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PRESS ON AHEAD -interview -

尖りきったリフ、斧を振りかざしブッた斬るかのような轟音。心の魂そのものが吐き出されるかのようなボイス。そして冷酷なほど、ひたすらにBRUTAL。岩手県・盛岡にて活動を続け、東北が誇るBeatdown/Brutality番長Press On Ahead。

当ブログ「VOICES FROM HOOD」の趣旨に賛同を頂き、即インタビューが実現。Vo.TDR氏からバンドのルーツ、HARDCOREへの熱い想い、そしてこれからの展望を聞いてみました。

(Interviewer:KEN MAKABE)

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- バンド結成の経緯について(音楽のルーツ、当時の岩手シーンなど)

元々は中学校のときにパンクにハマって、そこからAGNOSTIC FRONT、BADBRAINS、YOUTH OF TODAY、GORILLA BISCUITSなど聞き出して。
高校に入っても周りにHARDCORE好きな人はいなく、一人で勝手にCDを探し、どんどん掘り下げて聞いていった。そんな少年時代でした。

高校3年の時、Bite The Bulletのナラさん達の企画のフライヤーを見かけて。その時は町中の至るところに、このイベントのかっこいいフライヤーが貼りまくってあって、場所はライブハウスではなく盛岡劇場の地下。

その当時は地元にハードコアシーンがあることなど知らなかったのですが、
「KICK ABOUT ALL」のバンド名をフライヤーで見つけ、当時SICK OF IT ALLが好きだったから、きっとこれは間違いないぞと。自分が好きそうなジャンルだと思い、一人で行ったのが初めてのハードコアのライブでした。

その時はアグノのTEEシャツを着ていって、HARDCORE好きなの?なんて声をかけてくれたのが現GAME clotingのオーナー、Bite The Bulletのケンゴさん(現 HEJIRUMAJIRU,Kg za horchata)でした。それが運命の出会い。高校3年の夏だったかな。

激しい音・MOSHなどの光景もその時に初めて見て、自分の好きなHARDCOREシーンが地元にあることを知り衝撃を受けました。
ケンゴさんとの出会いをきかっけにして、Bite The Bulletのライブへ一緒について回り、花巻や仙台にもライブ見にいきました。仙台はSTRENGTH、HARD KNOCK LIFEや元々OLD SCHOOL HARDCOREが好きでしたので、MAKE MENTION OF SIGHTに喰らいましたね。

花巻ではハードコアとサイコビリーのイベントなどもやっていて、Bite The Bulletが出るので行ったら、サイコビリーの人達からLIVEの曲間中に野次を受け(最初からやれ~、帰れ~etc...)外に溜まってたら石を投げられる洗礼を受けました。これにはびびましたが。笑 

その場に居合わせていて、「こうゆう洗礼は受けるけど気にするなよ〜」なんて声かけてくれたのが現Kill Dem Alreadyのトモミさん(ex REDUCE THE RISK)でした。当時はREDUCE THE RISKを始める前かな?イベントの運営側にいたかと思うのですが、トモミさんともその時の出会いから今に至ります。

ハードコアのライブに足を運ぶようになり、独特な雰囲気で怖いなという反面、そういうシーンを見て熱いなと感じ、そこから自分でもバンドやりたいと思いました。

そこから違う高校だったけど小学校からの幼馴染で同級生のヨウヘイ(Ba)に声をかけて、バンドをスタートさせました。
毎週ヨウヘイの家に行って2人でCrown of ThornzとかKilling Timeなどを聴いて曲を作っていましたね。そこから高校卒業して1年後位、メンバー募集でジュンイチ(Gt)と出会い、ドラムも見つかりPRESS ON AHEADがスタートしました。それで今に至り、今年で結成22年になります。

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- 影響を受けたバンドやシーンについて

当時は日本に沢山のHCシーンが存在することを知らなかったのですが、Bite The BulletのケンゴさんやBURST BLOOD・アベさんに色々と教えてもらいました。
東京や名古屋、大阪のことを知るようになり、特に関西HCシーンからは大きな影響を受けました。STRONGER THAN BEFOREのVHSなどを見ながら、見様見真似で。DYINGRACE、Straight Savage Style、Edge Of Spirit等の沢山のバンドに影響を受けて自然に自分達のサウンドも変化していきました。

