんだけど、お前は今小学生だとするじゃん。
別に何年生でもいいけど、仮に3年生としよう。
季節は冬だ。めちゃくちゃ寒い。
時刻は真夜中で、お前は2階の自分の部屋で目が覚めるわけ。
1人だと寂しいから2段ベッドにしようか。下の段には弟がスヤスヤ寝てる。

おしっこに行きたい。
2段ベッドの梯子を降りて、部屋の扉を開けて、階段を下る。
一階のトイレに向かう廊下の途中、開けっぱなしの扉の奥に、真っ暗なリビングがあるわけ。
リビングの真ん中には、さっきまで家族で囲んでいたこたつがある。
真冬の、しん、とした真っ暗な誰もいないリビングで、誰もいないこたつが廊下の電気で照らされている。
さっきまであった温もりも団欒もなく、冷えた空気と、暗闇と、中の見えないこたつだけがある。

俺が考える死のイメージってそういう感じ。
暗くて、重くて、さっきまであった暖かさの残滓を纏っていて、なのに芯まで冷たい。


だから俺はこたつがあんまり好きじゃない。
死を内包している感じがするから。

そういう冬場の死のイメージ1000個ぶんくらいの死が、夏の生温い風に含まれている気がする。


冬場のそれはおとなしいから、こっちから近付かなければ大丈夫なんだけど
夏場のそれは巧妙に、あらゆるところに隠れて、狡猾にこっちを狙っている。

繁華街を歩いて、スーツを着たキャッチの群れをすり抜けて、楽しく飲んだ帰り道。
雑居ビルの隙間から、それはこっちに手を伸ばして来る。
Tシャツの袖を掴んだそれは、不毛な片思いみたいな生ぬるさと湿度があって、そのままビルの階段を駆け上がって、飛び降りてしまいそうになるような、そういう、なんとも言えない死の気配。

想像しただけでちょっと死にそうになる。マジで危ない。

これに捕まらないで夏をやり過ごすのが、年々難しくなっている。
歳を取るにつれて、自分の当たり判定が大きくなっている感じがあるんだよ。
肉体も精神も、死に近づいていく。
前なら余裕でかわせたそれを、ギリギリで避けないといけなくなってきている。
俺にはそれがたいへん恐ろしい。

そういうものを退ける結界として、お守りとして。
家族とか恋人とか友達とか、趣味でもなんでもいい。
殺される!と思った時に祈りを込められるような何かが、おそらくこの先必要になってくるんだろう。
でも、限界独身中年男性こと俺は、年々そういうものが少なくなっていくわけ。
襲って来る「死」を退けるための手札がなくなっていくんだよ。
俺にはそれが大変おそろしい。

俺が頼れるものなんて、今膝の上にいるどんくさい猫くらいだ。
だから俺はこのクソ暑いのに猫を抱いて寝ている。

そうやって、すがる何もかもがなくなった時、人は死ぬんだろうなと思う。
あいつに捕まって。

だから、もし、俺が急に音沙汰なくなったとしたら、ああ、捕まったんだなぁと思ってくれ。
おセンチになって首を括ったのか、それとも連れて行かれたのかはわからないけど、多分ろくな死に方ではないと思う。

そしてどうか気を付けて欲しい。
あいつは多分、もうお前の部屋にもいる。こんなものを読んでしまったから。
そこらにある死の気配を意識してしまったから。

シャンプーをしている時の、あの後ろに誰かいる気配。
意識しなければなんてことなかったのに。

リビングに、トイレに、いつもの通勤電車に。
行きつけの飲み屋に、知らない街に、そいつはいる。

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