バーチャル展覧会の空間に、なぜ「実在感」が必要だったのか?――バーチャル展覧会の"現在"「Shader Fes 2021」制作インタビュー
総勢80人のシェーダークリエイターによる200点以上の作品が集まるバーチャル空間内の展示スペースとして、2021年12月17日に公開された「Shader Fes 2021」。
3D空間の基礎技術であるシェーダー、その可能性を一挙に感じられる空間として公開された本ワールドは、展示作品の多様さもさることながら、展示空間としてのクオリティの高さも大きな話題となりました。
さまざまな表現活動に用いられるシェーダーの可能性を追及するとともに、展示空間としてもクオリティが追及されたShader Fes 2021からは、バーチャル上の展示空間の可能性を感じることができます。
そこで今回は、Shader Fes 2021のオーガナイザーのmomomaさんとアートディレクターを担当されたLuraさんにShader Fes開催の動機、展示空間へのこだわりなどをお聞きしました。
シェーダーでつくった作品が一か所に並ぶ光景を見てみたい
- Shader Fesは2019年に第一回が開催されており、今回は第二回の開催になります。まず最初に、Shader Fesをはじめたきっかけを教えてください。
momoma
2年以上前なのでおぼろげですが。シェーダーってワールドやアバターをいじる上で概念として絶対に知っているはずなんですが、実態をよくわかってない人が多かったのではないかと思うんですよね。当時はアバターにシェーダーを使ったギミックを入れる”シェーダー芸”をやる人は多かったのですが、ワールドにおけるシェーダー芸相当のものはあんまりなかったなと思っていて。
それでシェーダーでつくった作品を一か所に集めた場所があると面白いのではないか、そういう光景を見てみたいという思いではじめました。
- Luraさんも2019から運営に参加されてましたよね。
Lura
そうですね。2019の前はバーチャルマーケットのライティング統括をやっていて、同じくバーチャルマーケットでmomomaさんがギミック統括をされていたんです。その繋がりもあって運営に参加することに決めました。
私はmomomaさんほどシェーダーに詳しいわけではないので、ワールドをつくる方に興味があった感じです。せっかく展覧会やるなら、いい展示空間にしたいなと思いまして。
- 2019を開催しての反響や、感触はいかがでしたか?
momoma
Twitterとかで自分の知らない人たちがスクショ付きでツイートしているのを見て「あーいっぱい生きている人がいるなー」という感覚を得るのは、なかなか表現しづらいものでしたね。イベントを主催して、スタッフをやって、それに対しての反応を見た時にだけあの感覚が分かると思います。
- そこからShader Fes 2021はどういうきっかけで開催することになったのでしょうか?
momoma
2019をやって満足したのと、個人的にも忙しかったこともあり2020年は開催できませんでしたが、2021年は多少時間があったのでこれならできそうかなと思っていたのと、Luraさんからもちょうどやろうと言われていたので、開催することにしたんです。
- 2019の時と運営面で変わったところはありましたか?
momoma
2019の時は僕がイベント主催をするのがはじめてだったので、やり方がよくわからなくて。「スタッフやりたい」と言ってくれた人はとりあえず全員入れました。その結果人数がちょっと多くなりすぎてしまったので、今回は「この担当が必要だから探そう」とか、しっかり考えてスタッフを集めたつもりです。
Lura
2019の時に一緒に会場をつくってたうどん猫さんや黒鳥さんとか、身近な強いメンツを誘いました。結果としてケモノ勢が集まりましたね(笑)
momoma
コミュニケーションコストが低い人の方がいいので、どうしても近いコミュニティの人になりますよね。
高速でイテレーションを回すチーム制作
- Shader Fesは何名かで制作されていると思いますが、制作はどのように進めていったのでしょうか?
momoma
基本的にデザインとかはLuraさんに全部お任せして「好きに暴れていいよ、やりたいことだけやっていいよ」と最初に言ってあったので。そしたら大暴れしてくれましたね。
Lura
今回はやりたいことだけやった感じですね。
momoma
一人でコツコツつくるのもいいんですけど、チームでつくることは自分でできないところを補えるのが強みなので、各々好きなところだけやってという感じで進めていました。
- 最初はどういうところから制作を始めたのでしょうか?
