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12/21は遠距離恋愛の日だそうで。

12月21日水曜日。大智は出先からの戻り道がてら、公園で昼休憩を取っていた。晴天の昼間とはいえ冬の寒さの中で公園のベンチを利用する人は少なく、大智の周囲も時々ジョギングやウォーキングをしている人を見かけるくらいだが、そのくらいの方が彼にとっては都合が良かった。

大智はコンビニで買ったおにぎりを咥えながら、慣れた手つきでスマホを弄っている。里美という名前からのメッセージを読むたびに口角を上げ目元を下げる大智の表情は、知り合いに見られたら間違いなく揶揄われるほどにニヤついていた。

里美とは今年就職を機に上京してきた大智が、大学時代から付き合っている一つ年下の恋人のことである。友人の紹介がきっかけで知り合った二人は、愛嬌のある里美に惚れ込んだ大智がアタックをして恋人関係となった。

先に大学を卒業し離れた場所で社会人をしている大智は、地元で学生生活を送る里美のことを心配し過ぎて時間を見つけては頻繁にメッセージを送ってしまうのだが、里美もそんな大智に喜んで返信をするし負けじとメッセージを送るので、周囲の反応はどうであれ遠距離恋愛中でも二人の関係は変わらずに仲が良かった。

現在のやりとりも大智が公園で昼休憩中であるとメッセージを送ったのがきっかけで続いていた。お疲れ様と里美から返事をもらい、お昼ご飯はちゃんと食べるようにと注意を受けた大智が、野菜ジュースも飲むから大丈夫とおにぎりの絵文字と共に返事をしたところである。年下の彼女が不摂生な自分を怒りながらも心配してくれる様子が、離れた土地で一人暮らしをしている大智にとっては嬉しくて可愛いのでついニヤけてしまうのだ。

またお叱りの言葉が返ってくるかもと待っていた大智のスマホが着信を告げた。相手の名前はもちろん先ほどまでやりとりをしていた里美である。まさか声が聞けるとは思っていなかった大智は、急いでおにぎりを食べ終えると耳元にスマホを向けた。

「もしもし?」
『ちゃんとご飯食べてっていつも言ってるのに、またコンビニのおにぎり食べてたでしょう』
「さすが里美だな。俺のことよくわかってるじゃん」
『あと野菜ジュースは野菜じゃないんだから、しっかり食べないとダメだよ』
「はいはい」

開口一番にそう詰め寄る里美に愛おしさが勝った大智は、周囲に誰もいないのを良いことに存分に顔を緩めている。そんな大智の顔は見えていないはずなのに、スマホ越しの里美にはお見通しだったらしい。

『大ちゃん、ニヤニヤしないでちゃんと聞きなさい』
「あ、はい」

怒っていますという声を出す里美に大智も顔を戻して返事をする。今でも頭の中ではそんな恋人も可愛いとデレデレしているが、これ以上は可愛い恋人も可愛いだけでは済まなくなるのを理解していた大智が、里美の話を聞こうと話題を振る。

「それで里美は何かあったのか?こんな時間にわざわざ電話してくれるなんて珍しいじゃんか」

距離以前に社会人と学生では生活リズムが違うため、普段の二人は日中の連絡を文字のやりとりだけにしていた。大智は昼間でも声を聞きたいと思うのだが時間の調整が難しいことが多く、里美から無理しないでほしいと言われてしまい現在は夜に電話をするのが習慣になっているのだ。

『今なら大ちゃんが公園で休憩してるっていうから丁度いいかなって。今更だけど大丈夫だった?』
「もちろん。まだ休憩時間だし、今日はもう会社に戻って書類まとめるだけだから」
『おー。なんか社会人っぽい』
「社会人だからな」

スマホ越しに楽しそうに笑う里美に和みながら大智が野菜ジュースを飲んでいると、当初の目的を思い出した里美が話し始める声が聞こえた。

『今日は午前で講義が終わったからバイトの時間まで暇してて、今ね大ちゃんのクリスマスプレゼントを選んでたんだ』
「そうだったのか。別にプレゼントなんていいのに」
『ダメだよ。せっかく今週そっちに行くんだからクリスマスっぽいことしたいじゃない』

