海外で実際に自分の目で確かめる事の重要性

最近よく見る意見だが海外旅行にさえタイムパフォーマンスを求める層がいるらしい。
理由はスマホ1つあれば世界中のあらゆる情報にアクセスでき、世界中の様々な人の意見を聞けたり、世界の絶景を手軽に見れるからだそうだ。

どちらかというと自分もタイムパフォーマンスを求めてしまう層ではあるが、海外を旅する事に関してはタイムパフォーマンスを当てはめてはいけないと感じた。

まず事前のネットの情報で感じた事と実際に見て思った事のギャップが大きすぎることがあるし、そもそも圧倒的に情報の解像度が違うからだ。

自分が様々な国籍の人と話してみて思ったのが、各種メディアはその国を悪く言うが実際に自分の目で見ることの大切さを実感した。

一部の例だが、中国人と日本中国韓国の政治関係について話してみたり
イスラム過激派やスエズ運河を封鎖しているフーシ派で悪く言われるイエメンだけど自分が出逢ったイエメン人はとても優しくて、現在の政治の持論やパレスチナとガザの戦争について彼なりの持論をたっぷり語ってくれた。
ドミトリーでイギリスとカメルーンとウガンダの人らが南アのアパルトヘイトやカンボジアで受けた現地人の無知から来る無意識の差別の話をしているのを聞いたのは興味深かった。
自分も感じたことだが、殆どのアフリカ人無知が故にアジア人=中国人と区別するようにどの国だって無知が故の差別が存在する。

それ含め自分は観光や絶景や食事を食べる事(も凄くいいけど)よりも自分の目で見た国ごとの印象やアメリカ寄りの日本のメディアからの印象が悪い国を自分の目で確かめたいと思ったし、それに伴う新しい価値を知りたいと思った

もちろん日本の各種メディアも利権絡みでニュースにしなかったりすることもあるし、英語ソースでしかネットに載ってない情報なんていくらでもある。

今回海外旅をしてみて確信したのがどの国も自分の国の都合の良いように教育されてたり、自国に都合のよいようなニュースを見させられているということだ。

しかし日本に住んでいる人は世界中で起こる物事をは中立的な視点で物事を見れていると勘違いしてる人が多いと感じる。

個人的な持論ではあるが、中立的な視点というものは実に曖昧なもので、中立な視点や思考に近づく事は出来ても完全な中立な視点で見ることはどんな人にも不可能である

よくニュースや世間で悪く言われる国だって彼らなりの正義で動いていて、悪い事をしたくてする人はいないはずなのだ。

きっと自分が求めていた海外への旅というのはこういった自分の無知を知る事であったり、より中立的な視点に近づく為のものなのだろう。そしてそれはスマホ越しでは分からないことだらけであった。絶景も食べ物の美味しさも現地人の意見や気質など実に多岐にわたるものだ。

ただのリラクゼーション目的の海外旅であればタイムパフォーマンスというのも分からなくない。
だけど視点を広げる目的の海外旅においてはタイムパフォーマンスなんて言ってられないというのが自分の思ったことであるし、今後変えの効かない経験になると考えている。