私大トップの逮捕について

日本で一番学生数が多く、日本で一番活動収益の大きい大学のトップの理事長が逮捕された。詳しいことはまだわからないが、お金を巡る問題である。理事会とは、大学の方向性を決定する機関であるから、当然そこでは、人事と同時に集めた資金を次に何に「投資」するかということが議題の中心になろう。
大卒資格を求める生徒たちからお金を集める。これが本来研究機関であるはずの大学がその存続と生き残りのためにしていることであるが、経営に行き詰まった学校を吸収し、さらに生徒数が多くなって多くのお金が集まれば、次々と新しいキャンパスや建築物を作ることに投資することになる。ここで、重厚な税金を用いて行ったオリンピック招致と同じことが見えてくる。資金を建設に回すとお金が回る。そして、その金額は確定的ではない。だから誰かが「抜き取り」を行うことが可能になる。もしくは特定の役職で合法的に分け合う。請け負う会社が決まる前の密かな株式投資で、周囲の者が利鞘を稼ぐことも可能なことだろう。
資本主義社会で儲けを出すことは違法ではないが、個人が必要以上の儲けを出すことは社会倫理に反する。だからこそ税制がある。
日本大学創設者の山田顕義は、長州藩士で吉田松陰の最後の弟子である。國學院とも源泉が共通するこの大学は、松下村塾の流れを汲むことになる。一度も裕福になったことのない松蔭が、それどころかそんなことは全く考えなかった松蔭が、私服を肥やす学校経営に胡坐をかく姿を見たらなんと思うだろうか。そう言うことを考えることのない人たちが大学経営者たちであるらしい。
資本主義社会下における資本主義的教育経営を実践する私立学校。一方公教育では、企業することがこの社会における主要な目的であるはずなのにそれを教えない。ただ、言われた通りにし、時間を守り、単純作業に慣れ、提出物を真面目に出す練習。これは12年間も行われるのに、その間にビジネスというものの仕組みについては全く教えない。それはなぜか。
これに対して日本大学は、社長になる人が多い大学で有名である。その「企業」トップがお金のことで逮捕される。
トップが逮捕されて済むという問題ではない。この問題は根深い。そこには「私学」というもの全体を包む問題が潜む。
政府が助成金を減らせば困るのは罪がない研究者たちである。
そして少なからぬ学費を納めている学生たちはどう思うのか。
以上、久しぶりで「冗談」のつもりで書いた。

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