見出し画像

ある年の焼きいもの話

6月。

春の穏やかさはすっかり消え、
連日、湿った暑さが続いていた。

ベランダの椅子にぼーっと座っていると
遠くのほうから

「石や〜きいも おいも」

と聞こえた。

「石や〜きいも や〜きいも〜」

「焼きたてのおいも 
 あっかいほくほくのおいもは
 いかがですか〜」

どうやら、6月の湿った暑さの中
焼きいものトラックが市内を走り回っているようだ。

姿こそ見えないが、たしかに焼きいものトラックが呼びかけをしながら走っている。

当然、わたしは驚いた。

6月に?
この嫌な暑さに焼きたてのおいも?
あったかいほくほくのおいも?

誰が、誰がどんな気持ちで買うというんだ。

今!焼きいもがどうしても食べたい!

なんて人、いないんじゃないか。

よく分からないが、
そういうことが起こった日だった。


7月に入った。
嫌な暑さは増し、もうできるだけ外に出たくないという気持ちでいっぱいの日々。

駅に行く途中、
通りのガールズバーの店先で
男女2人が

「焼きいもいかがですか〜」
「美味しい焼きいも、いかがですか〜」

と呼びかけていた。

耳を疑ったが、
2人はたしかにそう言っていた。

気になってそちらをよく見ると、
円形の藁の中心に焼きいもがいくつもあって

焼きいも

と書かれた旗がそばに置かれていた。

出た。焼きいもだ。

もう驚きはしなかった。

しかし、不思議なことに変わりはない。
半袖を着ながら焼きいもを目にするのは
違和感でしかなかった。

この前のトラックは、奇抜さを用いてガールズバーが宣伝のためにやっていたのか?
いや、あのトラックはそう安くないはず。
ただの市内のガールズバーが宣伝のためにそこまでするか?
あのトラックと今回のこれが別物だとしたら、夏ごろに焼きいもを売るというわけのわからない行為をする店が、この市に2つもあるということ?

考えれば考えるほどわからなくなってきた。

もしかしてこのまま
世にも奇妙な物語的な展開があるのではないか、、、





夏ごろに焼きいもを売る店が
この街に日に日に増えていき、
ある日、家に帰ると母に

「おかえり。あ、焼きいも買ったからあとで食べてね〜」

と言われた。

まさかあの意味のわからない焼きいもを買ってきたのかと驚いたあと、

ん?そういえば
焼きいもって普通にこの季節だったな
あれ、そうだよな
なんだ、なんか変なこと考えてたわ
わ〜美味しそう!
やっぱり夏は焼きいもに限るね!
いただきまーす!
わたしは、当たり前に焼きいもを口に運んだ。



恐ろしい。

恐ろしすぎる。

それから数日間、ガールズバーの店先で焼きいもを売る様子があったが、ある日からぱったりとなくなった。
焼きいものトラックも同じようになくなった。


ちなみに焼きいもの大本命である冬ごろ、
トラックは再開したが、ガールズバーの店先で焼きいも売る男女2人を見ることはなかった。

何故!?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?