Lura
まずはロゴをつくりました。今回のロゴって前回のもちっとしたロゴから一転して、だいぶシャーっとした感じのロゴをつくったんですよね。
Lura
ロゴをコンセプトに、シャーっとした感じの引き締まったワールドにするためにリファレンスを集めて、グレーボックスをいっぱいつくるところからワールド制作をはじめていきました。
最初はGravity Sketchとかを使って、モデルを手でぽんぽん配置して、簡単なラフをつくってアップロードして見てもらって、みたいな感じでやってました。
最初のワールド案は展示室までがすごい遠くて「これはないね」ってmomomaさんに怒られました(笑)
momoma
そうそう。最初はもう一個ホールみたいなのが途中にあって、展示室までが遠くてシェーダー見たいのに辿り着けねぇじゃんというツッコミをしてました。
それでその案はオミットされました(笑)
Lura
早いうちにそういう案をオミットできるように、何回もイテレーションを回すのは大事だと思いますね。
そうやってイテレーションを回していってグレーボックスでワールドの構成をまとめていった後に細部を詰めていって、その途中でまたチェックしてもらってツッコんでもらうというのを繰り返してつくっていった感じですね。
- どれくらいのスピード感でイテレーションを回していたんですか?
Lura
今回のワールド制作は私とうどん猫さんの二人で完結しちゃってたので、毎晩チェックし合ってました。たまにmomomaさんにチェックしてもらったりはしてました。
momoma
制作中の展示室を回った時に、なんかこう階段とかででっかい展示物の周りをグルーっと回って見れるといいよねというアイデアを出したら、次の日にうどん猫さんとるらさんがそれぞれグレーモデルを出してきて「早いな、おい」となりましたね。
- すさまじいですね。そのスピード感があったからこそ、高いクオリティのワールドがつくれたのだなと感じます。
Lura
ワールドのつくり方においても壁1枚1枚をモジュール化したりして、なるべく組み合わせるだけでできるようにして、後からの改変を簡単にする工夫がしてあったので、そのおかげもあったと思います。
momoma
Luraさんとかうどん猫さんの強さはイテレーションの速さにあると思っていて、トライアンドエラーを信じられないくらい繰り返して磨いてくるんですよね。
普通の人なら心が折れるようなくらいトライアンドエラーしてる。
Lura
自分がエントランス側、うどん猫さんが展示室側のモデルをつくっていて。ふたりが完全にバラバラな場所をつくっていたので、お互いの進捗を見せるというのを毎晩やっていました。
普段からワールドをつくって、一緒にレビューしたりしている仲だったので、結構ズバズバ言い合うんですよね。「ここ汚い」「Z-Fightingしてる」とか。お互いに刺し合ってました(笑)
ちょっとでも破綻があったらツッコまれるので、そこでお互いどんどん洗練させていけたんだと思います。
- 信頼関係を持ったままでバトルができるというのは、クリエイターとしてとても良い関係ですよね。
Lura
そうですね。普通だったら、こんな直球で言ったら心折れちゃうんじゃないかなってくらいなんですけど(笑)
たとえば、最初はエレベータの部分がもうちょっと下にあって、2階の床は盛り上がっていなくて平らだったんです。でも、「エレベータの機構を考えると下にスペースがないとおかしいじゃん」とツッコまれて、しかたねーなとなって床を持ち上げたということがありました(笑)
momoma
あったあった(笑)
Lura
床を上げるのはかなり大変でしたね。
momoma
曲線やばいもんね。
Lura
そういうバトルをしながら、イテレーションを回していました。
ワールドのデザインについて
- ワールドデザインの全体的なイメージはどういう風に考えていったんですか?
Lura
色々な美術館系のリファレンスをかなり集めました。部位ごとに50〜100枚くらい集めて、そこからよく使われている共通部分みたいなものを取り出してつくっていきました。水族館とかも意識していましたね。
- 確かに水族館は美術館と違って、動線の中に高低差があります。Shader Fesもそういう高低差が色々ありますよね。
Lura
そうですね。その構造は意識していました。もちろん展示室側は美術館を参照していますけど。
momoma
デザイン面で言うと、多分表向きには言ってないんですけど、Shader Fes2021には「インクリメント」というテーマがあって。理由は2021が20、21という風にインクリメントしてるってだけなんですけど。それで、インクリメントはプログラム上では「++」と書くので「+」をいっぱい使っています。
- なるほど。確かに意識して見ると「+」が所々に散りばめられていますね。
momoma
床の下にもあります。なので十字デザインのリファレンスも結構集めてましたね。
Lura
最初は十字のライトを天井に置こうとか話してましたが、最終的には細部に使用するのみになりましたね。
momoma
「+」は使い所が難しすぎるよね。
Lura
うん、難しかった。
- イテレーションの中で色々なアイデアを試していたんですね。
Lura
没案は結構ありますね。最初の方のホールは上に球が浮いてたもん。
momoma
あったあった。最初は謎の玉が浮いていて、リフレクションプローブに映り込んでキモくなってた(笑)
Lura
これはなしってなりましたね。
- イテレーションを回していく中で、最終的な方向性はどうやって決めていったのですか?