仙台での初めてのライブは確か2006-07年頃のSTAND OUR GROUNDのライブ。そこからUNRESTRAINEDとつながって彼らの企画などにも呼んでもらい、仙台で数回ライブをしました。その頃には今のバンドスタイルに近い形が確立されていたと思います。

仙台HCのシーンにはリスペクトがありつつ、負けてられないとの対抗心もありましたが、それがあったからこそ今現在に繋がっているのだと思います。

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-INTERACT RECORDSとの出会いについて

INTERACT RECORDSとの出会いは、元を辿れば2000年代前半(2006年くらい)にmyspaceって流行ったじゃないですか?今でいうBANDCAMPの走りかな。当時いろんな海外のBEATDOWNバンドがmyspaceをやっていてdigったんですよね。

そのdigった海外のバンドのフレンド欄からさらにdigっていくとmurder within sin(愛知)、mosthighgame(徳島)、dominate(東京)、INFIDEL(東京)、slapdowm(三重)が何故かいるんですよ。彼らもmyspaceを通じて海外のバンドと交流をもっていて、とても興味がありmyspaceからメッセージをして交流をもった記憶があります。

そこから仲良くなり、MWSとINFIDELを盛岡に呼んだわけです。初めて会ったダイスケ(元INFIDEL,INTERACT RECORDS)はとにかくイケイケで生意気でしたね笑 でも人懐っこくて憎めない奴って印象でした笑 あとその時に一緒についてきてたdominateのlowbuster君のモッシュに食らった記憶がありますね笑 エグイモッシュをするなって。それを経て初めて東京に呼んでもらい、こちらもまた盛岡に呼んだりという関係性を築き、ダイスケからレーベルをやるんでPOA好きなんでCD出してくださいって感じでしたね。

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- サウンド面でのこだわり

(こちらの項目はGtのジュンイチ氏より、メールにて文章を頂きました。)

サウンド面の影響といえば日本のいわゆる極悪ハードコアとか、90年代から現代までのNYHC、NJHC、PAHCあたり。あとはUSデスメタル。バンドでいうならIRATE、SHATTERED REALM、BUILT UPON FRUSTRATIONあたりが好み。ど真ん中にいる感じ。時々の売れ線のも参考としては聴くけど自分が好みで惹かれるのはローカル臭さが滲み出てるバンド。演奏が下手くそだったり音源の音悪かったりも何故か味になったりするのがハードコアだと思うので。

東北・盛岡は元々STRENGTH、BITE THE BULLET、REDUCE THE RISK、BURST BLOOD等々、NYHCや極悪寄りなシーンだった?(それがないとうちらはいないのもある)そんなのもあって自然とそっち方面の音楽性には染まりつつ(最初ハードコア という括りよくがわからん時はURBAN WARFAREとか当時の日本のコンピは聴きまくった記憶。関西のSTRONGER THAN BEFORE、HARDCORE PRIDEのVHSもよく見た。)

元々メタラーな自分はだんだんハードコアを深掘りしていくようになり、通販とかオークションで音源を仕入れては馬鹿みたいに聞いて。ミリタントとか叙情的なニュースクールも嫌いじゃなかったけど、段々とONE SECOND THOUGHTや初期SWORN ENEMYに惹かれたりして、あとRUCKTIONとかFWHの初期モノは当時とりあえずひと通り聞いた。(DENIEDとREDLINEは初期より後期が好みだったりする)。その辺の音の好みやこれまでのバンド関係での繋がりを色々を経て今の音楽性に至ってると思う。

自分達の曲全体として攻撃性と叙情性、単純さと複雑さ、ダークネスとライトネスをバランス取ってどう組み合わせるかは考えてる。単純には暴れるための音楽だからフロアを意識したリフ作りはずっと追求しているのと、それにプラスして味と深みも出したいから欲張りだけど色々詰め込んでる。尖った音が好みだし狙ってるけどあくまでハードコアという枠は飛び越えないように作ってるつもり。基本的には俺が作ってスタジオ持ってくけど独りよがりにはならないように楽器陣全体でのアイデアとか好みも入れながら仕上げてる。その分時間はかかってるけど。(展開に多少無理やり感があっても最後は強引にねじ込むのがコツ。)曲作りの段階でコンセプトとかタイトルも詳しくは知らない。そこら辺はいつもトドリにお任せ。

