マガジンのカバー画像

何か

12
言葉の何か
運営しているクリエイター

記事一覧

horizon

あなたの翼は銀色に輝いていた。 精緻に連なる細糸の広がりが大気をつかむ。 加速する。上昇する。 眼下の世界はただのサーフェスとなり果て、命は遠く、意味を失う。 あなたがそこにいる。 清らかな虚空で、それがただ一つの意味となる。 光へと昇る。 それがただ一つの意思となる。 力尽きるまで。 しかし、あなたは届かない。 墜ちる。落ちる。 サーフェスのひだの間に飲まれて消える。 それがただ一つの物語となる。 あなたはそれを知らない。

refraction

「多様性」の豊かさとは、 多種多様な宝石で満たされた収集箱のことではない。 「多様性」の豊かさとは「差異の発見」だ。 同じ光を、異なる屈折率を持つ石たちを通して眺めることで、 多面的に理解された光そのものが、 ひとつの宝石となり、この世界に生まれ落ちる。 これが「多様性」の果実である。 他人の収集箱を検分しては、 あの宝石やこの宝石が欠けていると嘆く者たちは、 あらゆる石たちを、光の届かない暗闇に死蔵しようとする、 おぞましきコレクターである。 彼らの手に石たちを渡

cats and dogs

土砂降りの大雨が、人を街から締め出してくれる。 絶え間なく打ち付ける雨の音も、人の存在感よりはずっと静かだ。 世界が静かになる大雨の休日。素敵な一日。

gray

人の世の醜さに顔を歪めながらも、 のうのうと日々を生き抜く。 矛盾が止揚されるまで妥協でやり過ごす。 この鈍感さこそが、人間の大いなる美徳だ。 鈍感さこそが物事を前へと進めるのだ。

society

彼らの家の炉には、いつも赤々と火が燃え続けている。 ぬらぬらと揺らめく欲情の火。 決してこの火を絶やしてはならない。 脅迫じみた観念に操られるように、 彼らは代わる代わる薪を焚べ続けている。 次々と激しく赤熱し、燻る灰へと変わる娯楽の薪。 彼らの表情が火に照らされる。 快活で満足げな笑顔。 しかし火の赤が映り込む彼らの両眼には、 蛇のように無機質で底知れない酷薄さがきらめいていた。 薪を持たない者は輪からはじかれる。 炉の火を好まない者は去っていく。 しかしそれでも

human

「あなた…それでも人間なの?」 これでも人間だ。そして、だからどうした? 「人を騙して、人を責めて、人を傷つけて、人を殺して。人間のやることじゃない。」 人間のやることだよ。いくらでもやってきたことじゃないか。あんたにとっては“人間”というのは、現に生きている人間のことではなく“神”とか“善”とかと同じく思想や概念なんだな。そんな“人間”がいると思うのか?まさか自分がそうだと? 「何を言ってるの…まともじゃない。人の心がないの?」 まともじゃない?当然だ。人間はそも

forget me not

「君は何のために生きているのかな?」 暗い静かな川べりで放たれた漠然とした問いは、普段なら茶化してやり過ごすような、ごくつまらないその問いは、夏の甘やかな夜風に混じると奇妙なほど自然に響いてきた。 「人間は何かのために生きているわけじゃない。たぶん、それは考える順序が逆なんだ。生きているがために何かをするしかない。そして俺たち人間の場合は、することが無闇に多彩なだけだよ。」 「ふーん…まぁそうだね。合っていると思うよ。“私たちは”そうなんだろうね…。でも“君は”どうなの

macrocosm

認識と存在の総体。 すべての関係性の総体。 それが私。それが魂。 世界は私であり、私は世界である。 それを悪に染めないこと。 それを怒りに染めないこと。

lens

目を開ければ光。耳には音。鼻にはにおい。 触れば感触があり、持ち上げれば重みがある。 時には暖かく、時には寒い。 体温を感じる。呼吸の心地よさ。 食べて、飲んで、味わい、満腹感。 楽しかったり、退屈だったり。 働いたり、遊んだり。 過去を思い出し、未来を計画する。 美しいものを見て感動する。 新しいことを知って活力を得る。 生きることのすべてがここにはある。 ただ実在感だけが無い。 世界は丸ごと、レンズの向こう。

experiment

ある対象について知るために、光を当てたり、衝撃を与えたり、熱を加えたり、水に浸けたり、加速させてみたり。 自分を知ることも、そのように。

pinhole

生の祝福とは夜空の星々だ。どこまでも遠く、小さく、そして心なくきらめくばかりに思えるが、しかしその光だけは、硬い虚無の壁を刺し貫いてここまで届いている。良くも、悪くも。

burn

正義とはまさに太陽だ。はるか遠くから照らされるとき、時折り数秒だけ顔を向けるときには、あたたかい恵みを与えてくれるが、近く寄り添おうとしたり、同化しようとすれば灼かれてしまう。視続けることさえできない。 いつも正義を考えている人は正義に脳神経を灼かれる。いつも正義を想っている人は心が脱水する。そしてますます渇いて、正義の蜃気楼を追いさまよいながら、たまたま出会った「悪の偶像」を壊してまわる魔物になる。