Lura
先ほど言ったようにロゴというコンセプトをもとに手探りで進んでいきながら調整していくという感じですね。
- なるほど。今回のワールドでは細かいディテールも話題になっていましたよね。個人的には床のガラスの傷などが印象に残りました。
Lura
最初は傷じゃなくて汚かったんですよ(笑)
momoma
ラーメン屋の床みたいだったよね。
- え、そうなんですね。
Lura
磨きました(笑)
- そういうディテールはワールド制作のどの段階で考え始めたんですか?
Lura
ディテールは結構後の方ですね。今回、ディテールをつくるにあたってトリムシートというものが大活躍しました。多分blueに展示されていると思うんですが。
Lura
まず先にシートをつくって、ディテールを詰めていったという感じですね。
ここら辺の床のラインとかも全部トリムシートをもとにつくっています。ワールドに合ったトリムシートを1枚つくっておくと、細部はそれでどんどん良くなっていくし、時短にも繋がるので非常にエコなんですよね。
- ちなみに特にこだわりのディテールはありますか?
Lura
みんな「ガラスの床がすごい」という時に傷とかにしか気づかないと思うんですけど、このガラスって実は法線方向がそれぞれのガラスで1度、2度微妙に傾いているんですよ。
momoma
こう見ると、ガラスの映り込みが全部違うのがわかると思うんですけど。
Lura
これは中央のオブジェクトをつくったuniuniさんのアイデアだったんですけど、現実で巨大なガラスってどんなに上手く施工してもちょっと傾いたり、ずれたりするじゃないですか。そのずれを再現するためにそれぞれのガラスの法線方向をちょっと傾けています。そうすることで反射の角度が変わるので、光の屈折みたいなのがずれてくれる。そういうこだわりは入れてますね。
これがないとのっぺりしちゃうというか、1枚ガラスみたいになっちゃうので、このディテールの影響はでかいと思います。多分、みんな気づいてないけど。
- 気づいてませんでした...
momoma
気づかれなければ勝ちなんで。
Lura
気づかれない方がいい。
momoma
基本的にワールドにいる時に違和感を抱かれたくないので、気づかれなければそれでいいんですよ。
Lura
またガラスの反射にはmomomaさんの円筒状投影シェーダーを使っています。普通のリフレクションプローブだとこうはならないんですよね。
momoma
Unityの標準の反射だとこうならないけど、現実だと本当はこうなるはず。なので計算していい感じにしてます。
Lura
ガラスを留めるネジとかもハイトマップを使って凹ませたりしてます。凹凸は点字ブロックの方がわかりやすいかもしれません。
momoma
点字ブロックは最初は逆向きになってたよね。
Lura
最初は出っ張ってなくて凹んでたね。
なんの意味もない点字ブロックになってました(笑)
momoma
細かいところで言うと、ジャストアイデアでゴミ箱あったらいいよねと言うのを制作時に皆で話していて、設置するかどうかから含めて考えて、最終的にうどん猫さんがデザインしたやつがさりげなく置いてあります。
- これにも気づきませんでした...
momoma
気づかれないんですよね。
Lura
入り口と大展示室に置いてあります。
momoma
あとは消防設備ね。
Lura
うどん猫さんが消防設備にはすごい詳しいから、ここに誘導灯つけちゃだめとかすごい揉めました(笑)
momoma
そうそう。消防法とか出してくる(笑)
Lura
でも最終的にホールは消防法に対応してないかもしれないです。消火栓の長さとか足りない(笑)
momoma
あとね、一本道はダメだと思う。避難経路がないから。
Lura
「二方向避難できるようにしないといけない」と言われて、いやそんなこと言われてもって感じでしたね(笑)
- どこに避難すればいいのか(笑) それにしても驚愕するほどの徹底ぶりです。
Lura
あと、エレベータはこだわりましたね。
最初は、入ったら暗転して上に着くというVRChatによくあるエレベータにする予定だったんですけど、アニメーションを入れて上に上がっていくエレベータの中から外の景色を見たら思いのほか良くて。それで、アニメーション式でなんか良い方法ないかなと黒鳥さんに相談してたんですけど、色々試して、最終的にはmomomaさんの超技術を取り入れて完成しました。
momoma
黒鳥さんのギミックもすごくて、ちゃんと同期して3台がいい感じに動いているんですよね。できるだけ1台は下にいるようにとか。かなり細かく制御されているんです。
Lura
テレポート式ならそんなことする必要なかったのに(笑)
- 非常に細かいところまでこだわられているんですね。チーム内で「実装が大変だから暗転でいいじゃん」とはならなかったんですか?
