【Vtuber】赤井はあとの異質な魅力

本日、赤井はあと(以下はあちゃま)が登録者数100万人も到達した。おめでとう!!
100万人達成後の記念すべき配信が、「#BYEBYEHAACHAMA」 だったということに感銘を受けたので、はあちゃまの魅力について書いていく。(狙って100万人記念放送をこれにしたわけではないと思うが)

タイトルにも書いた通り、はあちゃまはホロライブ内では明らかに異質な存在だと思っている。

現在進行形で行われている、赤井はあと/はあちゃまの物語を突然始めたり、その物語のために公式マークを捨ててまでチャンネル名を変更するという狂気、はあちゃまクッキング、実写旅動画、マジげ〇、ライン超えてるR18放送など、コンテンツ内容自体が異質であること明白だと思うが、赤井はあとのVtuberとしての在り方自体が異質だと、私は感じている。正確には、Vtuberとしてというよりは、箱の、しかも最大手の箱のVtuberとして異質と感じている。

例えば、「赤井はあと/はあちゃま」の物語のようなVtuberとしての根幹にかかわる設定部分をここまでピックアップする大手箱のVtuberは少ないだろう。ホロライブには存在していないので、他箱で申し訳ないが、にじさんじの出雲霞や黛灰がぱっと思い浮かんだ。出雲霞や黛灰のようなVtuberがバックグラウンドの設定を前面に出して行う配信を、「劇場型配信」と勝手に呼んでいる。はあちゃまの一連の配信はまさに劇場型配信だ。ただ、この劇場型配信、個人Vtuberでは割と行っている人はいる印象だが、大手箱ではあまり盛んとは言えないだろう。
盛んでない大きな理由は、せっかく箱で活動しているのに個人の世界観を前面に押し出しすぎるとコラボに支障をきたす可能性があるからだ。実際黛灰の配信でこういった旨の発言をしていた覚えがある。

なぜこのような難しい配信をしかも突発ではあちゃまは行えるのかというと、はあちゃまは「てえてえ」をメインコンテンツの一つに据えていないからである。だからこそ、突飛なことができる。突飛さゆえに少し不安定で危なっかしく見えるが、この不安定さこそ赤井はあとの「メインコンテンツ」であり魅力であると私は思う。

少しメタだが、はあちゃまはホロライブの中でもかなり若いと思われる。(※ホロライブ所属タレントは基本若いし、船長は17歳です)若い時の3年間は考え方を変えるには十分すぎる期間であろう。そしてはあちゃまは愚直に今の自分の考える面白いことを行うという選択を取ったこの選択ができる人間であるということが大手Vtuberとして異質であり、魅力であり、はあちゃまを正気な狂気のコンテンツにしている。

初めて「正気な狂気のコンテンツ」というフレーズを目にしたとき、あまりにも「はあちゃま」を体現した言葉で感動したことを覚えている。

勿論、英語つよつよキャラが難しくなった、正統派アイドル路線に限界を感じた等、マイナス要因で今の形態になった可能性もあり、そのあたりはリスナーには知る由もない。だが一つ言えることは、赤井はあとがいることではあちゃまのコンテンツが際立ち、はあちゃまがいることで赤井はあとの不安定さが魅力になっている。「赤井はあと/はあちゃま」でなければ今ほど早く登録者100万人は達成できていなかったと確信できる。

以上より、今後の劇場型配信の展開は楽しみではあるが、どちらかの首が飛ぶのは見たくないなと個人的には思う。今の私のように不安に思っている時点で、「正気な狂気のコンテンツ」の掌の上なのかもしれない。

無題


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