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【読書感想】ミドリノバショ 岡Q著 

「私の場所(ウチのバショ)」と言い切れるモノが私にはあるだろうか。

縁あってVRビリヤードと向き合う様になり、ビリヤードの世界を少しずつ知っていく中で、私は岡Q先生が描く「ミドリノバショ」という漫画に出会いました。小学館から出版されているこちらは、アプリやWEBで漫画が読める「裏サンデー」で連載されているのですが、今回は最新の6巻までコミックスを買って読んだ感想を書こうと思います。

まずこの漫画の簡単なストーリーを説明しますと、おじいちゃんの経営するビリヤード場を幼少期から手伝う、ビリヤードが大好きで才能溢れる主人公の翠ちゃんという中学生の女の子が、強者と出会い、真剣勝負の中で成長し、いつしか大きな夢へと向かっていく物語です。

漫画の題材であるビリヤードには色々なルールがありますが、基本はキュー(棒)で球を正確に撞くことを競うゲームです。自分が上手に撞き続ける限り、相手に手番を渡すことはありません。つまり上位になればなるほど、間違えないことが重要になっていきます。自分の手番で如何に間違えずに撞き続けられるか。相手の手番にならざるを得ない時も相手を試すように如何に難しい盤上にできるか。

そこには戦術が必要ですし、戦術を実現する実力が必要です。実力をつけるためには日々の鍛錬も必要ですし、身につけた力を本番で発揮できるメンタルも必要になっていきます。どんな勝負事もそうかもしれませんが、ビリヤードという競技は特にその傾向が強く、だからこそ頑張り次第で自分も強くなれるのだと思える魅力的な競技なのだと私は思っています。

キューで球を撞き当てるだけ。
そのシンプルさの中には色んなモノが詰まっているのです。

「ミドリノバショ」はそんなビリヤードの奥深さを丁寧に描いている作品です。作家先生の実体験や取材により蓄積された資料から作り込まれた主な登場人物たちは、皆人間らしく日常を送りながらビリヤードを愛しています。そして漫画になっている部分は、あくまでも彼らの人生のワンシーンでしかないのだと感じさせる説得力がこの作品には存在すると思いました。

例えば連載モノで大切な第一話。物語の最初は主人公の翠ちゃんが朝の5時半から自主練をしているシーンから始まります。そして場面が変わり、ビリヤード場の営業時間へ進むと最初の強者と出会いビリヤード対決をすることになります。そして最後は翠ちゃんが自主練よりも凄いショットをして対戦相手が驚くというシーンで終わりました。

慣れた様子で練習に集中する翠ちゃんにとって早朝の自主練は当たり前のことであり、そんな練習を積み重ねている彼女が試合で強者が驚くようなスーパーショットをしても可笑しくないかもと思わせる描写や、翠ちゃんのスーパーショットに対して常連客が憧れるように歓声を上げたり、対戦する強者が心の中で驚きながら解説することで、このショットが常人離れした技だったことが伝わってくるのです。

そこから話数を重ねていくうちに、彼女たちの人間性を通してビリヤードの奥深さを読者は知ることになります。第一話を初めて読んだ時、翠ちゃんの凄さが分からなかった人も改めて読み返すと彼女の頑張りや才能を実感するかもしれません。そう思った人は作品によってビリヤードを知った証になるのではないでしょうか。

私が漫画読んで考えたビリヤードの強者とは、ビリヤードを愛し、日々の練習を惜しまず、常に自分らしさを発揮できる精神的強さを持った人たちです。シンプルなゲーム性ゆえに強さにも個性があるのがビリヤードの魅力の一つではないかと思うのです。

個性といえば、作中で翠ちゃんが「私の場所(ウチのバショ)」というセリフをいうシーンが何度か出てきます。それは小さい頃からのホームである祖父の経営するビリヤード場のことだったり、ビリヤード対決における自分の手番のことだったり。彼女が真っ直ぐに強さを発揮するシーンに続く魅せセリフでもあるそれは、「ミドリノバショ」という作品タイトルにもなっているくらいに大切なテーマとなっています。

ビリヤードという競技は盤上で競うモノですが、そのビリヤード台は会場によって様々です。基本の形が同じでも各種ビリヤード台には癖があるようで、そこを見極めるのも強くなるためには必要なスキルなのだそう。作中で成長していく翠ちゃんも祖父のお店以外で戦う時に苦戦しますが、それを乗り越え自分の場所とする姿が印象的でした。

心技体。よく聞く言葉ですが、ビリヤードはそれが如実に実感出来る競技だなと私自身日々痛感しています。だからこそ作品の登場人物たちのビリヤードへの愛や苦悩がより伝わり、より面白く思えるのかもしれません。

さて最後に、私が紙の漫画が好きな理由の一つに「ページの都合などで出来た空きスペースに作家先生の裏話などが書いてあるから」というのがあります。今回購入した「ミドリノバショ」の漫画にも作家先生の想いやビリヤードに関する資料が沢山掲載されており、本編をより面白く読めるようになっていました。

本編を補足する解説やプロの方、キューなどの道具の紹介などがある中で、作家先生は自身の作品に対する想いとして度々「この物語は架空の人物や場所を描いているが全てが絵空事というわけではない」や「この作品世界と現実世界は地続きである」といった言葉を綴っています。それらは作家先生が物語を描くにあたって一番拘っている部分であり、作品の魅力に繋がっているのではないでしょうか。

作家先生がビリヤードと漫画に真摯に向き合うことで生まれた「ミドリノバショ」という世界で日々を生活しているキャラクターたちは、漫画のシーンに描かれていなくてもきっとビリヤードを撞いているんだろうなと思わせてくれる何かがあります。それは、ビリヤードという競技に魅せられた人物たちという点では現実も架空も関係なく、そこにある喜びも悲しみも愛も苦悩も全ては存在するからなのではないでしょうか。

翠ちゃんの成長を描く「ミドリノバショ」は2023年7月時点で6巻まで発売していますが、5巻でエピソード1が終わり6巻からは新しい展開になっています。祖父のビリヤード場を「私の場所」だと話す翠ちゃんが大きな夢を叶えるために一歩踏み出し挑戦する姿は、時に頼もしく、時に健気で、応援したくなる魅力が詰まっています。

そんな彼女を支える登場人物たちも人間らしく、作家先生の解説も為になるものばかりなので、ビリヤードをしていない人でも物語性が面白く、ビリヤードをしている人には参考になることも多いのではないでしょうか。

こうして色々と感想を綴りたく程に私は面白かったし、とても勉強になりました。素敵な作品に出会えたことに感謝しつつ、きっとどこかで今日もキューを握っている翠ちゃんを想像して、私も頑張ろうと思います。

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