momoma
黒鳥さんがすごくて、無茶な要望をしてもあんまり嫌な顔せずにスッとやってくれましたね。
Lura
写真を撮るとロゴが入るギミックとかも、できるのか聞いたら実際につくってくれたんですよ。回転に対応させるのもやってくれましたし。
momoma
縦向きに写真撮ってTwitterにあげている人が結構いて、向きがそろった方がいいなとなったら、僕とか黒鳥さんとかuniuniさんができそうって言って完成しました。
Lura
そんなバカなって感じですよね(笑)これもシェーダーなんですよね。
「体験」を設計する
- 展示ワールドとしてはどういう空間を目指してつくられたのでしょうか?
momoma
僕の要望はワールドは背景で、展示作品を際立たせるものとして機能して欲しいというものでした。
Lura
現実の美術館とかだとホワイトキューブという手法とかありますよね。
- 展示を際立たせるために白い空間にするという手法はありますね。ただShader Fesのワールドは展示作品を際立たせると言ってもホワイトキューブのように抽象的な空間ではなく、むしろ消防設備など具体的なものも置いてありますよね。
momoma
実在感があるものほど、僕らにとっては0に近いんです。だからその中でこそ、展示作品のシェーダーが際立つんじゃないかなと思っていました。
Lura
2019の時もシェーダーと現実的な空間の対比を考えていました。展示室がリアル寄りなのはそういう理由からですね。ホールは未来感とか科学感を意識して、展示室の方はリアルに寄せています。リアルな空間と展示作品のギャップのコントラストがあると面白いなというのはあったので、それを意識して制作していましたね。
- 確かに展示室はリアルな一方、ホールは現実ではあまり見ないようなダイナミックな空間です。
Lura
ここは展示室の前の空間で、やっぱりまずここに入ってきてうわーってなって欲しいと思っていたので、上に開けていく感じにつくっています。音もそういう風に調整してあります。
- 音もリバーブがかかっていて広い空間にいるという感じがします。それにこのワールドは足音も鳴りますよね。
momoma
そうですね。足音は僕が最初の方に欲しいなーって言って、音はけのもさん、ギミックは黒鳥さんにつくってもらいました。
音の鳴る大きさ・間隔とかもフィードバック出して、調整してもらいながら、聞こえるか聞こえないかくらいで不自然にならないようにしてますね。あとは材質に合わせて音が変わるようにしたりとか。気づかれるか気づかれないかくらいのこだわりですけど。
Lura
自分たちはケモノだから足音はないはずなのに(笑)
momoma
本当ならぺたぺたって鳴るはずなのにね。
Lura
あとは、狭いところは狭い反響にすることで、足音の効果がさらに出ていると思います。
momoma
ホールは響くけど、通路とかだとほとんど響かないようになっています。
- 違和感のない空間のためには、音のつくり込みも重要だということですね。
Lura
そうですね。また、ここから展示室という静かなところに行くという動線でコントラストを強調するという意図もあります。つまり緩急ですね。
- そういう動線上の工夫は実際の建築空間などから発想を得ているんですか?
Lura
自分は建築とかはわからなくて、ゲームアートの文脈でやっています。ゲームとかでも狭いところから広い草原が見えるところに出る時はダイナミックでエモいとこじゃないですか。そういうゲーム的演出を建物に適用したというのが大きいと思います。
- なるほど。ワールド内の展示室も色々な種類がありますよね。
Lura
展示室は暗い部屋、明るい部屋が交互になるようにして、さらに部屋の大きさが毎回変わるようにしています。
momoma
基本的に単調にならないように部屋は並べています。
- ここでも緩急があるんですね。
momoma
どういう空間をつくるかは人それぞれだと思いますが、Shader Fesにおいてはワールドが広くなるので、緩急なしではいい体験を得にくくなる。単調な体験は苦痛になることもあり得るので。
Lura
もしワールドに入っていきなり展示室があって、同じサイズの展示室が続いていたらかなり苦しいと思います。やっぱり緩急をつけるというのは大事かなと思いますね。
- 同じく展示系のワールドであるバーチャルマーケットはワールド自体をアミューズメントパーク的につくっている印象ですが、Shader Fesとバーチャルマーケットではアプローチがかなり違いますよね。
Lura
一時期、展示空間は目立つものじゃなくてシンプルなものがいいという議論があったと思います。自分は展示作品が最優先ではあると思うんですけど、人を呼び込むためにちゃんとすごいワールドをつくるというのは大事だなと思っています。
シェーダーだけを見せるなら背景真っ黒のところに置けばいいだけなんですけど、それとは別にちゃんとユーザーの体験をつくってあげるというのは人を呼び込むためには大事なのではないかなと思います。
momoma
ワールドってVRの体験そのものなので、背景とかシンプルとか以前に、どう体験を設計するのかという視点は最初にあって然るべきかなと思います。
- ガラスのディテールなどもそういう視点からこだわっているのでしょうか?