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- バンドを続ける原動力、HARDCOREへの想い

自分達で自分達のことをマージメントしていく事は大事ですよね。個々のバンドがオーナーというか。自分たちで企画して、もがいて活動するのがハードコアバンドの魅力でもあり、そこが味でありかっこ良さだと思う。そういうバンドはいつ見てもやっぱりかっこいい。

音源も大事だけど、やっぱり一番は色んな人が集まってのライブハウスや居場所ですよね。ハードコアはやっぱりライブじゃないですか。あの独特の緊張感と高まる鼓動、突き動かされる衝動。そこでいつも会う仲間もいれば新しい出会いもあり。喧嘩もありムカついたり、いいライブをされ悔しかったり励まされたり、そこでいろんな経験ができる一つの大切な場所ですよね。今無観客などに慣れてしまっているので、来たことない人にもぜひ現場でLIVEを体験してもらいたい。

自分が始めてハードコアのライブにいったときのことや、PRESS ON AHEADで初めてライブした時の、なんとも言えぬ達成感というか・・・その感覚が忘れられないから、今もやっているんだと思う。
その熱い気持ちが今もずっと続いている。バンドを続けなきゃといった使命感は自分に一切ないが、やっぱり18歳のころの・・・言葉ではうまく表せないがあの熱いギラついた感じが未だに残っているし、好きだからやっている。

傍から見ればハードコアって野蛮なイメージだろうけど、LIVEに足を運んでもらい、自分達のスタイルを見て喰らってもらいたい。ハードコアの決まりに沿っただけの形ではなく、自分たちのスタイルを打ち出す・確立させたいとの意味合いで"BARBARIAN STYLE CORE"と掲げている。(BARBARIAN=野蛮) 常に新しいものを取り入れて、見た人皆を圧倒させたい。

結局は何するにも繋がりだと思うので。自分たちだけで音楽を続けていれる訳ではないし、全国のいろんな人たちにサポートしてもらっているからこそ活動を続けていけている訳なので、周りの人達も大事にしたい。

バンド続けている限り、いい景色がみたい。自分達が知らない、まだ見たことないようないい景色。

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- 今後の展望に関して

2019年以降はコロナの影響で自分たちが思うように活動することが本当できなかったです。ライブもまだ行ったことない場所に行く予定でしたがすべて延期という。。自粛しているのが本当はいいんでしょうけど、自分らはもうオッサンなんでほんと時間を無駄にしたくないんですよ。

今年自分は40歳になるんですけど、一つ一つの積み重ねを大事にしていきたいんですよね。自粛する事で、その積み重ねが無くなってしまうんじゃないかっていう変な不安も生まれるほど。人生でいうともう後半戦なんですよ。そう言って極端な事言えば明日死ぬかもしれないじゃないすか?若い時は全然思わなかったんですけど、自分の周りでバンドをやって若くして死んでいった人もいます。それを考えるとほんと限られた時間を大事にしていきたい。何か自分らの形を残したいんですよ。

その節目というか一つの形として4年前くらいからアルバム出す出すといい続けていたんですが、今年は必ず出します笑 このコロナ禍の時に出すのが意味があるかなと。時期は夏までに出せればという感じで今動いていますね。

アルバムのコンセプトはCOLD WORLDです笑 まさに冷たい世界。うちはギターのジュンイチがギターのリフをある程度完成形まで持ってきてそこからメンバーで意見を出して曲つくりをするんです。そして完成したものを聞いて歌詞をつけるんですが、自然と明るい歌詞にはならないんですよね。後付けなんですが。それはサウンドがそうだと思うんですが、どうしてもシリアスになってしまう。自分も普段は普通の仕事をして家族もいる。この国、世界ほんと大丈夫なんだろうかと日々考えてしまうし。子供が虐待死したというニュースを見てしまうもんなら半日くらい凹んでしまうときもあるんですよ。

盛岡のこの時期はマイナス10度くらいになる時もあって、田舎道なんかを歩いてると山からの吹き曝しの吹雪を食らうと生死を感じるレベルになる時時もほんとあるんですよね。メンタルがやられている時に食らったら、ふと死にたくなる気持ちもなんとなくわかるなって。でもシリアスになるからこそ明るさを見つけようとする。ダークネスとライトネス。まさにそれをアルバム全体で表現できればと。

近々YOUTUBEにアルバムから先行して1曲MV出します。アルバムをリリースしたら今年はまだ未開の地へライブしにいきたいですし、地元盛岡で自分らの企画のBARBARIAN WARSも久々にやる予定です。

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