地元とはそれなりに距離があるため大智は帰省を年末にする予定であった。なので今年のクリスマスは大智が一人で暮らすアパートに里美が泊まりに来ることになっている。大智も遠方からやってくる彼女をおもてなしするべく色々とプランを練ってはいたのだが、どうやら里美の方も色々と考えていたらしい。

『それでね。大ちゃん外回りも多いって聞いたし、スーツでも似合うマフラーにしようかなって思ってるんだけど、もう持ってる?』
「いや、持ってない」
『ほんと?ならどっちにしようかな。無難なのはネイビーカラーだと思うんだけど、チャコールくらいまでならおかしくないよね』

最近寒くなってきたが、大智は電車移動などが多いのと元々代謝が良いのを理由にあまり防寒具の必要性を感じておらず、コートを羽織るだけで十分だと思っていた。けれども里美からマフラーをプレゼントしたいと聞いて、なんだか首元が寒く感じた大智が無意識にコートの襟元を立て直している。スマホの向こうでは、候補のマフラーを眺めているのであろう里美の悩んでいる声が聞こえていた。

『隣に大ちゃんがいれば合わせてみるんだけどな』
「金曜日、会った時に買えば良いのに」
『だめ。今日買っておきたいの』
「なんでだよ」

明後日の金曜日の夜には里美と合流するのだ。仕事終わりのスーツ姿のまま彼女と会う予定だった大智は、そのまま二人で一緒に相談しながら買った方が都合が良いのではと思い疑問を口にする。すると里美は言いづらそうに小さく唸ると周囲に聞こえないためなのか、スマホ越しに囁くような声を大智の耳へと届けた。

「だって大ちゃんに会ったら早く二人きりになりたいんだもん」

恥ずかしそうに呟く里美の声を聞いて、ついに大智は顔を隠すように屈してしまった。ウチの彼女が可愛すぎる。大智は目の前に最愛の恋人がいないことが残念でたまらなかった。

「大ちゃん聞こえてる?」
『うん、ごめん大丈夫』

黙って悶えている大智のことを知らない里美は返事がないことが不安になったらしい。心配するように声を掛けてきた彼女を安心させるため、大智は仏のような表情のまま顔を上げると返事をした。しかし、頭の中では今週末の里美との過ごし方を計画し直している最中である。

「里美がそんなに俺と会うのを楽しみにしていたとはなぁ。俺も社会人としてちゃんとオモテナシしないといけないな」
『えー。なんか怖いからいつも通りでいいよ。ヨシっ、こっちのマフラーに決めたから当日楽しみにしててね』
「おぅ。すげぇ楽しみにしてるわ」
『それじゃ、切るね。電話出てくれてありがとう。お仕事がんばってね』
「里美もバイト気をつけてな。変なやつに声かけられても無視しろよ」
『大丈夫だから心配しないでよ。それじゃあね』

里美が最後の挨拶を言うとすぐに通話が終了してしまった。これは大智に締めを任せるといつまでも話し続けてしまうため、いつからか里美の方から切るのが二人のルールになったからである。大智も寂しいけれど、それよりも昼間から里美の声が聞けたことが嬉しかった。更に里美が週末に会うことを想像以上に楽しみにしてくれているのが分かったことの収穫が大きい。

大智は表情を切り替えるために大きく息をつきストローを加えると、残っていた野菜ジュースをズズッと音を立てて飲み切って立ち上がった。まだ休憩時間はあるが、今日は定時で上がって里美へのプレゼントを買うことに決めた大智には急いで会社に戻って書類をまとめる仕事が残っているのだ。遠距離恋愛をしている最愛の恋人と再会をして、早く二人きりになりたいのは何も彼女だけではないということである。

そんな彼らが一体どんなクリスマスを過ごすのか。それは週末の彼らのみぞ知るのであった。


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