momoma
僕は違和感を減らしたいという動機があります。ディテールを中途半端にやる方が違和感になって逆に居心地が悪くなるんですよね。そうすると普段見慣れているものに準じたものになっていくのかなと思います。
Lura
自分も違和感とか快適さを損なうものがワールドにあるのが個人的に好きじゃないので、エッジ部分のビカビカしてるやつとか消しているんですよ。こういう金属のマテリアルも普通にやったら反射でエッジの部分がジラジラしちゃうんですけど、そういうのを消す工夫を至るところでやっています。そのおかげで反射が強いワールドなのにジラつきが出ないようになっています。
こういう細部をつくっていくのは、もちろんリアルなのが好きというのはあるんですけど、見え感がいいというのもありますし、なにより実在感があるというのが大きいと思います。
展示デザインについて
- 展示を公募する関係上、応募が来るまでどれくらいの数を展示することになるか分からないと思うのですが、その辺りはある程度予測してワールド制作を進めたのでしょうか?
momoma
展示の数は全然読めなかったですね。今回は一人当たりの出展数の上限を設けていたんですけど、何人応募してくるかは全然読めなくて。結果として思っていたよりかなり多くの展示物が集まりました。
2019もそうだったのですが、柔軟に対応できるようにワールドは展示室を分けてモジュール化して、実際に展示作品が入稿されてきたらブロックをいい感じに繋げるようにして配置するという方式にしました。
Lura
いくらでも部屋数を伸ばせるというのがやりやすかったよね。
- 「モジュール化する」というのは誰かのアイデアだったんですか?
momoma
それしか選択肢としてないよね、みたいな感じでしたね。
Lura
Vketの時に苦労していたからね。オクルージョンカリングとかブースが何個入るか分からないとか。空きブースとかが出ちゃった時に対応するならこの方式が一番合理的かなというのは経験していました。
- バーチャルマーケットの経験が活きているんですね。
momoma
バリバリ活きてますね。
もちろんVketとは趣旨とか思想は色々違いますけど、かなり活きているところは多いです。言ってみれば入稿してくる何十人のアセットをひとつのプロジェクトに入れるわけです。まあ普通にやると地獄の様相を呈するわけですね。じゃあ、そこをどうしたら問題・トラブルを減らして扱えるかというのはVketの経験を活かして運用しています。
Lura
Vketと明確に違うのは、Vketは入稿されたものは出展者のものだったのでいじれなかったけど、Shader Fesは出展者のシェーダーにmomomaさんがだいぶ手を入れていたり、壊れていたシェーダーを直したりしていますね。
- そんなこともしていたんですか!?
momoma
Vketは数が多いので、運営が手を加えられることにしちゃうとキリがないんですよ。責任の切り分けができなくなっちゃう。ブースにトラブルが起きた時にそれが運営がいじったからだと言われることを考えるといじれない。
Shader Fes2021はなにか問題が起きて運営のせいだと言われたら「そうだよ」と返すくらいのつもりで臨んでいるので。
シェーダーってどうしてもお互いが干渉しちゃったりとか特定条件でエラーしちゃったりとかが起きやすくて。実際今回も入稿された当初はUnity上でwarningって黄色い注意マークが400個くらい出てたんですけど、最終的には1個まで減りました。他にも座標がずれちゃったりしているのを直したりとか描画エラーを直したりとか。
- とても1人でできるとは思えない修正量ですね。
momoma
出展者メモに「すいません、これ直りませんでした」というのが結構あって、しょうがない自分が直すかみたいなのがあったりしたんですよね。
Lura
激重だったりしたのも調整したよね。
momoma
したね。
Lura
やばかったですね。
ワールド制作中にメモリ増設しましたし。
momoma
最初プロジェクト開くのに10分とかかかってたもんね。
Lura
全然起動しない!ってなってたから(笑)
- 出展した方からは、展示のための配布物とか入稿ツールが本当にすばらしかったと聞きました。
momoma
入稿ツールはVitDeckというOSSツールを僕と黒鳥さんで調整して、配布して使ってもらっていました。
配布した展示用のPrefabは基本的にるらさんがつくってくれました。
Lura
やっぱり出展者全員がモデリングできるわけではなくて、どちらかというとシェーダーが強い人たちなので、その人たちの作品がよく見えるようになったらいいなと思って。
Shader Fes専用のシェーダーボールつくったり、額縁つくったりとか布のモデルをつくってみたりとか。なるべくクオリティ高めにつくると展示全体のクオリティを高めることができるので、こだわってつくりましたね。
momoma
額縁とかは実は2019の時も配布しようかという話があったんですけど、結局間に合わなくて。だけど2019をやった時にやっぱ額縁とかがあった方が統一感が出るんじゃないかと感じたので、今回は用意してもらいました。
Lura
結果的にめっちゃいい使い方をしてくれた人がたくさんいてよかったですね。
momoma
よかったよね。
Lura
水晶玉みたいな使い方とか。あの使い方は全然思いつかなかったな。
momoma
あの形状を活かしてたね。
- 展示作品単体もそうですが、展示の並びや仕方も印象的なものが多かったです。その辺りの検討はどのように進めたのでしょうか?
