【ShortNote再掲③】ぼった、継承されず

もんじゃ焼きの話だ。
東京の下町で育った父に言わせると、このエリアでは元々「もんじゃ」ではなく「ぼった」と呼ぶらしい。

父が子供の頃、駄菓子屋の奥に鉄板が置かれた部屋があり、そこで作ることができたという。食事というよりおやつとして。

私が子供の頃、父はそれを再現しようと何度も作った。それを見てきたので私と弟は作れる。関係ないけど木村カエラももんじゃを作れる。本当だ。

父にはこだわりがあった。
父いわくもんじゃ、もとい「ぼった」とは

·具沢山ではいけない、豪勢な具などもっての外
·焼く前の生地の仕上がりは水みたいにシャバシャバでないといけない
·土手は作るな、鉄板の上に流れるままにせよ
·鉄板に貼り付くペリペリは焦げじゃない、「せんべい」だ、大事にしろ
·各人が手にもつ小さいヘラはしなりが大事、昨今のはしならないからいけない
·ヘラから食え

こんな関白宣言のような事を言っていた。

しかし結局土手は便利で合理的だから土手を作るようになったし、「ぼった」と言う名称は店を探したりする時に不便なため我が家で定着せず「もんじゃ」と呼ぶし、店では餅チーズ明太子など良い具を選んだりする。

「ぼった」の英才教育を受け、「もんじゃ」が作れるようになった私たち家族はこれからも合理的で美味しい「もんじゃ」の道を行くことになるだろう。


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