私の魚遍歴ー5
午前6時。我孫子駅を降りると、向こうにバスが一台止まっているのが見える。
表示を見ると、「柏駅」とある。
「ヤマギシ来い!」と言って走って行って、車掌に聞いた。
「このバスは手賀沼に行きますか?」
「柏駅行きですが、三つ目が手賀沼公園です」
「おーいヤマギシ、これに乗るぞー!」
「漁」のため少しでも時間を稼ぎたい。歩けば沼まで30分かかる。バスなら5分。荷物もあるし、ここはこれに乗らない手はない。
ラッキーである。田舎のバスは区間距離が広いが、あっという間に手賀沼湖畔に出た。ここを「橋」を目指して歩き始めると、30分ほどで大きな橋が見えてきた。
次男ヤマギシは長男ハシのように文句を言わない。平気で歩き続ける。
その大きな橋のたもとで、そこにいた自転車の見るからに現地の小学生に、「この辺りにタナゴっている?」と聞くと、
「タナゴはここにはあまりいない。もっと向こうの水道橋(スイドーキョー)の方にたくさんいるよ」と言う。
「水道橋のところに橋はあるか?」
「ああ、こんなに大きな橋じゃあないけれどもね。水門のある橋だよ」
橋がある。しかもずっと向こう。これは間違いがない「情報」だ。
「そこまでどれくらいかかる?」
「そうさなあ、歩いてだと、30分以上かかるよ。暇だからそこまで一緒に行ってやるよ」
「本当かよ、ありがとう!」
ラッキーである。地元の案内人を味方にした。ついにタナゴがいるところに着ける。ワクワクする。「案内人」は小さい自転車の前カゴにセルビンの入ったバケツを入れることを許してくれた。
小学校5年生くらいか、真っ黒に日焼けして丸刈り坊主頭。目がクリクリと輝いて、一目でこれはオモロいこと追求症候群の同志だとわかって打ち解けた。彼はセルビンに強い興味を示していろいろ質問してきた。
さて、それなりに自己紹介しながら、歩くうちについに「橋」らしきものが見えてきた。
「あれだよ」
そこは手賀沼の一番東にあたるところで、そこから川になっているのであった。
「この辺りだよ、タナゴがいるのは」
すぐにバケツの中からセルビンを取り出してさなぎ粉を入れて投入。ついでに竿を繋いで仕掛けをつけて、ミミズをつけて投げ込む。
30分ほどして、セルビンを上げると、なんと、そこには数えきれないほどのタナゴがパンパンに詰まっていた。こんな経験は初めてだった。
ヤマギシも驚いていた。しかし、もっと驚いたのは、セルビンを初めて見た丸刈りくんだった。
「た、大量じゃん!」
中は魚がうねって泳ぎすごい数である。見たことがない。軽く50匹以上入っていた。
しかもタナゴは全てバラタナゴだった。ひしひしと湧き起こる喜びと興奮の中、子ども心にしめしめと言う感情を抑えきれず、これを水を入れたバケツに移し、再度投入した。
何回やってもほぼ満杯状態。しかし、20分以上置くことが大切と知った。
途中でサナギ粉が足りなくなるのを恐れて、これをケチったが結果は同じ大漁だった。
もう完全に大量の獲物群を前にした「漁師」。
次々に魚をバケツにあけては、セルビンを投入してこれを水没させる。しまいには、セルビンを遠くに投げるのではなくて、水を入れたそれを潜水艦よろしく手で押して発進させるので充分なこともわかった。
この間、夢中になって作業していると、竿に付けた鈴が鳴った。見ると竿先は大きくしなり、ぐいぐい引かれている。
慌てて竿に飛びつくが、かつてないような強烈な引きがそこにあった。
竿は放物線状にしなる。糸が持つかどうか心配なほどである。
コイか?フナじゃこんなに引かない。だいいち手繰り寄せられるかどうかもわからない。
ヤマギシも丸刈りも手に汗を握って近くで見つめる。
が、ここは釣り堀で培った技。でかい魚は無理をしないで疲れさすに限る。
案の定、しばらく格闘していると、引きが弱まった。
するりと陸の方に引き寄せると、バシャンと見たこともない大きな魚が翻った。
するとその時、丸刈りがビーサンのまま水に飛び込んで、手で魚を掴むと、それをホーイと陸に投げ上げた。
ジタバタするその魚を見ると、体長40センチ近くある見たこともない恐ろしい姿。
白地にまだらの黒鱗模様。体表はぬるぬるしてナマズのようだがヒゲはない。
見たこともない、気持ち悪いとしか言いようがない魚。
「なんだこれは!?」
すぐに丸刈りくんが答えた。
「ライギョだよ」
「ラ、ライギョ!」
図鑑でしか見たことがない魚だった。
丸刈りが糸を手に取って口を開けさせると、そこには恐ろしいとしか言いようがない「牙」が並んでいた。
口を押さえた丸刈が、「これは完全に飲み込んじまっているな。なんか細長い木の棒はないかい?」と言うと、
「これでどうだ?」とヤマギシが、近くの小枝を差し出す。
丸刈がそれで歯の並んだ口の中を突っつくと、プリッと出てきたのは、なんと小鮒である。
小鮒の口のところにはまだミミズの破片をつけた針が残る。
丸刈が、
「珍しいね。最初かかったフナを、ライギョが飲み込んじゃったんだね」
「いや〜それにしても気持ち悪いね。この魚どうする?」
「捨てるならオレにくれ。試験場に持って行けば20円もらえる」
「20円!なんで?」
「ライギョはガイギョだからだよ。この沼に増えてほしくない魚なんだ」
「いいよ。好きなようにしてくれ。これバケツに入れるの?」
「大丈夫、ライギョは陸でも呼吸できるんだ。ちょっと待ってね」と言って、そこらから新聞紙かなんかの紙切れを拾ってきて、それを千切って水に浸し、そのなんともいやらしい黒い目を覆った。
「これでライギョはもう動かないよ」
ライギョは20円。しかも「試験場」が買い取る。それに、目を覆うと動かなくなる。
その時はまだ、雷魚が手賀沼漁協の「敵」だとは知らなかった。
何もかも信じられないような初めての経験だった。
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