momoma
配置は全部僕が主導して、Luraさんに意見をもらいつつ、決めていきましたね。
- 膨大な数だったと思いますが、どうやって決めていったんですか?
momoma
入稿してもらう時に「ワールド向け」とか「アバター向け」、「ギミック」などのカテゴリと明るい部屋と暗い部屋のどっちがいいですか、というのは決めてもらっていたので、入稿してもらった後に僕のつくったエディタで分類していって、ある程度分かれていったとこで、その中から並べていきました。
- それでも大変そうですよね。
momoma
全部で210だっけ。最終的には全部手で配置したので大変でしたね。グループ分けとかはツールでできるものの、ものによって大きさとか基準点が違うので、手で配置するしかなくて、結構大変でしたね。
- なるほど。手作業だったんですね。個人的にはねむり木さんの「Plexus」の展示の仕方が好きでした。
作品にとって最も見栄えの良い形で展示されているように思いました。
Lura
あれはすごかったですね。
momoma
あれは確か、展示室の通路の幅を聞かれたんですよね。その幅に合わせてシェーダーを調整したらしいです。なので、迷うことなくバチコーンって置きました。
Lura
結果的にかなり面白い配置になってよかったですね。
momoma
あれはよかったよね。
ああいう展示の仕方を要求してくる展示があるというのが面白いよね。
Lura
あれは予想できないよね(笑)
- 展示において配置の仕方は重要ですし、そこにコストをかけたというのは納得ですね。
Lura
momomaさんがいないShader Fesだったら本当にやばいことになってただろうなと思います。プロジェクトはめちゃくちゃ重いし、配置も全部手動でやることになっただろうし、エディタ拡張もなかったらもっとやばいことになっただろうと想像できます。
momoma
Luraさんも知らないだろうけど、壁とかも軽量化を図っているんですよ。こっそりStatic BatchingじゃなくてGPU Instancingに切り替えたりして。
Lura
え、そうなの。
momoma
さっき言ったように壁とかは1mのパネルでモジュール化していたので、そうすると同じメッシュがたくさんあることになりますよね。その場合ってStatic BatchingよりGPU Instancingを使った方が負荷が下がりやすいんですよ。なのでそれにこっそりすり替えておいたりしてました。
- Luraさんも知らなかった製作秘話...今のお話からそれぞれが自分の得意な部分を活かして制作を進めていたというのをひしひしと感じます。
Lura
今回はかなり少数精鋭だったというのはありますね。みんなgit使えるし、けのもさんもVketに関わってイベントのフローを把握してたり、イベントを何かしら経験している。
momoma
みんなある程度コンテクストが高いというか、ある程度必要なレベルを持っていましたよね。
Lura
みんなイベント慣れしているというのはありましたね。
ソーシャルVRにおけるシェーダー
- ちなみにShader Fes2021で一番気になった作品はありました?
momoma
Linux(「RISC-V Emulator(rvc)」by ...pi…)と画像認識(「YOLOv4 Tiny」by SCRN)が一番やばかったですね。
Lura
意味わからなかったですよね(笑)
momoma
Twitterでバズってるのは見たことあったんですけど、いざ目の前に出てきたら意味わからなかったですね。
めちゃくちゃマニアックな話で、普通はシェーダーの拡張子って.shaderとか.cgincなんですけど、Linuxは.h、.cppとなっていて、これはC++の拡張子なんですよね。明らかに違う言語のプログラムをシェーダーに移植してるんですよ(笑)
- momomaさんでも意味がわからないと感じるものがあるんですね...
momoma
あとは印象的なもので言えば、アルファに展示されている三日坊主さんが大量に浮かんでいるやつ(「Bozone」by kaiware007)ですね。
Lura
ぱっと見綺麗だと思って近づくと三日坊主さん関数だってなるやつですね。
momoma
kaiware007さんはなんであんな三日坊主さんにこだわるんだろう。
病的なまでにこだわりますよね。
- いつかkaiware007さんにもインタビューしてみようと思います(笑)
おふたりがシェーダーを見るときはどういう部分に着目するんですか?
momoma
僕は基本的に自分で使うシェーダーは自分で書くことが多くて、シェーダーの技術的な基本はほぼ全て身に付けているので、こんな技術があるんだって驚くことは基本的にないんですよね。その上でLinuxとかは理論上は可能と分かりますけど、やっちゃうんだという驚きがありました。
あと素直にすごいなと思うのは、僕ができない表現・アート系のシェーダーです。あれって何かを表現したい気持ちとそれを実現できる技術が揃ってはじめてできることなので、それができるのは尊敬しますね。
- なるほど。素人目にはシェーダーって魔法にしか見えないのですが、表現とかはソーシャルVRで独自に進化していった面もあるのでしょうか?
momoma
もちろんVRChat特有の進化をしたものもあると思うんですけど、アバター用・ワールド用のPBR系とかは基本的にはCGの歴史に 則ったようなものが多いとは思います。
ただ、VRChatはライティング環境がワールドによって全然違うので、それを想定した柔軟性に重きを置いていたりとか、あるいはグラフィック的な美しさを追求したものが多いのが特徴かなと思います。
Lura
あとはインタラクティブなものですね。VRだと紐と紐の間に垂れ下がるシェーダーのような触って楽しいという目的でつくられるものがあるのも特徴かなと思います。
- シェーダー表現の流行り廃りのようなものはあるのでしょうか?
momoma
シェーダーでできること自体には限りがあるんですけど、それをどう使うかというのはその時の流行りみたいなものもありますし、時勢もあると思います。それこそVRChat自体がどういう機能を提供するかしないかにも依存してくるので、それに合わせて変化したり新しい表現が生まれたりとかはしてくるんだろうなと思います。
- なるほど。Shader Fes2021を開催してみて気づいたことはありますか?
momoma
出展者が前回の倍弱くらい増えていて、こんなにシェーダーを書く人がいるんだと思いました。
今回はNegi Trotskyさんに入ってもらって、英語でのやりとりもある程度できるようになったので、海外へのアプローチもしてもらって英語圏の人も出展してもらえたんですけど、それにしてもこれほどの出展者がいるんだというのは衝撃でしたね。
Lura
2019はやたら海外勢に人気だったっていうのが印象にあって、そういう人たちが憧れて入ってきてくれたのかなというのはあると思います。
- 海外でもシェーダー芸的なものは活発なんですね。
momoma
海外にはVRC Shader Developmentというシェーダー開発のコミュニティがあって、そこは何年も前からずっと活発なんですよ。僕の知る限りは日本だとそこまで活発なシェーダーコミュニティってないんですけど、海外はアクティブに動いていてすごいなと思います。
- その人たちは何者なんでしょうか...?
momoma
何者なんでしょう彼らは(笑)
ただ普通にユーザー数で考えても日本以外の方が圧倒的に多いので、そういう技術の高い人が多いというのも間違いないと思います。
- ちなみに、2019と2021で出展物の傾向の違いはありましたか?
Lura
難しいですね。少なくともクオリティは上がったよね。
momoma
クオリティは上がったね。
Lura
もちろん前回もすごかったのですが、やはり人数が増えたというのがあるかもしれません。
人によって異なる「シェーダー」への思い
- そもそもmomomaさんがシェーダーに興味を持ったきっかけはあったんですか?
momoma
やっぱり一番衝撃的だったのはphi16さんじゃないですかね。当時(2018年頃)、シェーダー芸の日本最先端をいってたのは間違いなくphi16さんでした。あの方は海外のシェーダークリエイターとも繋がりがあって、そこから技術を取り入れたりもしていたので。
当時はGPUパーティクルを自作するのが流行るという謎の流行がありましたね(笑)
- phi16さんに影響を受けてシェーダーを触り始めたということですね。
momoma
僕は表現者ではないので、意味のあるものをつくったりはできないんですけど、手段・手札・手数を増やしておくのは悪くないだろうなと思い始めました。
シェーダーの中にもいろいろな技術があるんですけど、それらを1個1個習得していくみたいな感じで扱える技術を増やしていきました。
- Luraさんはいかがでしょうか?
Lura
自分は2019年くらいにシェーダーを触り始めました。今回のワールド制作でも触り始めてから2年経って、色々できるようになったので、ワールドの制作補助みたいな感じでガンガン使っていますね。魔法使いみたいな人たちのようにはできないんですけど、ワールド制作に使えそうな技術があったらおーとなりますね。
このワールドで言えば、上でふよふよしている光の帯みたいなのも自分がつくったシェーダーです。これは2019のスポットライトのライトシャフトのシェーダーを流用してつくっています。
- 少し失礼な言い方になるかもしれませんが、私はたまにシェーダーをつくっている人に対して「そこまでしなくてもいいのでは?」と思うことがあります。水のコースティクスなども既にあるもので十分じゃんと思ってしまったり。そういった感覚にはならないのでしょうか?
Lura
やってみたくなっちゃうんですよねやっぱり。
momoma
完璧ってありえないので、やっぱりどこかに何か不満を覚えたりとか。あとはどういうシェーダーがいいのかは場合によるんですよね。
自分がやりたい場合にはどういうシェーダーが最適なんだろうと考えたときに、まだないと分かったら、よしつくろう!みたいのが多いのかなという気はしますね。あとは単純につくりたいからつくるという感じです。
昔シェーダーを書いてる人たちに「なんでシェーダー書いてるの?」と聞いたことがあるんですけど、全員違う答えでした。人がシェーダーを書く動機はそれくらい全然違うんだと思います。ただソーシャルVRの特徴はシェーダーについて何か知りたいって時にそれを教えられる人がすぐそばにいるというところだと思います。
表現できない「いい体験」をしたい
- ところで、おふたりのお気に入りのワールドはありますか?
Lura
めっちゃあります。
自分は綺麗な表現とかディテールが詰め込んであるのが好きなんですけど、「Prefabs TLX | Spring 2021 」や「VirtualFurence Convention Hotel Estrel Berlin」は体験として良かったなと思います。今回のワールドでも結構参考にしてたりします。
momoma
僕のワールドのフェイバリットは3つしかなくて、そのうちのひとつはもう閉鎖しちゃっていて一個は更新が止まったんで最近行ってないですね。
なので、お気に入りとしては「Fallen」というめちゃくちゃシンプルなワールドになります。
真っ黒な空間でパーティクルが上に向かって飛んでくだけのワールドなんですが、ワールドのタイトル通り落下しているような感覚になるんですよ。
最初にそれを見た時に、これだけの演出でこれだけの体験を与えてくれるのかと衝撃的でした。
- momomaさんのお気に入りはすごくシンプルなワールドで意外でした。
最後の質問です。Shader Fesは「シェーダーが並んでいる光景を見たい」という動機ではじめたとおっしゃっていましたが、これから見てみたい光景はありますか?
Lura
Shader FesのUDON版があったらみてみたいかもしれないですね。
momoma
シェーダーについては特に思うことはないですけど、やっぱいい体験をしたいなというのはあるので、そういう観点でワールドとかイベントとか空間をつくってくれる人が増えると嬉しいです。
Lura
いい展示会とかイベントとかをもっと見たいですね。
- いい体験というのはどんなものでしょう?
Lura
いい体験は訪れたときに「いい」と感じたらいい体験ですね。
momoma
先にいい体験を表現できちゃったらいい体験じゃないんで。
- なるほど。体験してからこそ分かるということですね。つくりながら考えていくお二人の姿勢を強く感じる言葉です。今日は長時間ありがとうございました!
「ワールドは背景で、展示作品を際立たせるもの」であるという言葉が印象に残っています。ディテールまでつくり込まれたワールドは一見、展示作品と同じくらいの存在感を持っているように見えますが、実際にそこを訪れ、その空間を体験してみると、その意図がよく分かります。
お話を聞く中で「そこで展示されるものはどういうものか」「その展示物にとって最適な展示空間とは何か」「どういう空間構成が来場者にとって快適なのか」そうした「体験の設計」という視点を持ってつくられたことが伺え、バーチャル展覧会の可能性を追及したものだと改めて感じました。
そして、展示品であるシェーダーの多様さにも圧倒される一方、それに負けないくらいの体験をもたらす世界をつくり出す「実在感」。それは妥協を許さないものづくりへのこだわりと信頼関係の強いチームだからこそ実現できたのであることが伝わってきました。
まだ訪れたことがない方は、ソーシャルVR上で行われる表現活動の多様さ、「ワールド」というVRの体験そのものを形づくる媒体の奥深さの双方を一挙に体験できる「Shader Fes 2021」をぜひ実際に訪れてみてください。
取材に協力していただいたmomomaさん、Luraさん。そして、Shader Fesの制作メンバーの皆さん、今回は取材に協力していただきありがとうございました。また、素晴らしい表現の数々を見せてくれたシェーダークリエイターの方々に感謝申し上げます。
Shader Fes 2021スタッフ(敬称略)
momoma、Lura、うどん猫、黒鳥、けのも、uniuni、SORAMI、Negi Trotsky
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